推測と仮眠と

六弥太オロア

文字の大きさ
134 / 214
  「鳴」を取る一人

10.

しおりを挟む
新聞記事に載っていた、例の二人の人影。
種明かしをしたのは、どっちだったか。
たぶん先に言ったのは依杏いあだが、その後の話では釆原うねはらの方が会話の主導権だった。

依杏が「見憶えがある」と思ったのは、実際に見たことがあったからだった。
写真でだったけれども。

だから、倒壊したビルの写真の人影は、数登すとう釆原凰介うねはらおうすけということだった。
一方は郁伽いくかがバイトしている、レストランで。
更に一方は、いま慈満寺で。





郁伽は、なかなか戻って来ない。
やっと戻って来たと思ったら、逃げ出しそうな感じだった。

いつもの郁伽先輩の色がない。
と依杏は思った。

郁伽と釆原が知り合いというのは、郁伽が歌の活動をしているところにあるらしい。
たまに取材なんかも、受けるとか受けないとかで。

「あんまり、慈満寺に来ないほうが良かったんじゃない」

と釆原。

「いやでも、来ちゃっていますし」

と戻って来た郁伽、苦笑して言った。

「キャンペーンまではまだ、時間があります。境内の案内板にありましたけれど、会館のほうでキャンペーンのいろいろとか。詳しく説明があるみたいですね」

手元に視線。
それから、

「時間まだあるんで、あたし、その数登珊牙すとうさんがさんとやら、探してきますよ」

「いや、探すなら私が……」

と依杏は言いかけたが、郁伽の脚のほうが速かった。

「人のことを憶えるのが苦手」と、言っていたのに。
とか依杏は思ったが遅かった。






とりあえず、積んである敷石から、腰を上げた三人。
郁伽が走っていってしまった以上、座っていても何にもならない。

ザッと見た感じでは、会館とやらの方に、列が出来ている。
恐らく慈満寺の「御朱印」目当てとか。そんな感じだろう、という予想。

積まれた敷石の、近くにある弁財天の祠。
対角線上に様々、寺にまつわるものが配置されているというのが、境内のザッと見た感じの印象だ。

「数登さんが、会館の中にいるとか。そういう情報あったりしません?」

寧唯ねいが、釆原に尋ねる。

「どうだろう。とりあえず行ってみる?」

「じゃあ釆原さんも、恋愛成就キャンペーンに参加とかいう名目で」

「は?」

「いや、郁伽先輩行っちゃったでしょう。いつ戻って来るか、分からないし」

と寧唯。

「でも釆原さん、抽選に入っていないじゃない」

と依杏はツッコんだ。

寧唯。

「まあそれはそうなんだけどさ。三人枠でしょう? いちいちキャンペーン中に、確かめないんじゃない」

「三人枠に入る、前提になっちゃっているけれど」

と釆原は苦笑。






「渡すものって、一体なんですか」

「ああ、これ」

と言って釆原はファイルを取り出した。
電子ではない、物理的なファイルだ。

「本当に来た!」

と声がした。
三人が声のほうを向くと、竹箒を持った少年が居る。

「ええっと、釆原?」

「呼び捨てにされていますけど」

と寧唯。

「知り合いですか?」

「敷石の上、座っていたでしょ!」

と少年。

「そこ、ダメだから! つぎ座ったら言うからね!」

と言って、これまた脱兎のごとく駆け出した。

「知り合いです?」

と依杏。

「一応。鐘搗の息子さん」

「へえ」

と寧唯。






少年の容姿としては、竹箒はそう。
それと作務衣に雪駄。

慈満寺だから衣というのは、そうだろう。
石畳の多い参道の上、釆原の持って来たファイルを見る二人。

「あの子の名前、なんていうんです?」

と寧唯がいた。

釆原。

鐘搗紺慈かねつきこんじが親父で、確か鐘搗麗慈かねつきれいじじゃなかったかな」

「鐘搗紺慈さん、ありますね」

と寧唯はファイルを示した。

慈満寺に居るであろう人物の?
写真付き、そして説明付きの物理的な、情報の種々雑多しゅしゅざった

「これを、数登さんに渡す」

と依杏。

「なんだか、やっぱり調査の色が濃いですね」

「そう。濃いね。何しろ、そういう頭の作りらしいからな」

と釆原は苦笑。

美野川みのかわの時も、そんな感じだったな。葬儀屋やるより、珊牙は派遣のほうが良いのかもしれない」

「とにかく、郁伽先輩は探さないといけない案件です」

と寧唯。

「釆原さんには、とりあえず三人枠に入ってもらって。かたわら、キャンペーンまでの時間、このファイルとか調査」

と彼女が言いかけて、急に音が鳴り出した。
鐘の音。

鐘を撞く音だ。

「時間、だっけ?」

と依杏。













取材以外も、あった。
例えば、戸祢維鶴とねいづるとのこと。

維鶴は釆原の妻である。
たまに、郁伽は維鶴と食事に出掛けたりしていた。

ただ、そういうことがあっても。
あんまり「美野川嵐道みのかわらんどう」とか「倒壊した建物」の件についての話には、なったことがない。

気付いてもよかったのだが、気付かずにいた。
それを、依杏が気付いたという点。

その点でも、郁伽はいたたまれなかった所がある。






「探す」とは言ったものの。
ハタと思い当たった。

どうしたら探せるか?
そう言えば数登珊牙すとうさんがとやらの、人相も憶えていないのだ。

杵屋きねやに任せるべきだったか。
いや、でも境内けいだいを走って来てしまっている。

郁伽は走るのを一旦やめた。
やめて、今の位置が何処かを確かめる。





とりあえず参道の幅が、先程よりも大きくなった場所。
石段を上がり切った所、積まれた敷石のあった辺りよりは。

郁伽はスマホを出して、打ち込み始めた。
「数登珊牙の人相を送って欲しい」的なことを書く。

だが待てよ。
そんな写真、もくめ杵屋きねやも持っているかどうか。

アルバイト先のレストランで、会っただけなのだ。
だったら、釆原さん?

郁伽いくかが思っている中で、通り過ぎた人影があった。
随分背が低いな。私より?

手に竹箒。
背が低い少年。

慈満寺の関係者だろう。
郁伽は再度、歩を運ぶ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

処理中です...