91 / 94
April
居場所② -side澪-
しおりを挟む
「キミもかなぁ? ごめんねぇ?」
背後にいる少年を振り返って謝罪の言葉を口にする。油断していたのか、彼は文字通り飛び上がった。
ずっとオレの陰に隠れていたから見えていなかったのか、蒼葉が「あれ?」と首を傾げる。
「キミ、まだこの辺りにいたんだ?」
「す、すみません……、帰れって言われたのに、僕……」
「彼が蒼葉のこと、教えてくれたんだよ~」
「俺もこの子に聞いたんや。確か、矢尾彪雅くんやっけか?」
「え、どうして僕の名前……」
「生徒の名前はほぼほぼ覚えとるからな~」
はるくんは自慢げにニッと笑う。
全校生徒の名前を覚えてるなんて、すごいなはるくん。
「彪雅なんて、かっこいい名前だね~」
「いえそんな……。名前負けしてるって、ずっとイジられてきて……」
「そんなことないと思うけどなー。せやけどまぁ、そんなおどおどしやんとき。自分にもっと自信持ってやな、またあんなヤツらに付け入られんでー?」
「正論だけど、それが出来りゃ苦労しないだろ」
「せやんなぁ~」
そう。本当にその通り。自分でなんとかできるなら、とっくにどうにかしてる。
昔からの気質だったり、性格だったりもそうだけど。
幼い頃から虐げられるような状況にあったとしたら、その境遇は簡単には変わらない。こんな閉鎖的な学園なら、尚更なんじゃないかな。
「まぁそれは置いておいて。そっか、キミが2人に。ありがとな、矢尾くん」
「そ、そんな……っ! 僕は、むしろ……」
どんどん小さくなっていく声。そんな彼の肩に、蒼葉が宥めるように手を置いた。
「経過がどうであれ、俺は最終的にキミに救われた。だから、ありがとう」
「…………《女神様》」
矢尾くんが、蒼葉を見上げるようにして呟く。
それに反応したのは、なぜかはるくんだった。
「こうゆう場面で“女神様”やなんて、なんかめちゃくちゃ感動的なシーンに見えるな!」
「はるく~ん。今それを興奮気味に言っちゃうのは、ちょーっと空気読めてないよぉ~」
「はっ! それは失敬!!」
「お前な。失敬とか、何キャラだよ」
「……ふふ」
「お、やっと笑ったな!」
はるくんが嬉しそうに声を上げる。矢尾くんは、思わず漏れ出た自分の声に驚いたように、口を押さえた。
「ご、ごめんなさい……っ」
「せやから謝らんでえぇよ。すぐ謝る癖も治さなな~」
「……が、がんばり、ます……」
「アレやったら、風紀に駆け込み。桜花ちゃんがしっかり対応してくれるわ」
「って、そこは他人任せかよ」
「だって、俺はただのイベ実委員長やからな~。そういう生徒たちのゴタゴタを解決できる力はないでぇ」
「そりゃそうだけども」
はるくんの自信満々な正論に言い負かされて、蒼葉が大きなため息を吐く。
「それはそうと、彪雅くん。ペアっ子は? 確か、クラスメートの子と組んだと思うんやけど」
「あーえっと……。帰ら、されちゃって……」
「え。あの連中に?」
「はい……」
「……やっぱ、ナギに報告しよかな」
「顔怖くなってんぞ、陽希」
「みんなが楽しめるようにイベント考えてんのに、楽しくない人おったら意味ないやん! その原因作ったやつ、許しとかれへんやろ!」
「はるくんをここまで怒らせるなんて、我が親衛隊員ながらお馬鹿だねぇ~」
「お前はマジで他人事なのな……」
「だって、他人事だも~ん」
今回やらかしたのが誰だか知らないけど、また親衛隊長が変わるかもしれない。まぁ、関係ないかな。
蒼葉が何度目かの呆れたため息をつく中、はるくんは笑顔を消して真剣に考え込んでいる。矢尾くんは落ち着かない様子ではるくんの様子を伺っていた。
「は、陽希さ、ま……」
「ちょっとこの件は持ち帰ってじっくり考えるわ。彪雅くんにもペアっ子にも、ホンマ申し訳ない」
「へ……? あ、いや、謝らないでください……! 僕が弱いせい、ですから……!」
「その、自分を卑下した物言いやめぇや。彪雅くんは弱くなんかないんやから。あーでも今回は、生徒会やら風紀やらにも普段の役職脱ぎ捨てて、イチ高校生として遊んでほしかったんやけど、それが悪かったんかなぁ。次回はもうちょい色々考えやんと」
難しい顔をしたまま、はるくんはうんうん唸っている。
責任感、なのかな。イベント実行委員会の委員長として、楽しめなかった子を間近で知っちゃうと辛いみたい。
はるくんはいつもはおちゃらけた感じなのに、実はこういうしっかりしたところがある。これきっと生まれ持った気質。
何にも隠し事なんてない、裏も表も善人の良い子。時々眩しくて目を瞑りたくなるくらいに、底抜けに明るい子。
オレもこんな風な性格だったら、今みたいになってなかったのかな……。
「澪と蒼葉は? おふたりさんは今日、どないやった?」
「ん? うん、楽しかったよぉー!」
「俺も、楽しかった」
「そらよかった! そういう声聞けたらめちゃくちゃ安心するわ~!」
失敗だったけどね。
そんな思いは口に出さずに、「うん、ありがとねー!」と笑顔で言う。
ちらっと蒼葉を見ると、笑顔の下に少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。
観覧車でのことを気にしているんだろう。忘れてって言ったけど、そりゃ無理だよね。
だとしてもあぁ言うしかなかった。そうでもしないと、きっと蒼葉は踏み込んできた。
でもそんなことしたって意味がない。自分のことすらどうにもできない蒼葉に、他人を助けられるだけの力があるわけない。それはオレだって同じだ。
だからこれ以上、お互いの仮面の下を探り合うべきじゃない。《貴公子様》と《女神様》として、当たり障りなく関わっていくべきなんだ。
自分のためにも、蒼葉のためにも。
そして、あの人のためにも。
その時。蒼葉のプラチナブロンドの髪の隙間から、例の青い雫型のピアスが月明かりに照らされてキラリと輝いた。
他意なく見ればただの綺麗なピアスだけど、実際は蒼葉にとって深い意味を持つもの。普通に指摘されただけなら、蒼葉もきっとあんなに動揺しなかったに違いない。
そんなワケありピアスについて、実はその意味を少し知っているなんて言ったら、蒼葉はどうするんだろう? オレに対して怯えるんだろうか。
それは少しだけ見てみたいかもしれない。なんて、考えちゃう時点でやっぱり最低だな……。
日が沈み、遊園地のイルミネーションが映える中、オレたちは4人連れ立ってお土産屋さんをいくつか回った。その後、オレたちのペアを迎えに来たリムジンに4人で乗り込み、わいわい騒がしく帰路に着いたのだった。
────
──
寮に帰りつき、一旦自室へ戻る。荷物を置いて一息ついた後、同じ階のとある部屋へと向かった。
インターホンを押して程なく、ガチャリと開いたドアから出てきたのは、普段見ないくらいラフなTシャツ姿の貴那ちゃん。
「こんばんは、澪。どうしました?」
「やっほー、貴那ちゃん! 今日はお疲れ様~!」
「澪もお疲れ様です。確か貴方はあの《女神様》でしたね。いいですね、羨ましい。私も《女神様》とデートしたかったです」
「楽しかったよぉ! でも、貴那ちゃんは貴那ちゃんで、ちゃぁんと指名した相手とデートできたんでしょ~?」
「えぇまぁ」
メガネの奥で、目を細めて少し悪戯っぽく笑う。
貴那ちゃんもオレと同じように、自分が指名した相手とペアになっていた。きっとはるくんが見てみたかったんだろうな。幼稚舎からのエスカレーター生なら知っているみたいだけど、オレも話を聞いた時は驚いた。
まさか、貴那ちゃんとあの彼が、昔そういう関係だったーなんてね。
「で、彼はどうしたのぉ? もう飛び出て行っちゃったぁ?」
「いいえ。中にいますよ。寝ています。というか、寝かせました」
「寝かせた? ……あ。もしかして、食べちゃったのぉ?」
「ふふ、まさか。私は同意の上でやりたい派なので」
まだもう少し先ですかね。
なんて、妖しげな笑みを浮かべながら愉しげに言う貴那ちゃん。2人の今の関係性は分かんないけれど、とりあえず楽しそうでなによりです。
「さて。世間話はこのくらいにして、今日はどういった御用ですか?」
「あぁうん。明日朝から街に降りるから、その連絡をね~」
「なるほど。例年通り、ゴールデンウィーク丸々ですか?」
「さすが貴那ちゃん、その通りだよ~。いつも長々とごめんねぇ」
「いえ、何も問題ありません。貴方の仕事は普段から完璧ですので」
「貴那ちゃんから褒めてもらえるなんて嬉しいなぁ~!」
「事実ですよ。なので、お気になさらず」
「ありがとぉ~! それじゃあ、何かあったら連絡ちょうだいね~」
「えぇ。そうさせていただきます。ゴールデンウィーク、楽しんで」
何気ないその言葉に、一瞬ドキッとした。
すぐに気を取り直すと、貴那ちゃんに手を振って踵を返す。角を曲がりかけた時「澪」と呼び止められた。
足を止めて、小首を傾げながら貴那ちゃんの方を振り返る。
「なぁに~?」
視界に映るのは、腕を組んで自室のドアにもたれかかる貴那ちゃん。いつも通りの微笑を浮かべているのに、メガネの奥の瞳が鋭く光っているような気がした。
「私たちはいつでも、待っていますからね」
「……貴那ちゃんは、オレのタイプじゃないなぁ~。お互い、相手に困ったりしないでしょ~」
意識してへらりとそう答えて、再び部屋へと歩き出す。
さっきよりも気持ち早歩きで、転がるように部屋へと飛び込んだ。
タイプだどうのなんて、貴那ちゃんがそういう意味で言ったわけじゃないのは分かっていた。
勘のいい貴那ちゃんのことだ。オレが何かを隠してるってことに勘づいている。それがあまり良くないことだということもきっと気づいている。
でも、無理に聞き出そうとせずに待っていてくれている。その言葉を疑ったりするほど、まだ人間として腐りたくない。
それでも、話せない。抱えているものを話すことができない。
全て今さらなんだ。誰かに助けてもらうなんて、そんな資格は自分にはなくて。そんなことを考えることすら、すごく烏滸がましい。
それくらい蒼葉とは違って、オレは――ぼくは、とても汚れている。握手なんかで触れることすら申し訳ないと思うほど、隅から隅までドロドロに穢れている。
そんな中身を必死に隠して、ようやく手に入れた自分だけの居場所。それが、《貴公子様》であり、生徒会会計という役職。
天照学園生でいる間だけしか保証されない脆い居場所だけど、ぼくにとっては何にも代えがたいもの。
あと2年。何がなんでも守り通したい。
この居場所を失うとその先にあるのは、この学園に来る前と同じ、“地獄”だけだから。
背後にいる少年を振り返って謝罪の言葉を口にする。油断していたのか、彼は文字通り飛び上がった。
ずっとオレの陰に隠れていたから見えていなかったのか、蒼葉が「あれ?」と首を傾げる。
「キミ、まだこの辺りにいたんだ?」
「す、すみません……、帰れって言われたのに、僕……」
「彼が蒼葉のこと、教えてくれたんだよ~」
「俺もこの子に聞いたんや。確か、矢尾彪雅くんやっけか?」
「え、どうして僕の名前……」
「生徒の名前はほぼほぼ覚えとるからな~」
はるくんは自慢げにニッと笑う。
全校生徒の名前を覚えてるなんて、すごいなはるくん。
「彪雅なんて、かっこいい名前だね~」
「いえそんな……。名前負けしてるって、ずっとイジられてきて……」
「そんなことないと思うけどなー。せやけどまぁ、そんなおどおどしやんとき。自分にもっと自信持ってやな、またあんなヤツらに付け入られんでー?」
「正論だけど、それが出来りゃ苦労しないだろ」
「せやんなぁ~」
そう。本当にその通り。自分でなんとかできるなら、とっくにどうにかしてる。
昔からの気質だったり、性格だったりもそうだけど。
幼い頃から虐げられるような状況にあったとしたら、その境遇は簡単には変わらない。こんな閉鎖的な学園なら、尚更なんじゃないかな。
「まぁそれは置いておいて。そっか、キミが2人に。ありがとな、矢尾くん」
「そ、そんな……っ! 僕は、むしろ……」
どんどん小さくなっていく声。そんな彼の肩に、蒼葉が宥めるように手を置いた。
「経過がどうであれ、俺は最終的にキミに救われた。だから、ありがとう」
「…………《女神様》」
矢尾くんが、蒼葉を見上げるようにして呟く。
それに反応したのは、なぜかはるくんだった。
「こうゆう場面で“女神様”やなんて、なんかめちゃくちゃ感動的なシーンに見えるな!」
「はるく~ん。今それを興奮気味に言っちゃうのは、ちょーっと空気読めてないよぉ~」
「はっ! それは失敬!!」
「お前な。失敬とか、何キャラだよ」
「……ふふ」
「お、やっと笑ったな!」
はるくんが嬉しそうに声を上げる。矢尾くんは、思わず漏れ出た自分の声に驚いたように、口を押さえた。
「ご、ごめんなさい……っ」
「せやから謝らんでえぇよ。すぐ謝る癖も治さなな~」
「……が、がんばり、ます……」
「アレやったら、風紀に駆け込み。桜花ちゃんがしっかり対応してくれるわ」
「って、そこは他人任せかよ」
「だって、俺はただのイベ実委員長やからな~。そういう生徒たちのゴタゴタを解決できる力はないでぇ」
「そりゃそうだけども」
はるくんの自信満々な正論に言い負かされて、蒼葉が大きなため息を吐く。
「それはそうと、彪雅くん。ペアっ子は? 確か、クラスメートの子と組んだと思うんやけど」
「あーえっと……。帰ら、されちゃって……」
「え。あの連中に?」
「はい……」
「……やっぱ、ナギに報告しよかな」
「顔怖くなってんぞ、陽希」
「みんなが楽しめるようにイベント考えてんのに、楽しくない人おったら意味ないやん! その原因作ったやつ、許しとかれへんやろ!」
「はるくんをここまで怒らせるなんて、我が親衛隊員ながらお馬鹿だねぇ~」
「お前はマジで他人事なのな……」
「だって、他人事だも~ん」
今回やらかしたのが誰だか知らないけど、また親衛隊長が変わるかもしれない。まぁ、関係ないかな。
蒼葉が何度目かの呆れたため息をつく中、はるくんは笑顔を消して真剣に考え込んでいる。矢尾くんは落ち着かない様子ではるくんの様子を伺っていた。
「は、陽希さ、ま……」
「ちょっとこの件は持ち帰ってじっくり考えるわ。彪雅くんにもペアっ子にも、ホンマ申し訳ない」
「へ……? あ、いや、謝らないでください……! 僕が弱いせい、ですから……!」
「その、自分を卑下した物言いやめぇや。彪雅くんは弱くなんかないんやから。あーでも今回は、生徒会やら風紀やらにも普段の役職脱ぎ捨てて、イチ高校生として遊んでほしかったんやけど、それが悪かったんかなぁ。次回はもうちょい色々考えやんと」
難しい顔をしたまま、はるくんはうんうん唸っている。
責任感、なのかな。イベント実行委員会の委員長として、楽しめなかった子を間近で知っちゃうと辛いみたい。
はるくんはいつもはおちゃらけた感じなのに、実はこういうしっかりしたところがある。これきっと生まれ持った気質。
何にも隠し事なんてない、裏も表も善人の良い子。時々眩しくて目を瞑りたくなるくらいに、底抜けに明るい子。
オレもこんな風な性格だったら、今みたいになってなかったのかな……。
「澪と蒼葉は? おふたりさんは今日、どないやった?」
「ん? うん、楽しかったよぉー!」
「俺も、楽しかった」
「そらよかった! そういう声聞けたらめちゃくちゃ安心するわ~!」
失敗だったけどね。
そんな思いは口に出さずに、「うん、ありがとねー!」と笑顔で言う。
ちらっと蒼葉を見ると、笑顔の下に少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。
観覧車でのことを気にしているんだろう。忘れてって言ったけど、そりゃ無理だよね。
だとしてもあぁ言うしかなかった。そうでもしないと、きっと蒼葉は踏み込んできた。
でもそんなことしたって意味がない。自分のことすらどうにもできない蒼葉に、他人を助けられるだけの力があるわけない。それはオレだって同じだ。
だからこれ以上、お互いの仮面の下を探り合うべきじゃない。《貴公子様》と《女神様》として、当たり障りなく関わっていくべきなんだ。
自分のためにも、蒼葉のためにも。
そして、あの人のためにも。
その時。蒼葉のプラチナブロンドの髪の隙間から、例の青い雫型のピアスが月明かりに照らされてキラリと輝いた。
他意なく見ればただの綺麗なピアスだけど、実際は蒼葉にとって深い意味を持つもの。普通に指摘されただけなら、蒼葉もきっとあんなに動揺しなかったに違いない。
そんなワケありピアスについて、実はその意味を少し知っているなんて言ったら、蒼葉はどうするんだろう? オレに対して怯えるんだろうか。
それは少しだけ見てみたいかもしれない。なんて、考えちゃう時点でやっぱり最低だな……。
日が沈み、遊園地のイルミネーションが映える中、オレたちは4人連れ立ってお土産屋さんをいくつか回った。その後、オレたちのペアを迎えに来たリムジンに4人で乗り込み、わいわい騒がしく帰路に着いたのだった。
────
──
寮に帰りつき、一旦自室へ戻る。荷物を置いて一息ついた後、同じ階のとある部屋へと向かった。
インターホンを押して程なく、ガチャリと開いたドアから出てきたのは、普段見ないくらいラフなTシャツ姿の貴那ちゃん。
「こんばんは、澪。どうしました?」
「やっほー、貴那ちゃん! 今日はお疲れ様~!」
「澪もお疲れ様です。確か貴方はあの《女神様》でしたね。いいですね、羨ましい。私も《女神様》とデートしたかったです」
「楽しかったよぉ! でも、貴那ちゃんは貴那ちゃんで、ちゃぁんと指名した相手とデートできたんでしょ~?」
「えぇまぁ」
メガネの奥で、目を細めて少し悪戯っぽく笑う。
貴那ちゃんもオレと同じように、自分が指名した相手とペアになっていた。きっとはるくんが見てみたかったんだろうな。幼稚舎からのエスカレーター生なら知っているみたいだけど、オレも話を聞いた時は驚いた。
まさか、貴那ちゃんとあの彼が、昔そういう関係だったーなんてね。
「で、彼はどうしたのぉ? もう飛び出て行っちゃったぁ?」
「いいえ。中にいますよ。寝ています。というか、寝かせました」
「寝かせた? ……あ。もしかして、食べちゃったのぉ?」
「ふふ、まさか。私は同意の上でやりたい派なので」
まだもう少し先ですかね。
なんて、妖しげな笑みを浮かべながら愉しげに言う貴那ちゃん。2人の今の関係性は分かんないけれど、とりあえず楽しそうでなによりです。
「さて。世間話はこのくらいにして、今日はどういった御用ですか?」
「あぁうん。明日朝から街に降りるから、その連絡をね~」
「なるほど。例年通り、ゴールデンウィーク丸々ですか?」
「さすが貴那ちゃん、その通りだよ~。いつも長々とごめんねぇ」
「いえ、何も問題ありません。貴方の仕事は普段から完璧ですので」
「貴那ちゃんから褒めてもらえるなんて嬉しいなぁ~!」
「事実ですよ。なので、お気になさらず」
「ありがとぉ~! それじゃあ、何かあったら連絡ちょうだいね~」
「えぇ。そうさせていただきます。ゴールデンウィーク、楽しんで」
何気ないその言葉に、一瞬ドキッとした。
すぐに気を取り直すと、貴那ちゃんに手を振って踵を返す。角を曲がりかけた時「澪」と呼び止められた。
足を止めて、小首を傾げながら貴那ちゃんの方を振り返る。
「なぁに~?」
視界に映るのは、腕を組んで自室のドアにもたれかかる貴那ちゃん。いつも通りの微笑を浮かべているのに、メガネの奥の瞳が鋭く光っているような気がした。
「私たちはいつでも、待っていますからね」
「……貴那ちゃんは、オレのタイプじゃないなぁ~。お互い、相手に困ったりしないでしょ~」
意識してへらりとそう答えて、再び部屋へと歩き出す。
さっきよりも気持ち早歩きで、転がるように部屋へと飛び込んだ。
タイプだどうのなんて、貴那ちゃんがそういう意味で言ったわけじゃないのは分かっていた。
勘のいい貴那ちゃんのことだ。オレが何かを隠してるってことに勘づいている。それがあまり良くないことだということもきっと気づいている。
でも、無理に聞き出そうとせずに待っていてくれている。その言葉を疑ったりするほど、まだ人間として腐りたくない。
それでも、話せない。抱えているものを話すことができない。
全て今さらなんだ。誰かに助けてもらうなんて、そんな資格は自分にはなくて。そんなことを考えることすら、すごく烏滸がましい。
それくらい蒼葉とは違って、オレは――ぼくは、とても汚れている。握手なんかで触れることすら申し訳ないと思うほど、隅から隅までドロドロに穢れている。
そんな中身を必死に隠して、ようやく手に入れた自分だけの居場所。それが、《貴公子様》であり、生徒会会計という役職。
天照学園生でいる間だけしか保証されない脆い居場所だけど、ぼくにとっては何にも代えがたいもの。
あと2年。何がなんでも守り通したい。
この居場所を失うとその先にあるのは、この学園に来る前と同じ、“地獄”だけだから。
40
あなたにおすすめの小説
どうしてそうなるんだよ!!!
藤沢茉莉
BL
俺様な会長、腹黒な副会長、無口な書記、双子の庶務……不本意ながら生徒会役員に選ばれてしまった見た目不良なお人好し主人公が、個性的なメンバーに囲まれながら頑張る話。
多忙のため少々お休み中。
誤字脱字ほか、気になる箇所があれば随時修正していきます。
【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。
或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。
自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい!
そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。
瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。
圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって……
̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶
【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ
番外編、牛歩更新です🙇♀️
※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。
少しですが百合要素があります。
☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
百合豚、男子校に入る。
揺
BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。
母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは――
男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。
この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。
それでも眞辺は決意する。
生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。
立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。
さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。
百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる