次期勇者として育ててくれた家から絶縁されたのですが、勇者の替え玉として生きることにしました

黒井 へいほ

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最終章 因縁に蹴りをつけること

29話 失敗はしたが、いつか来ると分かっていた

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 眠っている2人を残し、ローランは天幕を後にする。
 向かった先は、人けのない森の近く。森は闇に閉ざされているが、その手前までは月明かりで綺麗に照らされていた。

 一本の木の前で、ローランは足を止める。そして鞘からナイフを抜き出した。
 クローゼー家の目論見は、次期勇者としてローラン・ル・クローゼーを祭り上げ、利用することにある。
 つまり、ローランがいなくなれば、計画の大半は瓦解するのだ。

 ローランは、刀身で月明かりを何度か跳ね返した後、強く握り……突き刺した。
 周囲にさざめきが鳴り始める。聞き覚えのあるそれが鳴り始めてから、より気配などが希薄に感じられた。
 木を挟み、ローランとは逆側。闇に閉ざされた森の中に、いつの間にか立っていた男が口を開く。

「自死を選ぶのであれば、止めようかと思っていたのだがね」

 ローランは木に突き刺したナイフを引き抜く。

「あなたを止めたのに、俺がその選択を取るわけにはいかないでしょう。これは、ただの八つ当たりです」

 アリーヌとマーシーが痛めつけられたことに腹が立ち、一度感情を吐き出す必要があった。
 どこか自分に呆れた様子を見せながら、ローランは笑う。

「いずれクローゼー家が動くことは分かっていたのですが、まさかあそこまで愚かだとは思っていなかったものでね。誰に見られているかも分からないのに、切り札であるはずの魔族まで使うとは」

 それだけでなく、2人にも手を出そうとした。
 思い出して腹が立ったのだろう。ローランはまたナイフを木へ突き立てた。

「戦っても良かったのではないか? 勝ち目はあったはずだ」

 男の言葉へ、ローランは首を横に振る。

「あの場で戦えば、多くの犠牲を払うことになっていました。それを避けるために、俺はと協力者たちを止めたわけですからね」

 正しい判断だったはずだと信じているローランへ、男はその失敗を口にする。

「しかし、あのまま2人が殺されていた可能性も高かった」
「……それ、は」

 すぐに戻って来てもらえるように、協力者経由で手は回してもらっていた。姿を見られたくないルウとエンギーユは、予定通りに撤退した。
 だが、なにかが少しズレていれば、2人は死んでいただろう。その判断が正しかったかは疑問が残る。
 ローランは深く息を吐き、自分の失敗を認めた。

「激情に駆られて挑みかかったのも、俺が失敗したところでしょう。自分の腕の一本くらいは覚悟していたのですが、仲間が狙われるとあれ程までに我慢ができないものだとは。良い教訓になりました」
 
 自分のためならば耐えられることが、仲間のこととなれば耐えにくいこともある。
 2人が死ななかったのは運が良かっただけ。その、運が良かっただけのことに、ローランは感謝し、もう繰り返さないとも決めていた。

 一歩後ろへ下がったローランは、片手を胸に、もう片手を伸ばし、両足を交差させ、頭を下げる。エルフの礼式だ。

「愚弟と魔族エンギーユを打倒するには力が足りません。どうか、お力添えいただけないでしょうか」
「つまり、私を仲間に迎え入れたいと? 仲間にしてやらんこともない。そういった態度を取ったことは忘れたのか?」

 どこか呆れた口調の男に、ローランは苦笑いで言う。

「実はあれから、何度もあのときのことを思い返していました。あのときの俺は、相手の事情を考慮せず、言葉が過ぎていました。今では、感情を抑えきれなかった、未熟な自分を恥じるばかりです」

 ずっと悔いていた。
 そのことを告げたローランは姿勢を戻し、今度は片膝をつき、深々と頭を下げた状態で伝えた。

「申し訳ありませんでした。謝罪を受けいれていただけないでしょうか」

 男はフッと笑う。

「受け入れよう。まだ50にも満たない若者の謝罪を、一方的に断るほど狭量ではないつもりだ」

 エルフの年齢感覚の違いへ驚きながらも、ローランはホッとした表情を浮かべた。

「それに、言葉の選択は間違っていたかもしれないが、考えが間違っていたとは思っていない。長年頭を悩ませ続けられていたとはいえ、私は間違った決断をしてしまっていた」

 妹の、レンカの泣き顔を見たときに、彼もまた自分の間違いを反省していた。
 ゆっくりと、闇の中から男が姿を現す。
 月明かりで、銀にも見える金色の髪が輝いて見えた。
 男、クルト・エドゥーラが聞く。

「それで、勝ち目はあるのだろうな?」
「この時に備え、情報は常に集めてもらっていました。王都にいる本家ならばともかく、のこのこと姿を現した愚弟と、功を焦って勇者を狙った愚かな魔族一匹。あなたが味方になってくれたのですから、然して問題にはなりませんよ」

 平静さを保っているような声色であったが、顔を上げたローランの瞳には怒りの炎が灯っていた。
 その目を見て、クルトは薄く笑った。

「では、愚か者どもを分からせる準備を進めるとしようではないか、勇者の替え玉殿」

 マントを翻し、ローランは答える。

「優秀な妹君を持たれていることが羨ましいですよ。しかし、愚弟を躾るのもまた兄の仕事ですかね」

 2人はとても楽しそうに、そしてなんとも悪そうに、闇へと笑い声を響かせていた。
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