転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
82 / 83
四章 深緑の髪飾り(領地編)

3.兄妹喧嘩は犬も食わない

しおりを挟む
 ひとまず、興奮しているミモザをなだめてやってから、俺たちはソファに座った。
 ちょうど薔薇茶は冷めていたので、メリーナが気を利かせて持ってきてくれた新しい茶を飲みながら話を聞こうというわけだ。

「それでどうしました?」

 温かいティーカップを目の前に、湯気で涙腺が緩んだのか、じわりとミモザの目が潤んだ。

「うっ……う、ううっ」

 ミモザは泣くばかりで、何を聞いても答えない。ぽたぽたとティーカップの中に涙が沈んでいく。
 せっかくの紅茶がしょっぱくなってしまう。
 メリーナもそのことに気づいたようで、さり気なくティーカップを交換する。

 ひとしきり泣いてから、ミモザは交換されたティーカップの中身をじっと見つめた。
 ミモザの目の周りは腫れぼったくなり、二重だった瞼は一重になっている。
 嗚呼、美少女が勿体ない。

「よかったらどうぞ。薔薇茶だそうですよ。ええっと、確か、美容にもいいらしいです」
 俺はしょっぱくなる前にと紅茶を勧めた。

 ミモザは何も言わずに頷いてティーカップに手を添える。
 そして、ティーカップの中身を一気に飲み干した。実にいい飲みっぷりだ。

 ミモザはほっとため息を吐いてから、手の甲で涙を乱暴に拭った。

(ハンカチくらい貸すぞ?)
 そう思っていると、ミモザはハンカチを取り出し、ぶびっと盛大な音を立てて洟をかんだ。

(おい、美少女。もう少し美少女らしくしろ!)

「落ち着きました?」
「ええ」
「何があったんですか?」

 ミモザは俺の顔を見る。
 見る見るうちに目の淵に涙が溜まっていく。あ、また泣く。

「あのね、お兄様と喧嘩したの」

 瞬きとともに音もなく、涙が零れた。

 自分の心臓がびくりと跳ねたのがわかった。

(ど、どうしよう……まだ泣いてる……)

 色んな人に泣かれまくっている手前、そろそろ慣れてもいいとは思うのだけど、やっぱり泣かれるのは心臓に悪い。

(慰めるか?)

 いや、今の段階では、リゲルが悪いのか、ミモザが悪いのか、判断がつきかねるし、何が原因かも分からないのだから話しかけようもない。
 下手に何か話して地雷を踏むよりはとぐっと堪えて、ミモザの言葉を待った。

「だって、だってね? お兄様ったら酷いの。急に熱を測れとか、病院に行けとか。何処も悪くないと言っているのに聞かなくて……」

 俺は先程の手紙の内容を思い出した。
 そう言えば、リゲルの奴、ミモザが病気なんじゃないかと心配していたんだった。

「あの……ミモザ様、きっとお兄様は悪気はないんだと思いますよ?」
「いいえ、悪気なんてあっても、なくてもどっちでも変わらないわ。酷いんだもの。私の言葉をまるで聞かないのよ。私はお兄様のお人形じゃないのに!」
「いえ、本当に心配をしているんだと思いますけど……」
「お姉様も……私のことを虐めるの?」

 ミモザはハンカチで顔の下半分を隠しながら、首を傾げる。
 瞼は一重で普段とは違っているが、涙で潤んだ瞳はとても綺麗な緑をしていた。
 その緑が不安げに俺を覗く。

 俺は思わず唾を飲み込む。

(嗚呼、もう、可愛いです。大きくて勝気な瞳が潤んでて庇護欲が掻き立てられるというか……好みの顔とは違うけど、なんて言うか、もう抱きしめてあげたいです!)

 でも、その感情はあまりにも下心丸出し過ぎて、リゲルに対しても、ミモザに対しても悪いことをしているような気持ちになる。
 そもそも、俺はご令嬢だ。少なくとも俺のアルキオーネはそういう弱味に漬け込んだりしない。
 絶対にそんなことをしてはいけないのだ。
 俺はぐっと堪える。

 前世の妹が「お兄ちゃんの変態!」と罵っている幻聴も聞こえてくる。
 だめだ。まだ、俺は清廉潔白なアルキオーネでいたい。

 俺は頭を振った。

「そんなことしません。それにリゲルだって貴女を心配してわたくしに手紙までくれたんですよ」
「それでもあまりにも頓珍漢だわ!」

 そういえば、リゲルは王都にいるとき、我が家オブシディアン邸まで走るのが日課だと言っていた。それを聞いて、正直、ストーカーっぽくて気持ち悪いなと思ったことを思い出す。
 確かにリゲルのやることは時々理解の範疇を軽く超えてくることがあるのは事実だ。

「まあ、リゲルのやることが理解できないと思う気持ちはちょっと分かりますけど……」
「でしょう?」
「でも、リゲルは貴女のことをちゃんと考えてますよ。考えすぎて空回りしてるだけなんですけど」
「空回りもいいところよ!」

 べったりなブラコンのミモザが兄に反発しているのは兄離れのいい兆候なのか、それともこのまま拗れてしまうのか……
 拗らせてしまうのは勿体ない気もする。
 可哀想なリゲルのためにも少しだけフォローしてやろう。

「でも、最近、ミモザ様の様子がおかしいのも事実でしょう?」
「う、そ……それはぁ……っ」
「何を企んでいるのか知りませんけど、素直に話してあげたらどうです?」
「それは無理! 絶対言えないわ!」

 どうやら、ミモザは兄にアルファルドへの恋心を話せないでいるらしい。
 それもそうか。二人とも犬猿の仲だ。

「まあ、恋の話なんて兄妹ではなかなかできませんよね」
「は?」
「え? 違うんですか?」
「いや、違わないけど、違うというか……どちらかと言うと、私はお兄様の方の問題というか……いやでも……」

 ミモザはブツブツと呟きながら赤いジャムの乗った甘いクッキーを手に取った。
 宝石のようにキラキラと輝くそれをミモザは口の中に押し込む。

「お花!」

 ミモザは驚いたように目を開いた。

(お花?)

 そういえば、先日、庭師に貰った花で、バシリオスとジャムを作った。あれは確か、赤いバラのジャムだった。

 俺はクッキーを手に取る。
 口に放り込むと、薔薇の香りが鼻から抜けた。やっぱり、俺の作ったものだ。

「嗚呼、そのクッキー、お嬢様が作ったジャムを使っているんですよ」

 メリーナはまるで自分の作ったもののように自慢げに言う。

「美味しいわ! お姉様、すごい!」
「それほどでもないですよ。誰でも作れますし」
「誰でも?」

 ミモザの言葉に俺は「これだ!」と思った。

 このクッキーをリゲルに贈ってさっさと仲直りしてもらおう。
 名付けて「クッキーで仲直り作戦」だ。

「作ってみますか?」
「え?」

 俺の言葉にミモザはびっくりしたような顔をする。
 ミモザがなんで驚くのか分からない。

「だって泊っていくんでしょう? 明日、一緒に作りましょうよ」

 そう言いながら、俺はもう一枚、クッキーを齧った。

「そう、そうだけど……」
「だけど? 何か不都合でも?」
「いえ、私の方はちゃんとお母様に泊ってくるって言ったから大丈夫だと思うけど……」

 なるほど。ちゃんと抜かりなく親に許可をとっているなら問題ない。

「メリーナ、うちも不都合はないですよね?」
「ええ、お嬢様。お泊りになると仰っていたので既にお部屋もご用意させていただいております」 

 メリーナは微笑んだ。
 流石、俺のメイドさんは仕事が早い。

「というわけなので、泊っていきましょう」

 せっかく来てくれたんだ。たまにはこんなことがあってもいいだろう。ちょうど俺も退屈していたし。

「いいの?」
「ベラトリックス様に許可まで取っていて何を言っているんですか?」
「それはそうだけど……」

 ミモザは戸惑うような表情で俺とクッキーを交互に見つめた。

「ちょっとだけお兄様を困らせてやりましょう? 帰ってこなかったら、きっとリゲルは動揺しますよ」

 俺は悪戯っぽく笑う。

「それもそうね」

 ミモザは少し考えていたようだが、納得したように頷く。

(よしよし、上手くいったぞ。)

 俺は心の中でほくそ笑む。

 でも、このままだと、また同じことが起きるだろう。
 今後、こんな感じで駆けこまれても困るから、リゲルの方は俺が上手いこと言っておこう。
 俺は十六年間兄貴をやってきたからリゲルの力にもなれるはずだ。

 とりあえずはリゲルにも反省してもらわなければいけないし、ミモザのお泊りは決定だ。
 ミモザも、リゲルも、時間を置いて落ち着いて考えられるようになれば、仲直りなんてすぐだ。
 俺は微笑む。

「リゲルをちょっと困らせてミモザ様が満足したら、仲直りすればいいんです。なんだかんだ、兄というものは妹に弱いんですから」
「それは、アルキオーネ様も?」

 どういう意味だろう、俺には妹なんていないのに。

(嗚呼、そうか。もしも妹がいると仮定して、弱いかどうか聞いているんだな。)
 俺はそう納得した。

 勿論、俺は前世において自他ともに認めるシスコンだった。
 妹がいたら滅茶苦茶可愛がるはずだし、人様に迷惑を掛けない我儘なら許すだろう。

「そうですね。きっとそうだと思いますよ」 

 そう言った途端、メリーナの顔が一瞬曇った気がした。
 メリーナの地雷でも踏んでしまったのだろうか。姉妹の仲が悪いなんて聞いたことがなかったけれど。
 そう思ったが、よく見るとメリーナの表情は笑顔だった。

(なんだ。勘違いか……)

「そう。なら、やっぱり今日はよろしくお願いします」

 ミモザは改まって頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いしますね」

 さあ、楽しいお泊りの始まりだ。
 俺はワクワクしながらミモザに向かって微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

異世界魔物大図鑑 転生したら魔物使いとかいう職業になった俺は、とりあえず魔物を育てながら図鑑的なモノを作る事にしました

おーるぼん
ファンタジー
主人公は俺、43歳独身久保田トシオだ。 人生に疲れて自ら命を絶とうとしていた所、それに失敗(というか妨害された)して異世界に辿り着いた。 最初は夢かと思っていたこの世界だが、どうやらそうではなかったらしい、しかも俺は魔物使いとか言う就いた覚えもない職業になっていた。 おまけにそれが判明したと同時に雑魚魔物使いだと罵倒される始末……随分とふざけた世界である。 だが……ここは現実の世界なんかよりもずっと面白い。 俺はこの世界で仲間たちと共に生きていこうと思う。 これは、そんなしがない中年である俺が四苦八苦しながらもセカンドライフを楽しんでいるだけの物語である。 ……分かっている、『図鑑要素が全くないじゃないか!』と言いたいんだろう? そこは勘弁してほしい、だってこれから俺が作り始めるんだから。 ※他サイト様にも同時掲載しています。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

処理中です...