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緑静けき鐘は鳴る【中】
4.収集
しおりを挟む「ええ」
朝比堂賀はスマホに向かって微笑んだ。
といってもカメラは使っていない。
スマホでの会話だ。
だから、朝比さんの表情が彩舞音に届いたかは疑問である。
と根耒生祈は思う。
スマホの相手は沢田彩舞音。
電話の向こうは彩舞音の一方で。
生祈のスマホの周りには三人。
朝比、それから陳ノ内惇公と大月麗慈。
ちゃぶ台にて。
茶の湯呑二つ。
二百五十ミリリットル容器のコーヒー飲料二つ。
「予想っていうとさ、やっぱり自然死っていう表現は不自然になるってことなのかな」
生祈は彩舞音へ尋ねる。
彩舞音の予想。
自然死か、それとも不自然か。
慈満寺。
地下内部にて、遺体が発見された。
地下は過去にも二名、亡くなった人がいる。
その二人の死因は「自然死」として処理されている。
スマホの前の生祈と、電話に出てくれた彩舞音。
そんな話題を展開中。
彩舞音は「自然死」では納得いかないという。
『あたしとしてはね不自然と、思いたいなと言えば。そうなる。追加で質問したいことがあるんだが。いいかな』
「うんいいよ」
『今ゴロウは、倒れた状態から回復したっていうことよね』
「そう」
生祈は気絶をしていた。
そこから覚醒し、今は慈満寺会館内。
とある和室に居る。
和室に四人。
『そんで堂賀さんたちと一緒に居ると。で、麗慈くんはそこへいるの』
「いるよ」
麗慈は言った。
『じゃ堂賀さんへ渡すファイルやらなんやらは、とりあえずオーケーね』
陳ノ内は朝比へ、慈満寺関係者のファイルを渡した。
その予定で、陳ノ内は慈満寺へやって来ていた。
「自然死」の件。
主な目的は調査のためである。
朝比は個人的に、情報を陳ノ内へ頼んでいたのである。
『一応合流も出来たから、それは大丈夫と。友葉先輩は?』
生祈はハッとした。
「それは」
地下で亡くなった人が出たという話は今、彩舞音にしていない。
今後もする予定はない。
今はまだ。
生祈は、朝比と陳ノ内の顔を交互に見た。
そして二人ともに、顔を見合わせている。
生祈は言った。
「あのね。友葉先輩も倒れたんだ。あたしとは少し状況が違うの」
それから道羅友葉が、今は劒物大学病院へ居るということを。
彩舞音へ伝える。
驚いた様子だ。
いろいろ言ってきた。
体調は安定しているらしいということを伝える。
なんだかホッとした様子になる。
『そっか。あたし……』
立て続けである。
生祈と友葉は倒れた。
ただ生祈の場合と、友葉は少々事情が違った。
友葉は劒物大学病院だ。
生祈は和室である。
『じゃあ、ええとね。ちょっと整理してみる。友葉先輩とゴロウは地上にいて倒れたっていうことになる。そう?』
「そう。地上って言うと大げさかもしれないけれど。ただ、倒れたっていうのはそう」
『うん』
彩舞音は続ける。
『となればなんだか複雑になる』
慈満寺の地下で、遺体が出た。
地上では生祈と友葉が倒れた。
恋愛成就キャンペーンの時間内だ。
鳴っている梵鐘。
過去の二名の遺体と、それから今回と。
そして梵鐘の音はない今。
「何か考えがまとまっていたりする?」
『うーん。亡くなって過去二人っていうのは地下でだった。地面の上ってなってくると話が複雑だと思う』
「何か、掴んでいそうな感じがするね」
『ちょっと、ちょっと待って! 考えてみる。考えるよ。で、そしたらあたしは慈満寺へ顔を出そう。先に友葉先輩のお見舞いへ行って来る。その他済ませたい用事もあるから』
「あたしも、お見舞いに行きたいよ」
『予定が合えば一緒に行こう。ただ予定っていっても、ゴロウは今日どうすんの』
「あ」
考えていなかった。
そう、こんなことになるとは。
倒れるだなんて、思ってみないことだった。
生祈はただ、慈満寺へ来るだけの予定でいたのだ。
最初は、友葉率いる「廃墟研究会」が多大なる興味を示す、慈満寺の噂の調査。
そういう名目だった。
それが出発点だった。
桃ノ染高校の三人。
何か調べるなんて、大したものにもならない。
そのはずだった。
そして大したものにはならないという前提の元で、三人は大いに首を突っ込んだ。
だが本格的ではない。
そのはずだった。
生祈としては、彩舞音に「恋愛成就キャンペーンへ一緒に来て」と言われたことがとても大きい。
友葉の調査に同行。
鳴る梵鐘を聴く。
少し考えを巡らせる。
慈満寺本堂内を歩き回る。
それらしい謎への見解を三人でまとめる。
帰宅する。
やりたくない夏休みの宿題に手をつける。
そんな一日の予定でいた。
そのはずだった。
ちなみに恋愛成就キャンペーンへの参加をと思ったのは。
彩舞音に誘われたこと以外もあった。
生祈は生祈で楓大という男性と別れて傷心だった。
友葉は彩舞音が勝手に、抽選へ押し込んだ感じである。
大きく変わった事情。
楓大と別れたという話は、彩舞音に言ってある。
だが恋愛成就キャンペーンの中で大幅に変わった。
生祈は「それらしい謎への見解」どころか、慈満寺という場所に巻き込まれている形だ。
気絶した。
興味を持った謎。
大したものにはならない。
その前提だったのだ。
「どうしよう。考えていなかった。とりあえず、四人でいるから話の続きをすると思う」
生祈は慌てて言った。
彩舞音の笑うのが聞こえてくる。
『とりあえずの予定は決まっているじゃない』
「うん」
『あたしも地下のことについては、いろいろ考えてみるよ。四人で話をして何か分かったら教えて。ゴロウも休んだ方がいいと思うし。今はどこ』
「慈満寺の会館の中だよ。和室にいる。でも正確にはどこだか分からなくて」
生祈は苦笑した。
『休めている感じはある』
「うん」
『友葉先輩のお見舞いについても、いろいろ決めたら連絡を入れる』
「分かった」
「で、いかがでしたか」
朝比は尋ねる。
「え」
生祈は眼をぱちくり。
朝比は言った。
「と言いますと」
「言いますと、と言われましても」
「何も訊き出せませんでしたか」
「そういうことになります」
生祈はシュンとする。
朝比は微笑んだ。
何か掴んでいるような、そんな印象を受けたなあ。
彩舞音の話を聞いた感触では、である。
私は掴んでいない。
慈満寺にまた顔を出すと言っていた。
私と友葉先輩は倒れた。
ただ、そのことで何か掴んだことになるのだろうか。
一個だけピンと来たことがある。
と生祈は考えている。
友葉のピルケースだ。
なんか今日二回くらい出していた。
更に言えば高校でも、一回か二回見た気がするけれど……。
あまり今は深く聞かないと思う。
あのピルケースは今回の、友葉先輩の倒れたことと関係があるのかもしれない。
「それで」
生祈は再び口を開いた。
「彩舞音は地下で亡くなる人が出る件、自然死ではないと思っているって」
「ええ。麗慈」
「はい!」
麗慈は敬礼した。
いつの間にか正座になっている。
朝比は続けた。
「そちらは」
「音でしょう?」
「ええ」
「それは収穫があったんだよ」
「ほう」
「鳴った」
「なるほど」
言った途端、朝比は畳へごろっと、雑魚寝の姿勢を再開。
「収穫ですね」
「うん!」
麗慈は照れ笑いをした。
「音ってなんだ?」
陳ノ内が尋ねた。
「音だよ」
「それは分かるよ」
陳ノ内は苦笑する。
「ええと」
麗慈は考えこんだ。
「一応の慈満寺関係者、として発見したことが一つあるんだ」
「なにを」
「と言っても最近なんだけれど。ぼくは本堂裏へ行くことが多い。以前もたぶんそれと偶然重なったんだと思う。のだけれど」
麗慈は一呼吸置いた。
「恋愛成就キャンペーンの話だ。過去に二人の人がってのは省略する。地下の件は寺としても大変なことだった。大騒ぎになった。ただ梵鐘が鳴る前までは、そんな感じでもなかった。で、ぼくもその時手伝いとか作業とか、仏像さんに関することで本堂裏へ行っていた。職員さんも一緒に。掃除もあった。それで梵鐘が鳴った時に、しばらくして別の音を聴いたの」
生祈は尋ねる。
「恋愛成就キャンペーンなら祈祷の音じゃない」
「いろんな音が大きいからね。聞き逃そうと思えば、出来たかもしれない。祈祷の音じゃない。ただ何の音かは分からない。その聴いた音に近いような気がした。今日聴いた音も」
「今日聴いた音……」
「そう」
「聴こえたの?」
「うん。ただ録音はしていなかったし、友葉ちゃんは倒れちゃった。だからぼくが聴いたってだけだ。何にもあとはないの。で、さっきは実験していた」
「それで、堂賀さんは梵鐘を鳴らしたっていうこと?」
「そういうことだ」
麗慈はまた腕を組んで、うんうん肯いた。
「ただですね。堂賀さんが鳴らしても、それらしい音は何もなかったの」
麗慈は続けた。
生祈は言う。
「友葉先輩が本堂裏でっていうのは。その音に関することで一緒に作業を」
「そう。堂賀さんには、何か分かったかもしれない。だがしかしぼくには、何も分からない」
そうか……。
なんだか生祈は変に納得していた。
生祈自身にも何も分からない。
朝比は畳へ、雑魚寝の姿勢を崩さずにいる。
「収穫ですよ」
朝比はその姿勢のままで言ったから、声が若干小さい。
「あのう」
生祈は尋ねてみた。
「朝比さんは梵鐘を鳴らしてみて、何か分かったことはありましたか?」
「分かったこと」
「いえその、何か収穫っていうから」
「そうですね。アツ、取調の方は」
「ああ。俺たちの所にも周って来るはずだよ。ただ無理をしないというのが第一条件だな」
「ええ。調子はどうです」
朝比は生祈へ尋ねる。
「ああ、えっと。大丈夫だと思います」
朝比はそのままごろりと、天井を仰向いた。
「梵鐘だけでは足りないようです」
「足りない?」
「ええ。第一条件にはなり得ない」
「なり得ない」
ちんぷんかんぷん。
「取調は受けるの?」
麗慈は生祈へ尋ねた。
「受ける。と思う」
「受けないかもしれない?」
生祈はかぶりを振る。
そう。
刑事の場合は正式な捜査であり、生祈はそれに役に立つ情報を。
現時点で何も持っていない。
というか持っている自覚を持つことが出来なかった。
何故か。
気絶したからである。
「取調は強要されるものでは、ないと思うよ」
と陳ノ内。
「俺は逆に、慈満寺の職員にいろいろ訊きたい立場だけれどね」
陳ノ内は苦笑して言った。
記者さん。
記者さんとしては、情報があれば新聞を書く立場。
三人目の今回の亡くなった人の件について。
自然死かどうかというのは、三回目になった今は情報として載るか否か。
刑事さんも調べを進めるはずだ。
気絶以前に分かったこと。
私には何が分かっただろう。
「遺体は慈満寺にあるらしい。今はね」
陳ノ内は朝比へ尋ねる。
「慈満寺内にあるのでしたら、九十九社へ運びましょう」
「葬儀屋だものな」
「ええ。検死もこちらで」
検死……。
生祈は陳ノ内へ尋ねた。
「今ここに来ているのは、どこの署の」
「西耒路署」
「西陣と近い署」
「うん」
生祈の住所は火園地区だ。
電車とバス。
線路は慈満寺にも通る。
西陣は駅名として、生祈は知っているのみである。
西耒路署も名前だけは知っていた。
九十九社と劒物大学病院からも交通の便が良い場所にある。
ということなのだろう。
「九十九社は西陣九丁目だよ」
「そうなの」
「うん」
麗慈は生祈へ言った。
朝比はあくびを。
応援ありがとうございます!
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