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「問」を土から見て
28.
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例えばこう。
洋見仁重。
洋見は自ら自白したので、西耒路署にいる。
今さら怪しむべき点とはなんだ。
「力江航靖を殺った」と言ったらしい彼。
自白のことは公になった。
いま、洋見について血縁の情報を調べる必要はあるのだろうか。
杵屋依杏としては、それが正直なところ。
伊豆蔵蒼士。
既に彼は亡くなっている。
後から、その事実が分かったということだ。
頭蓋骨が伊豆蔵であったということ。
すぐにはそれは分からなかった。
調べる範囲は、こんな感じで広がっていく。
次。
賀籠六絢月咲。
T―Garme、としては現在活動を休止中だ。
八重嶌郁伽の考えを飛躍として考えた場合でも、依杏は避けて通ることが結局出来ず。
郁伽と同様、絢月咲が何かしたのではないかと。
郁伽の「女性の組員」説を入れた場合、ということだ。
女性という共通点。
依杏と郁伽の頭の中にまず上がるのが、絢月咲の名前である。
安紫会での盗難とのつながり。
企画動画が流れたら困ってしまう人?
Se-ATrecは果たして、どうだったのだろうか。
珊牙さんは道々で連携という言葉を使っていた。
賀籠六絢月咲さんや、シーアトレックのようなバーチャルアイドル。
彼女らが企画動画を撮るといって。
動画自体は、西耒路署向けに配信されたものだ。
それを実際に配信した場所としては、安紫会の事務所。
珊牙さんの考えでは、西耒路署と各所の連携ということになる。
絢月咲さんの場合で言えば、何か安紫会の連携というのはあったのだろうか。
あるいは。
安紫会の若頭に会ったことがあるのか。
いや、会ったことがあるのは中逵景三さんと螺良青希さんである。
中逵さんに螺良さんは劒物大学病院として、である。
安紫会の往診へ若頭を訪ねるにあたり、入海先生が訪問する前の段階で訪れていた。
そして、軸丸書宇さん。
三人で往診の前段階を担当した。
その時には若頭は、既に頭蓋骨だったということになる。
中逵さんと螺良さんは事務所へ行って、何を話したのだろう。
自分たち自らで名乗りを上げて、出向くことにしたのだろうか?
それには、何か血縁と関係のあることだった?
釆原凰介。
「どう」
声を掛けた。
依杏は顔を上げる。
釆原さんなら、中逵さんと螺良さんから。
ある程度話を聞いている、ところもあるだろう。
「珊牙の仮説だね」
手元の資料を見ながら、釆原はそう言った。
依杏は肯く。
「ただ、阿麻橘組の中に。安紫会の血縁の人がいるっていうのは考えにくい。とか思います」
「だろうね」
怪しいのは組事務所の面々だろう。
その見方が西耒路署にも強かった。
当然だ。刑事と組だから。
だけれど。その組に関する情報というのは、意外と少ない。
釆原としても、集めるのに苦慮したらしい。
とか。
「あと軸丸さん」
と依杏。
軸丸書宇。
薬物分野の研修医ということだから、薬物には強いと判断していていい。
と依杏は思う。
「力江の件だけれど」
釆原は腰掛けた。
居間の椅子。
それから資料を置いてあるのはテーブルで、いまここは依杏と郁伽の住まい。
シェアハウス。狭いとも広いとも言い難い。
資料をめくる釆原。
「西耒路署のデータベースで。力江の身体から検出された、薬物はヒットしなかったと」
「捜査情報ですよね」
「たぶん」
言って苦笑。
「情報は軸丸から。データベースでヒットしない薬物なら、何か劒物大学病院でヒットするものはないか。西耒路署はそう考えたって」
「それで軸丸さんも知っていると」
釆原は、中逵と螺良の資料を眺める。
「今、若頭の血縁だっていう人を中心に洗っている?」
「です」
確信はない。
だが依杏の頭の中では、数登の見方も多分に含んでいる。
依杏。
「頭蓋骨で発見されたのは、伊豆蔵蒼士さんです。何故、頭蓋骨になっていたかっていうのもあります。だから、私たちが血縁を辿っているのは若頭なんです。今事務所にいるであろう、若頭ではなくて」
依杏は唾を呑み込んだ。
生きているように見えた若頭。
「劒物大学病院の連中。往診へ行くぐらいだからな」
依杏はきょとんとする。
釆原。
「その辺、何か知っているっていう可能性もある。というのは俺の意見じゃなくて、軸丸からの参考意見だけれど」
「軸丸さんは、それもすでに知っている」
なんだか軸丸さんの方が持っている、情報量多い気がするなあ。
釆原。
「いや、頭蓋骨の件について。DNA鑑定の結果が出るまでは、公になっていなかった。軸丸も今まで、事務所の若頭がそうだと思っていたと」
「事務所で会った若頭が生きていた。と思っていたということですね」
「そう。頭蓋骨じゃなくてね」
あの若頭は誰なのか。
「ただ軸丸に関する限り、自分で事務所に行くと。名乗り出たというわけではない」
「往診の前段階の話で」
「そう。その辺、中逵と螺良に話を訊いても。あまり判然としなかった」
「うーん」
何故そこが判然としないか。
一番と気になるところなのになあ。
「劒物大学病院の方に、事実を知る人はいなかった。とも考えられますけれど。あるいは」
知っていても一部隠そうとしている人がいるか、だ。
頭蓋骨が発見された時点で、事務所へ行った入海先生が会おうとしていた人物。
あるいは、中逵さんと螺良さんと軸丸さんが会った人物。
それは若頭ではなかったことになる。
しかし、中逵さんと螺良さんがあらかじめ、そのことを知っていた上で。
入海先生を事務所へ行かせることにしたのなら?
とにかく頭蓋骨に、注意は払わなかった。
その点では同じなのかもしれないけれど。
「あくまでも入海先生自身の時間があいていたから。行ったというか行かされたというか? そんなふうに聞いた。俺はね」
「入海先生に直接ですよね」
釆原は懐を探った。
「軸丸から」
「え」
依杏は眼をぱちくり。
「薬物の方と、それから依杏ちゃんの方のデータ解析も終わったと」
「薬物。それは、劒物大学病院側としてですか」
「そう」
データベースのことだ。
薬物と言って調べていたのは、清水颯斗と歯朶尾灯。
思えば依杏は。清水と歯朶尾とは、安紫会の件があって以降。
結構頻繁に顔を合わせていたように個人的には思っていた。
歯朶尾に関しては、そうでもなかったかもしれない。
ただ人物としての印象が、強かったのはそう。
歯朶尾はバーチャルアイドルのファンだというのを、依杏は清水から聞いた。
今バーチャルアイドルのことだけを抜き出して考えるのであれば、依杏や九十九社を除き。
いや、郁伽は例外かもしれない。
その周りの人々に浸透しつつあるのがバーチャルアイドルで、それは先ほど疑問に挙げていた中逵の周辺でも、例外ではないようだった。
シーアトレックが配信したとされる企画動画。
それがブラックアウトした時。
大声で取り乱していたのが、歯朶尾だった。
依杏に向ける視線が、少々冷たかったのも歯朶尾だった。
とはいえ取り乱す鑑識というのは、依杏はドラマでもあまり見たことがない気がする。
ので気になったのである。というか印象に残った。
それを冷静にたしなめている清水も清水だった。
要するに、西耒路署の鑑識にはキャラの濃さが目立つのだ。
その時の音声もスマホで録音しておいた依杏。
解析結果は眼前。
安紫会の親分もそうだし、いずれにしても音声をサンプルとしたことについては、歯朶尾らにも鮫淵柊翠にも依杏は伝える機会がなかった。
スクリーンがブラックアウトしたこと。
スマホの画面もブラックアウトしたこと。
その時、自分のスマホを見ていなかった。
大騒ぎだったガサ入れ中の、只中で見る暇がなかった。
その後、落ち着いてから確認をしたら、スタート画面になっていた。
あまり長い時間録音出来ないのはそうである。
ともすると依杏のスマホへも影響はあったのかもしれない。
「薬物が」
「そう。軸丸の話だと、薬物ご法度の組から回って来るサンプルの例っていうのは、とても少ないらしい」
「それは、そうでしょう」
と依杏は言った。
「安紫会ではご法度、なんですよね」
「捜査情報かもね」
と釆原。
「だが安紫会の事務所からも、少量だが正体不明のものが検出されたらしい。だから例外みたいな感じだろうね。情報というより、軸丸の話を元に俺自身今の話を組み立てている感じかな」
「いずれにしても、阿麻橘組でも薬物が絡んできていたりしたら。何か安紫会と同じものが出たら、捜査の進展には役に立つということですね」
「そうなる」
「私たちの血縁に関する個人的調査には、つながりますかね」
「どうだろうね」
依杏と釆原は二人して、書類をひたすら捲り始めた。
そう、スマホへの影響。
電気系統に影響があったとして。
それがスマホにどのように影響するのだろう?
清水と歯朶尾、それから鮫淵の居た安紫会のガサ入れ現場。
切られたコード、正体不明のもの。
盗まれた何か。おかしなことはまだある。
例えば雷が落ちて家電が、ショートすること。
というのはあるかもしれない。
でも、今回のブラックアウトの場合は、スクリーンとスマホなのだ。
清水さんは、どうだったのだろう?
「清水さんって」
「何?」
と釆原。
数登珊牙もやって来た。
「どこまで進みましたか」
依杏はかぶりを振って言う。
「全然です」
数登は苦笑する。
依杏。
「奥さんがお花屋さんて」
「何です」
数登は言って眼をぱちくり。
「清水さんのことです」
「ああ」
と言いながら数登は座った。
資料をめくる。
「それはアツの入院中に、清水さんご自身が仰っていたことですね」
「そうです」
意図的にコードが切られて電源は落ちた、という。
そのあと、すぐに復旧した。
あの時、雷は落ちていない。
スクリーンに映像を映すのはプロジェクターか、何かなのである。
全体でショートしたとは考えにくい気がするのだ。
「正体不明って言うの。西耒路署のデータベースでは長引いたんですよね」
と依杏。
「線引きはどこなんでしょうね」
「ギリギリだよ。情報に関しては。怒留湯さんもそう言っていた」
「ですか」
依杏は肯いておく。
「全然根拠は、ないんですけれど。清水さんなら正体不明と言わず、いろいろ知っていそうって。郁伽先輩も言っていましたから。奥さんがお花屋さんなら、そういう微粒子とか詳しそうとか」
スクリーンのある場所。
賀籠六絢月咲の自宅もそうだった。
清水と会ったのは、スクリーンのある安紫会の事務所。
釆原の入院病棟。
それから絢月咲の自宅。
「絢月咲さんと清水さんの間での話がスムーズに進んで、九十九社の個人的依頼にも手を貸してくれた。それは西耒路署にもプラスだったとして。あたしたち九十九社の個人的依頼はすんなりと清水さんに」
依杏はしきりに西耒路署関連の資料をめくり始める。
だが警察だから情報はほとんどない。
釆原は記者だ。
警察のデータベースへ入って、行きすぎることは出来ないのである。
「青奈」
と数登がつぶやいた。
依杏は顔を上げる。
数登は下の名前も言った。
「青奈紗礼さん」
青奈に下の名前があったことを、依杏はいま初めて知る。
西耒路署の資料を繰るのはやめにして、数登の手元を覗き込んだ。
数登。
「電話を受けたのは彼女です。入海先生が阿麻橘組から戻られたという情報を手に入れたのは彼女だ。そこから情報が広まりました」
依杏。
「電話をしてきたのは、女性だと」
「軸丸さんから僕が聞いたものです」
「入海先生が戻ったという情報が、西耒路署にもたらされたのは。青奈さんが電話を受けたことにある。と思う」
と釆原。
「西耒路署が独自で。手に入れた可能性も否めませんが」
数登は手元を気にした。
「軸丸さんからです」
電話だった。
釆原にはチャット。
そして数登には電話。
「ディア」
「あたし?」
依杏も電話に集中した。
「データベースの件と、先日の結果の件だよ」
軸丸はそう依杏へ言った。
「データベースの件」
二度。
今まで大分ギリギリのところで話していることが多い。
でも九十九社は記者でも刑事でもないからなあ。
とか依杏は思う。
軸丸。
「今ここで話すかは置いておいて。先日の結果に関しては君に、大いに関係のある話だ」
依杏。
「な、何ですか」
軸丸。
「正面からじゃなくて裏からうちの病院へ来たって件だよ。あいにく病院内ネットワークは盛んだから。舐めちゃあいけない」
「な、舐めてません」
「いや、正面から来ないというのだけでも大いに、うちの病院としては話題になったんだから」
依杏は真っ赤になった。
やはり無理があった。
郁伽先輩だったら、どういう顔をするだろう。
軸丸。
「率直に言うと、データが足りないそうだ」
「データが足りない?」
「君らが正面でなくて裏から持って来た資料だよ。研究室の資料として取り扱って、とりあえずの結果としては出たが。だが少ないんだ」
「少ない」
「何ならもっと、いろんな資料を集めてから寄越せって」
寄越せ。
ということはもっとサンプルを研究してくれるということか。
だが、更に動く必要があるということだ。
軸丸。
「確実な見解として出すには足りないってことだよ。君の思い描いているかもしれない怪しい疑問点と結びつくにはね」
依杏。
「じゃあ、やっぱりもう少し集めないといけない」
「そう。ところでねえ、今何しているんです?」
軸丸は数登へ振る。
数登。
「データを見ています」
「じゃあ、そこにあるデータ分の人々で何かデータを取って来てくれれば、猶良しです」
依杏はポカンとした。
軸丸は続ける。止まらない。
「で、データベースの件です」
「どうだった」
と釆原。
「先に西耒路署さんと情報をなんとかするのが先です。でもね、かなり危険度が高い感じがしますよこれは」
次から次へと言う軸丸。
依杏はただポカンとするばかりである。
情報が上乗せされていく。
珊牙さんの言った血縁の話は終わっていない。
依杏は、スマホを取り出した。
賀籠六絢月咲へ掛けてみることにする。
絢月咲も今は活動休止中などで、自由に動くことが出来ない。
ただ一つ。なくし物で進展があったのは、扇子が出て来たという点である。
「そっちのデータって言うと例えば、どんなです?」
軸丸は電話越しである。
「何かのデータベース、とかではないですよね」
数登。
「ええ。手元の資料として。データベース自体ではありません。いろんな方の情報を」
「きっと記者さんの筋でしょう。釆原さんとかね」
数登は何も言わない。
軸丸。
「若頭は、そうなんです。今はもっとも、その若頭は死んでいたってことになるんでしょうけれど。じゃあ、僕の会った若頭ってのは、一体全体誰だったんでしょう。すごく不思議なんですが」
「さあ」
と数登。
尋ねた。
「軸丸さんも、若頭の情報を知りたいのですか?」
「いや、さっきも言ったように。その若頭のサンプルとかもあれば欲しいってことですよ。今事務所に行けば会えますかね?」
「さあ。状況が状況です」
数登は微笑んで言った。
軸丸。
「中逵さんと螺良さんと、安紫会の事務所へ行って。確かに僕は若頭と会いました。でも、その時にはすでに死んでいたってことになるんですから」
そう。
頭蓋骨は亡くなってから二、三日との推定がなされた。
それから随分と日にちが経ってしまった。
亡くなって二、三日の若頭の頭蓋骨があった。
「若頭」もまた事務所で抗争にあったのだ。
「事務所へ行ってみるみないは別にしても。事務所に居て、その人は組として居るということだから」
と軸丸。
「事務所は今忙しい様子ですよ」
と数登。
洋見仁重。
洋見は自ら自白したので、西耒路署にいる。
今さら怪しむべき点とはなんだ。
「力江航靖を殺った」と言ったらしい彼。
自白のことは公になった。
いま、洋見について血縁の情報を調べる必要はあるのだろうか。
杵屋依杏としては、それが正直なところ。
伊豆蔵蒼士。
既に彼は亡くなっている。
後から、その事実が分かったということだ。
頭蓋骨が伊豆蔵であったということ。
すぐにはそれは分からなかった。
調べる範囲は、こんな感じで広がっていく。
次。
賀籠六絢月咲。
T―Garme、としては現在活動を休止中だ。
八重嶌郁伽の考えを飛躍として考えた場合でも、依杏は避けて通ることが結局出来ず。
郁伽と同様、絢月咲が何かしたのではないかと。
郁伽の「女性の組員」説を入れた場合、ということだ。
女性という共通点。
依杏と郁伽の頭の中にまず上がるのが、絢月咲の名前である。
安紫会での盗難とのつながり。
企画動画が流れたら困ってしまう人?
Se-ATrecは果たして、どうだったのだろうか。
珊牙さんは道々で連携という言葉を使っていた。
賀籠六絢月咲さんや、シーアトレックのようなバーチャルアイドル。
彼女らが企画動画を撮るといって。
動画自体は、西耒路署向けに配信されたものだ。
それを実際に配信した場所としては、安紫会の事務所。
珊牙さんの考えでは、西耒路署と各所の連携ということになる。
絢月咲さんの場合で言えば、何か安紫会の連携というのはあったのだろうか。
あるいは。
安紫会の若頭に会ったことがあるのか。
いや、会ったことがあるのは中逵景三さんと螺良青希さんである。
中逵さんに螺良さんは劒物大学病院として、である。
安紫会の往診へ若頭を訪ねるにあたり、入海先生が訪問する前の段階で訪れていた。
そして、軸丸書宇さん。
三人で往診の前段階を担当した。
その時には若頭は、既に頭蓋骨だったということになる。
中逵さんと螺良さんは事務所へ行って、何を話したのだろう。
自分たち自らで名乗りを上げて、出向くことにしたのだろうか?
それには、何か血縁と関係のあることだった?
釆原凰介。
「どう」
声を掛けた。
依杏は顔を上げる。
釆原さんなら、中逵さんと螺良さんから。
ある程度話を聞いている、ところもあるだろう。
「珊牙の仮説だね」
手元の資料を見ながら、釆原はそう言った。
依杏は肯く。
「ただ、阿麻橘組の中に。安紫会の血縁の人がいるっていうのは考えにくい。とか思います」
「だろうね」
怪しいのは組事務所の面々だろう。
その見方が西耒路署にも強かった。
当然だ。刑事と組だから。
だけれど。その組に関する情報というのは、意外と少ない。
釆原としても、集めるのに苦慮したらしい。
とか。
「あと軸丸さん」
と依杏。
軸丸書宇。
薬物分野の研修医ということだから、薬物には強いと判断していていい。
と依杏は思う。
「力江の件だけれど」
釆原は腰掛けた。
居間の椅子。
それから資料を置いてあるのはテーブルで、いまここは依杏と郁伽の住まい。
シェアハウス。狭いとも広いとも言い難い。
資料をめくる釆原。
「西耒路署のデータベースで。力江の身体から検出された、薬物はヒットしなかったと」
「捜査情報ですよね」
「たぶん」
言って苦笑。
「情報は軸丸から。データベースでヒットしない薬物なら、何か劒物大学病院でヒットするものはないか。西耒路署はそう考えたって」
「それで軸丸さんも知っていると」
釆原は、中逵と螺良の資料を眺める。
「今、若頭の血縁だっていう人を中心に洗っている?」
「です」
確信はない。
だが依杏の頭の中では、数登の見方も多分に含んでいる。
依杏。
「頭蓋骨で発見されたのは、伊豆蔵蒼士さんです。何故、頭蓋骨になっていたかっていうのもあります。だから、私たちが血縁を辿っているのは若頭なんです。今事務所にいるであろう、若頭ではなくて」
依杏は唾を呑み込んだ。
生きているように見えた若頭。
「劒物大学病院の連中。往診へ行くぐらいだからな」
依杏はきょとんとする。
釆原。
「その辺、何か知っているっていう可能性もある。というのは俺の意見じゃなくて、軸丸からの参考意見だけれど」
「軸丸さんは、それもすでに知っている」
なんだか軸丸さんの方が持っている、情報量多い気がするなあ。
釆原。
「いや、頭蓋骨の件について。DNA鑑定の結果が出るまでは、公になっていなかった。軸丸も今まで、事務所の若頭がそうだと思っていたと」
「事務所で会った若頭が生きていた。と思っていたということですね」
「そう。頭蓋骨じゃなくてね」
あの若頭は誰なのか。
「ただ軸丸に関する限り、自分で事務所に行くと。名乗り出たというわけではない」
「往診の前段階の話で」
「そう。その辺、中逵と螺良に話を訊いても。あまり判然としなかった」
「うーん」
何故そこが判然としないか。
一番と気になるところなのになあ。
「劒物大学病院の方に、事実を知る人はいなかった。とも考えられますけれど。あるいは」
知っていても一部隠そうとしている人がいるか、だ。
頭蓋骨が発見された時点で、事務所へ行った入海先生が会おうとしていた人物。
あるいは、中逵さんと螺良さんと軸丸さんが会った人物。
それは若頭ではなかったことになる。
しかし、中逵さんと螺良さんがあらかじめ、そのことを知っていた上で。
入海先生を事務所へ行かせることにしたのなら?
とにかく頭蓋骨に、注意は払わなかった。
その点では同じなのかもしれないけれど。
「あくまでも入海先生自身の時間があいていたから。行ったというか行かされたというか? そんなふうに聞いた。俺はね」
「入海先生に直接ですよね」
釆原は懐を探った。
「軸丸から」
「え」
依杏は眼をぱちくり。
「薬物の方と、それから依杏ちゃんの方のデータ解析も終わったと」
「薬物。それは、劒物大学病院側としてですか」
「そう」
データベースのことだ。
薬物と言って調べていたのは、清水颯斗と歯朶尾灯。
思えば依杏は。清水と歯朶尾とは、安紫会の件があって以降。
結構頻繁に顔を合わせていたように個人的には思っていた。
歯朶尾に関しては、そうでもなかったかもしれない。
ただ人物としての印象が、強かったのはそう。
歯朶尾はバーチャルアイドルのファンだというのを、依杏は清水から聞いた。
今バーチャルアイドルのことだけを抜き出して考えるのであれば、依杏や九十九社を除き。
いや、郁伽は例外かもしれない。
その周りの人々に浸透しつつあるのがバーチャルアイドルで、それは先ほど疑問に挙げていた中逵の周辺でも、例外ではないようだった。
シーアトレックが配信したとされる企画動画。
それがブラックアウトした時。
大声で取り乱していたのが、歯朶尾だった。
依杏に向ける視線が、少々冷たかったのも歯朶尾だった。
とはいえ取り乱す鑑識というのは、依杏はドラマでもあまり見たことがない気がする。
ので気になったのである。というか印象に残った。
それを冷静にたしなめている清水も清水だった。
要するに、西耒路署の鑑識にはキャラの濃さが目立つのだ。
その時の音声もスマホで録音しておいた依杏。
解析結果は眼前。
安紫会の親分もそうだし、いずれにしても音声をサンプルとしたことについては、歯朶尾らにも鮫淵柊翠にも依杏は伝える機会がなかった。
スクリーンがブラックアウトしたこと。
スマホの画面もブラックアウトしたこと。
その時、自分のスマホを見ていなかった。
大騒ぎだったガサ入れ中の、只中で見る暇がなかった。
その後、落ち着いてから確認をしたら、スタート画面になっていた。
あまり長い時間録音出来ないのはそうである。
ともすると依杏のスマホへも影響はあったのかもしれない。
「薬物が」
「そう。軸丸の話だと、薬物ご法度の組から回って来るサンプルの例っていうのは、とても少ないらしい」
「それは、そうでしょう」
と依杏は言った。
「安紫会ではご法度、なんですよね」
「捜査情報かもね」
と釆原。
「だが安紫会の事務所からも、少量だが正体不明のものが検出されたらしい。だから例外みたいな感じだろうね。情報というより、軸丸の話を元に俺自身今の話を組み立てている感じかな」
「いずれにしても、阿麻橘組でも薬物が絡んできていたりしたら。何か安紫会と同じものが出たら、捜査の進展には役に立つということですね」
「そうなる」
「私たちの血縁に関する個人的調査には、つながりますかね」
「どうだろうね」
依杏と釆原は二人して、書類をひたすら捲り始めた。
そう、スマホへの影響。
電気系統に影響があったとして。
それがスマホにどのように影響するのだろう?
清水と歯朶尾、それから鮫淵の居た安紫会のガサ入れ現場。
切られたコード、正体不明のもの。
盗まれた何か。おかしなことはまだある。
例えば雷が落ちて家電が、ショートすること。
というのはあるかもしれない。
でも、今回のブラックアウトの場合は、スクリーンとスマホなのだ。
清水さんは、どうだったのだろう?
「清水さんって」
「何?」
と釆原。
数登珊牙もやって来た。
「どこまで進みましたか」
依杏はかぶりを振って言う。
「全然です」
数登は苦笑する。
依杏。
「奥さんがお花屋さんて」
「何です」
数登は言って眼をぱちくり。
「清水さんのことです」
「ああ」
と言いながら数登は座った。
資料をめくる。
「それはアツの入院中に、清水さんご自身が仰っていたことですね」
「そうです」
意図的にコードが切られて電源は落ちた、という。
そのあと、すぐに復旧した。
あの時、雷は落ちていない。
スクリーンに映像を映すのはプロジェクターか、何かなのである。
全体でショートしたとは考えにくい気がするのだ。
「正体不明って言うの。西耒路署のデータベースでは長引いたんですよね」
と依杏。
「線引きはどこなんでしょうね」
「ギリギリだよ。情報に関しては。怒留湯さんもそう言っていた」
「ですか」
依杏は肯いておく。
「全然根拠は、ないんですけれど。清水さんなら正体不明と言わず、いろいろ知っていそうって。郁伽先輩も言っていましたから。奥さんがお花屋さんなら、そういう微粒子とか詳しそうとか」
スクリーンのある場所。
賀籠六絢月咲の自宅もそうだった。
清水と会ったのは、スクリーンのある安紫会の事務所。
釆原の入院病棟。
それから絢月咲の自宅。
「絢月咲さんと清水さんの間での話がスムーズに進んで、九十九社の個人的依頼にも手を貸してくれた。それは西耒路署にもプラスだったとして。あたしたち九十九社の個人的依頼はすんなりと清水さんに」
依杏はしきりに西耒路署関連の資料をめくり始める。
だが警察だから情報はほとんどない。
釆原は記者だ。
警察のデータベースへ入って、行きすぎることは出来ないのである。
「青奈」
と数登がつぶやいた。
依杏は顔を上げる。
数登は下の名前も言った。
「青奈紗礼さん」
青奈に下の名前があったことを、依杏はいま初めて知る。
西耒路署の資料を繰るのはやめにして、数登の手元を覗き込んだ。
数登。
「電話を受けたのは彼女です。入海先生が阿麻橘組から戻られたという情報を手に入れたのは彼女だ。そこから情報が広まりました」
依杏。
「電話をしてきたのは、女性だと」
「軸丸さんから僕が聞いたものです」
「入海先生が戻ったという情報が、西耒路署にもたらされたのは。青奈さんが電話を受けたことにある。と思う」
と釆原。
「西耒路署が独自で。手に入れた可能性も否めませんが」
数登は手元を気にした。
「軸丸さんからです」
電話だった。
釆原にはチャット。
そして数登には電話。
「ディア」
「あたし?」
依杏も電話に集中した。
「データベースの件と、先日の結果の件だよ」
軸丸はそう依杏へ言った。
「データベースの件」
二度。
今まで大分ギリギリのところで話していることが多い。
でも九十九社は記者でも刑事でもないからなあ。
とか依杏は思う。
軸丸。
「今ここで話すかは置いておいて。先日の結果に関しては君に、大いに関係のある話だ」
依杏。
「な、何ですか」
軸丸。
「正面からじゃなくて裏からうちの病院へ来たって件だよ。あいにく病院内ネットワークは盛んだから。舐めちゃあいけない」
「な、舐めてません」
「いや、正面から来ないというのだけでも大いに、うちの病院としては話題になったんだから」
依杏は真っ赤になった。
やはり無理があった。
郁伽先輩だったら、どういう顔をするだろう。
軸丸。
「率直に言うと、データが足りないそうだ」
「データが足りない?」
「君らが正面でなくて裏から持って来た資料だよ。研究室の資料として取り扱って、とりあえずの結果としては出たが。だが少ないんだ」
「少ない」
「何ならもっと、いろんな資料を集めてから寄越せって」
寄越せ。
ということはもっとサンプルを研究してくれるということか。
だが、更に動く必要があるということだ。
軸丸。
「確実な見解として出すには足りないってことだよ。君の思い描いているかもしれない怪しい疑問点と結びつくにはね」
依杏。
「じゃあ、やっぱりもう少し集めないといけない」
「そう。ところでねえ、今何しているんです?」
軸丸は数登へ振る。
数登。
「データを見ています」
「じゃあ、そこにあるデータ分の人々で何かデータを取って来てくれれば、猶良しです」
依杏はポカンとした。
軸丸は続ける。止まらない。
「で、データベースの件です」
「どうだった」
と釆原。
「先に西耒路署さんと情報をなんとかするのが先です。でもね、かなり危険度が高い感じがしますよこれは」
次から次へと言う軸丸。
依杏はただポカンとするばかりである。
情報が上乗せされていく。
珊牙さんの言った血縁の話は終わっていない。
依杏は、スマホを取り出した。
賀籠六絢月咲へ掛けてみることにする。
絢月咲も今は活動休止中などで、自由に動くことが出来ない。
ただ一つ。なくし物で進展があったのは、扇子が出て来たという点である。
「そっちのデータって言うと例えば、どんなです?」
軸丸は電話越しである。
「何かのデータベース、とかではないですよね」
数登。
「ええ。手元の資料として。データベース自体ではありません。いろんな方の情報を」
「きっと記者さんの筋でしょう。釆原さんとかね」
数登は何も言わない。
軸丸。
「若頭は、そうなんです。今はもっとも、その若頭は死んでいたってことになるんでしょうけれど。じゃあ、僕の会った若頭ってのは、一体全体誰だったんでしょう。すごく不思議なんですが」
「さあ」
と数登。
尋ねた。
「軸丸さんも、若頭の情報を知りたいのですか?」
「いや、さっきも言ったように。その若頭のサンプルとかもあれば欲しいってことですよ。今事務所に行けば会えますかね?」
「さあ。状況が状況です」
数登は微笑んで言った。
軸丸。
「中逵さんと螺良さんと、安紫会の事務所へ行って。確かに僕は若頭と会いました。でも、その時にはすでに死んでいたってことになるんですから」
そう。
頭蓋骨は亡くなってから二、三日との推定がなされた。
それから随分と日にちが経ってしまった。
亡くなって二、三日の若頭の頭蓋骨があった。
「若頭」もまた事務所で抗争にあったのだ。
「事務所へ行ってみるみないは別にしても。事務所に居て、その人は組として居るということだから」
と軸丸。
「事務所は今忙しい様子ですよ」
と数登。
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