あの夏の日、私は

nekojy

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便意が…

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 心地よい疲れかたであった。明日から会社に行かなくてもよい、という解放感がそう感じさせるのか。

「夏休み前の小学生と、一緒だな……」

 自嘲ぎみの独り言だった。
 宿題のない、長い長い休暇の始まり。だといいのだが……

「これは休暇か? 宿題は……」

 目には見えぬが、山のように宿題を溜め込んだ人生。今更ながら、それに気づいた。その『気づき』のせいなのか否かは分からぬが、ちょっと腹が痛くなってきた。
 疲れていたのかもしれない。歩きながら、そう思った。この時期、身体が冷たいものを要求する。水分の補給は必要だ。しかし、少し取りすぎていたような気もする。
 次第にその軽い腹痛は、ある確信めいたものに変わった。

「こ、これは明らかに、便意……」

 一旦、それは収まりかけた。だが、お腹から臀部にかけてのドンヨリした感覚は、引続き残っている。

「早く駅まで、たどり着こう」

 街中では、トイレのある場所というものは限られている。

「ヤ、ヤバい…… 駅に着くまで、もつだろうか」

 暑いのに寒気に襲われていた。鳥肌が立つ。変な汗が、額から滲み出てきた。
 たまらず私はその場にしゃがみ込む。片膝を地面につけ、そしてかかとをケツの穴に押し当てる。そうやって、必死に便意に堪えていた。
 道の真ん中に座り込む中年男性。端からどう思われていたであろう。何か祈りでも捧げているように見えていただろうか。

「頑張れ。漏らすんじゃないぞ」

 私は、自らを鼓舞した。
『サラリーマン人生最後の日に、ウンコを漏らしてしまいました』
 そんなエピソードは要らない。
 私は、神というものを熱心に信じている人間ではない。だがこの緊急事態に際し、思わず心の手を合わせていた。

「私は、あなたにふさわしい人間ではありません。でも、この場を何とかお救いください」

 勝手なものであるが、そう祈り続けていた。


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