転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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一章 真紅の王冠(レグルス編)

11.王子の誕生パーティ

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 ***

 パーティ当日になった。
 今年のレグルスの誕生パーティーは例年に比べて、盛大に執り行われるらしい。何故ならば、今年のパーティでは、レグルスとアルキオーネの婚約の発表予定されているからだ。

 それならばと、俺を着飾ってくれるメイドたちも気合が入っていた。
 特にメリーナの気合いの入れようは明らかでかなり張り切っているように見える。

 逆に、俺のテンションはだだ下がりだった。これで婚約がより確実なものになってしまうのだと思うと、気分の上げようがない。

 俺が暗い顔をしていると、浮かれた顔のメリーナが「おまじないです」と言って、着替える前に薔薇のジャムの入った紅茶を淹れてくれた。察するに、メリーナは俺が緊張して暗い顔をしているのだと思い込んでいるようだった。

 気遣いは有難い。とても有難いのだが、これを飲んだら準備をしなければならないんだよな。
 いつもはとても美味しい紅茶がやけに禍々しく感じる。

 視線を感じて顔を上げる。すると、メリーナの黄身がかった灰色の瞳がじっと俺を見つめていた。こんなに見つめられては逃げようがない。
 俺は覚悟を決めて紅茶を飲み干した。

 どうにでもなれという気持ちで、カップをおくと、それと同時に皆が俺を取り囲む。
 そして、あっという間に淡いラベンダー色のドレスを着せられ、淡い化粧が施され、長い黒髪はアップにされる。

 鏡の中の美少女が俺に向かって微笑みかけてくる。ナルシストになるなと言う方が無理なくらい、アルキオーネは綺麗だった。
 鏡の中ではルビーのように赤い魔石の耳飾りとネックレスが輝く。なんだか誰かさんの瞳のようで、とても見覚えがある色だ。
 付ける前は少し抵抗感があったが、こうして見るとなるほど良く似合う。
 俺がレグルスに惚れていると誤解されやしないか不安になりながら、俺はお父様とお母様と一緒に家を出発した。

 ***

 俺の記憶が蘇ってから初めてのパーティはなんだか新鮮だった。新鮮すぎて、建物から人、何から何までキラキラして見えて、やたらと目が疲れる。

 こうなったら、主役のレグルスにさっさと挨拶して、別室にある食事でも軽くつまみながら休憩したいと思うのだが、レグルスは既に大勢の人に囲まれていた。
 今更あの人混みをかき分けていくのも面倒だ。どうしたものかと考えていると、何処からか声がした。

「アルキオーネ!」

 人混みをかき分け、レグルスが駆け寄ってくるのが見えた。
 俺はぎょっとして逃げたくなったが、王族を前にそんなことが出来るはずもない。俺は黙ってレグルスのそばまで近寄る。

 周囲の視線が痛い。コソコソと声が聞こえる。何か言ってるけど、何言ってるのか全然聞き取れない。せめてどんな話をしてるのか教えてくれ!

 俺の胃はキリキリと痛んだ。

「これは、オブシディアン伯爵、久しぶりだな。初夏に伺ったとき以来か……」
 レグルスは思い出したかのようにお父様に声を掛けた。

 そりゃあそうだ。家長を無視して真っ先に俺に話しかけるなんて礼儀知らずもいいところじゃないだろうか。そんな小言が出そうになるのを堪える。

「ええ、先日、我が屋敷にいらしたときは不在でして、十分にもてなすことができず申し訳ございませんでした。この度はお招きいただきありがとうございます、レグルス王子殿下」

 そう言えば、俺が熱を出して倒れたとき、お父様は他国にいて外交官として働いていたんだ。なかなか帰って来れなくて、確か、レグルスとは入れ違いだったはずだ。

「オブシディアン伯爵、今後は親戚となるのだ、堅い挨拶はいいだろう」
 レグルスは鷹揚に笑う。ゲームのレグルスめいた表情に、つい心臓の拍動が早くなる。

「娘はまだ婚約者の身です。恐れ多くてそういう訳には参りませんよ」
 お父様は笑いながら首を振った。

 こいつはアホか。いくらなんでも伯爵と王族じゃ身分が違いすぎるだろうが。
 俺はツッコミたくなるが笑顔を作り、静かに黙っていた。

「奥方は、今日はまた一段とお美しくいらっしゃる」
 次にレグルスが声を掛けたのはお母様だった。

 お母様は優雅に微笑む。
 確かにレグルスの言う通り、烏の濡れ羽色した髪を結い上げ、エメラルドグリーンのドレスを着たお母様はエキゾチックな美しさがあった。

「恐れ入ります、陛下。この度はおめでとうございます」
「ありがとう。そう言えば、お父上のドゥーベ様はお元気か?」
「まあ、私の父まで気にかけて下さり、光栄です。父は今、ジェード侯爵のご子息に剣を教えているそうです。アルキオーネの誕生パーティーに来ると言っていたので、近々お目にかかることになるかと思いますわ」

 ドゥーベ――お祖父様のことだ。剣術バカのレグルスはどうやらお祖父様のことを気にしているらしい。
 お祖父様は既に引退した身なので、社交界には顔を出していない。だから、レグルスに剣を教えていたとはいえ、この場に顔を出してはいないようだった。
 連絡を密にとる人でもないので、レグルスはお祖父様の近況を知らなかったようで、少し驚いたような顔をしている。

「ジェード家にいるのか! それは聞いてなかったな……まあ、いい。ドゥーベ様にお会い出来ることを楽しみにしておこう」
「ありがとうございます。父にも伝えておきますわ」

 お母様とレグルス王子の会話を俺はぼーっと眺めた。

 お父様とお母様に丁寧に挨拶するのはとても律儀で素晴らしいことだと思うが、痛い視線の中待つ俺の身にもなってほしいものだ。
 アルキオーネの名前を呼んで駆け寄ってきたくせにこの仕打ち。いい加減飽きてきたぞ。ここから逃げてやろうか。

「さて、アルキオーネ。待たせたね。手紙では熱はあのあとすぐに下がったと聞いていたが、大丈夫だったかい?」
 急にレグルスがこちらに向かって話しかけてくる。漸く、俺の番が来たようだ。

「ええ、この通り、すっかり良くなりました。きっとレグルス様がお祈りをして下さったおかげですね」
 俺は慌てず騒がずスマートに返すよう努めた。

「そうか、良かった。今日は何となく顔色も良いようでほっとしたよ」
「ご心配をおかけしました。最近は運動を始めたので、多少体力もつきましたから、そのおかげかと」
「そうか。それは何よりだ。しかし、無理はしないでおくれ。君はわたしの大切な伴侶となるのだから」
 レグルスはそう言うと、俺の右手の甲にキスを落とした。

 また、俺の手にキスをしやがって。
 俺はすぐさま手を洗いたい衝動に駆られる。
 ああ、今すぐトイレに駆け込みたい。石鹸で何度も洗った上に三回ぐらいアルコール消毒したい。悔やまれるのは、この世界のトイレにアルコール消毒用のスプレーが置いてないことだった。
 せめて、早く、一刻も早く、俺をトイレに行かせてくれ!

 周囲から女性の悲鳴が聞こえた。その声にすぐに我に返る。
 ここでそんな醜態を見せるなんて男が廃る。

「まあ、レグルス様、恐れ入りますわ」
 俺は余裕のあるふりをしながらそう言ってやる。しかし、その裏では、ワナワナと身体が震えそうになるのを堪えるのに必死だった。

 鎮まれ! 俺の右手よ、鎮まるのだー!! やっぱり、この天然王子には勝てないのか。俺は悔しくて心の中で血の涙を流していた。

 そのときだった。
「王子、ここにいましたか。陛下がお呼びです」
 護衛のような格好をした少年が割って入るような形で声を掛けてきた。
 背はレグルスよりも大きく、アルキオーネやレグルスより年上に見えた。深い緑の髪を束ねた、翡翠のような瞳の少年が現れる。

「リゲルか、今行く」
 レグルスはリゲルと呼んだ少年をちらりと見る。

「婚約者様とのお話し中に失礼しました」
 リゲルはこちらが誰なのか分かったらしく、こちらに頭を下げた。

「いえ」
「それでは、アルキオーネ。また、あとでゆっくりと話そう」
 レグルスは俺に向かってそう言うと、リゲルに連れられて、その場を名残惜しそうに去った。

 レグルスがいなくなると、集まっていた視線は一気になくなる。

 嵐が去って、俺はほっとして心の中でため息を吐いた。

「リゲル……そう。あの方がジェード侯爵のご子息なのね」
 お母様がレグルス王子たちの背中を見ながら、小さくそう呟く。

 ジェードと言われて、お祖父様が滞在中の家門の名前を思い出す。

「じゃあ、あの方のお屋敷にお祖父様がいらっしゃるのですね?」
「ええ」
「あの方……側近候補のご学友にしては大きいですよね。レグルス様の護衛ですか?」

 レグルスを呼びに来た少年のことを思い出す。
 確かに背も高ければ、筋肉もしっかりついていた。筋肉量と剣の腕は比例するものでもないと思うが、見た目はめちゃくちゃ強そうだった。
 アイツ、お祖父様に剣を習っているんだろ。羨ましいな。俺も習いたいのに。

「あら、確か貴女と同じ歳だったはずよ」
「え? ええ!?」
 驚きのあまり、俺の口からはご令嬢とは思えぬ声が出た。

 お母様は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに笑顔に戻る。

「そうよね。驚くのも無理はないわ。同じ歳のレグルス王子殿下と比べても、頭一個分、身長が違うもの」
「おお、ジェード侯爵の長男の話なら私も知っているよ。すごい方で、五歳のときから剣を握り、十歳のときには八つも上の騎士見習いに勝ったとか聞いたな。騎士見習いといっても相手は八年近く剣の腕を磨いてきた相手だそうだ。素晴らしい才能の持ち主だよ」

 お父様の言葉に俺は驚いた。
 いやいや、十歳の子どもが十八歳の青年に勝ったなんて有り得ない。すごいを通り越して怖いんだけど。
 俺はゾッとして自分を抱くようにして両腕をさすった。
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