第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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3-3 王族恐怖症?

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 クソつまらない視察へ向かったティグリス殿下を見送った後、俺は顔を隠しながら小さくなっていた。なぜあんなことになったのか、自分でも分かっていなかった。
 少し落ち着きを取り戻し、事情を説明すると、エルペルトが優しく頷く。

「ティグリス殿下を目にした瞬間、言葉が出なくなった、ですか。まだハッキリとは分かりませんが、王族恐怖症、といったところですかな」
「……そういえば、陛下以外の王族と話したこと、ほとんど無いかもしれない」
「次期国王になるのは一人。隙を見せれば殺すかもしれない相手となり、恐怖が前面に出てしまったのでしょう」
「なっさけないわね」
「うっ……」

 スカーレットの言葉を否定できず、さらに小さくなる。
 しかし、彼女は鼻を鳴らし、さらっと言った。

「克服するしかないわ」
「え?」
「特訓に決まってるじゃない! いい? 克服しようとしないのが一番カッコ悪いんだからね!」

 言いたいことは分かるが、少し考える。冷静になったこともあるが、これはこれで悪くないのでは? と思えていたからだ。

「……確かに話すこともできないのは問題だが、ある程度は克服しないほうがいいんじゃないかな?」

 俺の意見が予想外だったのだろう。
 スカーレットは目を白黒させながら聞いた。

「どうして?」
「能無しでいたほうが、警戒されずに生きられるからだ」

 結果としては悪くない、という俺の考えを伝えたのだが、すぐに否定された。

「舐められたままでいいって言うの!?」
「舐められたままでいたいって言っているんだ」
「……父上!」

 彼女は助けを求めるようにエルペルトを見たが、彼は顎を撫でながら笑顔で言った。

「セス殿下の考えを尊重いたしましょう。実際、どちらが正解かは私にも分かり兼ねるところです」
「えぇ……」

 俺とエルペルトの意見は一致したが、スカーレットは一人不満そうな顔をしていた。


 その後はまた、ティグリス殿下に呼び出されて視察の付き添いだ。口も開かず、ニコニコ笑いながら同行しているだけなのに、なぜか胸が苦しい。病気かもしれない。
 過去、覚えのない感情に振り回されていると、宝物庫へと辿り着く。

「こちらには先日打ち倒した魔物の素材が収められております」
「へぇ、魔物か。ちょっと見せろよ」
「かしこまりました」

 ティグリス殿下に言われて断れるはずもなく、シヤが宝物庫の扉を開く。
 中には、予定通りに大量の鱗などが積み上げられていた。

「水蛇か? かなりでけぇな。エルペルトがやったのか?」

 先ほどまで欠伸混じりだったティグリス殿下の目が、キラキラと輝きだす。戦いなどに通ずることであれば、興味が湧くのだろう。
 しかし、副官のオーレルは溜息を吐いた。

「ティグリス殿下。今は視察中ですよ」
「オレに意見か?」
「えぇ、意見です。早くこのクソつまんねぇ仕事を終わらせて、敵か魔物を殺しに行きましょうよ」

 このオーレルという副官は、平民から実力で成り上がった女で、軍でも人気が高い。半面、口の悪さなどから嫌っている者も多いが、本人はまるで気にしていない様子だった。
 そんな副官の意見に、ティグリス殿下は笑いながら答える。

「まぁ同感っちゃ同感なんだがな。少し、面白れぇことがあるんだよ」

 視線の先に居るのはエルペルトだろうと予測をつけながら俯く。目が合ってしまい、また情けないところを見せるのが怖かったからだ。
 しかし、予想外の相手が反応を見せた。

「……どうしてあたしを見てんのよ」
「そりゃ面白れぇってのが、お前のことだからに決まってんだろ」

 ティグリス殿下はいたくスカーレットを気に入ったようで、彼女に近づいていく。

「あっ、あっ、あっ」
「どうよ、オレとやらねぇか? 退屈してんだろ?」
「それはボコボコにしてもいいってこと?」
やれんならな・・・・・・
「ぶっ飛ばす」

 二人は颯爽と離れて行き、「あっ」しか言えなかった俺も、エルペルトと共に二人を追った。
 訓練場で、スカーレットは剣を、ティグリス殿下は借りた大剣を構える。実際は巨大な剣を扱うという噂だが、持ち歩いていないので仕方なかったのだろう。
 剣を肩に乗せ、虎が嗤う。

「遊ぼうぜ、スカーレット」
「気安く呼ばないでくれる? 第三王子殿下」

 言い終わると同時、二人の戦闘が始まった。
 虎と恐れられている王子と、先代剣聖の娘。次元の違う戦いに、あたふたしながら言う。

「どっ、どうし、どど、うしよう」
「問題ありません。いざとなれば私が止めます」

 武人としてのあれなのか、エルペルトには気持ちが分かっているようだ。
 まるで分からない俺だけが、一人あたふたとしながら見守ること小一時間。
 スカーレットの剣が宙に舞ったところで、ティグリス殿下も剣を下ろした。

「思ってた通り、中々やるじゃ――あぶねっ」
「まだ終わってないんだけど?」
「ハハッ、剣が無くても素手でやるってか? いいねぇ、余計気に入った。……だが、勝負はここま
でだ。負けてねぇっていうなら、続きはまた明日やろうぜ」
「上等よ! 明日は笑えなくしてやるわ、ティグリス!」

 名前で呼んでいる。つい今しがたまで斬り合っていたのに、二人は互いの腕を認め合い、笑顔まで浮かべていた。
 モヤモヤする。なんだこれは?
 知らない感情を持て余していると、エルペルトが言った。

「もしかしたら、ティグリス殿下はスカーレットを引き抜くつもりかもしれませんな。……どうなさいますか?」

 そんな展開は想定していなかった。いや、ティグリス殿下がスカーレットを気に入っていることは薄々気付いていたのに、なぜか気付けなかった。
 俺は胃の辺りを擦りながら、弱弱しく言った。

「ほ、本人たちの意思に任せるしかない、かな……」

 出した答えにエルペルトは何も答えない。同意したのだろうと、勝手に思った。


 ――夜。
 とてつもなく疲れていたが、俺は人けの無い裏庭に赴いていた。もちろん、エルペルトと一緒にだ。

「それで、こんな夜更けにいかがなされましたか?」
「いや、大したことじゃないし、エルペルトも疲れていると思うんだけど……」
「この老骨を心配していただけることはありがたいですが、頼ってくださったことのほうが嬉しく思っております」

 曇り一つ感じられない言葉に、じんわりと心が温かくなる。だがそれ以上に、胸の内はざわついていた。
 そのモヤモヤを吐き出そうと何度か深呼吸をした後……深く頭を下げた。

「鍛えてください」
「……なぜ、そんなことを? 鍛錬ならば、ティグリス殿下がお帰りになられた後に、また行えばよろしいのでは?」

 今までの訓練だって、俺にとっては厳しい訓練だった。最初は体中が痛く、寝るのすら億劫に感じたほどだ。
 しかし、それでは足りなかった。胸を強く握り、エルペルトへ訴える。

「俺は、弱いんだ。別にそれで良かったんだけど、俺は自分が思っている以上に弱くて、情けなくて、声も出せなくなってしまった」
「……」
「それだけじゃない。あの二人が戦っているのを見て、モヤモヤしたんだ。最初は理由が分からなかったけど、今なら分かる」

 自分の情けなさを、知られたくない弱さを打ち明け続ける。
 エルペルトは、ただ静かに受け止めてくれていた。

「……俺は、スカーレットが引き抜かれるかもしれないことが、自分が弱いせいだと気付いた。そして同時に、俺が弱い限り何度も同じことが続くことにも気付いてしまったんだ」
「セス殿下……」
「ここは、俺がやっと手に入れた場所なんだ。俺を認めてくれた人たちがいるんだ。それを、大切な人たちを、どうしても失いたくないんだ」

 少し前まで、なにも持っていなければ良いと思っていた。そんな俺が手に入れてしまい、失うことを恐れるようになってしまった。
 滑稽だ。自分でもそう思う。言っていることすら支離滅裂で、伝わっているかも分からない。
 しかし、それを聞いたエルペルトは、なんとも楽しそうに笑った。

欲が出てきましたね・・・・・・・・・、セス殿下」
「うっ……」
「ですが、それで良いのです。自分の大切な場所を守りたいと思うことは、人として当たり前のことです」
「当たり前のこと、か」

 この老人の言うことは、いつも俺に力をくれる。醜いと思っていた感情を肯定してもらえたお陰か、少し楽になった気がした。
 エルペルトが剣を構え、俺も慌てて構える。

「必ず強くしてみせます。信じていただけますか?」
「疑ったことなんてないさ」

 この日から、先代剣聖と行う厳しい深夜特訓が始まったのだ。
 ……そういえば、倒れている俺に対し、「しかし、スカーレットへの感情は別物だと思われますが、まぁそれはそのときになれば分かることでしょうな」と言っていたのは、一体なんのことだったのだろうか。
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