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第2章:彼の好きなもの
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梅雨の季節、窓の外ではしとしとと雨が降っていた。
湿った空気が、放課後の教室に漂っている。
アルバム委員の作業が本格的に始まった。放課後の資料室での
作業が中心。二人の作業は静かに、しかし着実に進んでいた。
松岡は、ほぼスケジュール通りに作業を進めていた。
一方で沢井は、塾の補習や体調不良、気分の波などで、
時々作業に遅れが出ることがあった。けれど、松岡は決して
責めることはなかった。むしろ、こんなふうにフォローして
くれることが多かった。
「僕のスケジュールの組み方が悪かったかも」
「沢井さんのレイアウトの方がいいよ。二人で直せばいいから」
「無理しないで。手伝えることがあったら言って」
沢井は、自分の作業もあるのに、なぜ文句ひとつも言わず
助けてくれるのか少し不思議だった。自分の事で精一杯
だったから。
そんなある日、昼休み。西村が沢井に声をかけてきた。
「アルバム委員、順調?」
沢井は答える。
「うん、順調だよ。なんで?」
西村は少し申し訳なさそうに言った。
「この前、松岡くんにアッコのこと聞かれてさ。つい、
受験校も話しちゃった。ごめんね」
(そういうことだったんだ)沢井は胸の中に、今まで感じ
無かった温かい感情が広がった。松岡が、自分の受験を
気遣って作業を調整してくれていたのだ。
西村は続けた。
「順調ならよかった」
「でも、松岡くんにあんまり興味持たない方がいいかも」
「ミッチのこともあるし…って、今は関係ないか」
「ごめん、じゃあまたね」
西村は軽く手を振って去っていった。
沢井は立ち去る彼女の後ろ姿を見ながら、
「“ミッチのこと”…って、どういう意味?ミッチって誰だろう」
と何気なく考えていた。
数日後のホームルーム。
愛瀬から各人に進路指導の予定が配られた。
「このジメジメの雨の季節に、君たちには憂鬱な話かも
しれないが進路指導の面接を行う」
「スケジュールは各自確認し、面接に来るように」
沢井は予定を確認した。自分の番は明後日だった。
顧問室前。
沢井が順番を待っていると、顧問室のドアが開き、
松岡、西村、そして沢井のよく知らない女の子が出てきた。
部屋の中から、愛瀬の
「次、沢井、入ってくるように」
という声が聞こえ、沢井は部屋に入った。
愛瀬は去年の指導方針を見ながら言った。
「沢井の成績は、頑張れば希望の大学に行けそうだ。
進学の希望と志望校は変わらないか?」
「確かご両親は貿易会社を経営されていると聞いているが、
進路は相談しているか?」
「はい。変わりません。両親は仕事を継がせたい希望ですし、
私もそのつもりです」
愛瀬は優しい眼差しで
「親御さんも幸せだろう。勉学に励むように」
と告げた。
沢井は先に教室から出て行った3人を思い出し、愛瀬に尋ねた。
「さっき、3人とすれ違いましたが、進路指導だったのですか?」
愛瀬は嬉しそうに話し始めた。
「そうだ。松岡と西村は担任で同じサッカー部なので、
部活も含めてまとめて面接している」
「小林は顧問のバスケ部なので、担任の由紀江先生に頼まれ、
事前に面接をしている」
「由紀江先生は部活の事気にしているからなぁ」
そして、愛瀬は自慢げに続けた。
「松岡は手がかからず、放っておいてもサッカーと勉強は
両立できるだろう」
「沢井も難関大学を目指しているが、松岡はサッカー推薦も
受けられるのに一般で筑波大学を希望している」
「まあ、サッカーは西村がマネージャーとして手伝っている
からという面もあるがな」
「小林はちょっとすごいぞ」
「バスケのキャプテンだけでなく、マネージャーも兼任して
いるし、勉学も優秀だ」
「それで、教師が言うのもなんだがあの容姿だ」
「長らく両部の顧問をやっているが、自慢できるキャプテンが
二人なんて初めてだ」
「あっ、喋りすぎたか」
「もう、退出してよろしい」
沢井の心に、小林の影がこっそり入り込んできた。
それは、松岡と親しそうに話していた女の子が、
自分とは違う、特別な存在だという予感だった。
ホームルームが開催されていた。
話題は各委員からの報告だった。
報告が終了すると、愛瀬は教壇に立ち、
「再来週から、中間試験が始まる。」
「君たちにとっては進路を決める重要な試験だ。
各自、肝に銘じてかかること」と言い、
松岡と沢井に、
「お前たちもこの期間はアルバム委員会の活動を
停止して良い。必要であれば、作業の見直しを行ってくれ。
相談には乗る」
と言い残し、教室を出て行った。
松岡が沢井に近寄り、
「悪いけど、明日、見直しに付き合ってくれないか?
沢井さんの都合に合わせるから」
と申し訳なさそうに言ってきた。
沢井はじっと松岡の目を見ながら答えた。
「松岡君のせいじゃないし。しょうがないよね。
じゃあ、明日放課後、資料室でね」
翌日。
松岡は時間通りに資料室のドアを開けた。
真剣な眼差しでスケジュールを見ている
沢井が、すでにそこにいた。
松岡が入ってきたのに気づき、不思議そうな眼差しで尋ねた。
「ねえ、月曜の6時って、なんで空けてあるの?」
松岡は少し照れたように笑って答えた。
「その時間、テレビで『パーマン』があるんだ。
恥ずかしいけど、パー子の大ファンなんだ」
沢井は驚いたように言った。
「えっ、テレビ?パー子って…あんまり知らないかも」
「うーん。私、塾の補習が増えて、その時間を作業に
当てたいのだけど」
松岡は頷いた。
「いいよ。沢井さんの時間を大事にしよう。
録画すれば済むことだから。作業優先でいこう」
沢井はスケジュールに目を向け、真剣な眼差しで見つめ、
手を動かした。
しばらくして、
「ごめん、塾の補習があるから残りは家で考えてみる。
スケジュールは一人で直した方が早いでしょ。
来週、また打ち合わせて」
「直したものを来週確認しましょう。事前に松岡くんに 見てもらった方がいいけど」
「いつできるかわからないし。どうしよう?」
「サッカー部の下駄箱の一番上はキャプテン専用になっていて、
靴以外に物を入れられるスペースがあるから、そこに置いておいてくれる?」
「部活の日は毎日見ておくから。」
沢井は
「うんわかった。」
そう言い残し、部屋を後にした。
湿った空気が、放課後の教室に漂っている。
アルバム委員の作業が本格的に始まった。放課後の資料室での
作業が中心。二人の作業は静かに、しかし着実に進んでいた。
松岡は、ほぼスケジュール通りに作業を進めていた。
一方で沢井は、塾の補習や体調不良、気分の波などで、
時々作業に遅れが出ることがあった。けれど、松岡は決して
責めることはなかった。むしろ、こんなふうにフォローして
くれることが多かった。
「僕のスケジュールの組み方が悪かったかも」
「沢井さんのレイアウトの方がいいよ。二人で直せばいいから」
「無理しないで。手伝えることがあったら言って」
沢井は、自分の作業もあるのに、なぜ文句ひとつも言わず
助けてくれるのか少し不思議だった。自分の事で精一杯
だったから。
そんなある日、昼休み。西村が沢井に声をかけてきた。
「アルバム委員、順調?」
沢井は答える。
「うん、順調だよ。なんで?」
西村は少し申し訳なさそうに言った。
「この前、松岡くんにアッコのこと聞かれてさ。つい、
受験校も話しちゃった。ごめんね」
(そういうことだったんだ)沢井は胸の中に、今まで感じ
無かった温かい感情が広がった。松岡が、自分の受験を
気遣って作業を調整してくれていたのだ。
西村は続けた。
「順調ならよかった」
「でも、松岡くんにあんまり興味持たない方がいいかも」
「ミッチのこともあるし…って、今は関係ないか」
「ごめん、じゃあまたね」
西村は軽く手を振って去っていった。
沢井は立ち去る彼女の後ろ姿を見ながら、
「“ミッチのこと”…って、どういう意味?ミッチって誰だろう」
と何気なく考えていた。
数日後のホームルーム。
愛瀬から各人に進路指導の予定が配られた。
「このジメジメの雨の季節に、君たちには憂鬱な話かも
しれないが進路指導の面接を行う」
「スケジュールは各自確認し、面接に来るように」
沢井は予定を確認した。自分の番は明後日だった。
顧問室前。
沢井が順番を待っていると、顧問室のドアが開き、
松岡、西村、そして沢井のよく知らない女の子が出てきた。
部屋の中から、愛瀬の
「次、沢井、入ってくるように」
という声が聞こえ、沢井は部屋に入った。
愛瀬は去年の指導方針を見ながら言った。
「沢井の成績は、頑張れば希望の大学に行けそうだ。
進学の希望と志望校は変わらないか?」
「確かご両親は貿易会社を経営されていると聞いているが、
進路は相談しているか?」
「はい。変わりません。両親は仕事を継がせたい希望ですし、
私もそのつもりです」
愛瀬は優しい眼差しで
「親御さんも幸せだろう。勉学に励むように」
と告げた。
沢井は先に教室から出て行った3人を思い出し、愛瀬に尋ねた。
「さっき、3人とすれ違いましたが、進路指導だったのですか?」
愛瀬は嬉しそうに話し始めた。
「そうだ。松岡と西村は担任で同じサッカー部なので、
部活も含めてまとめて面接している」
「小林は顧問のバスケ部なので、担任の由紀江先生に頼まれ、
事前に面接をしている」
「由紀江先生は部活の事気にしているからなぁ」
そして、愛瀬は自慢げに続けた。
「松岡は手がかからず、放っておいてもサッカーと勉強は
両立できるだろう」
「沢井も難関大学を目指しているが、松岡はサッカー推薦も
受けられるのに一般で筑波大学を希望している」
「まあ、サッカーは西村がマネージャーとして手伝っている
からという面もあるがな」
「小林はちょっとすごいぞ」
「バスケのキャプテンだけでなく、マネージャーも兼任して
いるし、勉学も優秀だ」
「それで、教師が言うのもなんだがあの容姿だ」
「長らく両部の顧問をやっているが、自慢できるキャプテンが
二人なんて初めてだ」
「あっ、喋りすぎたか」
「もう、退出してよろしい」
沢井の心に、小林の影がこっそり入り込んできた。
それは、松岡と親しそうに話していた女の子が、
自分とは違う、特別な存在だという予感だった。
ホームルームが開催されていた。
話題は各委員からの報告だった。
報告が終了すると、愛瀬は教壇に立ち、
「再来週から、中間試験が始まる。」
「君たちにとっては進路を決める重要な試験だ。
各自、肝に銘じてかかること」と言い、
松岡と沢井に、
「お前たちもこの期間はアルバム委員会の活動を
停止して良い。必要であれば、作業の見直しを行ってくれ。
相談には乗る」
と言い残し、教室を出て行った。
松岡が沢井に近寄り、
「悪いけど、明日、見直しに付き合ってくれないか?
沢井さんの都合に合わせるから」
と申し訳なさそうに言ってきた。
沢井はじっと松岡の目を見ながら答えた。
「松岡君のせいじゃないし。しょうがないよね。
じゃあ、明日放課後、資料室でね」
翌日。
松岡は時間通りに資料室のドアを開けた。
真剣な眼差しでスケジュールを見ている
沢井が、すでにそこにいた。
松岡が入ってきたのに気づき、不思議そうな眼差しで尋ねた。
「ねえ、月曜の6時って、なんで空けてあるの?」
松岡は少し照れたように笑って答えた。
「その時間、テレビで『パーマン』があるんだ。
恥ずかしいけど、パー子の大ファンなんだ」
沢井は驚いたように言った。
「えっ、テレビ?パー子って…あんまり知らないかも」
「うーん。私、塾の補習が増えて、その時間を作業に
当てたいのだけど」
松岡は頷いた。
「いいよ。沢井さんの時間を大事にしよう。
録画すれば済むことだから。作業優先でいこう」
沢井はスケジュールに目を向け、真剣な眼差しで見つめ、
手を動かした。
しばらくして、
「ごめん、塾の補習があるから残りは家で考えてみる。
スケジュールは一人で直した方が早いでしょ。
来週、また打ち合わせて」
「直したものを来週確認しましょう。事前に松岡くんに 見てもらった方がいいけど」
「いつできるかわからないし。どうしよう?」
「サッカー部の下駄箱の一番上はキャプテン専用になっていて、
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