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白を以て逃走と追跡につき
6.十月
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定金は滔々と仁富を責めているようだが、仁富はとりあえずうんうん聞いている。
主役は美野川嵐道のはずだが、葬儀屋連としては、嵐道氏という夫を亡くしたご夫人の方を恐れているらしい。
朝比は夫人を恐れてはいないのだろうか。
いや、夫人を恐れて出て行った可能性もある。
だが、そう簡単に仕事を抜け出せるものでもないだろう。
とすると、ドーム内にいるのだろうか?
陳ノ内は考えていた。
とりあえずピンと来たものは見終わった。
大事かもしれないのは、自分の追っている対象が『朝比』という名の葬儀屋かもしれないということ。
朝比でなくとも、『葬儀屋』ということに間違いはなくて、数珠をしているらしい。
虎目石か。
にわかにアリーナが騒がしくなった。
陳ノ内、仁富、定金の三人は今、花祭壇の裏にいる。
表の気配と圧が増していく。
仁富はスマホを取り出してかける。
同じようにドームに来ている記者仲間にかけるのだろう。
「盗みがあったらしい」
『騒動』を引っ提げた葬儀屋の次は盗み。
偲ぶ会に相応しくない状況のオンパレードだ、と陳ノ内は思って
「騒いでいるのは、誇乃美嬢か。それともご夫人かな、美野川の?」
そう言った。
定金が言う。
「祭壇の穴のことが『盗み』の部類に入れてもらえるなら、ぜひともそうしていただきたいな」
陳ノ内は苦笑した。
朝比という葬儀屋は、白い百合を盗んだというより、女性を宥めるために使っていた。という印象を、陳ノ内は抱いていた。
しかし、はたと思い当たる。
朝比は最初から誇乃美嬢目当てで、白い百合の花束を作ったのではないか、と。
「今の時点では、朝比さんの行動に不可解な点が多いとしか、言えませんね」
陳ノ内は定金に言った。仁富がすかさず
「盗まれたのは、一族の宝物らしい。香炉だって」
そう言った。
陳ノ内はピンと来た。
なんとなくでピンと来たのとは違う。
「それって、金の香炉か」
「知っているのか」
「ドームで、一番最初に見たんだ」
「なら悪い情報を付け加えることになるな。盗んだと疑われているのは、記者だって」
「そらみろ、あんまりうろちょろしているから疑われるんだ!」
定金のおかんむりに、仁富の宥めはあまり作用しなかったらしい。
「だがまあ……、お前らは私の元で話を聞いていたわけだからな。少なくとも香炉を盗む暇はなかったな」
転じて冷静になった。
「そう言っていただけると、ありがたいですね」
「あんまり悪い情報ばっかり言いたくないんだがな、宝物の香炉を盗んだのは」
「なんだ、まだあるのか!」
仁富は定金に言われてしゅんとしながら、スマホを見せて寄越した。
陳ノ内は見ながら苦笑した。
写真は、陳ノ内と仁富だった。
十月の並木通り。
ライトアップで有名な通りだ。
瀬戸宇治ドームを囲むここら一帯には遊園地なども併設されており、知る人ぞ知る人気スポットである。
寒さが増せば、並木のプラタナスがライトアップされる。
ライトアップに男女は不可欠。
ライトは白と黒より赤と青の方が多いだろうが、今は黒のスーツが三人である。
外というのは漠然としている。つかみどころがない。
空は青く、十月の空気は澄んでいる。
アンテナを張らないと、『ピン』も何も来ないので、陳ノ内は集中したかったのだが、定金はいちいち声が大きい。
仁富もちょいちょい説明を入れる。
「さっきのは仲間からの連絡だ。そしてこっちもさ」
前方のキッチンカーに仁富は眼を向け、音が鳴った。仁富の腹から。
スマホには写真。外。男女の姿が映っている。
「厨房があっただろう? 仲間も行ってみたらしいんだよ。それで、窓から見えたから撮ったらしい」
白い百合を持っているようにも見える。
「朝比かな」
良い状態とは言えない、写真の解像度。
だが色の黒い服装であることは分かる。
「さあ……、どうだろうな」
仁富が言い、定金にもスマホを向ける。
「なんとも言えんな」
三人はしばし立ち止まる。
「やっぱり、食べていないんだな」
陳ノ内が仁富に尋ねる。仁富も返す。
「追うのか?」
「追うよ」
「ちょっと……、その前に……。いい?」
仁富は顎でキッチンカーを示した。陳ノ内は言った。
「いいよ」
主役は美野川嵐道のはずだが、葬儀屋連としては、嵐道氏という夫を亡くしたご夫人の方を恐れているらしい。
朝比は夫人を恐れてはいないのだろうか。
いや、夫人を恐れて出て行った可能性もある。
だが、そう簡単に仕事を抜け出せるものでもないだろう。
とすると、ドーム内にいるのだろうか?
陳ノ内は考えていた。
とりあえずピンと来たものは見終わった。
大事かもしれないのは、自分の追っている対象が『朝比』という名の葬儀屋かもしれないということ。
朝比でなくとも、『葬儀屋』ということに間違いはなくて、数珠をしているらしい。
虎目石か。
にわかにアリーナが騒がしくなった。
陳ノ内、仁富、定金の三人は今、花祭壇の裏にいる。
表の気配と圧が増していく。
仁富はスマホを取り出してかける。
同じようにドームに来ている記者仲間にかけるのだろう。
「盗みがあったらしい」
『騒動』を引っ提げた葬儀屋の次は盗み。
偲ぶ会に相応しくない状況のオンパレードだ、と陳ノ内は思って
「騒いでいるのは、誇乃美嬢か。それともご夫人かな、美野川の?」
そう言った。
定金が言う。
「祭壇の穴のことが『盗み』の部類に入れてもらえるなら、ぜひともそうしていただきたいな」
陳ノ内は苦笑した。
朝比という葬儀屋は、白い百合を盗んだというより、女性を宥めるために使っていた。という印象を、陳ノ内は抱いていた。
しかし、はたと思い当たる。
朝比は最初から誇乃美嬢目当てで、白い百合の花束を作ったのではないか、と。
「今の時点では、朝比さんの行動に不可解な点が多いとしか、言えませんね」
陳ノ内は定金に言った。仁富がすかさず
「盗まれたのは、一族の宝物らしい。香炉だって」
そう言った。
陳ノ内はピンと来た。
なんとなくでピンと来たのとは違う。
「それって、金の香炉か」
「知っているのか」
「ドームで、一番最初に見たんだ」
「なら悪い情報を付け加えることになるな。盗んだと疑われているのは、記者だって」
「そらみろ、あんまりうろちょろしているから疑われるんだ!」
定金のおかんむりに、仁富の宥めはあまり作用しなかったらしい。
「だがまあ……、お前らは私の元で話を聞いていたわけだからな。少なくとも香炉を盗む暇はなかったな」
転じて冷静になった。
「そう言っていただけると、ありがたいですね」
「あんまり悪い情報ばっかり言いたくないんだがな、宝物の香炉を盗んだのは」
「なんだ、まだあるのか!」
仁富は定金に言われてしゅんとしながら、スマホを見せて寄越した。
陳ノ内は見ながら苦笑した。
写真は、陳ノ内と仁富だった。
十月の並木通り。
ライトアップで有名な通りだ。
瀬戸宇治ドームを囲むここら一帯には遊園地なども併設されており、知る人ぞ知る人気スポットである。
寒さが増せば、並木のプラタナスがライトアップされる。
ライトアップに男女は不可欠。
ライトは白と黒より赤と青の方が多いだろうが、今は黒のスーツが三人である。
外というのは漠然としている。つかみどころがない。
空は青く、十月の空気は澄んでいる。
アンテナを張らないと、『ピン』も何も来ないので、陳ノ内は集中したかったのだが、定金はいちいち声が大きい。
仁富もちょいちょい説明を入れる。
「さっきのは仲間からの連絡だ。そしてこっちもさ」
前方のキッチンカーに仁富は眼を向け、音が鳴った。仁富の腹から。
スマホには写真。外。男女の姿が映っている。
「厨房があっただろう? 仲間も行ってみたらしいんだよ。それで、窓から見えたから撮ったらしい」
白い百合を持っているようにも見える。
「朝比かな」
良い状態とは言えない、写真の解像度。
だが色の黒い服装であることは分かる。
「さあ……、どうだろうな」
仁富が言い、定金にもスマホを向ける。
「なんとも言えんな」
三人はしばし立ち止まる。
「やっぱり、食べていないんだな」
陳ノ内が仁富に尋ねる。仁富も返す。
「追うのか?」
「追うよ」
「ちょっと……、その前に……。いい?」
仁富は顎でキッチンカーを示した。陳ノ内は言った。
「いいよ」
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