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past2(シーヴァ)
episode46
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宮中がいつにも増して騒がしい。
いつもなら銀髪の目立つ青年を目にしただけで侍従達もその場にひれ伏すというのに、今朝はすれ違う者達はみな揃って軽く会釈をすると足早に去ってゆく。
「わ、シーヴァ様!シーヴァ様もお早くお部屋に置いてあるお召し物へお着替え下さいね!」
「・・・」
小さく会釈した女の侍従が、白ブラウスにローブ姿で廊下をのそのそと徘徊していたシーヴァに驚きつつ忙しそうにそう告げると、青年の顰め面を見届けることなく早足で廊下の向こうに消えていった。
背丈がシーヴァの胸あたりまでしかないまだ幼さの残る少女の両腕には、おろしたてのテーブルクロスがいっぱいに抱えられていた。
「・・・ふん、醜い女」
先の事件のゴタゴタがジョージ・ロペスの処刑で一旦落ち着いてから約1ヶ月。
三人の息子たちの身を案じてと言う王の意向があり、今まで長く宮中で働いていた使用人を半分に減らし、その代わりに新しい使用人が五十人程増えた。
メイドと王子達との間で間違いが起きないよう、今までは男の使用人が八割を占めていたが、今回の一新では使用人全体の六割を女が占める。
それに、今日から約1週間は一番上の王子であるローランドの婚約パーティが盛大に開かれるのだ。
国王が身の回りに気を揉むのもしょうがないと言える。
不要な外出も禁止され、ここ数日間は陰気な顔の兄と相変わらず銅像のように表情を変えない父、アルマも処刑の日からずっと暗い表情のまま。
まるで今日花嫁を迎えるとは誰も思わないだろう。
「・・・はぁ、面倒だなぁ」
湯船に身を沈め瞼を閉じると、形のいい唇から小さなため息が漏れる。
「退屈過ぎて死にそうだ。・・・パーティなんか早く終わればいいのに」
背中を湯船に預けて頭を後ろに逸らすと、浴槽に張られたぬるま湯がチャプチャプと水音を立てた。
「それはいけないわ!王族の方は退屈で死なれてしまうのですか?!」
小さく呟いた独り言のつもりが、まさか頭上から声が降ってくるとは思わず柄になくシーヴァが驚いて勢いよく顔を上げる。
「イ''っっって!?」
「あぅ''ぅ・・・!」
シーヴァの顔を覗き込む様にしていた少女の額と、勢い良く顔を上げたシーヴァの額とが鈍い音を立ててぶつかり、広すぎるほど大きな浴室に二人の悲鳴が響いた。
「お前っ!こんな所で何をっ!」
痛みの怒りのままに頭を押えて床にうずくまる少女を睨みつけると、額を押えてノロノロと顔を上げた少女は先程廊下で出会ったそばかすのメイドだった。
「っう''ぅ・・・だって、シーヴァ王子の湯浴みのお手伝いをして来いって先輩に頼まれたんです」
「・・・?確か、男の仕事だったよな」
「ああ、メイドの仕事に引き継がれたんです。これも王様の意向だとか。シーヴァ様も存じ上げなかったんですね」
不思議そうに首を傾げた少女の左手には真っ白なタオルが掛けられていて、どうやら先輩からの指示と言うのは本当らしい。
「さ!上がってください!お体を洗うのお手伝いします」
「・・・要らない。僕今まで一人だったし、その方が気楽だから」
珍しくシーヴァに対してグイグイ来る使用人に眉をひそめた青年が、少女に対してシッシッと手を払う。
幼い頃は男の侍従がシーヴァの身の回りの世話をしていたが、少し気に入らないといびられたり打たれたりするためどの使用人達も怯えてしまい、いつからかシーヴァ自身も身の回りの世話を拒むようになっていた。
元々、生粋の王族である兄のローランドの様に人を使うのも苦手な質だ。
つまり邪魔なのだ。
「そんな訳にはまいりません!私が怒られちゃうんですから!」
「そんな事僕が知った事じゃないね。・・・お前、名前は?」
「っ!メアリと申します、王子」
少女の視界いっぱいに銀髪の美しい青年が映る。
笑うことのなかったシーヴァの黄土の瞳がメアリを捉えて初めてニコリと微笑むと、そばかすだらけの少女の頬がかあっとリンゴの様に赤く染った。
柔らかい銀髪のくせっ毛がメアリの額に触れる。
「初めて見る顔だ。新入りだろ?・・・歳は?」
「先月からです。十五になります」
「へぇ。幼いね、まだ子供だ」
息遣いがわかるほどの距離に緊張しているのか、強ばったままだったメアリの表情がシーヴァの小馬鹿にするような一言でムッとむくれる。
「なっ!シーヴァ様だって・・・!」
「僕の歳知ってるの?」
「えっ・・・・と、」
「十九。お前より四つ上だ」
自慢げに笑うシーヴァを横目に少女が小さくため息をつく。
「・・・シーヴァ様が大人なら、子供の私のお願い聞いて下さい。お体洗いましょう」
「・・・」
何か言いたげに口を開いたシーヴァから声が発されることは無く、メアリの前に腕を差し出した。
「メアリは煩くて嫌いだ。さっさと洗って出ていってよ」
シーヴァの腕に触れた柔らかなタオルが、慎重に青年の白く透き通った肌をすべる。
「わぁ!お肌、スベスベ・・・」
小さく呟くような感嘆の声が背後から聞こえて少女の指先が背中に触れたが、文句は出て来なかった。
普段なら気持ち悪く感じるはずの他人の視線や手つきに嫌らしさを微塵も感じない。
むしろ無意識に強ばらせていた体が解れ、優しい手つきにいつの間にか浴槽に背を預けてウトウトと微睡み始めていた。
久しぶりに夢を見た。
いつもなら銀髪の目立つ青年を目にしただけで侍従達もその場にひれ伏すというのに、今朝はすれ違う者達はみな揃って軽く会釈をすると足早に去ってゆく。
「わ、シーヴァ様!シーヴァ様もお早くお部屋に置いてあるお召し物へお着替え下さいね!」
「・・・」
小さく会釈した女の侍従が、白ブラウスにローブ姿で廊下をのそのそと徘徊していたシーヴァに驚きつつ忙しそうにそう告げると、青年の顰め面を見届けることなく早足で廊下の向こうに消えていった。
背丈がシーヴァの胸あたりまでしかないまだ幼さの残る少女の両腕には、おろしたてのテーブルクロスがいっぱいに抱えられていた。
「・・・ふん、醜い女」
先の事件のゴタゴタがジョージ・ロペスの処刑で一旦落ち着いてから約1ヶ月。
三人の息子たちの身を案じてと言う王の意向があり、今まで長く宮中で働いていた使用人を半分に減らし、その代わりに新しい使用人が五十人程増えた。
メイドと王子達との間で間違いが起きないよう、今までは男の使用人が八割を占めていたが、今回の一新では使用人全体の六割を女が占める。
それに、今日から約1週間は一番上の王子であるローランドの婚約パーティが盛大に開かれるのだ。
国王が身の回りに気を揉むのもしょうがないと言える。
不要な外出も禁止され、ここ数日間は陰気な顔の兄と相変わらず銅像のように表情を変えない父、アルマも処刑の日からずっと暗い表情のまま。
まるで今日花嫁を迎えるとは誰も思わないだろう。
「・・・はぁ、面倒だなぁ」
湯船に身を沈め瞼を閉じると、形のいい唇から小さなため息が漏れる。
「退屈過ぎて死にそうだ。・・・パーティなんか早く終わればいいのに」
背中を湯船に預けて頭を後ろに逸らすと、浴槽に張られたぬるま湯がチャプチャプと水音を立てた。
「それはいけないわ!王族の方は退屈で死なれてしまうのですか?!」
小さく呟いた独り言のつもりが、まさか頭上から声が降ってくるとは思わず柄になくシーヴァが驚いて勢いよく顔を上げる。
「イ''っっって!?」
「あぅ''ぅ・・・!」
シーヴァの顔を覗き込む様にしていた少女の額と、勢い良く顔を上げたシーヴァの額とが鈍い音を立ててぶつかり、広すぎるほど大きな浴室に二人の悲鳴が響いた。
「お前っ!こんな所で何をっ!」
痛みの怒りのままに頭を押えて床にうずくまる少女を睨みつけると、額を押えてノロノロと顔を上げた少女は先程廊下で出会ったそばかすのメイドだった。
「っう''ぅ・・・だって、シーヴァ王子の湯浴みのお手伝いをして来いって先輩に頼まれたんです」
「・・・?確か、男の仕事だったよな」
「ああ、メイドの仕事に引き継がれたんです。これも王様の意向だとか。シーヴァ様も存じ上げなかったんですね」
不思議そうに首を傾げた少女の左手には真っ白なタオルが掛けられていて、どうやら先輩からの指示と言うのは本当らしい。
「さ!上がってください!お体を洗うのお手伝いします」
「・・・要らない。僕今まで一人だったし、その方が気楽だから」
珍しくシーヴァに対してグイグイ来る使用人に眉をひそめた青年が、少女に対してシッシッと手を払う。
幼い頃は男の侍従がシーヴァの身の回りの世話をしていたが、少し気に入らないといびられたり打たれたりするためどの使用人達も怯えてしまい、いつからかシーヴァ自身も身の回りの世話を拒むようになっていた。
元々、生粋の王族である兄のローランドの様に人を使うのも苦手な質だ。
つまり邪魔なのだ。
「そんな訳にはまいりません!私が怒られちゃうんですから!」
「そんな事僕が知った事じゃないね。・・・お前、名前は?」
「っ!メアリと申します、王子」
少女の視界いっぱいに銀髪の美しい青年が映る。
笑うことのなかったシーヴァの黄土の瞳がメアリを捉えて初めてニコリと微笑むと、そばかすだらけの少女の頬がかあっとリンゴの様に赤く染った。
柔らかい銀髪のくせっ毛がメアリの額に触れる。
「初めて見る顔だ。新入りだろ?・・・歳は?」
「先月からです。十五になります」
「へぇ。幼いね、まだ子供だ」
息遣いがわかるほどの距離に緊張しているのか、強ばったままだったメアリの表情がシーヴァの小馬鹿にするような一言でムッとむくれる。
「なっ!シーヴァ様だって・・・!」
「僕の歳知ってるの?」
「えっ・・・・と、」
「十九。お前より四つ上だ」
自慢げに笑うシーヴァを横目に少女が小さくため息をつく。
「・・・シーヴァ様が大人なら、子供の私のお願い聞いて下さい。お体洗いましょう」
「・・・」
何か言いたげに口を開いたシーヴァから声が発されることは無く、メアリの前に腕を差し出した。
「メアリは煩くて嫌いだ。さっさと洗って出ていってよ」
シーヴァの腕に触れた柔らかなタオルが、慎重に青年の白く透き通った肌をすべる。
「わぁ!お肌、スベスベ・・・」
小さく呟くような感嘆の声が背後から聞こえて少女の指先が背中に触れたが、文句は出て来なかった。
普段なら気持ち悪く感じるはずの他人の視線や手つきに嫌らしさを微塵も感じない。
むしろ無意識に強ばらせていた体が解れ、優しい手つきにいつの間にか浴槽に背を預けてウトウトと微睡み始めていた。
久しぶりに夢を見た。
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