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緑静けき鐘は鳴る【上】
24.一時
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大月深記子は円山梅内の持っている、端末を見つめた。
「こうして端末の画面を眺めているより、脚を使って地下へ行ってしまった方が、朝比は地下にいるかどうかもしっかり確認出来るのにね」
そう言って苦笑する深記子。
「朝比が地下に居るという痕跡は本当に残っていない?」
「ええ、ですが例えば外部からの操作により、朝比さんのID履歴が記録から消されているとなると話は別ですが」
地下入口を前に集まっているのは、慈満寺関係者である大月深記子と僧侶の円山梅内。
そして恋愛成就キャンペーンに乗じてやって来た、根耒生祈と沢田彩舞音。
ただ恋愛成就キャンペーンというより、先輩である道羅友葉率いる「廃墟研究会」のための「調査」の目的が強かったけれど。
そして陳ノ内惇公。
朝比堂賀に用事があって、慈満寺にやって来た記者だ。
陳ノ内は情報を集めて朝比に協力をするために。
途中で生祈と彩舞音と会って、三人で一緒に大月深記子を地下入口へ連れて来た。
深記子は朝比のほか、自身の息子である大月麗慈の姿が見えないと、今探しているところ。
陳ノ内と生祈と彩舞音は、朝比と一緒に決めて、「地下に朝比と麗慈がいる」という情報を深記子に伝えていた。
その流れで、地下に朝比がいる痕跡があるかないか。
という話に至って現在。
朝比と麗慈が地下にいるとして。
地下入口の扉はIDロック盤を通して開閉をする。
その「開閉履歴」が円山梅内の持っている端末に「痕跡」として残る。
朝比と麗慈の「開閉履歴」が端末に残っていないならば、何らかの原因が挙げられるのではないか。
円山の話の概略はこんな感じだ。
生祈と彩舞音は思わずか身を、乗り出した。
「『ID履歴が記録から消されている』って、どういうことですか?」
生祈は尋ねた。
生祈と彩舞音の興味が、一時に円山の端末に注がれたのを見て、陳ノ内と深記子は苦笑する。
「確かに。そういうセキュリティへの侵入のような話は、職員の間でも話題になっていないわね。一度もまだね」
「ええ。寺のシステムやセキュリティ管理が攻撃を受けるというのは、その構築を御住職の要請により行わせていただいた我々、といたしましても。あまり心配はしておりません。少し気に掛かるのは不正アクセスのことなんです」
上方を示しながら円山は続ける。
「と言いましても二、三件です。今日も地下入口のIDロック盤と、上に設置している監視カメラに不正アクセスが」
「システム構築は円山さんがしたんですね! すごい」
「アクセスは一体何のためだったの?」
生祈と深記子の声が重なった。
「セキュリティは万全ですね、そうでしょう! だって監視カメラも付いているんだ! すごいなあ」
彩舞音が更に言う。
「一度に沢山云われてしまいました」
円山は苦笑した。
「沢田さん、でよろしいですか?」
「うん、いいよ」
彩舞音はそう言った。
「では。沢田さんが仰るように、確かにセキュリティ管理は寺として日々万全の、体勢を整えることが出来るように努めております。しかし不正アクセスがあったことは事実です。ただ、システムへの攻撃は一切ありませんでした。アクセスが内部のものかそれとも、内部のものと見せかけてVPNを通したものなのかも。所謂判然としない状態です。情けない話ですが。何のためかという目的ではやはり、地下入口を何らかの形で張っておく必要があったからだと」
「ふむー。じゃあもしかして味方とか?」
彩舞音は考え込む。
「なんか心配で勝手にアクセスして監視カメラを見ていた、とか」
「アクセスで朝比さんが地下に入ったという痕跡をわざと消したっていうより、何かもっと別の目的があったのかもしれませんね。仰った『張る』っていう感じなら、地下入口の開閉を気に掛けているって感じにも取れます」
「そうそうそんな感じ」
生祈と彩舞音はそう言った。
朝比さんは本堂の裏に居るのだから、地下に入った履歴というのは残らない。
だけれど監視カメラのこととかはちょっと気になるかな。
生祈と彩舞音は顔を見合わせる。
お互いにそんなことを考えている、と分かるような眼の色をお互いに見た。
円山は苦笑しながら言った。
「僧侶の私がこういうことを言うのはなんですが、今言った不正アクセスを含めて、寺という場所です。その場所で立つ噂の方が参拝客の方々や職員、私を含めて、寺への影響が大きい気がしていて」
「あら円山、オカルトな話じゃないのー? だなんて言わないで頂戴な」
深記子はそう言って苦笑した。
「いえ! あくまでも影響の話をしておりまして! オカルトだよーとは言っておりません」
確かに円山さんの話も一理ある。
と生祈は思ったりした。
そういえば話を聞いていると。
慈満寺は結構、セキュリティや機械化なんかにも力を入れているみたい。
だけれど「慈満寺で鐘が鳴ったら人が死ぬ」っていう噂はあるのだ。
出処はやっぱり過去に二人の人が、慈満寺の地下で亡くなっていることが第一。
亡くなった二人のうち一人は、私と彩舞音と友葉先輩が通っている桃ノ染高校の教師だったこと。
そしてその教師が、慈満寺で行われている恋愛成就キャンペーンで梵鐘が鳴っているであろう。
その時間帯に、地下にある慈満寺の宝物殿、その扉の前で亡くなっていたこと。
それも出処の第二。
亡くなった二人のうちいずれも「自然死」として処理されてしまったこと。
第三。
「オカルトだよー」も一理あるような気がする。
と生祈は考えた。
「あのう、その監視カメラにあった不正アクセスの、なんか特定は難しいんでしょうか?」
生祈が尋ねたので円山は閃いたように、言った。
「そうですね! やはり深記子さん、恋愛成就キャンペーンで梵鐘を鳴らすことを考案いたしました私としては、噂と過去二名が亡くなった事例を考え合わせまして、一時参拝の方の危険が出ませんように」
「ちょっと待ちなさいったら! さっきお参りに来て下さったお二人がまだ地下にいらしているのに、閉じるわけにはいかないでしょう!」
円山はシュンとした。
「そうでした。あの御二方は納骨堂にいらっしゃいますね。端末履歴によると」
「納骨堂もIDロック盤なんですか?」
「ええ。ですからこうロックが」
円山は彩舞音に端末を見せた。
「ほえー」
彩舞音が言う。
「なら、お墓詣り中に扉閉まって開かないとかだったらめっちゃ、オカルトなんでやめといたほうがいいですね。それは怖いからあたしも嫌です。開けといてください!」
彩舞音は言った。
「ええ、その通りですね」
円山は苦笑する。
「いい円山? 恐らく夫が本堂に皆引き連れて到着している頃でしょうから、それは祈祷の準備のためなのだけれどまず、こちらへ連れて来ましょう! 私はとりあえず地下に行ってくる!」
「え、ちょ、ちょっと!」
円山の止めに入るのを、深記子は躱した。
それで結局、大月深記子と僧侶の円山梅内は一緒に地下に下りることになった。
いま本堂に到着しているであろう、大月紺慈には円山が連絡を入れる。
陳ノ内と生祈と彩舞音は、地下入口へ深記子を無事に誘導し終わった。
地下入口前で三人だけだ。
さて、どうしようか。
「じゃあ、いざ朝比さんと麗慈くんと友葉先輩がいる本堂裏へ、行くぞー! って感じですかね!」
「そうだな」
彩舞音が言って、陳ノ内は笑って返す。
三人で今度は歩き出す。
次は朝比さんに、陳ノ内さんの持っている慈満寺関係者のファイルを渡すので、そのために本堂裏に行くのだ。
朝比堂賀さんは今、「慈満寺の鐘が鳴って人が死ぬ」。
その噂の調査に乗り出している。
だから恐らく彼は、「慈満寺で亡くなった人が居た場所」というのも気になっているはず。
慈満寺で「自然死」として処理された、亡くなった人が居た場所。
それは地下である。
更にもっと言うと地下にある「宝物殿」という所の扉の傍が中心になっている。
朝比さんはその「宝物殿」と扉の調査を、既にしているのかな。
更に言えば、大月深記子さんが語っていた宝物殿の扉のことについて、何か知っているのかな。
更に更に言うと、友葉先輩と私と彩舞音も、恋愛成就キャンペーンの抽選に当たったから慈満寺に来ているわけだけれど。
一番気になるのは朝比さんと同じく「調査」なのだ。
そんなことを生祈は考えていたので、陳ノ内と彩舞音に少し出遅れてしまった。
少し小走りになって、陳ノ内の隣を歩く。
「こうして端末の画面を眺めているより、脚を使って地下へ行ってしまった方が、朝比は地下にいるかどうかもしっかり確認出来るのにね」
そう言って苦笑する深記子。
「朝比が地下に居るという痕跡は本当に残っていない?」
「ええ、ですが例えば外部からの操作により、朝比さんのID履歴が記録から消されているとなると話は別ですが」
地下入口を前に集まっているのは、慈満寺関係者である大月深記子と僧侶の円山梅内。
そして恋愛成就キャンペーンに乗じてやって来た、根耒生祈と沢田彩舞音。
ただ恋愛成就キャンペーンというより、先輩である道羅友葉率いる「廃墟研究会」のための「調査」の目的が強かったけれど。
そして陳ノ内惇公。
朝比堂賀に用事があって、慈満寺にやって来た記者だ。
陳ノ内は情報を集めて朝比に協力をするために。
途中で生祈と彩舞音と会って、三人で一緒に大月深記子を地下入口へ連れて来た。
深記子は朝比のほか、自身の息子である大月麗慈の姿が見えないと、今探しているところ。
陳ノ内と生祈と彩舞音は、朝比と一緒に決めて、「地下に朝比と麗慈がいる」という情報を深記子に伝えていた。
その流れで、地下に朝比がいる痕跡があるかないか。
という話に至って現在。
朝比と麗慈が地下にいるとして。
地下入口の扉はIDロック盤を通して開閉をする。
その「開閉履歴」が円山梅内の持っている端末に「痕跡」として残る。
朝比と麗慈の「開閉履歴」が端末に残っていないならば、何らかの原因が挙げられるのではないか。
円山の話の概略はこんな感じだ。
生祈と彩舞音は思わずか身を、乗り出した。
「『ID履歴が記録から消されている』って、どういうことですか?」
生祈は尋ねた。
生祈と彩舞音の興味が、一時に円山の端末に注がれたのを見て、陳ノ内と深記子は苦笑する。
「確かに。そういうセキュリティへの侵入のような話は、職員の間でも話題になっていないわね。一度もまだね」
「ええ。寺のシステムやセキュリティ管理が攻撃を受けるというのは、その構築を御住職の要請により行わせていただいた我々、といたしましても。あまり心配はしておりません。少し気に掛かるのは不正アクセスのことなんです」
上方を示しながら円山は続ける。
「と言いましても二、三件です。今日も地下入口のIDロック盤と、上に設置している監視カメラに不正アクセスが」
「システム構築は円山さんがしたんですね! すごい」
「アクセスは一体何のためだったの?」
生祈と深記子の声が重なった。
「セキュリティは万全ですね、そうでしょう! だって監視カメラも付いているんだ! すごいなあ」
彩舞音が更に言う。
「一度に沢山云われてしまいました」
円山は苦笑した。
「沢田さん、でよろしいですか?」
「うん、いいよ」
彩舞音はそう言った。
「では。沢田さんが仰るように、確かにセキュリティ管理は寺として日々万全の、体勢を整えることが出来るように努めております。しかし不正アクセスがあったことは事実です。ただ、システムへの攻撃は一切ありませんでした。アクセスが内部のものかそれとも、内部のものと見せかけてVPNを通したものなのかも。所謂判然としない状態です。情けない話ですが。何のためかという目的ではやはり、地下入口を何らかの形で張っておく必要があったからだと」
「ふむー。じゃあもしかして味方とか?」
彩舞音は考え込む。
「なんか心配で勝手にアクセスして監視カメラを見ていた、とか」
「アクセスで朝比さんが地下に入ったという痕跡をわざと消したっていうより、何かもっと別の目的があったのかもしれませんね。仰った『張る』っていう感じなら、地下入口の開閉を気に掛けているって感じにも取れます」
「そうそうそんな感じ」
生祈と彩舞音はそう言った。
朝比さんは本堂の裏に居るのだから、地下に入った履歴というのは残らない。
だけれど監視カメラのこととかはちょっと気になるかな。
生祈と彩舞音は顔を見合わせる。
お互いにそんなことを考えている、と分かるような眼の色をお互いに見た。
円山は苦笑しながら言った。
「僧侶の私がこういうことを言うのはなんですが、今言った不正アクセスを含めて、寺という場所です。その場所で立つ噂の方が参拝客の方々や職員、私を含めて、寺への影響が大きい気がしていて」
「あら円山、オカルトな話じゃないのー? だなんて言わないで頂戴な」
深記子はそう言って苦笑した。
「いえ! あくまでも影響の話をしておりまして! オカルトだよーとは言っておりません」
確かに円山さんの話も一理ある。
と生祈は思ったりした。
そういえば話を聞いていると。
慈満寺は結構、セキュリティや機械化なんかにも力を入れているみたい。
だけれど「慈満寺で鐘が鳴ったら人が死ぬ」っていう噂はあるのだ。
出処はやっぱり過去に二人の人が、慈満寺の地下で亡くなっていることが第一。
亡くなった二人のうち一人は、私と彩舞音と友葉先輩が通っている桃ノ染高校の教師だったこと。
そしてその教師が、慈満寺で行われている恋愛成就キャンペーンで梵鐘が鳴っているであろう。
その時間帯に、地下にある慈満寺の宝物殿、その扉の前で亡くなっていたこと。
それも出処の第二。
亡くなった二人のうちいずれも「自然死」として処理されてしまったこと。
第三。
「オカルトだよー」も一理あるような気がする。
と生祈は考えた。
「あのう、その監視カメラにあった不正アクセスの、なんか特定は難しいんでしょうか?」
生祈が尋ねたので円山は閃いたように、言った。
「そうですね! やはり深記子さん、恋愛成就キャンペーンで梵鐘を鳴らすことを考案いたしました私としては、噂と過去二名が亡くなった事例を考え合わせまして、一時参拝の方の危険が出ませんように」
「ちょっと待ちなさいったら! さっきお参りに来て下さったお二人がまだ地下にいらしているのに、閉じるわけにはいかないでしょう!」
円山はシュンとした。
「そうでした。あの御二方は納骨堂にいらっしゃいますね。端末履歴によると」
「納骨堂もIDロック盤なんですか?」
「ええ。ですからこうロックが」
円山は彩舞音に端末を見せた。
「ほえー」
彩舞音が言う。
「なら、お墓詣り中に扉閉まって開かないとかだったらめっちゃ、オカルトなんでやめといたほうがいいですね。それは怖いからあたしも嫌です。開けといてください!」
彩舞音は言った。
「ええ、その通りですね」
円山は苦笑する。
「いい円山? 恐らく夫が本堂に皆引き連れて到着している頃でしょうから、それは祈祷の準備のためなのだけれどまず、こちらへ連れて来ましょう! 私はとりあえず地下に行ってくる!」
「え、ちょ、ちょっと!」
円山の止めに入るのを、深記子は躱した。
それで結局、大月深記子と僧侶の円山梅内は一緒に地下に下りることになった。
いま本堂に到着しているであろう、大月紺慈には円山が連絡を入れる。
陳ノ内と生祈と彩舞音は、地下入口へ深記子を無事に誘導し終わった。
地下入口前で三人だけだ。
さて、どうしようか。
「じゃあ、いざ朝比さんと麗慈くんと友葉先輩がいる本堂裏へ、行くぞー! って感じですかね!」
「そうだな」
彩舞音が言って、陳ノ内は笑って返す。
三人で今度は歩き出す。
次は朝比さんに、陳ノ内さんの持っている慈満寺関係者のファイルを渡すので、そのために本堂裏に行くのだ。
朝比堂賀さんは今、「慈満寺の鐘が鳴って人が死ぬ」。
その噂の調査に乗り出している。
だから恐らく彼は、「慈満寺で亡くなった人が居た場所」というのも気になっているはず。
慈満寺で「自然死」として処理された、亡くなった人が居た場所。
それは地下である。
更にもっと言うと地下にある「宝物殿」という所の扉の傍が中心になっている。
朝比さんはその「宝物殿」と扉の調査を、既にしているのかな。
更に言えば、大月深記子さんが語っていた宝物殿の扉のことについて、何か知っているのかな。
更に更に言うと、友葉先輩と私と彩舞音も、恋愛成就キャンペーンの抽選に当たったから慈満寺に来ているわけだけれど。
一番気になるのは朝比さんと同じく「調査」なのだ。
そんなことを生祈は考えていたので、陳ノ内と彩舞音に少し出遅れてしまった。
少し小走りになって、陳ノ内の隣を歩く。
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