虫宿し

冬透とおる

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pin.05「”おばあちゃん”と白うさぎ」

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何故だ。
どうして。



お前がついていながら‥!



誰かの怒鳴り声。
強く悲しみ嘆く罵声。
理不尽ですらある心無い八つ当たりは庇う声こそあれ、弁解の言は無かった。
当の本人は黙って受け止めているのだろう。



きっと、あの罵声は犠牲者の身内の声だ。
痛みに霞む視界をぼんやりと開けば真っ白なツナギを赤く汚した誰かの背中が罵声の雨の中立ち尽くしていた。



*





「……っう‥」



花の匂い。
柔らかな風が木の葉を擽る、サラサラと心地良い音。
現実味の無い極上の世界で夢うつつの頭は本能的に更なる惰眠を貪ろうとするが、尋常じゃない骨の軋みと激痛に不本意な形での覚醒を余儀なくされた。
呻き声を上げる。

意識の急降下と急上昇。
心地良い目覚めとは程遠い強制力のある覚醒に負けて目を………見開いた。

「……は?」

モフモフだ。
眼前につぶらな瞳のモフモフがある。
丸いフォルムに大きな耳。真っ白でモフモフふわふわな細い体毛。

「おまえ‥」

見間違う筈がない。
毎朝の癒しを提供してくれている白兎だ。

白兎はリッカを見下ろしたまま降りるでも逃げるでもなく。目覚めを知って尚そこにいる。
……これは、初めての抱っこが出来るのではないだろうか。
全身の激痛を根性で抑え込み、恐る恐る、犬や猫よりも小さく柔らかな体を抱いた。

………。
おおう。極上のもふもふやわやわなふわふわぼでぃ。

「ってか、ここどこ?」
「おはよぉ」
「へ、へぁ?!」

間延びした甘い声がすぐ隣にいる。
慌てて振り向いて、言葉を失いかけた。

「体はどう?どこも痛くなぁい?」
「っ、あ、え、え?」

真っ白な髪に肌。
細い体の人間離れした美貌がそこにあった。

「大丈夫ですうううう!!!」
「そ?よかった」

今朝、フェンスの向こうに居た白い人だ。
遠目でしか見た事のない人形のような美形がベッドの横に椅子を据え付けて笑っている。

「な、なななななななななななん!なん??!‥」
「だいじょうぶ?」

胸がうるさい!
だって仕方ないじゃないか本当に人形のようなんだ!!

だらだらと溢れる汗を自覚しながらも目が離せないでいた。

遠目で見るには平気だったのだ。
しかし、橘立夏という少年は元来心霊やホラーといったジャンルを苦手としている。
そんな彼にしてみれば、例え、真っ白な髪が包む顔は小さく、パーツが整っていたとしても。
透明感のある灰色の瞳が美しくても。
サイズの合わないドルマンニットから覗く肩が白く艶かしいものであったとしても。

その人間を構成する全てが幼少期に垣間見た球体人形のそれと悉く重なって恐怖の対象でしかなかった。
つまり、人間味がなくて恐ろしいのだ。
幼少の少年に「人形の怖い話」を語って聞かせた雨宮イツキという幼馴染を恨む。

そんなリッカを知ってか知らずか、その生き人形はフルーツが盛られたバスケットからリンゴを選んで慣れた手つきで剥き始めた。

「良かったぁ。ちゃんと目覚めたね」
「す、すみません・・ご迷惑をお掛けしたんですよね‥?」
「気にしないでね?でも、3日も目ぇ開かねがったから、まだおぞいとこあるんでねえかと思った」
「……ん?」

ん?

「なあに?」
「えっと‥いま‥なんて?」

なんだ。
人形の発言になんだか違和感がある。印象が丸っとひっくり返る違和感が。
リッカの疑問符に灰色の瞳は数回ぱちくりと瞬きした後、何を思ったのか「ああ」と呟き零して、とろん、と、瞳を再度落として笑う。

「3日も寝込んでて全然起きねえし大丈夫かなあって、ね?まだおぞいとこあったんでねえかって」
「へ?へ??」
「その様子じゃあ大丈夫そうね」



ば……

バリバリの田舎方言にイントネーション!!!!!



生き人形から一転優しそうなおばあちゃんにジョブチェンジしたその人は相変わらずふわふわ笑った。
これはあれだ。近所に住んでたら畑とかで「大根いっぱい取れたでお裾分けだず」とか言ってくる感じだ。
リッカの膝ですっかり落ち着いてしまったウサギに小さく切ったリンゴを食べさせるおばあちゃんをぼんやりと見つめ、幾分か冷静になってきた頭で先程の言葉を範唱した。

「……あれから、3日?」
「うん」

つまり、あの学校襲撃の後でリッカはここに運び込まれた事になる。どうして。

首を傾げるリッカをそのままに、白いカーテンがはためくのを見つけたその人はカーテンをタッセルで留める。
部屋の外には今や市が管理運営する有料の植物園か公園でも行かないとお目に掛かれないような森林と、鮮やかな色彩美しい庭が広がっていた。
本当に此処は何処だ?

「あの‥!」

聞くにしても名前がわからない。
困惑しながら呼びかければ微笑む顔が振り向いた。

「リン、だよぉ」

………どっちだ?
名前を聞いて更に性別がわからなくなった。

「あっ、と‥俺、橘立花です‥」
「リッカさん‥ね?」
「や、呼び捨てでいいですよ?」
「癖なの。いや?」
「いいえ!」

そうしている内にベッドに寄せたサイドテーブルには水の注がれたコップとうさぎを模したリンゴが並べられた。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます‥」

促されて口に運ぶ。
水は殆ど常温ですんなり体に吸収され、リンゴは瑞々しい。蜜がたっぷりの甘いリンゴだ。シャクと咀嚼すると果汁が口いっぱいに広がった。

「うめえ‥!」
「ふふ。食べながらでいいから、聞いててね?」

リッカがリンゴを食べるのを見て胸を撫で下ろしたリンが椅子に戻る。
背筋を伸ばしてしゃんと座る姿は人形そのものだが、その印象はきれいさっぱり消え失せていた。
人形のような容姿だけど、方言とか雰囲気とか、リッカの中では完全に田舎のおばあちゃんでしかない。そんな無礼極まりない脳内変換なぞつゆ知らず、ふわふわな笑顔は少し困ったように眉を下げた。

「まず、君の通ってる学校をはじめ、近隣の学校は暫く休校。君の妹さんは無事だよ。今はご両親と病院に行ってる」
「は!?まつりが、病院!?アイツどっか悪いんですか?!」
「ケガは大した事ねえけど、"あんなこと"があったんだもの。心が疲れちゃって当然だ」
「………あ…」

慌てて立ち上がるも、即座に制されてやんわり押し戻される。
慣れた手つきに体は自然に従うも、縋る様に見つめたリッカの目にリンは優しい声で首を振った。

「心配なのはわかるけど、まずは、リッカさんが体をどうにかしないと。一番心配しなきゃいけねえのはリッカさん、貴方自身なんだから」
「は?」
「貴方の体内に虫が巣食ってる事実は、シロハに聞いたね?」
「っ」

どくり。
心臓が鳴る。
リンは真剣な顔でリッカを見つめて続けた。

「残念だけど、リッカさんが虫宿しな上、ああまで虫に乗っ取られた現状で放置は出来ない。今回は妹さんやイツキさんを助けてくれたけども、それがいつ暴走するかわからない以上君も周りの人間も危険だからね」
「……乗っ取られた‥?」

眉を寄せる。
階段の赤い糸はともかく、屋上から飛び降りた時は自分の意志だ。糸の色だって白かった筈である。
訝しむリッカにリンは言い聞かせるように首を傾げ、下から見上げるように覗き込んだ。

「リッカさんは蜘蛛を使った気でいただろうけれど、アレは良くない状態なんだ。そもそも、普通の人間は虫のような能力を使えないし、3日間寝込んだり、血の涙を流したりしない。貴方の体はそれだけのダメージを受けてる」
「!」
「過信しないで。君のナカに入り込んだ虫は、例え君が死んでいたとしても腹を喰い破る。周囲の人間を巻き込んでね?それを覚えていて」
「……はい…」

ああ。あの状況を打破するのに一番確実な手段を取ったつもりでいた。
それはどうやら自分の首を。否、まつりやイツキまでも危険に晒した愚行だった。

心臓が脈打って、指先に血が集まる感覚。
血が沸騰してぞわぞわ痺れる背筋に、ぼたぼたと落ちる血涙。

鮮明に思い出す強烈な感覚にリンゴを刺したピックを摘まんだまま指先を凝視した。
ちらりと白い糸が見えた気がして首を振る。

「じゃ、じゃあ、オレはどうしたらいいんですか?」

自分が危険な存在になっていた。
そうと知った以上家には帰れない。学校も無理だろう。
家族、友人を。あかりを。危険な目に遭わせる事は出来ない。

焦燥に駆られたリッカに「脅かしてごめんね」と。苦笑交じりに肩を竦めて告げた。

「シロハに頼まれてリッカさんはわたしの邸に居てもらう事になったよ」
「……は?」

思わず間抜けな声が口をついた。
今の説明と云い、シロハと知り合いの様子を見るにリンは白服の関係者なのだろう。
驚いて見つめると、ああ、と声を上げて笑った。

「此処はね、一部の白服の住居。寮みたいなものかな。リッカさんの知ってるメンバーならシロハとイツキさん、あと、数人此処で住んでる。管理者は一応わたし」
「寮‥?」

聞いて、思わず窓の外や部屋の内装を見渡した。
寮にしては庭やバルコニー。照明器具までもシックな雰囲気のものばかりだ。寮よりも洋館に近い。だからリンも"邸"と言ったのだろう。
与えられた部屋すら家の部屋よりもはるかに広く、ベッドやテーブル、ソファーやテレビを置いてもまだ空間が余りそうだ。。
いや、そんな事よりも。

「オレが、此処に?」
「そう。此処には必ず白服かそれに近しい人間がいるから、万一君の虫が暴れても大丈夫。誰かが止めてくれる。何なら隣の部屋はイツキさんだしね。あ、反対のこっちはほぼ空き室だから気にしないでいいよ」
「…オレが居ても大丈夫なんですか?ここ、白服の‥」
「白服の、とは言っても身内にしか部屋を貸してないんだ。だから心配しないで。リッカさんとイツキさんはえらい仲良しなんだってね?いいなあ友達いっぱい。青春だよねぇ」
「は、はあ」
「何にしてもリッカさんは新しい虫下しが開発されて、腹の虫を駆除するまでは此処で住んでもらうよ。イツキさんかわたし、他の白服と一緒なら学校も外出も大丈夫だから。あと、此処からはシロハからまた話があると思うんだけど‥」
「はい?」

ふと。
椅子が微かに軋む音がしてリンを見ると、真剣な灰色の瞳がじっと見つめた。





「リッカさん。シロハのチームに‥白服に入るつもりはない?」





言葉を失った。



*



「え?息子が‥その‥白服の寮に‥?」
「はい。以前ご説明したように息子さんは虫に侵されており、その治療が必要になります。本来でしたら隔離病棟に問答無用で送られてしまうのですが、私の友人が管理する邸で保護観察される事になりました」
「え、ええと」
「ご不安かもしれませんが、病棟等は違い、自由に会いに来てくださって大丈夫ですよ。息子さんには不自由させませんので、ご安心ください」

「………」

シロハの話し方はすらすらと、何処となく有無を言わせない圧があった。
実家に荷物を取りに来たリッカにシロハが同行しているのは寮に住まわせる報告をする為らしい。
初めこそシロハの美人っぷりと、3日振りに帰宅した自分の息子が白服と一緒だった事に驚愕した両親は、今や冷淡な重力を纏うシロハに狼狽して言葉も発せずにいた。
そんな状況にたじろぎながらも父がシロハに向き直る。

「リッカは‥白服のメンバーになったんですか?」

怯えた表情の母が矢継ぎ早に続いた。

「今回、子どもたちを助けて頂いた事は本当に感謝しています。ですが、同級生や教師の犠牲もありました。何より、それ以上に白服の被害が大きかった事も知っているんです!息子は、白服の一員になったのでしょうか?!だとしたら、例え隔離されたとしても、安全な病院で治療する方法もあるのでは?!」

思わず俯いた。
小学校の件は実際に体験している上に、ネットでも調べて思い知ったばかりだ。
学校関係者の被害は少数で抑えられた事も。それ以上に救助に向かった白服の殆どが犠牲になった事も。
そんな白服の一員になったと知れば両親は何が何でも、例えば隔離病棟に押し込んででもリッカを引き留めるだろう。

けれど。

「確かに、私は彼を白服へ勧誘しました。しかし、判断をするのは彼自身ですし、この提案は彼を助けるものでもあります。虫に侵された患者を収容する病棟に入院させる手段もありますが、あそこは名ばかりです。多くの患者は虫に食われて亡くなります。拘束、監視を徹底されて自由もありません」
「ですが」
「お父様、私は、リッカさんに白服への入隊を強制してはいません。あくまで白服の一員になれば優先的に治療薬が回される。虫についてのエキスパートの集団がリッカさんを保護すればもっと自由に行動できるようになる。と、提案したのです。そして、ご両親には出来れば私に息子さんを預けて頂きたいと思っております。彼に不自由はさせません」
「………」
「リッカさんは私たちでお守りします」

あゝ。
シロハの圧がすごい。
リンとは打って変わって気だるげで、しかし、まるで隙が無い。
有無を言わせない押しの強さ。否、むしろ脅迫めいてすらいる。
シロハの隣に座るリッカにもピリピリと痛い空気があるのだ。両親はそれと真っ向からぶつかっていると思うとぞっとする。
黙った家族を前にシロハはにまりと微笑んでやんわりと頭を下げた。

「お父様。お母様。どうかご理解ください。明日の朝、彼を預かる邸の管理者がお迎えに参ります。その時までに息子さんと話し合って決めてください。もし、それでも息子さんを入院させるのであれば迎えの者に病院を案内させますので」

有無を言わせない強制力は、此処に来て初めて、その一言から感じられなかった。
シロハはリッカを邸に住まわせる報告をしに来ただけだ。白服に入る事は強制ではないし、当人の意志に委ねられてる。
それがわかったんだろう。安堵した両親は頭を下げた。

「白服の一員になるかどうか、今夜、息子と話をします」

顔を上げた代羽さんが「お任せください」と、ニコリ、笑う。
話は終わったと玄関に向かうシロハを慌てて追いかけた。

「シロハさん!」
「明日はリンが迎えに来る。返事はそれから聞くから」
「は、はい・・」

玄関には白いツナギの袖を腰に巻いた、大柄な男が立っていた。
シロハの仲間らしいその人は短い前髪をアップにしたツーブロック。まるでスポーツマンのような印象がある。
シロハやリンとはまるで正反対の男だ。
男は一度まじまじとリッカを見つめ、バンッと。強く背中を叩いた。

「ぐほっ!!?」
「しみったれたツラしてんじゃねえよ!ま、イツキの友人だ。例え白服に入らなくても悪いようにはしねえから安心しろよ!」
「うるさいで。仕事に戻るからはよ車出し」
「ほいほい」

背中がじりじりと痛む。
ぽかんと見送るも、気付けば先までの不安も恐怖も薄れているようだった。

「わざとか・・」

なるほど。リンといいイツキといい。シロハの周りにはそういう人間が集まっているようだ。
それならば、やっていけるかも知れない。
指先を見ると震えは止まって、妹の部屋をノックした。





-to be continued-
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