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無を以て追跡と
16.
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だが顔を見合わせていても仕方がない。
釆原と僚稀は物音を立てないようにそっと階段を上りきり、数登と【葬儀屋の女性】がいる部屋の床を踏みしめる。
すぐさま物陰へ。
赤、黄土色、砂色の色とりどりは変わらない。
「あの人たちに気付かれていましたかね、僕ら」
僚稀が尋ねた。
「上方から下がよく見える状態だったけれど、下を見ている様子はなかったな」
「でも本当にレブラなんですかね」
大穴からの赤い日に溶けない金の香炉の光。
それが持ち主の顔を照らしている。
確かに女性のような、それでいて端正な顔立ち。
釆原が取材していた頃のレブラの面影が見当たらないのだ。
数登とレブラかもしれない人物の葬儀談義は続いている。
「レブラではないとしても、あの金の香炉は本物に見える。盗んだということじゃないか」
「さっき守ったって言っていましたよ。偽物の香炉を置いてきたってことでしょう」
下からの物音を釆原は聞いた。
「だとしてもあいつらは、追われている」
僚稀はかぶりを振った。
偽物を置いてきてまで守りたいのはなぜか、そして本当にあの香炉は本物か。
しかも単独というか個々人二人で逃げたら追跡の的になりやすいのに、敢えてその方法を取っていること。
自分が追ってきた変な手掛かりを、数登かそのもう片方がわざと残していたということ。
「やっぱり俺らは、先方に気付かれているのかもしれないな」
「分かんないっすよもう」
数登の声。
「嵐道さんが大切にしていたそれを、その手で持ち出したことに後悔はありませんか」
「ありません。何しろあの会場には記者やパパラッチやその他大勢が沢山いました。宝物に何があるか分からないでしょう。だから私は敢えて、葬儀屋として、自分の脚で当然のことをしたまでです」
「その香炉が本物だと云いきれますか」
「ええもちろん」
「その根拠は」
「私はこれでもいろんな宝物や遺品に触れてきた身ですよ」
笑いながら言う。
その声の音程が少し変わったように釆原は思って、レブラかもしれない人物の顔を見た。
双眼鏡がないのでよく見えないが振り返った、その眼の奥が光っている。
違う。何かが違う。
釆原は思った。
下からの気配は抑えの効かないものになりつつある。
奴らは気付いていないのだろうか。
いや、気付いていない方が変だ。
「あなたもそのはずです。精巧な造りの純金で、小さな細かい装飾は全て手作業で作られています。装飾の一つ一つが全て表情を変えてここにある。それは宝石一粒とってもです。あなたにも分かるはずだ。ただあなたにも分からなかったことはありますけれどね。下の気配に気付きませんか?」
「知っていますよ」
「仲間なんです。だから」
そう言って振りかぶった。
投げ落とされる香炉。
開いた大穴から投げ落とされたのである。
「あなたにそれは分からなかったでしょう」
長い髪の縛りを解く。
その表情と声は女性のそれではない。
釆原と僚稀は物音を立てないようにそっと階段を上りきり、数登と【葬儀屋の女性】がいる部屋の床を踏みしめる。
すぐさま物陰へ。
赤、黄土色、砂色の色とりどりは変わらない。
「あの人たちに気付かれていましたかね、僕ら」
僚稀が尋ねた。
「上方から下がよく見える状態だったけれど、下を見ている様子はなかったな」
「でも本当にレブラなんですかね」
大穴からの赤い日に溶けない金の香炉の光。
それが持ち主の顔を照らしている。
確かに女性のような、それでいて端正な顔立ち。
釆原が取材していた頃のレブラの面影が見当たらないのだ。
数登とレブラかもしれない人物の葬儀談義は続いている。
「レブラではないとしても、あの金の香炉は本物に見える。盗んだということじゃないか」
「さっき守ったって言っていましたよ。偽物の香炉を置いてきたってことでしょう」
下からの物音を釆原は聞いた。
「だとしてもあいつらは、追われている」
僚稀はかぶりを振った。
偽物を置いてきてまで守りたいのはなぜか、そして本当にあの香炉は本物か。
しかも単独というか個々人二人で逃げたら追跡の的になりやすいのに、敢えてその方法を取っていること。
自分が追ってきた変な手掛かりを、数登かそのもう片方がわざと残していたということ。
「やっぱり俺らは、先方に気付かれているのかもしれないな」
「分かんないっすよもう」
数登の声。
「嵐道さんが大切にしていたそれを、その手で持ち出したことに後悔はありませんか」
「ありません。何しろあの会場には記者やパパラッチやその他大勢が沢山いました。宝物に何があるか分からないでしょう。だから私は敢えて、葬儀屋として、自分の脚で当然のことをしたまでです」
「その香炉が本物だと云いきれますか」
「ええもちろん」
「その根拠は」
「私はこれでもいろんな宝物や遺品に触れてきた身ですよ」
笑いながら言う。
その声の音程が少し変わったように釆原は思って、レブラかもしれない人物の顔を見た。
双眼鏡がないのでよく見えないが振り返った、その眼の奥が光っている。
違う。何かが違う。
釆原は思った。
下からの気配は抑えの効かないものになりつつある。
奴らは気付いていないのだろうか。
いや、気付いていない方が変だ。
「あなたもそのはずです。精巧な造りの純金で、小さな細かい装飾は全て手作業で作られています。装飾の一つ一つが全て表情を変えてここにある。それは宝石一粒とってもです。あなたにも分かるはずだ。ただあなたにも分からなかったことはありますけれどね。下の気配に気付きませんか?」
「知っていますよ」
「仲間なんです。だから」
そう言って振りかぶった。
投げ落とされる香炉。
開いた大穴から投げ落とされたのである。
「あなたにそれは分からなかったでしょう」
長い髪の縛りを解く。
その表情と声は女性のそれではない。
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