推測と仮眠と

六弥太オロア

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  「鳴」を取る一人

36.

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慈満寺じみつじで鐘が鳴ると人が死ぬ」という噂。
まさに、この場。

それにも関わらず、今日きょうび。
慈満寺の参拝客に好評なのが、恋愛成就キャンペーンである。

人の流れは、着実に確実に本堂へ向かっている。
それを、ゆっくり眼で追う男が居る。

別に近づかず、普通に歩みを進める。
山門側から。
段々。順々。
急がずゆっくり。

敷地と参道。
各々、時間を過ごす参拝客側。
真っ直ぐ、どんどん男は歩いて行く。

石床。
常香炉じょうこうろ
線香を灯す人。
手水舎ちょうずしゃで水を蹴とばす人。
跳ねかす奴ら。






ぐっと近づいた本堂。
恋愛成就キャンペーンが始まる、ほぼ同時刻。
件の慈満寺、噂の中心。
となっているであろう、鐘楼しょうろう

男は二人。三人ら。
仲間を伴っており。
何事か話す。

午後三時四十分。
恋愛成就キャンペーン開始。

一発目。
鳴った梵鐘ぼんしょう
別にびくともしない鐘。

割と近い位置で鳴った。
ぐっと、眉をしかめる男。

仲間の二人、三人らとは離れて、ただ単独になる。
少なくない、参拝客の中。






敷地。そして参拝客。
老若男女の姿。

石段から、慈満寺じみつじの山門まで上がって来た時と比べる。
参拝客は格段に、着実に増える。多い。
キャンペーン。

男女比で見てみる。
正確かは微妙。
二人、一緒に来ている者らが、圧倒的に。
恐らくこちらは「関係の発展を願って。祈願したい」。
一人の女性の多くは、「これからの恋愛成就を」。
見当がつくように?
割と素朴な動機で。
各々。別々に。






一輔いちすけさん」

仲間の一人が来て、男に言う。

鐘搗深記子かねつきみきこは地下入口へ向かったらしい」

「俺が話を出したから。そっち系統に別の気掛かりが、出来たかな」

「さあ……どうでしょう」

「順々に、単独行動だな」

一輔と呼ばれた男。
仲間と二手に分かれる。






割と分厚い、ニット帽。
脚にはサンダルを突っ掛ける。
ジーンズに、だらしないシャツ。
顎の無精髭。

一輔と呼ばれる男。
苗字が、降旗という。
恋愛成就キャンペーンに来るような具合の、人相をしてはいない。
そして慈満寺にも。
着衣からして、そういう色の人物ではない。

二発目。
鳴った梵鐘ぼんしょう
降旗ふりはたは、どん、と。
人とぶつかる。

「ああ、すみません!」

まず女性は、やたら大声で言う。
降旗は無言で歩いて行く。
移動。






梵鐘の音。
三半規管が、少しの間イカれそう。
イカれるだろう。
だとしても、別に変ではないだろう。
とか降旗は思っている。

周囲の雰囲気に、あまり溶け込まない。
恰好からしても雰囲気と、根本から程遠い。
降旗一輔ふりはたいちすけ本人も、恋愛成就キャンペーンに応募していない。
わざわざ?
何故?






意見を少しも変えそうにない。
鐘搗という夫婦は、まず一度も首を縦に振らない。
振りそうもない。

鐘搗側は、宝物殿に関する意見も具合も変えない。
恋愛成就キャンペーン。
慈満寺の立て直しに、一躍買った企画。
だがその一方、俺ら側。
鐘搗から、小さな微妙なことでも。別のことでも。
何一つ聞き出せていない。

首の微妙なネックレス。
ジーンズ。
振動が来る。
仲間からの電話だろう。






近づきつつある、慈満寺の地下入口側に。
降旗が視線を向けた先。

参拝客二人。
鐘搗深記子ともう一人。
あと、僧侶が出てくる。
入口から。

恐らく鐘搗は件の地下へ、僧侶を伴って様子を見に行った。
そんな具合だろう。

鐘搗は会館に戻るか?
もう一度、順を追ったら話をするか。
一度切り上げられた。
その話に、鐘搗が同じ日に乗って来る可能性は。
まず、ないだろう。
微妙にでも。

とか。
降旗は一人思ったりする。
独り言ちたりする。






慈満寺側が、件の扉についてどう動くか。
時期を待った。

だが鐘搗は、扉に向けた行動は何ら起こさない。
俺が着実に、何度か話を持って行けたら、少し状況も変わるだろう。
だがその前に、キャンペーンで二人死んだ。
地下で。

宝物殿の扉。
俺はけないと。
次の交渉に移ることが出来ない。

慈満寺はかつて、資金繰りに困ったことがある。
それに関わったのが、俺ら側。
正確には、少し規模のでかい話。

鐘搗が一向に、首を縦に振らないので、微々とも進まない。






件の、宝物殿の扉。
今はかない。
だがその逆を取らないと。

寺側から言えば、「不正」の類にあたる。
だが俺の行動は今なら。

鐘楼しょうろうと本堂、それから地下。
各々、位置的に別々で距離はあるものの。
敷地としては一つ場所に、収まっている。

今の恋愛成就キャンペーンのように、鐘楼と本堂に参拝客が集中している場合。
地下入口への、慈満寺側の関心は微妙に薄れる。
参拝客の関心も薄れる。
鐘搗もだろう。
それで行けば、俺の姿が人目に触れることも少ない。

という見当。
セキュリティに関しては、既に把握している。






先客が居るようだ。
そう降旗は思った。

景色。
再度振動。
あるいは、出たらどうか。
電話。

先客が居るのなら、大体において。
近づくのはまずい。
人目に触れる。






慈満寺の境内には、まあいろいろある。
実際に慈満寺に赴いたのは、降旗の場合数回。
主に鐘搗側との話し合いを持つ。
降旗側にとっては、根本はそれだけ。

いろいろと眼に止まったもの。
参拝客、参道。
帯に、とりどりの色。
着物の姿。
石床、常香炉じょうこうろ
手水舎ちょうずしゃ、立て看板。
幅広いお堂がいくつか。
鐘楼しょうろう本堂ほんどう
別々に点々と、置かれる地蔵。
背の高い石が群れる。

石。
先客を見張るには、位置も高さもいい具合だろう。
  
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