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複雑な結び目
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卑弥呼の時代に興味がある、という。
小学校での課題なのだそうだ。
ミアにはさっぱり分からないが、息子のタケルがいつの頃からか、昔の神話などに興味を持ち始め。
図書館へ連れて行くと、そういう類の本ばかり漁るようになった。
まあ、タケルの脳みそにとっては、良いのかもしれない。
日本の読書率というのは、年々下がってきている。
本を読むより、動画やインターネットなどで観たほうが早いからだ。
それは当たり前のこと。
だがタケルはとにかく、古代に興味がある。
ミイラ、勾玉、卑弥呼、縄文時代。
和製エクソシストのようで、ミアが学生時代にずっと毛嫌いしていたものを、皮肉にもタケルは好きだという。
「そう。寒天が美味しい店があるからさ」
豚の貯金箱を眼の前に、タケルが言った。
「今度の課題で、自分の興味ある時代へタイムスリップして、自由研究っていうのが出てさ」
「夏休みでもないのに」
とミアは皿を洗いながら言う。
「夏休みじゃないからいいんだよ。休みっていうのは、あれ。休むためのものなのに、宿題が山と出てくるじゃないか」
「課題だって宿題と同じじゃないの」
ミアは苦笑する。
このところタケルは、屁理屈をよく使う。
「とにかく、寒天が美味しい店が近いし。母さん好きでしょ。寒天」
「まあね」
「三連休だしさ。どこかの日でいいから。お願い連れてってよ」
「連休なのに、課題をやる気なのね」
ミアはテーブルについて、にやりとしてタケルに言ってやる。
「うわー、屁理屈だ」
「そっくりそのまま返す」
で。
とにかく宿題で出たというのが、自由に、自分の好きな分野で。
資料を集めてプレゼンするというもの。
タケルの場合はどうなるか。
古代一択である。
三連休前。放課後はとりあえず、タケルは図書室へ行って。
また本を漁る。
タケルから言われたのは、「ヤクモヒメムスビ遺跡」という場所。
当然、行ったことはないが、なんと近場だった。
ミアはネットで調べている。
遺跡の入口受付の建物へ入る前に、赤い鳥居がいくつか立っている写真。
資料館のような写真。
採掘体験できる場所がある……ということは土偶かなにか、貝塚だっけ?
そんなようなものも、あるだろうな……。
ミアの中の、遺跡のイメージと名前といったら、「吉野ケ里遺跡」とか「三内丸山遺跡」とか、教科書に載っているような所しかなかった。
近場に遺跡があったとは……。
そういえば、古墳を潰して均した土地なんてのも、いくつかあったような。
なんだかミイラ取りのような気分になってくる。
正直言って、ミアは行きたくない。
ミアは、豚の貯金箱を見つめる。
あんなような置物も、遺跡に行けばあるんだろうか。
「ただいまー!」
と、タケルの声。
ミアの嫌な予感は、不思議と的中し。
とはいえ、最寄り駅には到着。
土曜日を選んだ。
日曜日と連休最後の月曜日に、こういうレジャー? は人で混むだろうとミアは考えた。
駅から更に「ヤクモヒメムスビ遺跡」への直通バスに乗る。
タケルはバスの中でも、相変わらず「ヤマトタケル」だの「古事記について」だの、活字の大きい本を読んでいたが。
寒天の店は、鳥居を少し出た位置にあるからいいとはいえ、遺跡までの徒歩ルート道中で事件があったというのだ。
「強盗だそうよ」と、直通バスの中でミアは、隣り合わせた観光客に言われた。
「近くですか?」
とミア。
「そう。このバスはそこを通らないけれど。御店主、刺されたんですって」
刺された。
実際、バスを降りてすぐ、ミアの眼に飛び込んで来たのは数十メートル先で。
人だかりが出来ている光景。
茅葺や土屋根の小屋。
竪穴住居の、巨大なレプリカ。
その一つ。
人々の模型がある。
資料館も別にあったが、ここでは遺跡で暮らしたとされる当時の人々の生活様式を再現、そのまま模型として飾っているのである。
焚火をするための真ん中の位置、炉には炎を模したライトが煌々とついていて。
演出でそれが更に火に見えるよう、工夫されていて。
ミズヘビに似た模型が、小屋内部の上のほうに飾られている。
「祀られているんだよ」
とタケルは補足する。
今、遺跡を管理する職員の案内係から、小屋内で座りながらガイドをされている最中である。
「詳しいな」
と言ったのは、タケルの学校で講師をしている、玉村先生だった。
今日、出勤だったのね。
とミアは内心。
彼は非常勤講師で、バイトもしていると聞いていたが、遺跡のガイドだったのか……。
と。
それも今、偶然知った。
ミアは少し、ホッとする。
何しろ、「ヤクモヒメムスビ遺跡」へ入ってから、数人聞き込みの刑事が居て、タケルもそわそわしていたからだ。
竪穴住居のレプリカへガイドされてから、ようやくレジャーの雰囲気になってきた。
そもそも、タケルの古代好きは、玉村の影響もある。
ガイドは竪穴住居、貝塚と続き、結構歩いた。
途中タケルの靴紐を、玉村が結び直してやる場面。
申し訳ないとミアは思った。
どこをどうしたか、複雑に絡み合っている。
人形の模型も多く見る。
皆一様に、赤い紐のようなもので手なり、足なり、髪なりを結んでいる。
この遺跡でのブームだったのだろうか?
タケルと玉村は、更に古代の話で盛り上がり、資料館でのツアーガイドが始まった。
所謂、ミニ博物館のような施設である。
ガイドに連れられて、順路通りに歩き回るのだが、タケルは玉村と前の方へ並んでしまい。
ミアは出遅れる。
彼女は焦った。
また、靴紐ほどけてないかしら……。
というより、仮にも小学校の先生が居るとはいえ、タケルばかり先に歩いて行ってしまっている。
建物内。
「ヤクモヒメムスビ」というだけあってか。
人型のどの人形も、同じような結び目を作った紐を、身体のどこかの部位へ巻いているのだった。
人形の顔は少しけぶかい。
それはどれも同じ。赤い紐。
ミアはただ一つ、毛深くない人形を見つけた。
他とは離れた位置にある。
それはベンチに置いてある。
座らせているのだろうか?
タケルと玉村が、ガラスのショーケースを前に。
ガイドと観光客と一緒にいるのを確認して、ミアは少し悪戯心が湧いた。
座った人形の赤い紐の結び目。
近づいて、観察する。
赤い紐。よく見る。服装?
否、人形ではない。
人だ。
冷たくなっている。
わっと思ってミアは、何故かその人に触れるのを、やめられなかった。
顔を持ち上げてみた。
さっき、直通バスで会った女性だ。
「強盗だそうよ」と言った、あの人。
後ろ、背後。
ミアは振り向けない。
賑やかな声だけが遠く聞こえ、気配が後ろに。
小学校での課題なのだそうだ。
ミアにはさっぱり分からないが、息子のタケルがいつの頃からか、昔の神話などに興味を持ち始め。
図書館へ連れて行くと、そういう類の本ばかり漁るようになった。
まあ、タケルの脳みそにとっては、良いのかもしれない。
日本の読書率というのは、年々下がってきている。
本を読むより、動画やインターネットなどで観たほうが早いからだ。
それは当たり前のこと。
だがタケルはとにかく、古代に興味がある。
ミイラ、勾玉、卑弥呼、縄文時代。
和製エクソシストのようで、ミアが学生時代にずっと毛嫌いしていたものを、皮肉にもタケルは好きだという。
「そう。寒天が美味しい店があるからさ」
豚の貯金箱を眼の前に、タケルが言った。
「今度の課題で、自分の興味ある時代へタイムスリップして、自由研究っていうのが出てさ」
「夏休みでもないのに」
とミアは皿を洗いながら言う。
「夏休みじゃないからいいんだよ。休みっていうのは、あれ。休むためのものなのに、宿題が山と出てくるじゃないか」
「課題だって宿題と同じじゃないの」
ミアは苦笑する。
このところタケルは、屁理屈をよく使う。
「とにかく、寒天が美味しい店が近いし。母さん好きでしょ。寒天」
「まあね」
「三連休だしさ。どこかの日でいいから。お願い連れてってよ」
「連休なのに、課題をやる気なのね」
ミアはテーブルについて、にやりとしてタケルに言ってやる。
「うわー、屁理屈だ」
「そっくりそのまま返す」
で。
とにかく宿題で出たというのが、自由に、自分の好きな分野で。
資料を集めてプレゼンするというもの。
タケルの場合はどうなるか。
古代一択である。
三連休前。放課後はとりあえず、タケルは図書室へ行って。
また本を漁る。
タケルから言われたのは、「ヤクモヒメムスビ遺跡」という場所。
当然、行ったことはないが、なんと近場だった。
ミアはネットで調べている。
遺跡の入口受付の建物へ入る前に、赤い鳥居がいくつか立っている写真。
資料館のような写真。
採掘体験できる場所がある……ということは土偶かなにか、貝塚だっけ?
そんなようなものも、あるだろうな……。
ミアの中の、遺跡のイメージと名前といったら、「吉野ケ里遺跡」とか「三内丸山遺跡」とか、教科書に載っているような所しかなかった。
近場に遺跡があったとは……。
そういえば、古墳を潰して均した土地なんてのも、いくつかあったような。
なんだかミイラ取りのような気分になってくる。
正直言って、ミアは行きたくない。
ミアは、豚の貯金箱を見つめる。
あんなような置物も、遺跡に行けばあるんだろうか。
「ただいまー!」
と、タケルの声。
ミアの嫌な予感は、不思議と的中し。
とはいえ、最寄り駅には到着。
土曜日を選んだ。
日曜日と連休最後の月曜日に、こういうレジャー? は人で混むだろうとミアは考えた。
駅から更に「ヤクモヒメムスビ遺跡」への直通バスに乗る。
タケルはバスの中でも、相変わらず「ヤマトタケル」だの「古事記について」だの、活字の大きい本を読んでいたが。
寒天の店は、鳥居を少し出た位置にあるからいいとはいえ、遺跡までの徒歩ルート道中で事件があったというのだ。
「強盗だそうよ」と、直通バスの中でミアは、隣り合わせた観光客に言われた。
「近くですか?」
とミア。
「そう。このバスはそこを通らないけれど。御店主、刺されたんですって」
刺された。
実際、バスを降りてすぐ、ミアの眼に飛び込んで来たのは数十メートル先で。
人だかりが出来ている光景。
茅葺や土屋根の小屋。
竪穴住居の、巨大なレプリカ。
その一つ。
人々の模型がある。
資料館も別にあったが、ここでは遺跡で暮らしたとされる当時の人々の生活様式を再現、そのまま模型として飾っているのである。
焚火をするための真ん中の位置、炉には炎を模したライトが煌々とついていて。
演出でそれが更に火に見えるよう、工夫されていて。
ミズヘビに似た模型が、小屋内部の上のほうに飾られている。
「祀られているんだよ」
とタケルは補足する。
今、遺跡を管理する職員の案内係から、小屋内で座りながらガイドをされている最中である。
「詳しいな」
と言ったのは、タケルの学校で講師をしている、玉村先生だった。
今日、出勤だったのね。
とミアは内心。
彼は非常勤講師で、バイトもしていると聞いていたが、遺跡のガイドだったのか……。
と。
それも今、偶然知った。
ミアは少し、ホッとする。
何しろ、「ヤクモヒメムスビ遺跡」へ入ってから、数人聞き込みの刑事が居て、タケルもそわそわしていたからだ。
竪穴住居のレプリカへガイドされてから、ようやくレジャーの雰囲気になってきた。
そもそも、タケルの古代好きは、玉村の影響もある。
ガイドは竪穴住居、貝塚と続き、結構歩いた。
途中タケルの靴紐を、玉村が結び直してやる場面。
申し訳ないとミアは思った。
どこをどうしたか、複雑に絡み合っている。
人形の模型も多く見る。
皆一様に、赤い紐のようなもので手なり、足なり、髪なりを結んでいる。
この遺跡でのブームだったのだろうか?
タケルと玉村は、更に古代の話で盛り上がり、資料館でのツアーガイドが始まった。
所謂、ミニ博物館のような施設である。
ガイドに連れられて、順路通りに歩き回るのだが、タケルは玉村と前の方へ並んでしまい。
ミアは出遅れる。
彼女は焦った。
また、靴紐ほどけてないかしら……。
というより、仮にも小学校の先生が居るとはいえ、タケルばかり先に歩いて行ってしまっている。
建物内。
「ヤクモヒメムスビ」というだけあってか。
人型のどの人形も、同じような結び目を作った紐を、身体のどこかの部位へ巻いているのだった。
人形の顔は少しけぶかい。
それはどれも同じ。赤い紐。
ミアはただ一つ、毛深くない人形を見つけた。
他とは離れた位置にある。
それはベンチに置いてある。
座らせているのだろうか?
タケルと玉村が、ガラスのショーケースを前に。
ガイドと観光客と一緒にいるのを確認して、ミアは少し悪戯心が湧いた。
座った人形の赤い紐の結び目。
近づいて、観察する。
赤い紐。よく見る。服装?
否、人形ではない。
人だ。
冷たくなっている。
わっと思ってミアは、何故かその人に触れるのを、やめられなかった。
顔を持ち上げてみた。
さっき、直通バスで会った女性だ。
「強盗だそうよ」と言った、あの人。
後ろ、背後。
ミアは振り向けない。
賑やかな声だけが遠く聞こえ、気配が後ろに。
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