推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

文字の大きさ
上 下
45 / 180
  青の見ゆるを土より

29.動

しおりを挟む
繋がった。
電話。
相変わらずの活動休止状態。
週刊誌ではそのことについて、いろいろ書かれる。
安紫あんじ会の事務所と、上ノ段七日生うえのだんななせ

関係があるかないか。
つながりがあるかないか。
いろいろな噂と言葉と問いと野次。
そして安紫会の事務所側が、ノーコメントを貫いている状況。
今は混乱状態と言った方が、いいのかもしれない。

伊豆蔵蒼士いずくらそうじは、一体誰だ」

書き叩かれるのも、良く作用したとは言い難い。

安紫会の事務所から姿をくらましている、伊豆蔵蒼士。
DNAは伊豆蔵本人のものではないその人。
親分である鮫淵柊翠さめぶちしゅうすいはほとんど、出入りせずにいる。
事務所から移動をしなくなった。外周りを控えているのだ。
焼物の取引後に抗争と相成って、それから立て続けというのもある。
若頭わかがしらのことを、親分自ら探して欲しいと刑事へ願い出たほどだ。

話題性で若頭は伸し上がった。
週刊誌で書き立たれるのは毎度、鮫淵の方。

書き立たれる以前から、若頭ではなかった可能性はあるのか?
一体、誰だ! 誰なんだ!
話題性が話題性を増やしていく。
事務所のノーコメント。
口を噤むほどに膨れ上がる話題性。

根耒生祈ねごろうぶきも気になるところではある。
だが一介の九十九つくも社であり報道には届かない部分も多く。
一方いっぽうで七日生は、この所刑事の元へ行くことが多いとか。
電話での会話。

西耒路署は、女性という点を主眼に置いている。
その上でくみ事務所や関わった人間を、洗い始めている。
自然、七日生のところにも回って来る。
そういう構図かもしれない。

生祈は尋ねる。

「どうです? 調子は」

「調子は、生祈ちゃんも聞いているんじゃない?」

「すみません」

「たぶん私から聞かなくてもいいレベルだと思うけれど」

「それはまあ確かに」

とは言えず。

七日生は溜息をついた。

「私は実際に取調を受けている。噂じゃなくて本当なの。昨日も、そうだったから」

生祈はなんと答えていいか、分からなかった。

七日生は続ける。

「九十九社に私が個人的に依頼したこと。刑事さんにも広まっているの」

「なくしものの件でしょうか」

「そう」

「それは、清水さんから周りの刑事さんへ。情報が伝えられるってことも」

「自宅へ来てくれたのは、清水さんだったわね」

「あの……」

生祈はこの際だ、と思って言った。

「七日生さんって事務所所属でしょうか」

「生祈ちゃんにまで、安紫会の事務所かどうか。なんて聞かれたくないな」

「そうじゃなくて」

生祈はかぶりを振ってしまう。

「事務所に所属する感じのバーチャルアイドルかどうか。という意味で。以前に聞いた感じだと、スタッフさんとの交流があるようなので」

「事務所ね」

「お名前とか、いても構いませんか」

「エクセレ」

生祈はメモした。

七日生。

「事務所が、どうかしたの」

西耒路さいらいじ署とバーチャルアイドルの連携。
西耒路署と劒物けんもつ大学病院側の連携。
堂賀どうがさんの話に出た連携という言葉。
動画企画のことを考えれば、事務所と西耒路署と考える方が自然だ。
生祈うぶきは思って。

「エクセレと刑事さんのつながりとか」

「つながり」

「スタッフさんと、そういう話にはなったりとか」

「なんだか、ちょっと難しい話なのかな」

生祈はよく分からなくて無言でいる。

「それは企画動画の話をしているの? 西耒路署と安紫会の事務所のこと。トレックから聞かなくても、どこの署でやった。というのは私の耳にも入ってしまっている。ある意味ではおおやけだから」

「清水さんが七日生さんの自宅へ行かれたこと、憶えています」

「ええおぼえている」

「それ以外で、事例って何かあるでしょうか」

「なるほど。清水さんと私のつながりがあるかどうか」

電話の向こうで苦笑したのが、生祈にも分かった。

「清水さんに限ったことではなく、事務所単位の話ですよ」

「西耒路署とエクセレっていうこと?」

七日生は少し沈黙した。

「生祈ちゃんと友葉ともはに依頼をお願いした時に、言ったことがある」

「言ったこと」

「憶えているかな。イベントの警備で刑事さんがついてくれたこと。スタッフさんから、そういうつながりの話を聞いたことは、私はない。ただ、いま順を追って話をしていけば可能性は、あるかもしれない。私から直接、スタッフさんへ訊いた方がいいの」

「今。七日生さんが話を訊く方面で動くと、刑事さんを刺激するかも」

生祈は頭を巡らせた。

七日生の依頼を受けたあとから、いろいろあり過ぎた。
イベントの警備の話については、憶えていなかったと言ってもいい。

「エクセレ所属のアイドルって、誰々か訊いてもいいでしょうか」

「そういう情報は流しちゃいけないのよ」

「すみません」

「でもこの際やけっぱち。言っておくね」

七日生は名前を何人かあげた。
どれも彼女と関わりのあるアイドルの名前でかつ、生祈は全く分からない名前のアイドルだった。

「そして、Se-ATrecシーアトレックね」

「同じ事務所内でも、ええと」

生祈は少々。

「今回みたいに余程のことがない限り。あるいは合同での仕事でない限りは。仕事内容の共有もあまりしない。ということですね」

「そうなる、とは思う」

七日生ななせは考え込む様子だった。
生祈。

「なくなった扇子せんすについては」

「確かにそう。それは見つかった」

七日生。

「盗難だったらっていう話を清水さん、してくれたよね。私、正直言うとその辺はもう考えていないの。私が今、なくしものの件を刑事さんに自分のせいだって言われる感じだし。ただね」

「ただ?」

「なくした場所と、同じではない場所で扇子を見つけた。家の中ではスクリーンのある部屋でなくした。と生祈ちゃんたちに伝えた」

「扇子はどこに、あったんですか」

「手荷物の中に」

生祈は少々考え込んだ。

「七日生さん」

「なに?」

「データ収集って出来ますか」

「データ収集?」

「ええと」

「データ収集って」

「活動休止中にお願いすることじゃないかも」

「どうかすると刑事さんに眼を、つけられちゃうかもしれない」

「七日生さんが事務所へ行く機会とかあったら、お願いしたいなって」

七日生はひと呼吸置いた。

「行ったらデータ収集をしろってこと?」

「ええと、なんなら私も一緒に行きます」

「データっていうのは事務所内の?」

「そう難しいことじゃないです。ただ人と話す機会があれば。それを録音してほしい」

「録音。議事録じゃないわね」

「そうです」

「なんだか複雑」

「そこはそうだと思われます」

「友葉は?」

「友葉先輩。一応、七日生さんと同じ歌の活動をやっているから」

「頼みづらいと」

「はい」

「分かった。出来るなら。危なっかしい気がするけれど」

サンプルが足りないと軸丸書宇じくまるしょうから言われた生祈。
そう言われたは良い。どう動くかは考える必要がある。
今は刑事側や、安紫あんじ会の事務所を当たるのは難しいと思われる。
サンプル収集自体が難しいのだ。
なんだかいろんな場所でごちゃごちゃしているのもある。
だが、今朝比に言われている血縁に関することの資料をる必要がある。
照らし合わせる必要がある。
安紫会の事務所と血縁の意味。

そういえば、阿麻橘あおきつ組の資料も足りないのではないかと生祈は思っていた。













七日生ななせは七日生で、単独でデータを集める方が良い。
そうなった。
いずれにしても、アイドル関係者は今、注意を張る必要がある。
友葉ともはも同じく。
七日生とは少し事情が違うものの。

顔出しをするしないという点。
七日生たちバーチャルアイドルは顔出しをしない。

何故か。
アバターとしての活動が主だ。
リアルとの境界。アバターはリアルではない。
それゆえに、嘘の幅が多様だ。
リアルとアバターの、そのあいだに横たわっている思惑や行動。
そういうものに報道関係者や刑事たちは敏感になってきており、特にその点でアイドルは注意を張られる。
西耒路署とエクセレ。
友葉は友葉で九十九つくも社と掛け持ちの、歌の活動とはなるが。

セッションやペアで動画を、作成し配信する。
というのがバーチャルアイドル好きにも、動画好きにも受けるところではあった。
今はそれが手軽に行える状況でもない。
特にエクセレではそんな状況。

慈満寺じみつじと九十九社の連携は、どうなんだろうね」

大月麗慈おおつきれいじ

安紫会の事務所とエクセレ? それは分からない。

麗慈は続けて言った。

「七日生さんと、安紫会が繋がっているかもしれないっていう証拠は出たの」

「出ない」

と友葉。

「慈満寺と九十九社がどうかした」

「資料に入れないの」

なんの」

堂賀どうがさんの言った血縁とかいう資料だよ」

「九十九社は抜いてあるわ。どうして慈満寺を入れる必要がある」

「以前に資格ありなしで云々うんぬんとか。いろいろあった」

「慈満寺のお坊さんの件と、今はまた別の問題。その資格ありなしの話まで拡がったら、どんどん有耶無耶うやむや

と友葉。

資格のありなし云々。
それに掛かる慈満寺で起きた事故、そして事件のことを指している。
慈満寺でもそういえば、一部くみ関係者の話が出ていたような。
だが、安紫会の中で起きたいろいろのことと。
慈満寺の周辺に組関係者の、少々のからみがあったということはまた別問題なわけで。

「じゃあ、慈満寺関係者の資料はないってこと」

「九十九社は抜いてある。慈満寺に関しては考えもしなかった」

「そっか」

と麗慈。

地面の上に手をついて、座り込んだ。






九十九社単独でおこなっている血縁関連の調査。
朝比あさひ怒留湯大誠ぬるゆたいせいたちにも話はしたけれど、怒留湯たちは彼らで今アイドル方面へ調査の手を伸ばしている。
血縁に関しては、どうなのか。

「じゃあ、藍夢心あゆみちゃんとか」

麗慈。

今、友葉たちは頭蓋骨の見つかった畑に居る。

「藍夢心ちゃんも一応、頭蓋骨を見たよ」

「それはまあ、そうだけれど」

友葉は苦笑した。

「資料に含める必要性がないわ」

「そう」

「うん」

刑事も改めて聞き込みへ来ている。

三人で固まっているのはもう一人、沢田藍夢心さわだあゆみ

「沢田はどう? お姉ちゃんのほう」

友葉は藍夢心へ尋ねた。

「そこそこだが、獅堅しすえの方が元気がない」

「どうして」

「なんかバーチャルアイドルの活動が減っちゃった。それに端を発している」

「そう」

「アバターのフィギュアがあるんだが」

「フィギュア」

友葉はきょとんとして言った。

藍夢心。

「獅堅がよく作っているやつだ。そのフィギュアってのはリアルだ。動画に出てくるバーチャルアイドルはよく動くし、3Dだろう」

「そうね」

友葉は少々考え込む。

「沢田と藍夢心ちゃんは、何かバーチャルアイドルのことで知っていることはある?」

「そのバーチャルアイドルの中の人が変わると、どうなるのだろう。逆に質問になるが」

「え」

友葉はポカンとする。

「どうなるって。どうなるんだろう」

「藍夢心が例えば、N-Rodinエヌロダンになったりすることはあるのか」

「ああ」

友葉は微笑んだ。

だが、少しまた黙った。

「ねえ、その獅堅さんってフィギュアを作っているって言っていたわよね。何か、イベントで主催するようなことはあったりするの」

「ないな」

「そう」

「イベントを主催はしない。最近だと舞台裏のこととか勉強を始めたみたいだ。作るというかモデルはバーチャルアイドルだからな。3Dについてもモデリングとかいろいろあるって、言っていたな」

「イベントとかの方面で、何か詳しいことでもあれば。と思ったんだけれど」

友葉は考え込む。

「例えばアバターを別の人がやるにしても、それはそれで大変よね」

「それって血縁と何かつながることなの」

と麗慈。

「さあ。でも、私は今まで以上にただ配信するんじゃないっていうか。仮想での配信だからこそ、出来ることと危険な部分がある。ってすごい意識したくらいかな」

「ふうん」













資料とサンプル。
多い方がいいかもしれない。
一方で情報はどうだろう。

リアルで触れる部分と、その他で見る情報にはいくらかの溝がある。
それとどう折り合いをつけるかも重要になってくる。
情報といって決して多くはなかった。
資料は多いぶん、そこから得られるほんの一握り。
そして見えて来ない部分と見えてくる部分と。

サンプルは、生祈は七日生と友葉に手伝ってもらって集めた。
それが改めて解析へ回る。
そして結果が出た。
一段落目。
集めた資料。

七日生はまた、取調室に居た。
その向かいは桶結俊志おけゆいしゅんじだ。

「あなたの活動のことですが」

と桶結。

おもて向きはアイドル」

「表向きは、ではありません。ただ単純にアイドルですよ」

「アイドルとは異なる点がいくつもある。どの人物が動いていたとしても。視聴者にはそれが見えない、という点です。動きの見えるのはアバターだ。そうでしょう」

七日生は口をつぐむ。

「特にバーチャルでの活動です。私らの署ではあまり取り扱っていない。ので何とも言えませんがね。サイバー空間におけるセキュリティには、特に気を付けて活動をしているはずです。違いますか」

「違いませんけれど」

と七日生。

おっしゃりたいことはなんですか」

「事務所であればその分。特に気を付けている箇所も多いでしょう。あなたがたは基本顔出しをしない。というのはそのもの本人の顔で活動をしない。ということです。動くのはアバターだ。セキュリティも厳重とすれば、その裏での活動自体も見えにくい」

「だから。何を仰りたいんです」

「例えば、アバターとしての活動をおこなっていない時の、あなたの活動です」

「私は今、活動を休止中なのは刑事さんも御存知のはずです」

「ええ」

「それに、私刑事さんには言いませんでしたけれど」

七日生は少々後ろへ下がるようにした。
椅子ごと。

「私自身、西耒路さいらいじ署の刑事さんに。手伝っていただいている。それもあなた方にひろがった」

「その件は知っています」

「どうして表向き、とか言われなくちゃならないんです。私自身ものがなくなって困っているから刑事さんを頼りました。何でかは分からないけれど、やっぱり盗難だったかもしれないんですから」

「アバターでの活動をしていない時です。表向きのあなた方アイドルの、素顔というのは非常に分かりにくいものになります。ネットでの活動に刑事が介入するというのも。余程のことがない限りはしない。ですがアバター以外の活動で例えば、その盗難があなたがたの間で行われているとすれば。どうでしょうか。あるいは薬物の」

「桶結さんは強行犯係のはずですがね」

朝比堂賀あさひどうが

「オイ何だ」

桶結は思わずといった様子だ。

朝比。

「あなたは強行犯係です」

「あんたは葬儀屋だろうに」

「ええ」

朝比は苦笑した。

「ですが薬物事案は課が違うはずでは」

「今回のは複雑に事案が絡み合った上で、遺体も出ている。あんたも見ただろう。それに今ここにいるべきは葬儀屋ではないよ」

「ええ、ですから。少し場所を変えましょう」

桶結はきょとんとしている。

怒留湯がドアから顔を出した。

「すまんね。あんまりこういうことしちゃいかんのは、よく分かっているんだけれど」

桶結は溜息をついた。

怒留湯ぬるゆは肩をすくめる。













「さて、だ。なくし物がどうとか、九十九つくも社に依頼したそうだがね」

少し広くなったが、取調室ではない。
自販機があり、ガラス張りの窓。
糖類の多い飲み物はない。
西耒路署のとあるスペースだった。
しおりを挟む

処理中です...