腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

居場所② -side澪-

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「キミもかなぁ? ごめんねぇ?」


 背後にいる少年を振り返って謝罪の言葉を口にする。油断していたのか、彼は文字通り飛び上がった。
 ずっとオレの陰に隠れていたから見えていなかったのか、蒼葉が「あれ?」と首を傾げる。


「キミ、まだこの辺りにいたんだ?」
「す、すみません……、帰れって言われたのに、僕……」
「彼が蒼葉のこと、教えてくれたんだよ~」
「俺もこの子に聞いたんや。確か、矢尾やお彪雅ひょうがくんやっけか?」
「え、どうして僕の名前……」
「生徒の名前はほぼほぼ覚えとるからな~」


 はるくんは自慢げにニッと笑う。
 全校生徒の名前を覚えてるなんて、すごいなはるくん。


「彪雅なんて、かっこいい名前だね~」
「いえそんな……。名前負けしてるって、ずっとイジられてきて……」
「そんなことないと思うけどなー。せやけどまぁ、そんなおどおどしやんとき。自分にもっと自信持ってやな、またあんなヤツらに付け入られんでー?」
「正論だけど、それが出来りゃ苦労しないだろ」
「せやんなぁ~」


 そう。本当にその通り。自分でなんとかできるなら、とっくにどうにかしてる。
 昔からの気質だったり、性格だったりもそうだけど。
 幼い頃から虐げられるような状況にあったとしたら、その境遇は簡単には変わらない。こんな閉鎖的な学園なら、尚更なんじゃないかな。


「まぁそれは置いておいて。そっか、キミが2人に。ありがとな、矢尾くん」
「そ、そんな……っ! 僕は、むしろ……」


 どんどん小さくなっていく声。そんな彼の肩に、蒼葉が宥めるように手を置いた。


「経過がどうであれ、俺は最終的にキミに救われた。だから、ありがとう」
「…………《女神様》」


 矢尾くんが、蒼葉を見上げるようにして呟く。
 それに反応したのは、なぜかはるくんだった。


「こうゆう場面で“女神様”やなんて、なんかめちゃくちゃ感動的なシーンに見えるな!」
「はるく~ん。今それを興奮気味に言っちゃうのは、ちょーっと空気読めてないよぉ~」
「はっ! それは失敬!!」
「お前な。失敬とか、何キャラだよ」
「……ふふ」
「お、やっと笑ったな!」


 はるくんが嬉しそうに声を上げる。矢尾くんは、思わず漏れ出た自分の声に驚いたように、口を押さえた。


「ご、ごめんなさい……っ」
「せやから謝らんでえぇよ。すぐ謝る癖も治さなな~」
「……が、がんばり、ます……」
「アレやったら、風紀に駆け込み。桜花ちゃんがしっかり対応してくれるわ」
「って、そこは他人任せかよ」
「だって、俺はただのイベ実委員長やからな~。そういう生徒たちのゴタゴタを解決できる力はないでぇ」
「そりゃそうだけども」


 はるくんの自信満々な正論に言い負かされて、蒼葉が大きなため息を吐く。

 
「それはそうと、彪雅くん。ペアっ子は? 確か、クラスメートの子と組んだと思うんやけど」
「あーえっと……。帰ら、されちゃって……」
「え。あの連中に?」
「はい……」
「……やっぱ、ナギに報告しよかな」
「顔怖くなってんぞ、陽希」
「みんなが楽しめるようにイベント考えてんのに、楽しくない人おったら意味ないやん! その原因作ったやつ、許しとかれへんやろ!」
「はるくんをここまで怒らせるなんて、我が親衛隊員ながらお馬鹿だねぇ~」
「お前はマジで他人事なのな……」
「だって、他人事だも~ん」


 今回やらかしたのが誰だか知らないけど、また親衛隊長が変わるかもしれない。まぁ、関係ないかな。
 蒼葉が何度目かの呆れたため息をつく中、はるくんは笑顔を消して真剣に考え込んでいる。矢尾くんは落ち着かない様子ではるくんの様子を伺っていた。


「は、陽希さ、ま……」
「ちょっとこの件は持ち帰ってじっくり考えるわ。彪雅くんにもペアっ子にも、ホンマ申し訳ない」
「へ……? あ、いや、謝らないでください……! 僕が弱いせい、ですから……!」
「その、自分を卑下した物言いやめぇや。彪雅くんは弱くなんかないんやから。あーでも今回は、生徒会やら風紀やらにも普段の役職脱ぎ捨てて、イチ高校生として遊んでほしかったんやけど、それが悪かったんかなぁ。次回はもうちょい色々考えやんと」


 難しい顔をしたまま、はるくんはうんうん唸っている。
 責任感、なのかな。イベント実行委員会の委員長として、楽しめなかった子を間近で知っちゃうと辛いみたい。
 はるくんはいつもはおちゃらけた感じなのに、実はこういうしっかりしたところがある。これきっと生まれ持った気質。
 何にも隠し事なんてない、裏も表も善人の良い子。時々眩しくて目を瞑りたくなるくらいに、底抜けに明るい子。

 オレもこんな風な性格だったら、今みたいになってなかったのかな……。


「澪と蒼葉は? おふたりさんは今日、どないやった?」
「ん? うん、楽しかったよぉー!」
「俺も、楽しかった」
「そらよかった! そういう声聞けたらめちゃくちゃ安心するわ~!」


 失敗だったけどね。

 そんな思いは口に出さずに、「うん、ありがとねー!」と笑顔で言う。
 ちらっと蒼葉を見ると、笑顔の下に少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。
 観覧車でのことを気にしているんだろう。忘れてって言ったけど、そりゃ無理だよね。
 だとしてもあぁ言うしかなかった。そうでもしないと、きっと蒼葉は踏み込んできた。
 でもそんなことしたって意味がない。自分のことすらどうにもできない蒼葉に、他人を助けられるだけの力があるわけない。それはオレだって同じだ。
 だからこれ以上、お互いの仮面の下を探り合うべきじゃない。《貴公子様》と《女神様》として、当たり障りなく関わっていくべきなんだ。

 自分のためにも、蒼葉のためにも。
 そして、あの人のためにも。

 その時。蒼葉のプラチナブロンドの髪の隙間から、例の青い雫型のピアスが月明かりに照らされてキラリと輝いた。
 他意なく見ればただの綺麗なピアスだけど、実際は蒼葉にとって深い意味を持つもの。普通に指摘されただけなら、蒼葉もきっとあんなに動揺しなかったに違いない。
 そんなワケありピアスについて、実はその意味を少し知っているなんて言ったら、蒼葉はどうするんだろう? オレに対して怯えるんだろうか。
 それは少しだけ見てみたいかもしれない。なんて、考えちゃう時点でやっぱり最低だな……。

 日が沈み、遊園地のイルミネーションが映える中、オレたちは4人連れ立ってお土産屋さんをいくつか回った。その後、オレたちのペアを迎えに来たリムジンに4人で乗り込み、わいわい騒がしく帰路に着いたのだった。


 ────
 ──


 寮に帰りつき、一旦自室へ戻る。荷物を置いて一息ついた後、同じ階のとある部屋へと向かった。
 インターホンを押して程なく、ガチャリと開いたドアから出てきたのは、普段見ないくらいラフなTシャツ姿の貴那ちゃん。


「こんばんは、澪。どうしました?」
「やっほー、貴那ちゃん! 今日はお疲れ様~!」
「澪もお疲れ様です。確か貴方はあの《女神様》でしたね。いいですね、羨ましい。私も《女神様》とデートしたかったです」
「楽しかったよぉ! でも、貴那ちゃんは貴那ちゃんで、ちゃぁんと指名した相手とデートできたんでしょ~?」
「えぇまぁ」


 メガネの奥で、目を細めて少し悪戯っぽく笑う。
 貴那ちゃんもオレと同じように、自分が指名した相手とペアになっていた。きっとはるくんが見てみたかったんだろうな。幼稚舎からのエスカレーター生なら知っているみたいだけど、オレも話を聞いた時は驚いた。
 まさか、貴那ちゃんとあの彼が、昔そういう関係だったーなんてね。


「で、彼はどうしたのぉ? もう飛び出て行っちゃったぁ?」
「いいえ。中にいますよ。寝ています。というか、寝かせました」
「寝かせた? ……あ。もしかして、食べちゃったのぉ?」
「ふふ、まさか。私は同意の上でやりたい派なので」


 まだもう少し先ですかね。
 なんて、妖しげな笑みを浮かべながら愉しげに言う貴那ちゃん。2人の今の関係性は分かんないけれど、とりあえず楽しそうでなによりです。

 
「さて。世間話はこのくらいにして、今日はどういった御用ですか?」
「あぁうん。明日朝から街に降りるから、その連絡をね~」
「なるほど。例年通り、ゴールデンウィーク丸々ですか?」
「さすが貴那ちゃん、その通りだよ~。いつも長々とごめんねぇ」
「いえ、何も問題ありません。貴方の仕事は普段から完璧ですので」
「貴那ちゃんから褒めてもらえるなんて嬉しいなぁ~!」
「事実ですよ。なので、お気になさらず」
「ありがとぉ~! それじゃあ、何かあったら連絡ちょうだいね~」
「えぇ。そうさせていただきます。ゴールデンウィーク、楽しんで」


 何気ないその言葉に、一瞬ドキッとした。
 すぐに気を取り直すと、貴那ちゃんに手を振って踵を返す。角を曲がりかけた時「澪」と呼び止められた。
 足を止めて、小首を傾げながら貴那ちゃんの方を振り返る。

 
「なぁに~?」


 視界に映るのは、腕を組んで自室のドアにもたれかかる貴那ちゃん。いつも通りの微笑を浮かべているのに、メガネの奥の瞳が鋭く光っているような気がした。


「私たちはいつでも、待っていますからね」
「……貴那ちゃんは、オレのタイプじゃないなぁ~。お互い、相手に困ったりしないでしょ~」


 意識してへらりとそう答えて、再び部屋へと歩き出す。
 さっきよりも気持ち早歩きで、転がるように部屋へと飛び込んだ。

 タイプだどうのなんて、貴那ちゃんがそういう意味で言ったわけじゃないのは分かっていた。

 勘のいい貴那ちゃんのことだ。オレが何かを隠してるってことに勘づいている。それがあまり良くないことだということもきっと気づいている。
 でも、無理に聞き出そうとせずに待っていてくれている。その言葉を疑ったりするほど、まだ人間として腐りたくない。
 それでも、話せない。抱えているものを話すことができない。

 全て今さらなんだ。誰かに助けてもらうなんて、そんな資格は自分にはなくて。そんなことを考えることすら、すごく烏滸がましい。
 それくらい蒼葉とは違って、オレは――ぼくは、とても汚れている。握手なんかで触れることすら申し訳ないと思うほど、隅から隅までドロドロに穢れている。
 
 そんな中身を必死に隠して、ようやく手に入れた自分だけの居場所。それが、《貴公子様》であり、生徒会会計という役職。
 天照学園生でいる間だけしか保証されない脆い居場所だけど、ぼくにとっては何にも代えがたいもの。

 あと2年。何がなんでも守り通したい。
 この居場所を失うとその先にあるのは、この学園に来る前と同じ、“地獄”だけだから。
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