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青の見ゆるを土より
1.依頼
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いつ行っても混んでいるが午後は比較的空く。
だがその日はそうではなく、堪りかねて受付嬢をどやしにかかる患者もいた。
電子盤にまだ番号はない。
そして待合は広くはない。
座席に収まっているだけでも良しとしていい。
だが、麗慈はすでに飽きている。
スマホをいじり倒す指。
「それマナーモードにしてある?」
陳ノ内は麗慈に尋ねた。
「うん、してある。いま、AIをいじっているだけだから大丈夫」
陳ノ内は溜息をついた。
「呼ばれたらここで待つ?」
「ううん、一緒に入る」
そもそも大月の息子が自分の病院に来るのに付き添っているという状況がおかしい。
と陳ノ内は思う。
慈満寺が九十九社と、死んだ被害者の葬儀を執り行って以来、陳ノ内の家に人の出入りが増えた。
何だかの日で特別学校が休みだというので、「付き添う」と言ってやって来たのが麗慈だ。
陳ノ内たちが待っているのは、整形外科の順番。
そして場所は、劒物大学病院。
*
沢田藍夢心と采も病院内に居た。
おそらく昼の休みのために、流れて来た客はだいぶ少なくなったものの、打ち合わせや午後の時間を白い食器と喧噪の中で過ごしたい人々がこのカフェに、各々腰を落ち着けている。
藍夢心と采はテーブル席で、生クリームにチョコソースのかかったモカとカフェラテの、その白いカップの温度を手で確かめるようにしながら。
「お姉ちゃんは元気?」
采は藍夢心にそう尋ねた。
「うん。獅堅はお姉ちゃんの部屋を半分とちょっと占領した」
「そう」
「でも梓犀、赤ちゃんのこと、すごく可愛がっているから父上と母上は獅堅のこと気に入ったって、言っている」
「父上と母上って言うの?」
「そうだよ。だって他の子はそんな言い方しないから、藍夢心が言うの」
采は苦笑した。
「お姉ちゃんも勉強を、通信制にしようか迷っているって言っている」
九十九社に入った根耒生祈はその後通信制の高校に、なんとか通っている。
そして道羅友葉もまた、九十九社でアルバイトをしている。
沢田藍夢心は沢田彩舞音、といっても「沢田」は彼女にとっての旧姓になったが、その妹である。
年は離れているものの顔つきは、とても彩舞音に似ている。
自分なりのおしゃれか、左右非対称の髪の長さで、それを斜めに切りそろえている。
姉の彩舞音が髪の色を頻繁に変化させることに肖ってか、そうでないか。
長い睫毛と大きな瞳。
采は藍夢心の話をじっくりと、そして長い睫毛が瞬くのをぼんやりしたように眺めていたが、腕時計に眼をやった。
「受付まだなのかしらね」
「旦那様はどんな感じだろう」
「惇公に【様】は柄じゃないよ」
「私が勝手にそう言っているだけ、だから気にしなくていいの」
采は苦笑した。
「どんな感じって?」
「症状」
「ああ、大したことないと思うけれどね。取材の時に使う機材を運んでいたら腕を痛めちゃったらしいの。どこか圧迫されたとか、そんな感じかな。処方してもらった薬は効いているよ」
「圧迫。それは重いということ? 赤ちゃんより重いのか」
采は眼をぱちくりした。
「獅堅もよく、梓犀、赤ちゃんのおしりが重いって言う」
藍夢心は言った。
采は思わずか、くすくす笑った。
*
「歪みは大分なくなりましたね。腕。白い部分、分かります?」
「ええ」
とは言ったものの、陳ノ内にはよく分かっていなかった。
CTの画像を示しながら医師は話を続ける。
「随分待ったんじゃないか」
ついでに麗慈に尋ねたが、麗慈は無言で肯いた。
医師は陳ノ内を見る。
陳ノ内はかぶりを振った。
「慈満寺の跡取りだそうですよ」
「正式に決まったわけじゃないの」
麗慈がそう言うので、陳ノ内は肩をすくめた。
「入海先生……」
「ああ、脚の方も診ておきましょうか。失礼しました」
陳ノ内は説明が面倒だったので、肯くだけにしておいた。
医師の名前は入海暁一。
整形外科では主に七番の診察室にいる。
だが陳ノ内の脚の皮膚も、ついでに診ている。
「移動に不便を感じたりしません?」
「そうでもありません。以前よりは大分」
「確かに皮膚らしい皮膚になってきてはいますね」
入海は腰を上げて席に戻り、そのままパソコンのキーを叩く。
「ではまた処方箋を出しておきますね。痛み止め」
印刷したプリントを陳ノ内へ手渡す。
「次の方~、ええと清水さんどうぞ~」
陳ノ内と麗慈が診察室を出たところで、男性が一人眼の前に。
「お、おおすみません」
危うくぶつかりそうになった。
「清水です……」
名乗るのか。
いや、名乗らなくても。
「すみませんこちらこそ」
「ん、それはもしや?」
清水と名乗った男性は、麗慈が手に持っているスマホを覗き込んだ。
「何かを学習させているようだね」
「そうだよ! 分かるの!?」
いやいやいやいや。
そうじゃない。
「AIだよ! いまね~、お経を憶えるかなって、試しているの」
「お、お経かあ。なるほど、ところで君は憶えないの?」
「憶えられないからAIがアシスタントなの。お経用のプロンプトもあるよ」
「そういう使い方もあるのか」
「清水さーん!」
ともう一度、入海が声を張り上げたので
「お、おお、今行きますよ!」
と言って二人の間を抜ける清水。
「記者の方ですね?」
陳ノ内は言われて眼を丸くした。
「怒留湯を御存知でしょう? 私一応同じ署にいる鑑識なんですよ。清水之暖です」
笑顔で言い、診察室へ入った。
*
『それでね、なんか今日は知り合いが劒物病院に多いの。お経よりみんなの声を憶えちゃうかもしれない、AI』
「それじゃ九官鳥じゃない」
『言い方キツイな~。陳ノ内さんの後輩の五味田って人も来ていたの。藍夢心ちゃんと采さんがカフェで待っていたから。その時に会った』
「仁富さんは?」
『いなかった』
「で今日は来るの?」
『九十九社? うん行くつもり』
「あたしも今向かっている所だからそろそろ切るよ!」
『はーい』
だが友葉は段ボールを抱えて持っているので、スマホを肩で支えている。
電話を切るに切ることが出来ない。
先に通話を切ったのは麗慈だった。
とりあえず段ボールを置く。
「こんにちはー! 道羅でーす! 頼まれていたカタログのサンプルまとめて持ってきました! 嘉古田さんと、島里さんとこの! 堂賀さんか根耒いますかー!」
入口で言う友葉。
九十九社のエントランス。
友葉の声はたっぷり声量があってよく響く。
やって来ていた客が驚いて振り向いた。
「ちょっと今、打ち合わせ中だからもうちょっと静かに……!」
職員が言った。
「朝比さんはもうすぐ戻ってきます。根耒なら奥で作業中です」
「ありがとうございまーす。置いときますよこれ」
エントランス入口へ入ってすぐ横に、段ボールを数個運んでドサッと置く。
友葉は奥へ向かった。
根耒生祈と道羅友葉。
友葉は生祈が通っていた桃ノ染高校では先輩だった。
今も先輩である。
先輩というか一つ屋根の下、友葉と生祈は生活スペースを共にしている。
ただ主に生祈は友葉とシェアハウス状態だが、九十九社で大きい葬儀が入った場合などは朝比の家に泊まる。
通信制の高校は生祈の高校の場合、単位制になっている。
九十九社の仕事が閑な日は仕事場からちょこちょこ、単位を取るべく画面を覗くのが生祈の日課だ。
「根耒ー!」
友葉に言われて生祈はとてもびっくりした。
「お、おかえりなさい!」
「なんだまた課題をやっていたの」
生祈は赤くなった。
生祈の髪のポイントは、慈満寺の時から少しずつ朝比に直されていたので、まだある。
今は長い髪を少し、数センチだけ短く切りそろえるようになっていた。
友葉は一方で髪を下ろし、それを飾りのピンで後ろの部分を留めて、整えていた。
蝶の金色の飾り。
「なんかご遺体の仕事でも入りましたか」
九十九社は葬儀屋なので遺体を扱うことが多い。
どこからかの不明な遺体を取り扱うこともあるし、時々警察からの依頼でご遺体に向かうこともある。
司法解剖の現場は本来正式なものではない。
だが慈満寺の一件があって以降非公式で、朝比について行きその様子を見ることもある。
生祈はご遺体に慣れることが絶対にない。断じてなかった。
いつも見るたびに真っ赤になり真っ青になり、自制が効かないと気絶するので九十九社内でも生祈の【電波】ぶりは有名に。
「根耒にとっては資金源でしょう。依頼が入ったのよ。謎解きのね」
生祈は、それを聞いて表情をパッと輝かせる。
だがその日はそうではなく、堪りかねて受付嬢をどやしにかかる患者もいた。
電子盤にまだ番号はない。
そして待合は広くはない。
座席に収まっているだけでも良しとしていい。
だが、麗慈はすでに飽きている。
スマホをいじり倒す指。
「それマナーモードにしてある?」
陳ノ内は麗慈に尋ねた。
「うん、してある。いま、AIをいじっているだけだから大丈夫」
陳ノ内は溜息をついた。
「呼ばれたらここで待つ?」
「ううん、一緒に入る」
そもそも大月の息子が自分の病院に来るのに付き添っているという状況がおかしい。
と陳ノ内は思う。
慈満寺が九十九社と、死んだ被害者の葬儀を執り行って以来、陳ノ内の家に人の出入りが増えた。
何だかの日で特別学校が休みだというので、「付き添う」と言ってやって来たのが麗慈だ。
陳ノ内たちが待っているのは、整形外科の順番。
そして場所は、劒物大学病院。
*
沢田藍夢心と采も病院内に居た。
おそらく昼の休みのために、流れて来た客はだいぶ少なくなったものの、打ち合わせや午後の時間を白い食器と喧噪の中で過ごしたい人々がこのカフェに、各々腰を落ち着けている。
藍夢心と采はテーブル席で、生クリームにチョコソースのかかったモカとカフェラテの、その白いカップの温度を手で確かめるようにしながら。
「お姉ちゃんは元気?」
采は藍夢心にそう尋ねた。
「うん。獅堅はお姉ちゃんの部屋を半分とちょっと占領した」
「そう」
「でも梓犀、赤ちゃんのこと、すごく可愛がっているから父上と母上は獅堅のこと気に入ったって、言っている」
「父上と母上って言うの?」
「そうだよ。だって他の子はそんな言い方しないから、藍夢心が言うの」
采は苦笑した。
「お姉ちゃんも勉強を、通信制にしようか迷っているって言っている」
九十九社に入った根耒生祈はその後通信制の高校に、なんとか通っている。
そして道羅友葉もまた、九十九社でアルバイトをしている。
沢田藍夢心は沢田彩舞音、といっても「沢田」は彼女にとっての旧姓になったが、その妹である。
年は離れているものの顔つきは、とても彩舞音に似ている。
自分なりのおしゃれか、左右非対称の髪の長さで、それを斜めに切りそろえている。
姉の彩舞音が髪の色を頻繁に変化させることに肖ってか、そうでないか。
長い睫毛と大きな瞳。
采は藍夢心の話をじっくりと、そして長い睫毛が瞬くのをぼんやりしたように眺めていたが、腕時計に眼をやった。
「受付まだなのかしらね」
「旦那様はどんな感じだろう」
「惇公に【様】は柄じゃないよ」
「私が勝手にそう言っているだけ、だから気にしなくていいの」
采は苦笑した。
「どんな感じって?」
「症状」
「ああ、大したことないと思うけれどね。取材の時に使う機材を運んでいたら腕を痛めちゃったらしいの。どこか圧迫されたとか、そんな感じかな。処方してもらった薬は効いているよ」
「圧迫。それは重いということ? 赤ちゃんより重いのか」
采は眼をぱちくりした。
「獅堅もよく、梓犀、赤ちゃんのおしりが重いって言う」
藍夢心は言った。
采は思わずか、くすくす笑った。
*
「歪みは大分なくなりましたね。腕。白い部分、分かります?」
「ええ」
とは言ったものの、陳ノ内にはよく分かっていなかった。
CTの画像を示しながら医師は話を続ける。
「随分待ったんじゃないか」
ついでに麗慈に尋ねたが、麗慈は無言で肯いた。
医師は陳ノ内を見る。
陳ノ内はかぶりを振った。
「慈満寺の跡取りだそうですよ」
「正式に決まったわけじゃないの」
麗慈がそう言うので、陳ノ内は肩をすくめた。
「入海先生……」
「ああ、脚の方も診ておきましょうか。失礼しました」
陳ノ内は説明が面倒だったので、肯くだけにしておいた。
医師の名前は入海暁一。
整形外科では主に七番の診察室にいる。
だが陳ノ内の脚の皮膚も、ついでに診ている。
「移動に不便を感じたりしません?」
「そうでもありません。以前よりは大分」
「確かに皮膚らしい皮膚になってきてはいますね」
入海は腰を上げて席に戻り、そのままパソコンのキーを叩く。
「ではまた処方箋を出しておきますね。痛み止め」
印刷したプリントを陳ノ内へ手渡す。
「次の方~、ええと清水さんどうぞ~」
陳ノ内と麗慈が診察室を出たところで、男性が一人眼の前に。
「お、おおすみません」
危うくぶつかりそうになった。
「清水です……」
名乗るのか。
いや、名乗らなくても。
「すみませんこちらこそ」
「ん、それはもしや?」
清水と名乗った男性は、麗慈が手に持っているスマホを覗き込んだ。
「何かを学習させているようだね」
「そうだよ! 分かるの!?」
いやいやいやいや。
そうじゃない。
「AIだよ! いまね~、お経を憶えるかなって、試しているの」
「お、お経かあ。なるほど、ところで君は憶えないの?」
「憶えられないからAIがアシスタントなの。お経用のプロンプトもあるよ」
「そういう使い方もあるのか」
「清水さーん!」
ともう一度、入海が声を張り上げたので
「お、おお、今行きますよ!」
と言って二人の間を抜ける清水。
「記者の方ですね?」
陳ノ内は言われて眼を丸くした。
「怒留湯を御存知でしょう? 私一応同じ署にいる鑑識なんですよ。清水之暖です」
笑顔で言い、診察室へ入った。
*
『それでね、なんか今日は知り合いが劒物病院に多いの。お経よりみんなの声を憶えちゃうかもしれない、AI』
「それじゃ九官鳥じゃない」
『言い方キツイな~。陳ノ内さんの後輩の五味田って人も来ていたの。藍夢心ちゃんと采さんがカフェで待っていたから。その時に会った』
「仁富さんは?」
『いなかった』
「で今日は来るの?」
『九十九社? うん行くつもり』
「あたしも今向かっている所だからそろそろ切るよ!」
『はーい』
だが友葉は段ボールを抱えて持っているので、スマホを肩で支えている。
電話を切るに切ることが出来ない。
先に通話を切ったのは麗慈だった。
とりあえず段ボールを置く。
「こんにちはー! 道羅でーす! 頼まれていたカタログのサンプルまとめて持ってきました! 嘉古田さんと、島里さんとこの! 堂賀さんか根耒いますかー!」
入口で言う友葉。
九十九社のエントランス。
友葉の声はたっぷり声量があってよく響く。
やって来ていた客が驚いて振り向いた。
「ちょっと今、打ち合わせ中だからもうちょっと静かに……!」
職員が言った。
「朝比さんはもうすぐ戻ってきます。根耒なら奥で作業中です」
「ありがとうございまーす。置いときますよこれ」
エントランス入口へ入ってすぐ横に、段ボールを数個運んでドサッと置く。
友葉は奥へ向かった。
根耒生祈と道羅友葉。
友葉は生祈が通っていた桃ノ染高校では先輩だった。
今も先輩である。
先輩というか一つ屋根の下、友葉と生祈は生活スペースを共にしている。
ただ主に生祈は友葉とシェアハウス状態だが、九十九社で大きい葬儀が入った場合などは朝比の家に泊まる。
通信制の高校は生祈の高校の場合、単位制になっている。
九十九社の仕事が閑な日は仕事場からちょこちょこ、単位を取るべく画面を覗くのが生祈の日課だ。
「根耒ー!」
友葉に言われて生祈はとてもびっくりした。
「お、おかえりなさい!」
「なんだまた課題をやっていたの」
生祈は赤くなった。
生祈の髪のポイントは、慈満寺の時から少しずつ朝比に直されていたので、まだある。
今は長い髪を少し、数センチだけ短く切りそろえるようになっていた。
友葉は一方で髪を下ろし、それを飾りのピンで後ろの部分を留めて、整えていた。
蝶の金色の飾り。
「なんかご遺体の仕事でも入りましたか」
九十九社は葬儀屋なので遺体を扱うことが多い。
どこからかの不明な遺体を取り扱うこともあるし、時々警察からの依頼でご遺体に向かうこともある。
司法解剖の現場は本来正式なものではない。
だが慈満寺の一件があって以降非公式で、朝比について行きその様子を見ることもある。
生祈はご遺体に慣れることが絶対にない。断じてなかった。
いつも見るたびに真っ赤になり真っ青になり、自制が効かないと気絶するので九十九社内でも生祈の【電波】ぶりは有名に。
「根耒にとっては資金源でしょう。依頼が入ったのよ。謎解きのね」
生祈は、それを聞いて表情をパッと輝かせる。
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