『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

第47話 「春の気配と小さな異変」

午後の光が窓ガラスを淡く染める中、福田朋広は和喫茶「月待庵」の前で立ち止まった。

店内では、巫女風の御影紫苑がカウンター越しに何かを書き留め、バンド少女の鴉谷りつがギターを抱えて楽しそうに話している。
朋広はふと、自分の手元のスマホに目を落とした。特に操作するわけではない。けれど、画面の向こうで、微かな“鼓動”のような振動を感じた気がした。

「…ん？」

ほんの一瞬、身体の感覚が微妙に変わった気がした。
姿は変わっていない。なのに、どこか視界の端が鮮やかに色づき、心の奥が少しざわつく。
誰も気づいていないし、朋広自身もその違和感の正体はわからない。

その時、階段の方から若い女性が慌てて走ってくる音が聞こえた。香椎天音だ。
小さなカバンを落としかけて、朋広の方へ駆け寄る。

「す、すみません！」

朋広は無意識に手を差し伸べ、荷物を支えた。

「大丈夫ですよ」

軽い接触の瞬間、また微かな違和感が走る。
胸の奥がほんの少しだけ高鳴る。その感覚は、どこか昔感じたことのある…でも思い出せない、不思議な温かさだった。

――春の風に桜の香りが混じる。
――日常のはずの世界に、ほんのわずかな“異変”が紛れ込む。

朋広は微笑みながら、小さな胸騒ぎを抱えつつ歩き出す。
誰もまだ気づかない、彼だけの“変化の前触れ”が、静かに春の午後に混ざっていった。