腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

居場所① -side澪-

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「何してるんだよ……」
 

 蒼葉と別れてトイレに駆け込んだオレは、誰もいないことを確認して蛇口を捻った。
 勢いよく流れる水。その音に紛れるように、大きく息を吐く。

 やっぱり蒼葉に関わったのは失敗だった。
 あんなこと、話すつもりはなかったのに。ついやりすぎてしまった。
 
 関われば関わるほどに、蒼葉がどれだけ周りに慕われているか、心配されているか、そして守られているのかが身に沁みてわかったから。
 それが分かればわかるほどに、なんだかすごく、惨めになってしまった。

 守って欲しいなんて思っていない。
 助けて欲しいなんてフェーズもとっくに過ぎた。

 なのにどうしてこんなに、――。

 ……あぁだめだ。これ以上考えたって無意味だ。
 早く《貴公子様》な綾瀬澪に戻らないと。それだけが、今の自分に出来る唯一のことなんだから。

 気持ちを切り替えるために、ゆっくり大きく深呼吸をする。両頬を挟み込むように軽く叩いて、気合いを入れ直した。
 顔を上げた先の鏡に映るのは、見慣れた自分の顔。生徒たちが喜ぶ表情を浮かべてみて、コンディションをチェックした。

 うん。大丈夫だ。よし、行こう。

 口の中だけで呟いて、蛇口を締めたその時。
 
 ――ブーッ、ブーッ

 突如、ポケットの中で突然振動したプライベート用のスマホ。急いで個室に駆け込むと同時に、通話ボタンをタップする。
 その手は既に震えていた。


「は――」
『遅い』
「申し訳、ございません……」
『明日14時』


 端的に告げられた命令に、消え入るような声で「承知致しました」と返事を返す。
 いつもならそのまま切られるのだけど、今日は続きの指示が飛んできた。


『分かっているだろうが、いつも通りゴールデンウィークは最初から最後まで外泊届を出せ。いいな?』
「はい。……マスターの仰せのままに」


 切れた通話画面をぼうっと見つめる。

 ………………。

 どのくらいそうしていたのか。
 握り締めていたスマホが震えたことで、どこかへ飛んでいた思考が戻ってきた。
 通知はどうでもいい広告だったため、何もせずに画面を閉じる。

 暗くなった画面に映った自分の顔に、乾いた笑いが漏れる。
 もう、なんて酷い顔だ。さっき鏡で見た顔とは比べ物にならない。


「……帰ろ……」


 ぽつりとそう呟いて鍵を開ける。
 顔を洗ってきちんと表情を整えた後、蒼葉を待たせているベンチへと向かった。

 のだけど。


「あれ……」


 蒼葉がいない。
 電話したりして遅くなったから、先に帰ってしまったのかもしれない。20分は篭っていたみたいだし。
 それに観覧車の後、少し居心地悪そうだった。完全にオレのせいだから、先に帰られたって文句言えないな。
 だけど一応今回のルールとしては、ペア相手と一緒に来て、一緒に帰らないといけない。ペナルティがあったかどうかまで覚えてないけど、学園行事に変わりないから、ルールは守ったほうがいいような気がする。
 どうしようかと思いつつ、辺りをうろうろしていると、どこからか見覚えのない少年が近づいてきた。
 その表情は困ったような焦ったような、なんとも言えない表情で。俺の前で立ち止まった彼は、おどおどした様子で口を開く。


「……あの」
「どーしたのぉ? 何か用かなぁ?」
「《女神様》……、なのですが……」
「蒼葉? 蒼葉がどうかしたのぉ~?」
「あ、えっと……」


 不安げに揺れる腕に指し示された先は、建物と建物の間の先の見えない暗い通路。彼が言うには、その先に蒼葉がいるらしい。

 ……でも、暗所閉所恐怖症な彼があんなところに入る?
 完全な密室じゃないからいけるのかな。同じ暗所閉所恐怖症なあの人は、絶対ダメだろうな。前に間違えて電気消しちゃった時、動けなくなっていたから。
 まぁそれはそうとして、なんであんなところに? そしてなんでこの子がそれを知ってるんだろう?


「じ、実は、その……」

 
 彼が歯切れ悪く話出そうとした時、カバンに入れていたTSPがピロンと小さく音を鳴らした。
 蒼葉からだった。スタンプも絵文字も何も無い素っ気ない文章。なんだかすごく蒼葉らしいかも。


「蒼葉、こっちに戻ってくるらしいよぉ~」
「そう、ですか……。よかった……」


 心から安心したように息を吐く少年。そのまま離れて行きそうになる彼に、声をかける。


「どこ行くのぉ? 一緒に待ってよーよ~」
「え……っ。でも、僕……」
「ペアの子いないんでしょぉ? 1人だと危ないよ~? ね、良いでしょ~?」
「は、い……」


 よく生徒たちからきゃあきゃあ騒がれる、困った表情を浮かべてじっと見つめていると、彼は根負けしてその場に留まってくれた。

 何となく。何となくだけど、この子を1人で帰すべきではない気がしたんだよね。
 そういえば、この子はどうして蒼葉がどこにいるかを知っていたんだろう?

 そんなことを考えていると、例の通路から2人の人物が出てきた。
 あれは、蒼葉と――。


「はるくん?」
「おー、澪! 今日はお疲れさん!」
「はるくんもお疲れ様~。あれ、でもなんで蒼葉と一緒にいるのぉ~?」
「あぁそれはな――」
「お前んとこの親衛隊員に呼び出されてたからだよ」
「えっ!?」


 蒼葉の言葉にびっくりして、後ろで縮こまる彼を見る。
 オレの親衛隊員が蒼葉を呼び出していたなんて。彼が言いづらそうにしてたのはそういうことか。


「お前、もう少し自分の親衛隊ちゃんとまとめた方がいいんじゃね?」


 ジトっとした目でそう言われて、思わず視線を逸らした。

 ……こんなだから親衛隊は嫌いだ。勝手な思い込みで、思いもよらないような暴走をする。うちの親衛隊は過激派が多いと言われているのも知っている。裏でも表でも、かなりいろいろやってきたみたいだ。
 その度に、風紀や周りに言われてきた。自分の親衛隊の世話ぐらいちゃんとしろって。
 
 でもさ、それってオレの仕事なの?
 親衛隊なんて、オレの意思に関係なく、いつの間にか勝手に作られた組織じゃん。必要以上に仲良くするメリットがない。
 問題を起こしてコロコロ変わる親衛隊長と、いちいち上手くやっていく気にもならない。

 今日会った蒼葉の親衛隊長。変な人だったけど、蒼葉のことすごく好きなんだなって感じた。
 あの人と同じように、自分の親衛隊員たちがオレのこと好きでいてくれていることはわかっている。でも、彼らが好きなのは、“《貴公子様》な綾瀬澪”だ。その鎧を脱ぎ捨てた、ただの“綾瀬澪”のことなんて見ていない。
 というか、見ないでほしい。見つけないでほしい。見つけられたらきっとみんな離れていく。だから、関わりたくない。

 黙り込むオレに、狼狽え出した蒼葉。隣にいるはるくんに助けを求めるように「地雷……?」とか聞いている。

 
「ま、みんながみんな、蒼葉と雅楽代先輩らみたいに仲良しなわけやないってことやな」
「別にユキ先輩とは特別仲良いわけじゃないけど。……まぁでもそうだよな。悪い、澪」
「……こっちこそごめんねぇ。オレ、自分の親衛隊とはあんまり関わってないんだぁ」


 蒼葉は目を丸くしてオレを見る。そんなに驚くほどのことかな。
 でも確かに、みんな自分の親衛隊とそれなりに良好な関係を築いているかもしれない。まぁ、その方法は人それぞれだけど。
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