次期勇者として育ててくれた家から絶縁されたのですが、勇者の替え玉として生きることにしました

黒井 へいほ

文字の大きさ
18 / 40
第三章 エルフの里

15話 見習うべき柔軟な思考

しおりを挟む
 マーシーを仲間に引き入れて数ヶ月。
 2人は東へ東へと、風の国ユーピターを目指していた。

 道中、いくつかの街を訪れれば、そこで冒険者としての活動を行っている。地道な努力もあり等級は六等級から五等級へ昇級していた。
 しかし、普通の冒険者に比べ、2人は昇級まで長い時間を有した。その理由は、依頼を選んでいたからに他ならない。
 2人が選ぶべき依頼は、2人の意思に関係なく、最初から決まっている。

 ――引き受けたいと思う者がいない依頼だ。

 勇者として活動する以上、誰もが引き受ける、やりたいと思える依頼を受けても意味はない。それは、汚れや臭いがひどく割に合わないものであり。幼い子供が涙を流しながら僅かな金銭を手に助けを求めてくるようなものばかりだった。

 しかし、そんな依頼をこなす内に、本当に少しずつだが「ローラン」という名前は広まっていく。いずれは、勇者としてその名を馳せることになるだろう。
 そういった狙いの元に依頼を受けていたのだが、今回見つけた依頼は少し毛色が違った。

「エルフからの依頼だって」

 エルフとは、どの大陸にも存在する種族だ。世界に数本しか存在しない、世界樹と呼ばれる大樹を中心に生活範囲を広げる彼らは、人とは少し違う考え方を持つ。

 人が神と呼称しているものを、彼らは精霊と呼称している。些細な呼び方の違いにしか感じられないが、その差は互いにとって小さくも深い溝となっていた。
 古くには対立していたが、魔王が出現し、勇者と協力したことによって態度は軟化している。
 それなりに友好的。それが、人とエルフの現在の関係性だ。

 事情を理解した上で、マーシーはどうするかを口に出して聞いていた。
 依頼の内容は、エルフの里周辺に出没している魔獣の討伐。
 面倒ごとになる可能性があるので関わりたくない。そもそもエルフならば魔獣を独力で討伐できる。そういった不信感から、誰もが触れない依頼となってしまっていた。

 ローランが考えるべきことは1つ。勇者ならば受けるのかどうかである。
 ならば答えは決まっているようなもので、ローランは躊躇わず受けることを決めた。


 翌朝、エルフの里エドゥーラを目指すことを決め、その日は宿を取ることにする。
 狭い部屋に粗末なベッドが1つ。
 協力者に言えば金は出してもらえ、街で一番の宿に泊まることもできる。だが、2人は自分たちの稼いだ金だけで生活をやりくりすることを決めていた。
 ベッドに倒れ込んだマーシーは、足をブラブラと遊ばせながら話し始める。

「エルフは人よりも優れた魔法を使えるんでしょ? 本当に困ってるなら、魔獣なんて森ごと燃やしちゃえばいいし、なにか裏があると思うけどなー」

 元聖女とは思えない過激な発言に、すでに慣れているのか、平然とした様子でローランは答える。

「そうだとしても、勇者ならば疑う前に手を差し伸べるべきだろう」

 マーシーは「めんどくさー!」と愚痴っているが、どちらかと言えばローランも本心では同じ意見だ。この依頼は面倒だと思っている。
 本心を隠しながら、ローランは有能な若手人材の一覧を捲った。エドゥーラに居る人材を調べるためだ。

 1人、記載があった。
 エルフの長の妹であり、人との関係性をより良くしたいと考えている都合の良い人物だ。

 しかし、その人物の名前に、ローランは横線を引く。
 勇者の替え玉である自分よりも、真の勇者に相応しい人物だと考えてのことだ。きっと真の勇者ならば、彼女の力となり、問題事態を解決してくれるだろう。

 ただ依頼を達成し、人とエルフの関係性を少しだけ良くしよう。
 方針を決めたローランは、足を元気よく動かしているマーシーへ問いかける。

「そういえば、君は体力があるな。あの仕事をしている者は、か弱い印象があったんだがな」
「毎日立ち続けて、毎日話を聞き続けて、毎日物を運び続けて、毎日移動し続けるんだよ? あれ聖女は肉体労働だからね」

 当事者に言われれば、なるほどと納得せざるを得ない。実際と印象が違う仕事などは多くあり、聖女もそういったものの1つらしい。
 それは冒険者も同じだった。華やかな冒険譚などは僅かな一面であり、泥臭く、鈍い体を引きずるような時間の方が多い。特に大半は移動時間であった。

 眠気に堪えながらマーシーは欠伸混じりに言う。

「勇者らしくするのはいいんだけどさ。あまり考えすぎないほうがいいと思うけどね」
「しかし、のちのことを考えれば、勇者らしくすることが求められている」
「そうかな? おにいさんはおにいさんらしく、人を助けるだけでいいと思うよ」

 どこか固く、妙なこだわりを持つローランに比べ、マーシーは柔軟な思考をしている。
 その考え方には学ぶべきところが多く、ローランも頷いた。

「確かにそうかもしれないな。勇者ならば、思うがままに助ければいいのかもしれない」
「じゃあ、今回の依頼はそうしようよ。エルフは魔獣がいなくなって嬉しい。ボクたちはお金がもらえて嬉しい。みんな助かって最高じゃん。はい、決定!」

 勝手に決めてしまったマーシーは、恩人であり兄のような存在がなにやら難しい顔をしていることに気づき、慌て始めた。

「ご、ごめんね、おにいさん。ちょっと口を出しすぎちゃったかも」

 しかし、ローランは別に機嫌を悪くしたわけではなく、目を瞬かせた。

「マーシーの考えは正しい。参考にすべきだと思っていただけだ」

 これまでにもローランは、考えすぎてしまい、似たような失敗を何度かしている。
 それに対しマーシーは口を挟むことはなかったが、疲れが蓄積していたこともあり、つい口に出してしまった形だった。
 いまだ恐縮しているマーシーに、ローランはふと笑みを浮かべる。

「俺は、どうにも融通が利かないところがある。君が一緒で良かったよ」

 この数ヶ月で初めて見せた自然な笑顔に、マーシーは目をパチクリとさせた。だが心を許し始めてくれていることを理解し、鼻を擦る。

「へへっ。おにいさんって、作り笑い以外もできるんじゃん」

 言われた瞬間、ローランの笑みは消える。

「揉め事を避けるためにも、あまり感情を表に出さないようにしていたからな」
「怒ったりとかしないの?」
「……ここ最近で顔に出してしまったことは1度だけのはずだ」

 少し不機嫌そうな口調すら珍しいことなのだが、本人はそのことに気づいてすらいない。
 この場で唯一それに気づいているマーシーはクスリと笑った。

「その人は、おにいさんにとって特別な相手なんだね」
「いや、どちらかと言えば嫌いな相手だ」
「まぁ、そういうもんだよねー。おやすみー」

 眠気が限界に達したのだろう。マーシーは眠りにつく。
 その寝息を聞きながら、ローランは彼女の行動を思い出す。
 この時間ならば、寝る前に剣を振っているころだろう。騎士を目指す志に一切の曇りはなく、迷いもせずに突き進んでいるはずだ、と。

 ローランは自身の眠気に気づき、マーシーの隣へ入り込む。
 まさか彼女が自分を追いかけて来ているなどとは、少しも思わないまま眠りについた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

処理中です...