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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)
15.花降るパレード
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俺たちはアントニスのオススメの品をいくつか食べた。お肉の入ったサンドイッチに、とろりと溶けるチョコレートの入ったドーナツ、花びらの入ったお茶……流石はあんなお腹をしているだけのことはある。アントニスのオススメはどれも美味しかった。
お腹も膨れたころ、パレードの始まる時間が近付いてきたことに気づく。
俺たちはパレードの行われる通りへと急いだ。幸いなことに今回はトラブルに巻き込まれることなく、目当ての場所に辿り着く。
パレードはまだ始まっていないというのに、既に人集りができていた。俺とスーは無理矢理体を押し込んで、ロープ前の最前列に滑り込む。
どちらかというと細身のルネはぎりぎり俺たちの後ろを陣取ることに成功したが、大柄なアントニスは入れず、遥か後ろにいる。
(まったく、護衛のくせに対象者から離れるなんて。)
俺は後でメリーナにお説教してもらおうとこっそり決め込む。
「どんなパレードなんでしょうか?」
スーがわくわくした顔でこちらを見る。
昨日の遠慮がちで控えめな態度とは違うスーに俺は思わず微笑みを浮かべた。
知らない土地で一人きりだったせいか酷く警戒していたというのに、すっかり俺に慣れたようだ。キラキラとした瞳とあどけない笑顔を俺に向け、明るく話しかけてくる。
思わず、頭を撫でてしまいたくなるが、せっかくのこの笑顔を警戒心で壊したくない。そう思って、俺はきゅっと自分の手を握った。
「確か、音楽に合わせて踊る人とお花や花びらを撒いて歩く人がいるらしいですね。カラフルな衣装が見どころだそうですよ」
俺はガイドブックに書いてあったことを思い出しながらそう答えた。
「お花? この季節に?」
「ええ。国中の温室という温室からかき集めてくるんです。このとき用の花を態々栽培しているところもあるみたいで、あまり見かけないような珍しい花も混じっているんですって」
これもガイドブックに書いてあったことだった。
「そう、楽しみだわ!」
「そういえば、このパレードにはジンクスがあるんですよ」
「ジンクス?」
「ええ。このパレードで撒かれたお花や花びらを地面に落ちる前に捕まえることが出来たら幸せになれるとかいいことがあるとか言われているみたいです」
俺の言葉にスーの瞳が煌めく。
「もしも、捕まえたら交換しない?」
「ええ、いいですよ」
俺はくすくすと笑った。スーの口調が敬語交じりのものからすっかりタメ口に変わっていたことに気づいたからだった。
本当に気を許してくれているようで嬉しい。
「何色の花が取れるかしら? いっぱい取れたらルネとアントニスさん、お留守番のメリーナさん……お土産用にもとっておかなきゃ」
スーはそう言いながら忙しそうに指を折る。
向こうの方から音楽が聞こえた。
「さあ、パレードが始まりますよ」
俺の言葉にスーが顔を上げた。
暫くすると、赤や青、黄色に緑、ピンク、紫といった極彩色の衣装を身につけ、楽器を鳴らす者、音楽に合わせて踊る者、それに合わせて花を撒く者が俺たちの前を通る。夢のように美しい光景に俺はぽかんと口を開けて見入ってしまった。
「アルキオーネ! ほら、お花!」
俺ははっとして目の前の花を落ちていく花びらや花を捕まえようと手を伸ばした。
「きゃっ!」
横で少女の声がした。
この人集りだ。後ろの人に誰かが押されたのだろう。
横を見ると、パレードの列に突っ込んでいく少女の姿が見えた。危ない。
俺は手を伸ばした方向を変え、少女を抱き締めるようにキャッチした。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
そう答えた後、少女は目を大きく開いた。
俺もびっくりして身体を硬直させた。
「「アルキオーネ?」」
スーとリゲルの声が同時に聞こえた。
リゲルの声ということは、やっぱりこの少女は他人の空似などではない。
「ミモザ様?」
俺は怖々と腕の中の少女の名前を呼んだ。
ミモザはばつの悪い顔をしてから、すっと表情を消す。
「ありがとう」
冷えたような声色だった。
そして、ミモザは素早く俺から離れると、不快そうな顔をして俺を上から下まで嘗め回すように見た。全くありがとうの「あ」の字も感じない態度だ。
しかし、スーとリゲルの手前何も言えず、俺は微笑みを湛えた。
「お友だち?」
スーが無邪気な声を出す。
「え、ええ」
俺が頷くと、スーは明るい顔をする。
「こんにちは。私、アルキオーネの友だちのスーです」
春の陽だまりのような、屈託のないスーの笑顔に毒気を抜かれたのか、ミモザはぽかんとした顔をする。
「ミモザ……」
リゲルが肘でミモザをつつく。
ミモザははっとして笑顔をつくった。ご令嬢の条件反射と言ってもいい早さだった。
「ご機嫌よう。私はミモザ。ミモザ・ジェードです」
「俺は兄のリゲルです」
ミモザは黄色のドレスを着ていた。昨日と色は似ていたが、形がどうも違うようだった。
リゲルはと言えば、俺のコートと同じような濃い青のパンツとジャケットを着ていた。ジャケットの中には同じ色のベストにネモフィラのような淡い水色のシャツが覗く。タイは淡い黄色のものを身に着けている。
(待てよ。リゲルの姿……まるで俺と合わせたみたいじゃないか。)
ミモザがいつ怒り出すか分かったもんじゃない。早く二人から離れるために俺はスーの側に寄った。
「今日は二人でデート?」
俺の心配をよそにリゲルは呑気に冗談を言う。
一気にスーの顔が真っ赤になった。
「これはデート……なのかしら?」
俺の方を向いてスーが呟く。
(可愛い!)
「……お出かけです」
俺は表情筋を殺しながらそう答えた。
(デートだよ! 嗚呼、勿論、デートに決まってるだろうが! 前世ではモテない上に今世では女になってしまった、この俺が罰にかこつけて誘ったデートだよ。可愛い女の子とデートして何が悪い。でも、恥ずかしがってるスーの前でデートなんて言えない! 恥ずかしがるスーは確かに可愛い。そんなスーを見たい。)
俺は煩悩全開でそんなことを考えていた。
こんなのがバレたら絶対、スーに嫌われてしまう。俺は己の煩悩を打ち消すため、頭の中でひたすらサッカー日本代表の名前を五十音順に唱え始める。
「じゃあ、これはお出かけなんですか?」
スーの潤んだ瞳が俺を見上げ、桜色の唇が柔らかく動く。
(だから、この可愛すぎるこの生き物はなんだよ!)
「お、お出かけです!」
俺は甘い香りに動揺しながら必死に頷いた。
どうやら、俺の煩悩はサッカー日本代表だけでは収まらないらしい。可愛いが過ぎる。
俺はパニックになっていた。
俺を助けてくれたのはリゲルでも、スーでも、ルネでもない。ミモザだった。
「お兄様! せっかくのお出かけなんですもの、邪魔してはだめよ!」
ミモザは大きな声を上げた。
「あ、ああ、そうか。悪かったね、アルキオーネ」
「もう、だからこの話は終わり、ね?」
そう言って可愛らしく微笑むと、ミモザはリゲルの腕に自分の腕を絡ませた。
「さ、パレードに集中して」
「そうだな。じゃあ、また」
「ほら、あっちに行きましょ」
リゲルはミモザに目を落とすと苦笑する。そして、ヒラヒラと空いた方の手を振った。
(よかった。)
俺は内心ほっとしていた。
スーの赤面をこれ以上リゲルに見せなくてよかったことは勿論、ミモザが暴れることがなかったからだ。スーの前で掴みかかられなくてよかった。前みたいな調子で掴みかかられたら、スーはびっくりしてしまうだろう。
いや、百歩譲って俺に掴みかかるまではいいとしよう。ミモザの場合、リゲルに近づいたと判断されたら、スーにまで噛み付く可能性だってある。スーにそんなことされたら許せる気がしない。
俺はスーの方を向いた。
スーはきょとんとこちらを見ていた。
「あの……あの二人とは一緒に見なくてもいいの?」
「ええ、気を使ってくれたみたいです」
「そんな! 私のことは気にしなくていいのに……」
スーは悲しそうな顔をする。
俺はこそっとスーの耳元に顔を近づけた。
「いえ、わたくしがそうしたいのです。せっかくのデートですから、わたくしたちも楽しまなきゃ」
スーは途端に真っ赤な顔になる。本当に可愛いんだから。俺が思わず笑うと、スーは耳を覆い、ふるふると顔を振った。
「デートだなんて……」
「あら、嫌でしたか?」
「そんなこと……」
「あ、来ましたよ」
色の洪水のような列が間近に迫る。パレードの先頭の踊り子が目の前を通過した。それに続く踊り子と花を振りまく人々。
「さて、どちらがたくさん花びらをとれるか競争しましょう」
俺はそう言うと、花びらの方へ手を伸ばした。
手を伸ばす俺たちに大量の花のシャワーが降り注ぐ。俺たちは身体中に沢山の花びらに付けながら、花を掴み取ろうとした。
「スー、取れましたか?」
「あ、あとちょっと……」
スーはなかなか花を掴めないようで何度も手を伸ばしていた。
「あまり無理はせずに……」
「きゃあっ!」
スーは叫ぶ。
興奮した人々が押し寄せて、スーの身体は軽く吹っ飛ぶ。そして、俺にぶつかった。普通なら簡単に支えられそうなほどスーの身体は軽いはずだった。
しかし、俺も周囲からの圧力で変な姿勢をしていたので、俺ごと倒れ込むことになる。このままだとパレードの列に飛び込む。
俺はぎゅっと目を瞑った。
「お嬢様!」
ルネは叫ぶと、俺たちをさっと支えた。
「あ、ありがとうごさいます」
危ない。もしも地面に倒れ込んでしまったら、踏み潰されてしまって、最悪圧死していたかもしれない。前世でもそんな事件があったし。
俺はぎゅっとスーを抱きしめた。スーからは甘いのにどこか爽やかな花の香りがした。
「アルキオーネ?」
スーが俺を不思議そうに見上げた。
心臓が飛び跳ねた。全然違う顔なのに、妹の面影が重なる。
「……っ」
名前を呼びたいのに妹の名前がすぐに思い出せなかった。途端にさっと血の気が引く。あんなに大切にしていたはずの妹の名前を忘れるなんて。
「大丈夫ですか?」
ルネが俺を見下ろしながら尋ねる。表情筋が死んでいるのか、ルネは無表情だった。
「ええ」
俺は動揺を隠すように頷く。
「これ以上はお守り出来ませんね。もう、下がりましょう」
ルネはそう言って、スーと俺を抱き上げる。そして、人の間を縫うようにして人混みから脱出した。
人混みから少し離れると、漸く辺りを見回す余裕が生まれた。
「アントニスがいませんね」
人混みを目線で撫でるが、あの地味すぎて逆に目立つ、モスグリーンの服は見当たらなかった。
「あれは?」
スーが指を指す。
アントニスは少し離れたところでジェラートを食べていた。向こうも俺たちがわかったのだろう。アントニスはお腹を揺らして走ってくる。
呑気すぎて責める気すら起きない。
「お、アルキオーネ様たちもう終わりですか?」
「ええ、あの人混みでは引き上げるしかありませんでした」
「じゃあ、今のうちに店を見てはどうですか?」
「それは名案ね。今なら混んでなさそうだし」
スーは手を叩く。
この人混みでリゲルとミモザは大丈夫なのだろうか。そんなことを思いながら俺たちはパレードを後にした。
お腹も膨れたころ、パレードの始まる時間が近付いてきたことに気づく。
俺たちはパレードの行われる通りへと急いだ。幸いなことに今回はトラブルに巻き込まれることなく、目当ての場所に辿り着く。
パレードはまだ始まっていないというのに、既に人集りができていた。俺とスーは無理矢理体を押し込んで、ロープ前の最前列に滑り込む。
どちらかというと細身のルネはぎりぎり俺たちの後ろを陣取ることに成功したが、大柄なアントニスは入れず、遥か後ろにいる。
(まったく、護衛のくせに対象者から離れるなんて。)
俺は後でメリーナにお説教してもらおうとこっそり決め込む。
「どんなパレードなんでしょうか?」
スーがわくわくした顔でこちらを見る。
昨日の遠慮がちで控えめな態度とは違うスーに俺は思わず微笑みを浮かべた。
知らない土地で一人きりだったせいか酷く警戒していたというのに、すっかり俺に慣れたようだ。キラキラとした瞳とあどけない笑顔を俺に向け、明るく話しかけてくる。
思わず、頭を撫でてしまいたくなるが、せっかくのこの笑顔を警戒心で壊したくない。そう思って、俺はきゅっと自分の手を握った。
「確か、音楽に合わせて踊る人とお花や花びらを撒いて歩く人がいるらしいですね。カラフルな衣装が見どころだそうですよ」
俺はガイドブックに書いてあったことを思い出しながらそう答えた。
「お花? この季節に?」
「ええ。国中の温室という温室からかき集めてくるんです。このとき用の花を態々栽培しているところもあるみたいで、あまり見かけないような珍しい花も混じっているんですって」
これもガイドブックに書いてあったことだった。
「そう、楽しみだわ!」
「そういえば、このパレードにはジンクスがあるんですよ」
「ジンクス?」
「ええ。このパレードで撒かれたお花や花びらを地面に落ちる前に捕まえることが出来たら幸せになれるとかいいことがあるとか言われているみたいです」
俺の言葉にスーの瞳が煌めく。
「もしも、捕まえたら交換しない?」
「ええ、いいですよ」
俺はくすくすと笑った。スーの口調が敬語交じりのものからすっかりタメ口に変わっていたことに気づいたからだった。
本当に気を許してくれているようで嬉しい。
「何色の花が取れるかしら? いっぱい取れたらルネとアントニスさん、お留守番のメリーナさん……お土産用にもとっておかなきゃ」
スーはそう言いながら忙しそうに指を折る。
向こうの方から音楽が聞こえた。
「さあ、パレードが始まりますよ」
俺の言葉にスーが顔を上げた。
暫くすると、赤や青、黄色に緑、ピンク、紫といった極彩色の衣装を身につけ、楽器を鳴らす者、音楽に合わせて踊る者、それに合わせて花を撒く者が俺たちの前を通る。夢のように美しい光景に俺はぽかんと口を開けて見入ってしまった。
「アルキオーネ! ほら、お花!」
俺ははっとして目の前の花を落ちていく花びらや花を捕まえようと手を伸ばした。
「きゃっ!」
横で少女の声がした。
この人集りだ。後ろの人に誰かが押されたのだろう。
横を見ると、パレードの列に突っ込んでいく少女の姿が見えた。危ない。
俺は手を伸ばした方向を変え、少女を抱き締めるようにキャッチした。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
そう答えた後、少女は目を大きく開いた。
俺もびっくりして身体を硬直させた。
「「アルキオーネ?」」
スーとリゲルの声が同時に聞こえた。
リゲルの声ということは、やっぱりこの少女は他人の空似などではない。
「ミモザ様?」
俺は怖々と腕の中の少女の名前を呼んだ。
ミモザはばつの悪い顔をしてから、すっと表情を消す。
「ありがとう」
冷えたような声色だった。
そして、ミモザは素早く俺から離れると、不快そうな顔をして俺を上から下まで嘗め回すように見た。全くありがとうの「あ」の字も感じない態度だ。
しかし、スーとリゲルの手前何も言えず、俺は微笑みを湛えた。
「お友だち?」
スーが無邪気な声を出す。
「え、ええ」
俺が頷くと、スーは明るい顔をする。
「こんにちは。私、アルキオーネの友だちのスーです」
春の陽だまりのような、屈託のないスーの笑顔に毒気を抜かれたのか、ミモザはぽかんとした顔をする。
「ミモザ……」
リゲルが肘でミモザをつつく。
ミモザははっとして笑顔をつくった。ご令嬢の条件反射と言ってもいい早さだった。
「ご機嫌よう。私はミモザ。ミモザ・ジェードです」
「俺は兄のリゲルです」
ミモザは黄色のドレスを着ていた。昨日と色は似ていたが、形がどうも違うようだった。
リゲルはと言えば、俺のコートと同じような濃い青のパンツとジャケットを着ていた。ジャケットの中には同じ色のベストにネモフィラのような淡い水色のシャツが覗く。タイは淡い黄色のものを身に着けている。
(待てよ。リゲルの姿……まるで俺と合わせたみたいじゃないか。)
ミモザがいつ怒り出すか分かったもんじゃない。早く二人から離れるために俺はスーの側に寄った。
「今日は二人でデート?」
俺の心配をよそにリゲルは呑気に冗談を言う。
一気にスーの顔が真っ赤になった。
「これはデート……なのかしら?」
俺の方を向いてスーが呟く。
(可愛い!)
「……お出かけです」
俺は表情筋を殺しながらそう答えた。
(デートだよ! 嗚呼、勿論、デートに決まってるだろうが! 前世ではモテない上に今世では女になってしまった、この俺が罰にかこつけて誘ったデートだよ。可愛い女の子とデートして何が悪い。でも、恥ずかしがってるスーの前でデートなんて言えない! 恥ずかしがるスーは確かに可愛い。そんなスーを見たい。)
俺は煩悩全開でそんなことを考えていた。
こんなのがバレたら絶対、スーに嫌われてしまう。俺は己の煩悩を打ち消すため、頭の中でひたすらサッカー日本代表の名前を五十音順に唱え始める。
「じゃあ、これはお出かけなんですか?」
スーの潤んだ瞳が俺を見上げ、桜色の唇が柔らかく動く。
(だから、この可愛すぎるこの生き物はなんだよ!)
「お、お出かけです!」
俺は甘い香りに動揺しながら必死に頷いた。
どうやら、俺の煩悩はサッカー日本代表だけでは収まらないらしい。可愛いが過ぎる。
俺はパニックになっていた。
俺を助けてくれたのはリゲルでも、スーでも、ルネでもない。ミモザだった。
「お兄様! せっかくのお出かけなんですもの、邪魔してはだめよ!」
ミモザは大きな声を上げた。
「あ、ああ、そうか。悪かったね、アルキオーネ」
「もう、だからこの話は終わり、ね?」
そう言って可愛らしく微笑むと、ミモザはリゲルの腕に自分の腕を絡ませた。
「さ、パレードに集中して」
「そうだな。じゃあ、また」
「ほら、あっちに行きましょ」
リゲルはミモザに目を落とすと苦笑する。そして、ヒラヒラと空いた方の手を振った。
(よかった。)
俺は内心ほっとしていた。
スーの赤面をこれ以上リゲルに見せなくてよかったことは勿論、ミモザが暴れることがなかったからだ。スーの前で掴みかかられなくてよかった。前みたいな調子で掴みかかられたら、スーはびっくりしてしまうだろう。
いや、百歩譲って俺に掴みかかるまではいいとしよう。ミモザの場合、リゲルに近づいたと判断されたら、スーにまで噛み付く可能性だってある。スーにそんなことされたら許せる気がしない。
俺はスーの方を向いた。
スーはきょとんとこちらを見ていた。
「あの……あの二人とは一緒に見なくてもいいの?」
「ええ、気を使ってくれたみたいです」
「そんな! 私のことは気にしなくていいのに……」
スーは悲しそうな顔をする。
俺はこそっとスーの耳元に顔を近づけた。
「いえ、わたくしがそうしたいのです。せっかくのデートですから、わたくしたちも楽しまなきゃ」
スーは途端に真っ赤な顔になる。本当に可愛いんだから。俺が思わず笑うと、スーは耳を覆い、ふるふると顔を振った。
「デートだなんて……」
「あら、嫌でしたか?」
「そんなこと……」
「あ、来ましたよ」
色の洪水のような列が間近に迫る。パレードの先頭の踊り子が目の前を通過した。それに続く踊り子と花を振りまく人々。
「さて、どちらがたくさん花びらをとれるか競争しましょう」
俺はそう言うと、花びらの方へ手を伸ばした。
手を伸ばす俺たちに大量の花のシャワーが降り注ぐ。俺たちは身体中に沢山の花びらに付けながら、花を掴み取ろうとした。
「スー、取れましたか?」
「あ、あとちょっと……」
スーはなかなか花を掴めないようで何度も手を伸ばしていた。
「あまり無理はせずに……」
「きゃあっ!」
スーは叫ぶ。
興奮した人々が押し寄せて、スーの身体は軽く吹っ飛ぶ。そして、俺にぶつかった。普通なら簡単に支えられそうなほどスーの身体は軽いはずだった。
しかし、俺も周囲からの圧力で変な姿勢をしていたので、俺ごと倒れ込むことになる。このままだとパレードの列に飛び込む。
俺はぎゅっと目を瞑った。
「お嬢様!」
ルネは叫ぶと、俺たちをさっと支えた。
「あ、ありがとうごさいます」
危ない。もしも地面に倒れ込んでしまったら、踏み潰されてしまって、最悪圧死していたかもしれない。前世でもそんな事件があったし。
俺はぎゅっとスーを抱きしめた。スーからは甘いのにどこか爽やかな花の香りがした。
「アルキオーネ?」
スーが俺を不思議そうに見上げた。
心臓が飛び跳ねた。全然違う顔なのに、妹の面影が重なる。
「……っ」
名前を呼びたいのに妹の名前がすぐに思い出せなかった。途端にさっと血の気が引く。あんなに大切にしていたはずの妹の名前を忘れるなんて。
「大丈夫ですか?」
ルネが俺を見下ろしながら尋ねる。表情筋が死んでいるのか、ルネは無表情だった。
「ええ」
俺は動揺を隠すように頷く。
「これ以上はお守り出来ませんね。もう、下がりましょう」
ルネはそう言って、スーと俺を抱き上げる。そして、人の間を縫うようにして人混みから脱出した。
人混みから少し離れると、漸く辺りを見回す余裕が生まれた。
「アントニスがいませんね」
人混みを目線で撫でるが、あの地味すぎて逆に目立つ、モスグリーンの服は見当たらなかった。
「あれは?」
スーが指を指す。
アントニスは少し離れたところでジェラートを食べていた。向こうも俺たちがわかったのだろう。アントニスはお腹を揺らして走ってくる。
呑気すぎて責める気すら起きない。
「お、アルキオーネ様たちもう終わりですか?」
「ええ、あの人混みでは引き上げるしかありませんでした」
「じゃあ、今のうちに店を見てはどうですか?」
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