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第1話 「春雨の下」
しおりを挟む春の雨は、昼よりも夜の方が静かや。
伏見区向島――団地の十階、窓の外に雨粒が細長く流れ、街灯の光が濡れたアスファルトを照らす。
福田朋広は原付にまたがり、ゆっくり走り出した。小説のネタ探しも半分、気分転換も半分。雨に濡れた制服姿の学生や、帰宅途中のOLの群れを横目に、今日も平凡な夜が過ぎる。
「……しかし、よぉ降るなぁ……」
ぼそりとつぶやく声は、雨音に吸い込まれる。
十階の廊下では、久世桔梗(24)が郵便受けを確認していた。洗練された雰囲気ながら、柔らかさがあり、目が合っただけでほんのり心が温まる女性。朋広とすれ違い、軽く頭を下げる。
隣室からは伏見美琴(22)が和服姿で荷物を持って出る。気さくに「こんばんは」と挨拶し、雨の冷たさを和らげるような笑顔を見せる。
「夜の団地も、案外ええもんやな……」
そう思った矢先、前方に黒い影が倒れ込むのが見えた。人――であることはわかるが、細部は雨に隠れて読めない。
(危なっ……!)
咄嗟に原付を倒しながら飛び降り、影を抱きかかえる。その瞬間、ふっと軽い体温が腕に伝わった。濡れた髪の感触、制服の布の柔らかさ。だが顔は雨に隠れ、誰かはわからない。
「大丈夫か……? 救急車、呼ばな……」
声をかけた途端、抱えた影はすっと消えるように視界から消えた。雨音だけが残り、腕に微かな温度が残る。
(……誰やったんや……)
疑問を抱く間もなく、原付が横滑りし、胸ポケットのスマホが砕ける鈍い感触。
――あ……かんな……
思考が沈むその瞬間、誰も知らない場所で微かな光が弾けた。通常はアクセサリーに宿る“核の一部”が、朋広の身体へ、倒れた原付へ、そして胸ポケットで割れたスマホへ、細い糸のように流れ込んでいく。
雨の街のあちこちにも、微かな影が揺れている。
コンビニの窓際で、傘の隙間から誰かの姿がちらりと見えた。
ガソリンスタンドの屋根下で、雨宿りする人影が一瞬目に入る。
団地の通路や部屋の奥、階段の踊り場――光と影の間に、ふと誰かが立っているような気配。
朋広には全く気づけず、ただ雨音の中で意識が途切れていく。
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遠くでその異常を見ていた存在があった。人の姿を模すが影のように輪郭が揺れ、声は機械めいた冷たさを帯びる。
「……これは例外事象。本来、“核”は人体と融合せん。規定外――初発や」
無機質な声が、雨音に混ざらず響く。
「対象名:福田朋広。人間。監視レベル――最上位に変更。運命、動き始めた」
世界のルールが静かに書き換えられる中、朋広の意識は途切れた。
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