次期勇者として育ててくれた家から絶縁されたのですが、勇者の替え玉として生きることにしました

黒井 へいほ

文字の大きさ
17 / 40
第二章 双子の聖女

閑話 そして彼女も旅立つ

しおりを挟む
 アリーヌ・アルヌールは三ヶ月前にローランが旅立った街を訪れていた。
 案内人は神殿騎士のドゥーク。パラネスに話を任せざるを得なくなった彼の顔は、苦虫を潰したように渋い。

 隠れ家の一階へ入ると、全員がアリーヌを見た。
 彼女は今、冷静さを少し失っていることと、中の者たちの実力を見抜いていたこともあり、強く圧を掛けていた。

「騙し討ち? 別にわたしはいいけどね」
「待ってください。そうじゃありません。ちゃんと理由は後で話します」

 ドゥークは腰を浮かしかけていた全員を座らせ、アリーヌを奥へ案内する。
 だがアリーヌは目を見開き、油断なく彼らを睥睨したまま通り過ぎていった。
 二階へ上り姿が見えなくなった瞬間、全員の緊張が僅かに溶け、安堵の息が零れだした。

 一等級冒険者アリーヌ・アルヌール。
 《紅炎》の二つ名を持つ彼女と、ちょっとした誤解でやり合うことになるのはゴメンだと、この場にいる誰もが思っていたようだった。

 二階の奥。部屋の前でアリーヌを待っていた老人パラネスは、恭しく頭を下げる。

「その立ち振る舞い、融和教会の人? 事情を話してくれるんだよね」
「もちろんです、アリーヌ・アルヌール様。こちらへ」

 パラネスが手を掛けた扉は、勇者エリオット・ローランが眠っている部屋に続いている。
 それに気づいたドゥークが声を上げた。

「お、お待ちください。説明をするだけならば、その部屋に入る必要は無いと思われます」
「隠すだけ無駄ですよ、ドゥークさん。彼女は一等級冒険者です。伝手も手段もいくらでもあります。時間は掛かるかもしれませんが、いずれ真実へ辿り着きます」
「別に、時間は掛からないと思うけど?」

 伝手を頼るにしても、力尽くで押し通すにしても、すぐに調べ上げてみせる。
 目を見開きながら断言するアリーヌへ、パラネスは笑みのまま首を横に振った。

「いいえ、掛かります。その理由も室内へ入っていただければ分かりますので」

 アリーヌの目から見ても、パラネスが騙そうとしている風には見受けられない。
 だが、その部屋からはなにか妙なものを感じており、彼女は室内へ入ることを決めた。

 部屋で眠っている人物を視界に入れ、アリーヌは目を瞬かせる。
 そして同時に、事態が想定よりも重いことを理解した。

「勇者? 下にいたのは警護? 融和教会に神殿騎士? 本物ってこと?」

 アリーヌの言葉は誰かに問いかけているものではなく、自分に問いかけているものであった。
 情報を整理し終わった彼女は、深く息を吐く。
 落ち着いたのを待ち、パラネスは口を開いた。

「エリオット様は魔族の奇襲を受け深手を負いました。すぐには動くことができぬため、ローラン様には替え玉をお願いいたしました」
「……それは本人の意思ですよね?」
「責務であると引き受けてくださいました」
「本当にバカなんだから……」

 アリーヌは渋い顔を見せていたが、一流の冒険者らしくすぐに気持ちを切り替え、決断し、パラネスを見た。

「ローランを追います。騎士学院に手を回してください」
「それは……」

 パラネスにはかなりの権限が与えられている。アリーヌの希望を通すことは難しくない。
 問題は、それが正しいことなのかだ。
 個人で決められることではなく、パラネスは言葉に詰まる。

「――彼女の言う通りにしてください」

 よく通る声が響き、全員が目を向ける。
 ほとんどの時間眠っていた勇者エリオットは目を開き、上半身を起こす。
 同時に、アリーヌの右手の甲に淡い光を放つ痣が浮かび上がった。

「これって、もしかして……わたしが選ばれたってこと?」
「導かれし者の痣が浮かび上がったということは、神も同じ意見みたいですね」

 アリーヌ・アルヌールは勇者の仲間として選ばれた。彼女が望む、望まないは関係なく。
 さらに顔を険しくしたアリーヌは、手の痣を擦る。だが、決して消えることはなかった。
 パラネスは感嘆の声を上げながら言う。

「おぉ……。し、しかしエリオット様。となれば、彼女は行動を共にすべきなのでは?」

 その意見へアリーヌが噛みつくより先に、エリオットが首を横に振った。

「いいえ、違います。僕と同じ意見だということは、ローラン・ル・クローゼーの元へ行かせるべきだと思ったのでしょう。勇者の傍に、導かれし者がいる。何もおかしなことではありません」

 エリオットに穏やかな口調で説かれ、パラネスは頭を垂れる。異を唱えるつもりはないようだ。

「ドゥークさん。もう一本の聖剣は準備できましたか?」
「は、はい。なぜそのことをご存じなんですか?」
「実は、意識はあったんですよ。声だけ聞こえていました」

 申し訳なさそうに答えたエリオットは、次にアリーヌを見た。

「アリーヌさん。あなたにもう一本の聖剣を預けます。ローランさんに届けてください」

 納得はできずとも理解はできている。いまだ不服に思うことはあったが、アリーヌは頭を下げた。

「感謝します、勇者様」
「エリオットでいいですよ。ローランさんのことをよろしくお願いします。僕も怪我が癒え次第、後を追います」

 アリーヌはもう一度頭を下げ、部屋を後にする。
 そして旅の支度を手早く済ませ、もう一本の完成した聖剣を預かれば、すぐにローランを追いかけるべく街を旅立った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

処理中です...