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第十七話
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第十七話
人形。それがメェに初めて会った時に感じた印象だった。
お貴族様のご令嬢。しかも、あのハゲ(メェの父であり神官長)の子供だ。
どんなガキが来るのかと思っていたが‥‥。
真夜中、ちょいと肴を探しに覗いた教会の厨房。今にも消えそうな淡い光球が宙に浮かぶその下で、炭の塊みたいなパンを無表情で食べる、細すぎる子供がいた。
スラムに住むガキが入り込んだのかと思ったが、着ていたのは聖女の服だった。
「それ、美味いか」
気が付いたら、声を掛けていた。
「‥‥?」
無表情で首を傾げたその子供が、メェだった。
「‥‥おなか、へったから」
「腹減り? お前さん、聖女候補だろ。教会から食事が出るはずだが」
「‥‥?」
「ここに来た時に説明されただろう」
私がそう言うと、ガキはフルフルと顔を横に振った。
あぁ、なるほど。嫌がらせか。あのハゲ、微塵も人望がない上に横柄だからな。
だからと言って、その矛先をこんな小さなガキに向けるってのは、違うだろう。
それから何となく気になって、世話をするようになった。
いや、もう、放っておけないと言うか!
他の聖女候補から水を掛けられても、そのまま掃除を続ける。嫌味を言われても、何も言い返さない。まぁ、これは後に「どうでも良かったから」と、メェが言っていた。
そう言えば、美味しいかと聞いた時に不思議そうな顔をしていたのは、「美味い」の意味が分からなかったらしい。物心ついた頃から同じ物しか食べておらず、しかも見よう見まねで自分で作っているとか! 近頃の貴族令嬢ってのは、存外逞しいと言うか‥‥いや、多分メェだからだろうな。
魔法の修行をすると言って、出来るだけメェを教会から連れ出すようになった。
教えたら教えただけ吸収していくから、面白くてついやり過ぎた時もあった。
だが、メェは弱音も愚痴も言わずについてくる。
一度だけ、メェの涙を見た。
始めての魔獣討伐。本格的に聖女になれば、避けては通れない。生き物の命をその手で奪う事に耐えられず、教会を去る聖女候補の子供を何人も見て来た。
さすがのメェも、少しくらいは躊躇する‥‥と思ったら、微塵もなかった。
始めての実践に多少手こずったものの、見事に仕留めて見せた。
淡々とした表情が少し崩れて見えたのは、その後だった。
隠れていた鹿が、魔獣がなぎ倒した木の下敷きになってしまった。
メェは慌てて木をどかし、鹿に治癒魔法を掛けた。
「‥‥ごめんね」
その時、一粒だけ涙をこぼした。
幸い鹿は元気になり、森へと帰って行った。
それからメェはいっそう修行に打ち込むようになり、自分の何倍もある魔獣をほぼ一撃で仕留められる程になった。
それからなんやかんやあって、数年ぶりに会いに行ってみたら、島流して!
あの国、王と王妃はまともなのに、王子がアレだからなぁ。
聖女は王子の婚約者に選ばれる事が多いが、あのアホ王子がメェに手を出す事はないだろうが‥‥まぁ、あの国と家族、そして聖女としての役割から解放されたのは僥倖だったな。
「師匠、それ三枚目ですよ」
メェが作ったクッキーは美味い。三枚目を口の中へと放り込むと、相変わらずの微表情で「しょうがないですね」とため息を吐いた。
まったく‥‥可愛い弟子だよ、メェ。
*
広すぎるクローゼットの半分が埋まってしまった。
師匠とジル様から頂いた洋服が、ズラリと並ぶ。
「‥‥はぁ」
思わずため息を吐いてしまった。
お二人の厚意は有難いが、着まわせる自信が無い。
生まれてこのかた、お洒落など気にした事がない。とは言え、このままずっと聖女の服を着ているのも変だと気付いてしまった。
「心配しないで、メェちゃん! 私がいるじゃない!」
「ピヨさん!」
「お前、鳥だろう。人の服なんて分かるのか」
「少なくとも、あんたよりはね」
「あぁ?」
シロさんとピヨさんは、仲が良い。
ジル様とミカさんは早々に逃げ‥いや、帰って行った。
お土産を大量に貰ってしまったが、本当に良かったのだろうか?
師匠は「あいつに遠慮する必要はない」と断言していましたが、何かお返しを考えておかなければ。
それにしても、兄弟子がいた事も驚きましたが、それが大国の元国王とか。師匠はあまり自分の事は語らないので、謎が深まるばかりです。
ジル様達が来た次の日の朝、いつものように台所へ行くと、「また遊びにくる」と一言だけ書かれた置手紙が置いてあった。
来たのも突然だが、去るのも突然とは。
「まったく‥‥相変わらずですね」
師匠が教会を去った時も、私には何も言わずにいなくなっていた。それを思うと、置手紙があるだけ良かったと言う事だろう。
少しだけ寂し。
「おはよう、メェ」
「メェちゃん! 今日はこっちのお洋服が」
「「おはよ~」」
続々と台所が賑やかになっていく様子に、少しだけホッとした自分がいた。
独りには慣れたつもりでいました。いえ、実際に通常になっていたのでしょう。寂しいと思う事も忘れて。
「メェ、今日は海岸の方に行ってみないか?」
「海岸ですか? ですが、薬の材料も探さないと」
「メェちゃんはいつも頑張ってるから、大丈夫よ! 少しは楽しまないと。それに、息抜きも必要よ」
「いえ、特に頑張っているつもりは」
睡眠時間も食事も、十分すぎる程に取っている。
「夜遅くまで薬の研究と資料、文献の読み漁り」
「うっ」
「夜明け前には起きているわよね?」
「ぐっ」
完全に否定できない。
「で、ですが、その‥‥それはもう習慣というか、なんというか」
「「ふ~ん」」
シロさんとピヨさんが含みのある目で見つめてきます。思わずごにょごにょと言い訳を考えてしまいますが、二人の言っている事にも一理あります。
師匠にも「せっかくの自由だ。好きに生きろ」と言われましたし。師匠の言う「自由」がまだ少しよく分かりませんが。
「わ‥‥わかりました」
「よし」
「決まりね」
「「わ~い、あそびにいく~」」
皆さんと一緒にいれば、私にも分かるようになるかもしれないですね。
人形。それがメェに初めて会った時に感じた印象だった。
お貴族様のご令嬢。しかも、あのハゲ(メェの父であり神官長)の子供だ。
どんなガキが来るのかと思っていたが‥‥。
真夜中、ちょいと肴を探しに覗いた教会の厨房。今にも消えそうな淡い光球が宙に浮かぶその下で、炭の塊みたいなパンを無表情で食べる、細すぎる子供がいた。
スラムに住むガキが入り込んだのかと思ったが、着ていたのは聖女の服だった。
「それ、美味いか」
気が付いたら、声を掛けていた。
「‥‥?」
無表情で首を傾げたその子供が、メェだった。
「‥‥おなか、へったから」
「腹減り? お前さん、聖女候補だろ。教会から食事が出るはずだが」
「‥‥?」
「ここに来た時に説明されただろう」
私がそう言うと、ガキはフルフルと顔を横に振った。
あぁ、なるほど。嫌がらせか。あのハゲ、微塵も人望がない上に横柄だからな。
だからと言って、その矛先をこんな小さなガキに向けるってのは、違うだろう。
それから何となく気になって、世話をするようになった。
いや、もう、放っておけないと言うか!
他の聖女候補から水を掛けられても、そのまま掃除を続ける。嫌味を言われても、何も言い返さない。まぁ、これは後に「どうでも良かったから」と、メェが言っていた。
そう言えば、美味しいかと聞いた時に不思議そうな顔をしていたのは、「美味い」の意味が分からなかったらしい。物心ついた頃から同じ物しか食べておらず、しかも見よう見まねで自分で作っているとか! 近頃の貴族令嬢ってのは、存外逞しいと言うか‥‥いや、多分メェだからだろうな。
魔法の修行をすると言って、出来るだけメェを教会から連れ出すようになった。
教えたら教えただけ吸収していくから、面白くてついやり過ぎた時もあった。
だが、メェは弱音も愚痴も言わずについてくる。
一度だけ、メェの涙を見た。
始めての魔獣討伐。本格的に聖女になれば、避けては通れない。生き物の命をその手で奪う事に耐えられず、教会を去る聖女候補の子供を何人も見て来た。
さすがのメェも、少しくらいは躊躇する‥‥と思ったら、微塵もなかった。
始めての実践に多少手こずったものの、見事に仕留めて見せた。
淡々とした表情が少し崩れて見えたのは、その後だった。
隠れていた鹿が、魔獣がなぎ倒した木の下敷きになってしまった。
メェは慌てて木をどかし、鹿に治癒魔法を掛けた。
「‥‥ごめんね」
その時、一粒だけ涙をこぼした。
幸い鹿は元気になり、森へと帰って行った。
それからメェはいっそう修行に打ち込むようになり、自分の何倍もある魔獣をほぼ一撃で仕留められる程になった。
それからなんやかんやあって、数年ぶりに会いに行ってみたら、島流して!
あの国、王と王妃はまともなのに、王子がアレだからなぁ。
聖女は王子の婚約者に選ばれる事が多いが、あのアホ王子がメェに手を出す事はないだろうが‥‥まぁ、あの国と家族、そして聖女としての役割から解放されたのは僥倖だったな。
「師匠、それ三枚目ですよ」
メェが作ったクッキーは美味い。三枚目を口の中へと放り込むと、相変わらずの微表情で「しょうがないですね」とため息を吐いた。
まったく‥‥可愛い弟子だよ、メェ。
*
広すぎるクローゼットの半分が埋まってしまった。
師匠とジル様から頂いた洋服が、ズラリと並ぶ。
「‥‥はぁ」
思わずため息を吐いてしまった。
お二人の厚意は有難いが、着まわせる自信が無い。
生まれてこのかた、お洒落など気にした事がない。とは言え、このままずっと聖女の服を着ているのも変だと気付いてしまった。
「心配しないで、メェちゃん! 私がいるじゃない!」
「ピヨさん!」
「お前、鳥だろう。人の服なんて分かるのか」
「少なくとも、あんたよりはね」
「あぁ?」
シロさんとピヨさんは、仲が良い。
ジル様とミカさんは早々に逃げ‥いや、帰って行った。
お土産を大量に貰ってしまったが、本当に良かったのだろうか?
師匠は「あいつに遠慮する必要はない」と断言していましたが、何かお返しを考えておかなければ。
それにしても、兄弟子がいた事も驚きましたが、それが大国の元国王とか。師匠はあまり自分の事は語らないので、謎が深まるばかりです。
ジル様達が来た次の日の朝、いつものように台所へ行くと、「また遊びにくる」と一言だけ書かれた置手紙が置いてあった。
来たのも突然だが、去るのも突然とは。
「まったく‥‥相変わらずですね」
師匠が教会を去った時も、私には何も言わずにいなくなっていた。それを思うと、置手紙があるだけ良かったと言う事だろう。
少しだけ寂し。
「おはよう、メェ」
「メェちゃん! 今日はこっちのお洋服が」
「「おはよ~」」
続々と台所が賑やかになっていく様子に、少しだけホッとした自分がいた。
独りには慣れたつもりでいました。いえ、実際に通常になっていたのでしょう。寂しいと思う事も忘れて。
「メェ、今日は海岸の方に行ってみないか?」
「海岸ですか? ですが、薬の材料も探さないと」
「メェちゃんはいつも頑張ってるから、大丈夫よ! 少しは楽しまないと。それに、息抜きも必要よ」
「いえ、特に頑張っているつもりは」
睡眠時間も食事も、十分すぎる程に取っている。
「夜遅くまで薬の研究と資料、文献の読み漁り」
「うっ」
「夜明け前には起きているわよね?」
「ぐっ」
完全に否定できない。
「で、ですが、その‥‥それはもう習慣というか、なんというか」
「「ふ~ん」」
シロさんとピヨさんが含みのある目で見つめてきます。思わずごにょごにょと言い訳を考えてしまいますが、二人の言っている事にも一理あります。
師匠にも「せっかくの自由だ。好きに生きろ」と言われましたし。師匠の言う「自由」がまだ少しよく分かりませんが。
「わ‥‥わかりました」
「よし」
「決まりね」
「「わ~い、あそびにいく~」」
皆さんと一緒にいれば、私にも分かるようになるかもしれないですね。
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