ユニークシリーズ

サカナ丸

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ユニーク:魔法刺激部の悲劇な喜劇

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「う……とにかく、いい機会だ。私と部活をバカにしていることは水に流そう」
「いいんですか? よかったです!」
 クロミエもクロミエで、堂々とバカにしていることは否定しない。妙にこの二人の会話が噛み合うのはなぜか、きっとマイナスとマイナスがプラスになるようなものなのだ。
「で、クロミエとやら、我々の部活に入りたいのならば、まずは魔法を好きになったエピソードを聞かせてもらおう」
 我々といっても、部員は一人である。
「エピソード? といいますと」
「ここは魔法を使った部活。魔法にハマったエピソードだ」
「魔法にハマったエピソード……分かりました。じゃあ今からでっち上げます」
「でっち上げるな。ありのまま語れ」
「了解です。あることないこと全部喋ります」
「あることだけ喋れ」
「じゃあ例のアレ、頼っていいですか?」
「なんだそれ」
「天の声です」
『えー。いまちょっと調子悪いんだけど』
「ちょっとお願いします天の声さん」
『はい、了解しました――ところでみなさん、勘違いして覚えている言葉って意外と多いの気づいてました? たとえばアンデスメロン。アンデス山脈っていうのがありますけど、実は関係なくて、あれは安心ですメロンの略なんです』
「天の声さん! 豆知識ネタはいま必要ないですよ!」
『あとキリマンジャロって山脈、あるでしょう? 実はあれキリマ・ンジャロっていう区切り方が正しいんですよ。ここいらで勉強しておかないと、テストのときに痛い目を見ますよ』
「う……ダメです。完全に豆知識ネタに突入しました」
「すまん、私には聞こえないから全然分からん」
「いざ頼ろうとすると役に立たないみたいです」
「本番に弱いタイプなんだろ。ところで話の続きはどうなった?」
「あ、じゃあ、小学生の頃の話でいいですか?」
「いいだろう」
 クロミエ、十二歳。つまり五年前。
 そのときクロミエは、河川敷の隅っこで捨てられている子猫を発見した。ダンボールに閉じ込められ、寂しげな表情を向けられたクロミエは、涙を流さないはずのその瞳に涙を見た。
 可哀そう。助けてあげないと。
 その子猫の足は赤く腫れ、二倍に膨れていた。
 正義感からか、同情か、心優しいクロミエはその子猫を助けずにはいられなかった。ちなみに例のボブは、荒波に襲われた旅客船から大勢の人間を救助していた真っ最中なのだが、今は関係ないので気にしなくていい。
 友達のいないクロミエは、頼れる仲間もゼロ。少ない小遣いで牛乳などを調達し、密かに子猫を育てていた。
 ちなみに例のボブはこのとき、天然記念物の人口繁殖を世界で初めて成功させたが今は関係ない。
「きみは、私と同じだね」
 捨て猫に対して心底ありがちなセリフを呟いたクロミエは、そんな共感からか、子猫に名前をつけた。
 ――ニーザ。
 特に深い意味はない。ただなんとなく、ニーザと名付けた。ちなみにボブの名前の由来は、仕草がボブっぽいからである。
 クロミエは一ヶ月間ニーザを隠れて育てていたが、ついに悲劇が起きる。
 ニーザが、突然行方を晦ました。
 見放されたのか飽きられたのか、まだ幼いクロミエの心は悲しみと虚無感に支配された。ただ一緒にいるだけでもよかったのに、簡単な願いすらも受け入れない神を憎んだ。
 ニーザを入れていたダンボールの周囲に、小さな足跡があった。ダンボールから草むらに向かって小さな足跡がポツポツと。
 クロミエから零れていた悲しみの涙は、喜びの涙へと変わった。
 発見からたったの一ヶ月。まだ完治していない足でどこまで進めるのかクロミエには予測がつかない。
 それでもいい。自分の意志で、自分の足で自由をつかみ取ったのならば、何も文句などない。
 そのときふとダンボールの中を見た。何かが残されている。
「書き置き?」
 その一枚の紙きれには、こんな文章が残されていた。
「ありがとう」

「おい!」
 という話を聞いたリコッタは机を全力で叩いた。
「え、なんですか?」
「なんですかじゃないだろう。私は魔法にハマったエピソードを語れと言ったんだ!」
「で、でも! いいじゃないですか猫の話」
「確かに猫はいい。至極だ。でも貴様の話は中身がない」
「えーなんでですか。つまらなくて膝抱えるんですか?」
「膝は抱えない。さっきから膝膝膝膝しつこい」
「エピソードを語れって言ったじゃないですか。満足できないなら別の人から聞いたらいいじゃないですか」
「なんで私が知らんやつから猫の話を聞かなくちゃいけないんだ!」
「じゃあ全校生徒から膝の話を聞いたらいいじゃないですか」
「なんで私が学校中に膝の話を聞いて回らないといけないんだ!」
「じゃあ、天の声に創作してもらいます?」
「笑止! 自分の言葉で語らなければ意味ないだろ!」
 リコッタは怒りに任せて再び机を叩いた。机は内心、キレている。
『机――そう、彼の名前は机。机は近所の工場で作られたありふれた机だった。工場のオーナーは経営難でバイトを雇えず、夫婦二人のみで仕事をしていた。子供がいない夫婦にとって、ここで作る机は自分たちの子供同然で、板を研磨しツルツルにするときも、足を一本一本作り板にくっつけるときも、机の中の教科書とか入れる空間を作るときも、我が子のようにやさしく作り上げていた。そんな愛情たっぷりの机を、あろうことかリコッタは思い切り叩いたのだ。こんな酷いことがあっていいものか。あっていいはずがない』
 クロミエは天の声を聞き、静かに涙を流した。机の過去や苦悩や青春、全てを感じ取ってしまったからには当然の涙と言えよう。
「あ、今、天の声が聞こえました」
「おい、またか」
「リコッタさん、机に謝ってください」
「は? なんでだ」
「謝ってください、生みの親にも謝ってください」
「なんかよく分からんが、ごめん」
 唐突に天の声が登場すると、さすがのリコッタも怯む。
 だがこのままクロミエのペースに飲まれていては本格的にマズいのは百も承知。膝と猫の話題を武器に修正する。
「いや机のことも膝のことも猫のこともどうでもいい!」
 だが今度は机を叩かず、自分の膝を殴りつける。
「唐突に机から切り返しましたね」
「机も猫も膝も今は大事じゃないんだよ! もういい、貴様のエピソードにはもう興味はない」
「えー? まだ猫の額の話と、膝の話が残ってますけど」
「いやいい、すこぶる興味ない」
「えー語りたいのに」
「猫の話には興味ないが、貴様の猫愛を確かめるのは悪くない」
「ね、猫愛?」
「猫のモノマネをしてみろ」
 不意の意味不明な発言に対し、クロミエから数秒の沈黙。
 沈黙を切り裂くため質問しようとしたが、リコッタの更なる注文によって先を越された。
「ただの猫じゃない。爪を研げ」
「辛い鍋ですか?」
「それはキムチチゲだ。爪を研げと言ったんだ」
「どうしてまた爪研ぎなんて……」
「私はな、猫の爪研ぎアクションにどうしようもなく萌えるんだ」
「それが何か?」
「貴様の猫話には興味ないがな、爪研ぎアクションで猫愛を表現してくれれば、そのエピソードも感じ方が変わるかもしれん」
 果たして、猫の爪研ぎアクションに萌える人間が、人間の爪研ぎアクションに萌えるだろうか。
 そんな要求をされては誰しもドン引き必至だが、残念ながらクロミエも同じ穴出身の貉である。
「任せてください! 猫のモノマネにおいて私の右に出る者はいませんよ!」
 などと胸を叩いて意気揚々とするその様は、まさに好奇心と探求心の塊だ。
 その一歩こそ事の発端となるのだが。
 一頻り、孤独の爪研ぎ披露大会が開催されたが、リコッタが求める爪研ぎフォームは見つからなかった。困ったクロミエは雌豹ポーズを交えた爪研ぎを考案したり、いっそのこと背中を床に擦ったりといった試行錯誤は全て御眼鏡に適わず無に喫した。
「だって、猫の日常を再現しろってリコッタさんが言うから、猫の生霊を憑依させてるんですよ」
「甘いな。お前の生霊は生き生きしてない」
「生き生きしてたら生霊じゃないじゃないですか」
「もういい、爪研ぎの件はまた今度にしよう」
「分かりました! 練習しておきます!」
「で、入部希望の理由についてだが、確か我が部活を尊敬していたからだったかな」
「違いますけど」
 クロミエは首を傾げた。疑問符たっぷりに傾げた。
 それもそのはず、クロミエは既に理由を語ったのだ。この部室へ入ってすぐに。
 こんな腐って錆びれた部活ならば、友達がいない自分のような同士がいるはずだ、と。
「入部の理由なら最初に言ったじゃないですか」
「最初に言った? あーそうだな。私を崇拝しているんだったな」
「茶化さないでください。私はこの寂れて錆びれた部活に同士を求めに来たんです」
「ふっ、残念だったな。貴様の同士などどこにもいない」
 この二人が同レベルである。とアンケートをとれば九割が賛成に傾くだろう。
「でも、私がこの部活に見合うかどうか、まだ分からないじゃないですか」
「笑止、貴様など、この部活の足元の水虫にすら及ばない。笑止」
 この女、ただ笑止と言いたいだけである。
「だが、クロミエとやら」
 リコッタは人差し指をポンと立て、ニっと口元を緩めた。
 良いこと閃いた――。
 リコッタの脳内ではそんな文章が炸裂していた。
「なんですか、いいこと閃いたみたいな顔して」
「これが私の真の顔。名付けて、良いこと閃いた顔だ」
 そのまんまである。
「なにを閃いたんですか? 新しい膝の抱え方ですか?」
「膝は抱えない。ところで貴様、一つ私の出す試験を受けろ」
「試験って、眉毛と眉毛の間のやつですか?」
「それは眉間だ。入部の試験はズバリ、召喚魔法だ!」
 召喚魔法――それは、魔物とか獣をその場に出現させられる、悪い魔女とかがよくやるアレのことだ。
「召喚魔法……って、たしか魔物とか獣をその場に出現させられるっていう、あの悪い魔女とかがよくやるアレのことですか?」
「細かい説明ありがとう。つまり、そういうことだ! ワハハハハ!」
 実は内心、既にクロミエの入部は許していた。なのに、なぜこんなに楽しそうなのか? 答えは簡単である。
 ――友達が欲しいから。
 繰り返すが、リコッタには友達がいない。
 今は喜びの感情を出さないが、内心かなり楽しんでいる。
「それで、なにを召喚するんですか? 膝ですか?」
「そうだな。まずは試験だから、簡単に妖精を召喚してみようか」
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