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プロローグ
4話 少しだけ面白くなった人生
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得てして、そんなときこそ問題とは起きてしまうものだ。
評価を上げ続ける2人を見て、努力を怠っていた貴族は面白く思わない。
足を引っ張ろうと画策し始めたのだ。
悪いのは弱い自分たちではなく、強すぎるあいつら。それが、彼らの基本的な考え方だ。
普段のローランならば簡単に気づけたはずの策略を、余裕のない今の彼には見抜くことができなかった。
険しい岸壁から事故で突き落とされたローランは、1人で魔獣の群れと対峙していた。狼のような体の背から、数本の蛇が生えている異形だ。
ローランがいないことには、すぐに正騎士たちも気づいた。だが、どこでいなくなったかを、画策した生徒たちが誰も口にしないので、見失った場所が分からなかった。
ローランが死ぬかもしれない状況でなお、彼らは自分のつまらないプライドを守ることを優先していた。事故ではなかったとバレれば、どれだけの罪に科せられるかも想像できずに。
そんな中でも、ローランは諦めずに戦い続けていた。自分は嵌められた。当分は増援も来ない。それは理解していたが、耐えられるはずだと自分を信じていた。
問題があるとすれば、崖から落ちたときの影響で、左手首が腫れていることと、肋骨が1本折れていることだろう。動きに精彩さは無く、息も絶え絶えだ。
しかし、目は死んでいない。その気迫に気圧されたのか、魔獣たちが後ずさりをする。
ローランは僅かに胸を撫で下ろしたのだが、それは間違いだった。
一際大きな魔獣が姿を見せ、悠然と歩を進ませる。役に立たない部下たちの犠牲を嫌い、自分が前に出る判断をしたようだ。
ローランはニヤリと笑った。
「勝てば、俺の勝利は決まるな」
万全の状態でも勝てるか分からない相手だ。今のローランでは話にならない。
これは、自分を鼓舞させるための強がりだった。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおお」
裂帛の気合と共に、ローランは駆け出す。短期決戦しかないと判断してのことだ。
分厚い魔獣の毛皮は、生半可な攻撃を通さない。今のローレンには、それを打ち破る力は残っていなかった。
剣がダメなら魔法をと、ローランは手を前に出す。小さな火球が飛び、魔力が尽きた。
見計らったかのように、魔獣の背に生えている男性の胴ほどもある太さの蛇が、しなやかにその体を伸ばす。
胸に直撃し、ローランの体は吹き飛ばされた。
「あ……がっ……」
ローランは呻き声を上げながらも、背を崖肌に預け、立てぬまま剣を構える。
一際大きな魔獣は動かない。ただ、残りの魔獣たちが唸りながらローランへ近づき始めた。
数秒もすれば、複数体の魔獣に噛みつかれ、ローランの体は引き千切られるだろう。
必死に生き残る術を考えるローランの前に、上空からなにかが飛び降りて来た。
高さを物ともせず着地した赤茶の髪をした少女は、チラリとローランを見て、安堵の表情を見せる。
「大丈夫。後は任せて」
入学してから初めて全力で魔力を解放した一等級冒険者アリーヌ・アルヌールは、ローランでは太刀打ちできなかった魔獣たちを、瞬く間に蹂躙した。
全ての魔獣の死を確認したアリーヌは、少しだけ泣きそうな顔でローランに近づく。
「ひどい怪我。すぐ治療するからね」
回復魔法を使いながら、鞄から回復薬を取り出す。
命を救ってくれ、手当てを施してくれている恩人を見て、ローランは言った。
「……ずっと……手加減……して、いたのか?」
「手加減じゃないよ。一緒に強くなりたいから、調整してただけ」
アリーヌがどう言い繕おうとも手加減に変わりりはない。差は縮まっていると思っていたのに、まるで縮まっていなかった。
その事実を知ったローランの絶望は深い。自分が、勝てるはずのない相手に、勝てると信じて挑み続けていた道化だったと、無駄な努力を続けていたと知ってしまったのだから。
甲斐甲斐しく治療を続けるアリーヌに、最早笑顔を作れなくなっていたローランは怒声を上げた。
「俺は……俺は、君が嫌いだ! アリーヌ・アルヌール!」
ビクリと体を跳ねさせたアリーヌは、下唇を噛みながら治療を再開する。
「ご、ごめんね。わたし、迷惑だったかな。全然、そういうの気づけなくて……」
アリーヌの頬を、目から溢れた涙が伝う。
ローランは誰かを好きだとも嫌いだとも思ったことがない。常に、利用価値のあるなしで判断して生きて来た。
彼は初めて、ハッキリと人を嫌いだと思ったことに自分でも気づかぬまま、苛立たし気に息を吐く。
そして、どこか諦めたような表情で続けて言った。
「だが、それ以上に尊敬している。君はすごい人だ」
自分と同じ歳の才能ある人間が、どれだけ努力すればここまで来られるのか。
ローランは知っている。アリーヌがいつも長袖を着こみ、手袋を嵌めているのは、その傷を隠したいからだと。
どれだけの努力を重ねていたかも知っている。諦めず学んでいたことも知っている。休むことなく、それを続ける辛さも、この一年でよく分かっている。
自分も同じことをして来たのだから。
「え、っと……。感情がグチャグチャになっちゃった。どうすればいいんだろう」
「君はそのままでいいってことだ」
いまだ混乱しているアリーヌは、嫌われているが嫌われていないと、泣きながら笑っていた。
だが、この時ローランは、すでに1つのことを心に決めていた。
――五日後。
学院に退学届けを出し、家から絶縁を告げられたローランは、王都を後にしていた。
遠目に見える生まれ育った王都はすでに小さい。それを見ながら、ローランは自嘲気味に笑う。
「勇者になれるはずもない。騎士になりたかったわけでもない。俺はただ、流されていただけか」
やりたいことはない。だが、知りたいと思うことはある。
それは、アリーヌ・アルヌールの語った世界を見に行くこと。
知らない世界を見ることが、アリーヌ・アルヌールに追いつく最短の道だと、ローランは考えていた。
ローラン・ル・クローゼーという名は失われた。これからはただのローランとして生きていくことになる。
16歳にして面白みのない人生が少し面白くなったなと、ローランはクスリと笑った。
評価を上げ続ける2人を見て、努力を怠っていた貴族は面白く思わない。
足を引っ張ろうと画策し始めたのだ。
悪いのは弱い自分たちではなく、強すぎるあいつら。それが、彼らの基本的な考え方だ。
普段のローランならば簡単に気づけたはずの策略を、余裕のない今の彼には見抜くことができなかった。
険しい岸壁から事故で突き落とされたローランは、1人で魔獣の群れと対峙していた。狼のような体の背から、数本の蛇が生えている異形だ。
ローランがいないことには、すぐに正騎士たちも気づいた。だが、どこでいなくなったかを、画策した生徒たちが誰も口にしないので、見失った場所が分からなかった。
ローランが死ぬかもしれない状況でなお、彼らは自分のつまらないプライドを守ることを優先していた。事故ではなかったとバレれば、どれだけの罪に科せられるかも想像できずに。
そんな中でも、ローランは諦めずに戦い続けていた。自分は嵌められた。当分は増援も来ない。それは理解していたが、耐えられるはずだと自分を信じていた。
問題があるとすれば、崖から落ちたときの影響で、左手首が腫れていることと、肋骨が1本折れていることだろう。動きに精彩さは無く、息も絶え絶えだ。
しかし、目は死んでいない。その気迫に気圧されたのか、魔獣たちが後ずさりをする。
ローランは僅かに胸を撫で下ろしたのだが、それは間違いだった。
一際大きな魔獣が姿を見せ、悠然と歩を進ませる。役に立たない部下たちの犠牲を嫌い、自分が前に出る判断をしたようだ。
ローランはニヤリと笑った。
「勝てば、俺の勝利は決まるな」
万全の状態でも勝てるか分からない相手だ。今のローランでは話にならない。
これは、自分を鼓舞させるための強がりだった。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおお」
裂帛の気合と共に、ローランは駆け出す。短期決戦しかないと判断してのことだ。
分厚い魔獣の毛皮は、生半可な攻撃を通さない。今のローレンには、それを打ち破る力は残っていなかった。
剣がダメなら魔法をと、ローランは手を前に出す。小さな火球が飛び、魔力が尽きた。
見計らったかのように、魔獣の背に生えている男性の胴ほどもある太さの蛇が、しなやかにその体を伸ばす。
胸に直撃し、ローランの体は吹き飛ばされた。
「あ……がっ……」
ローランは呻き声を上げながらも、背を崖肌に預け、立てぬまま剣を構える。
一際大きな魔獣は動かない。ただ、残りの魔獣たちが唸りながらローランへ近づき始めた。
数秒もすれば、複数体の魔獣に噛みつかれ、ローランの体は引き千切られるだろう。
必死に生き残る術を考えるローランの前に、上空からなにかが飛び降りて来た。
高さを物ともせず着地した赤茶の髪をした少女は、チラリとローランを見て、安堵の表情を見せる。
「大丈夫。後は任せて」
入学してから初めて全力で魔力を解放した一等級冒険者アリーヌ・アルヌールは、ローランでは太刀打ちできなかった魔獣たちを、瞬く間に蹂躙した。
全ての魔獣の死を確認したアリーヌは、少しだけ泣きそうな顔でローランに近づく。
「ひどい怪我。すぐ治療するからね」
回復魔法を使いながら、鞄から回復薬を取り出す。
命を救ってくれ、手当てを施してくれている恩人を見て、ローランは言った。
「……ずっと……手加減……して、いたのか?」
「手加減じゃないよ。一緒に強くなりたいから、調整してただけ」
アリーヌがどう言い繕おうとも手加減に変わりりはない。差は縮まっていると思っていたのに、まるで縮まっていなかった。
その事実を知ったローランの絶望は深い。自分が、勝てるはずのない相手に、勝てると信じて挑み続けていた道化だったと、無駄な努力を続けていたと知ってしまったのだから。
甲斐甲斐しく治療を続けるアリーヌに、最早笑顔を作れなくなっていたローランは怒声を上げた。
「俺は……俺は、君が嫌いだ! アリーヌ・アルヌール!」
ビクリと体を跳ねさせたアリーヌは、下唇を噛みながら治療を再開する。
「ご、ごめんね。わたし、迷惑だったかな。全然、そういうの気づけなくて……」
アリーヌの頬を、目から溢れた涙が伝う。
ローランは誰かを好きだとも嫌いだとも思ったことがない。常に、利用価値のあるなしで判断して生きて来た。
彼は初めて、ハッキリと人を嫌いだと思ったことに自分でも気づかぬまま、苛立たし気に息を吐く。
そして、どこか諦めたような表情で続けて言った。
「だが、それ以上に尊敬している。君はすごい人だ」
自分と同じ歳の才能ある人間が、どれだけ努力すればここまで来られるのか。
ローランは知っている。アリーヌがいつも長袖を着こみ、手袋を嵌めているのは、その傷を隠したいからだと。
どれだけの努力を重ねていたかも知っている。諦めず学んでいたことも知っている。休むことなく、それを続ける辛さも、この一年でよく分かっている。
自分も同じことをして来たのだから。
「え、っと……。感情がグチャグチャになっちゃった。どうすればいいんだろう」
「君はそのままでいいってことだ」
いまだ混乱しているアリーヌは、嫌われているが嫌われていないと、泣きながら笑っていた。
だが、この時ローランは、すでに1つのことを心に決めていた。
――五日後。
学院に退学届けを出し、家から絶縁を告げられたローランは、王都を後にしていた。
遠目に見える生まれ育った王都はすでに小さい。それを見ながら、ローランは自嘲気味に笑う。
「勇者になれるはずもない。騎士になりたかったわけでもない。俺はただ、流されていただけか」
やりたいことはない。だが、知りたいと思うことはある。
それは、アリーヌ・アルヌールの語った世界を見に行くこと。
知らない世界を見ることが、アリーヌ・アルヌールに追いつく最短の道だと、ローランは考えていた。
ローラン・ル・クローゼーという名は失われた。これからはただのローランとして生きていくことになる。
16歳にして面白みのない人生が少し面白くなったなと、ローランはクスリと笑った。
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