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第二章 双子の聖女
8話 いつか届けたい手紙
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今後、ローランは「ローラン」とだけ名乗って旅をしていく。
勇者であるエリオット・ローランと誤認させるためであり、都合よく同じだった部分を使い、後に混乱を招かないことも狙ってのことだ。
「勇者ローラン」
口に出してみるも、ローランの胸にはなんの感慨も浮かばない。
いずれなにか感じるようになるのだろうかと、僅かな興味だけがあった。
これからローランは、作成された一覧に載っている優秀な若手の元を回りつつ、各国を訪れながら、困っている人々に手を差し伸べねばならない。
勇者の替え玉である以上、例え勇者だと相手が思わずとも、そういった振る舞いをする必要があった。
元々、作り笑いで歩んできた人生だ。勇者を演じるだけならば難しくない。
問題は、どこまでそれを通せるかにあった。
ローランは勇者のことを詳細に調べたことがあり、どういった人物かという造形も深い。
困っている人がいれば、例え自分の実力では達成できぬ困難であったとしても、必ず手を差し伸べて助ける。
それが、勇者に求められることだとローランは考えていた。
ローランは自分の命を軽んじているし、1年生き延びることも難しいとも考えている。だが、1年は石に齧りついてでも生き延びねばならない。そうしなければ、魔王に真の勇者であるエリオットは殺され、世界は滅び、人類は終わりを迎えるだろう。重責だった。
もちろん、ローランを生き延びさせるための備えはある。
周囲の見えない場所には、いざというときは彼を守るために動く人材が用意されていた。
彼自身の力では解決できない問題も、彼らの補佐があればある程度は達成できる予定となっていた。
ローランは現在、東にある融和教会の管理している街へ向かっている。
その街には聖女と呼ばれる人物がいるのだが、その人物は目的の人物ではない。
彼女の影に埋もれている双子の妹と会うことが、ローランの目的だった。
聖女と呼ばれている姉には劣るが、それなりに優秀だと噂されている妹。
聖女が真の勇者の仲間に相応しいとすれば、双子の妹は替え玉の勇者に相応しい仲間かもしれないと考えてのことだった。
夜。途中で偶然出会った商人やその護衛と一夜を共にする。
もちろん、偶然などではない。数日に1度はこうした時間を取り、ローランの負担を減らすことと、彼自身を鍛える時間を設けようと、パラネスが提案したことだ。
1人旅ではどこかの街へ到着するまで、浅い眠りで一晩を越さなければならない。しかし、こうすることで負担は多少だが軽減されるという算段だった。
ローランは、騎士学院では1年にして準騎士に選ばれただけの実力を持っていたが、まだ正騎士には及ばない。現在の実力は、中の下から下の上といったところか。
よく理解しているからこそ、彼らの手を借りてしっかりと鍛え、汗を流した後は食事を取る。
そして、少しだけだが自分の時間が訪れた。
ローランは街で買った紙を取り出し、手紙をしたためる。
それに気づいた商人に扮した女性が近づいて来た。
「恋人にですか?」
「いえ、借金取りにです」
予想外の答えが返り、女性は目を丸くする。
ローランはクスリと笑う仕草を作った。
「冗談です。金を貸してくれたお人好しに宛てたものです」
からかわれたことを理解し、少し笑いながら女性が聞く。
「お届けしましょうか?」
「いえ、その必要はありません」
女性は不思議に思っていたが、その理由をローランは口にしなかった。
これはアリーヌに宛てたものだが、送るつもりはないからだ。
ローランは金を借りておきながら、自分で返しにいくこともできず、その理由も語れなかった。1年後の長期演習で再会するという約束も守れそうにはない。
アリーヌに不義理なことをしてしまったという悔いが僅かにだけある。
だからせめて、手紙を送るという約束を、全てが終わった後に果たせればと、書き残しておくつもりだった。
しかし、そんな感傷に浸るのも空いた時間だけだ。
書き終えた手紙は、鞄の中へ丁寧にしまわれる。それと同時に、余計な感情は捨て去られた。
用意された水の聖剣メルクーアに瓜二つの剣を手に取る。これは、正騎士となった際に騎士団から渡される剣の見た目を改良した物だ。
鍛造するのには時間が足りず、他から用意すれば情報が漏れる可能性がある。その中で、うまく都合がつけられる最も良い性能の剣がこれだった。
勇者として旅立つ以上、聖剣と似た力は必須となる。自身を強化できる魔道具や、水を操る指輪も用意されたが、ローランはそれを受け取らなかった。
魔道具を使用すれば、自身が身に付けていない魔法を使用することもできる。すでに使用できるものでも、魔力の効率を上げることができ、威力も高くなり、消費も軽減される。
つまり、魔道具とは強力であり、高価なのだ。簡単に誰もが手に入れられる物ではない。そこから足がつくことを避けることを考えれば、受け取るわけにはいかなかった。
もう1本の、アリーヌが予備として使用していた、強力な魔剣を取り出す。本来ならばこれも手放すつもりだったのだが、パラネスとドゥークに強く反対され、仕方なく持って来ている。
理由は、替え玉を引き受ける前から所持していた物であるからということと、少しでもローランを死なせたくないと考えている2人の善意からである。
いざとなれば、これが戦況を変えてくれるかもしれない。だがそれは、聖剣を持っていないということを明らかにすることであり、勇者ではないと知られてしまうときでもある。
ローランは、抜くつもりのない剣を前に置く。もし死ぬことになったとしても、替え玉であるということを知られないことを優先すると決めていた。
ならば、なぜこの魔剣を持っているのか。
それが感傷だということに、ローランが気づくことはなかった。
勇者であるエリオット・ローランと誤認させるためであり、都合よく同じだった部分を使い、後に混乱を招かないことも狙ってのことだ。
「勇者ローラン」
口に出してみるも、ローランの胸にはなんの感慨も浮かばない。
いずれなにか感じるようになるのだろうかと、僅かな興味だけがあった。
これからローランは、作成された一覧に載っている優秀な若手の元を回りつつ、各国を訪れながら、困っている人々に手を差し伸べねばならない。
勇者の替え玉である以上、例え勇者だと相手が思わずとも、そういった振る舞いをする必要があった。
元々、作り笑いで歩んできた人生だ。勇者を演じるだけならば難しくない。
問題は、どこまでそれを通せるかにあった。
ローランは勇者のことを詳細に調べたことがあり、どういった人物かという造形も深い。
困っている人がいれば、例え自分の実力では達成できぬ困難であったとしても、必ず手を差し伸べて助ける。
それが、勇者に求められることだとローランは考えていた。
ローランは自分の命を軽んじているし、1年生き延びることも難しいとも考えている。だが、1年は石に齧りついてでも生き延びねばならない。そうしなければ、魔王に真の勇者であるエリオットは殺され、世界は滅び、人類は終わりを迎えるだろう。重責だった。
もちろん、ローランを生き延びさせるための備えはある。
周囲の見えない場所には、いざというときは彼を守るために動く人材が用意されていた。
彼自身の力では解決できない問題も、彼らの補佐があればある程度は達成できる予定となっていた。
ローランは現在、東にある融和教会の管理している街へ向かっている。
その街には聖女と呼ばれる人物がいるのだが、その人物は目的の人物ではない。
彼女の影に埋もれている双子の妹と会うことが、ローランの目的だった。
聖女と呼ばれている姉には劣るが、それなりに優秀だと噂されている妹。
聖女が真の勇者の仲間に相応しいとすれば、双子の妹は替え玉の勇者に相応しい仲間かもしれないと考えてのことだった。
夜。途中で偶然出会った商人やその護衛と一夜を共にする。
もちろん、偶然などではない。数日に1度はこうした時間を取り、ローランの負担を減らすことと、彼自身を鍛える時間を設けようと、パラネスが提案したことだ。
1人旅ではどこかの街へ到着するまで、浅い眠りで一晩を越さなければならない。しかし、こうすることで負担は多少だが軽減されるという算段だった。
ローランは、騎士学院では1年にして準騎士に選ばれただけの実力を持っていたが、まだ正騎士には及ばない。現在の実力は、中の下から下の上といったところか。
よく理解しているからこそ、彼らの手を借りてしっかりと鍛え、汗を流した後は食事を取る。
そして、少しだけだが自分の時間が訪れた。
ローランは街で買った紙を取り出し、手紙をしたためる。
それに気づいた商人に扮した女性が近づいて来た。
「恋人にですか?」
「いえ、借金取りにです」
予想外の答えが返り、女性は目を丸くする。
ローランはクスリと笑う仕草を作った。
「冗談です。金を貸してくれたお人好しに宛てたものです」
からかわれたことを理解し、少し笑いながら女性が聞く。
「お届けしましょうか?」
「いえ、その必要はありません」
女性は不思議に思っていたが、その理由をローランは口にしなかった。
これはアリーヌに宛てたものだが、送るつもりはないからだ。
ローランは金を借りておきながら、自分で返しにいくこともできず、その理由も語れなかった。1年後の長期演習で再会するという約束も守れそうにはない。
アリーヌに不義理なことをしてしまったという悔いが僅かにだけある。
だからせめて、手紙を送るという約束を、全てが終わった後に果たせればと、書き残しておくつもりだった。
しかし、そんな感傷に浸るのも空いた時間だけだ。
書き終えた手紙は、鞄の中へ丁寧にしまわれる。それと同時に、余計な感情は捨て去られた。
用意された水の聖剣メルクーアに瓜二つの剣を手に取る。これは、正騎士となった際に騎士団から渡される剣の見た目を改良した物だ。
鍛造するのには時間が足りず、他から用意すれば情報が漏れる可能性がある。その中で、うまく都合がつけられる最も良い性能の剣がこれだった。
勇者として旅立つ以上、聖剣と似た力は必須となる。自身を強化できる魔道具や、水を操る指輪も用意されたが、ローランはそれを受け取らなかった。
魔道具を使用すれば、自身が身に付けていない魔法を使用することもできる。すでに使用できるものでも、魔力の効率を上げることができ、威力も高くなり、消費も軽減される。
つまり、魔道具とは強力であり、高価なのだ。簡単に誰もが手に入れられる物ではない。そこから足がつくことを避けることを考えれば、受け取るわけにはいかなかった。
もう1本の、アリーヌが予備として使用していた、強力な魔剣を取り出す。本来ならばこれも手放すつもりだったのだが、パラネスとドゥークに強く反対され、仕方なく持って来ている。
理由は、替え玉を引き受ける前から所持していた物であるからということと、少しでもローランを死なせたくないと考えている2人の善意からである。
いざとなれば、これが戦況を変えてくれるかもしれない。だがそれは、聖剣を持っていないということを明らかにすることであり、勇者ではないと知られてしまうときでもある。
ローランは、抜くつもりのない剣を前に置く。もし死ぬことになったとしても、替え玉であるということを知られないことを優先すると決めていた。
ならば、なぜこの魔剣を持っているのか。
それが感傷だということに、ローランが気づくことはなかった。
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