次期勇者として育ててくれた家から絶縁されたのですが、勇者の替え玉として生きることにしました

黒井 へいほ

文字の大きさ
31 / 40
最終章 因縁に蹴りをつけること

28話 過去の因縁

しおりを挟む
 天幕に戻ったローランは、椅子に腰かけ、宙を見つめる。
 不機嫌そうに2人は言う。

「あいつ、本当におにいさんの弟なの? 嫌なやつだね」
「貴族様って感じ。偉そうにしてて最悪じゃん」

 これまでの功績はローランが積んだものである。それを横から攫うようなことを、衆目の前で口にしていたルウへ、2人は嫌悪感を示す。
 だが、ローランはなにも答えず、同意することもなかった。
 静かに、ローランは言う。

「うまくいきすぎていた。そうだ、全てがうまくいきすぎていた」
「ローラン……?」
「ねぇ、なんか変じゃない?」

 ようやく、2人はローランの様子がおかしいことに気づく。

 エルフの里を混乱に陥れたのは誰だ?
 厳重に守られているはずの聖女が攫われたのはなぜだ?
 秘匿されているはずの勇者の情報が魔族に漏れたのはどこからだ?
 なぜ今日まで未熟なローランが生き残れており、都合よく様々な問題へ直面し、それを解決できたのだ?

 全ては繋がっていた。誰が得をしたのかが今なら分かる。
 ローラン・ル・クローゼーを次期勇者にするため、裏で画策し、手のひらの上で転がしていた。
 理解した上で、ローランは感情を押し殺す。胸の内でじゅくじゅくと黒い膿のようなものが広がっていたが、決して表には出さない。

 2人は声を掛け続ける。ローランはブツブツと呟いていたが、天幕の開かれる音が後方から聞こえ、そちらに目を向けた。

「そろそろ出発するぞ。準備はできているな」

 予定時刻になっても3人が姿を見せなかったことで、様子を伺いに来た兵は、妙な空気を感じ取って首を傾げる。
 このまま行くことはできない。そう判断したアリーヌが口を開く。

「悪いけど――」
「分かった、すぐに行く。待たせてすまなかった」

 立ち上がったローランを見て、気にするなと様子を見に来た兵は去って行く。
 ローランは天幕を出ようと歩き出したが、どこか虚ろな目を見て、2人は止めようとした。

「待って。今は話をしたほうがいいと思う」
「ボクもアリーヌさんに賛成。体調を崩したって言ってくるからさ」
「常に万全な状態でやれるわけではない。少し歩けば気も晴れる」
「でも……」
「大丈夫だ。行くぞ」

 強行するローランに、2人はそれ以上なにも言えなかった。


 3人が同行する部隊は斥候部隊。主力部隊の戦いを支えるため、情報を収集するのが目的だ。
 遠い戦場から聞こえる声を耳にしながら、一行は木々の中を進む。

 もちろん、相手にも同じような部隊がいる。だが自身が赴くのではなく、魔獣を使役し、その視界を共有して行われていた。
 そういった魔獣たちと接敵すれば、当然のように戦闘となる。
 ローランは誰よりも早く駆け出し、魔獣と戦い始めていた。後先を考えていない全力での攻撃。鬱憤を晴らそうと言わんばかりの八つ当たり。現状への苛立ちを、魔獣たちへの攻撃に反映しているような戦い方だった。

 しかし、そんな無理を続けられるはずもない。当初こそ力のある動きをしていたが、今では見るも無残な姿となっていた。
 持っている剣は重く、まるで石の塊のようで、振り上げることすらままならない。
 異変に気づいていた部隊の隊長が、進軍を止めた。

「3人は先に帰還しろ」
「俺は、まだ」
「焦るな。また明日から頼んだぞ」

 実戦経験が豊富な隊長は、自暴自棄となっている仲間を何人も見て来ている。そして、その危険性もよく理解していた。
 この数日、ローランたちが真面目に鍛錬をしていた姿を隊長は見ている。今のローランは我を失っており、落ち着くための時間が必要だと判断してのことだ。

 まだやれると、食い下がろうとするローランの背へ、2人が触れる。
 2人の心配そうな顔を見て、ローランは指示を不承不承に受け入れた。


 トボトボと来た道を引き返していく。その背は小さく、怒りと情けなさで震えているように見えた。
 戻って話をすれば、必ずローランならば立ち直ってくれると、2人は信じている。信頼は厚く、こんなことでローランを見放すようなことはない。今、ローランだけが、ローラン自身を見放しているように見えた。

 背へ触れる2人の手。その温かさに気づきながらも、ローランはなにも口にしない。
 気が重くなる静寂。
 それを破ったのは、この事態をもたらした張本人だった。

「なにをしているんですか、兄上。予定通りに事を進めてくださいよ」

 ローランは唇を震わせながら相手の名を口にする。

「ルウ……」
「ルウ・ル・クローゼー様じゃなかったんですか? まぁ、そんなことはどうでもいいです。この先へ魔獣の群れが潜んでいます。次期勇者に倒してもらう予定だったんですがね。次はちゃんとやってくださいよ?」

 呆れた様子を見せるルウに、アリーヌは食ってかかった。

「魔獣の群れが潜んでいる? つまり、操る術を知っているということでしょ。自分がなにを言っているか分かってるの?」
「黙らせろ」

 スッとルウの後ろへ誰かが現われ、両手を前に伸ばす。
 水球が現われ、アリーヌとマーシーの体を飲み込んだ。
 アリーヌは抗おうとしたが、それがうまくいかない。
 ルウの隣にいる頭の横へねじれた角のある魔族を見て、アリーヌは舌打ちをした。

 魔族は強い力を持つ。上位の魔族であれば、一等級の冒険者が複数人でかからなければ勝つことは難しい。
 火と水という相性の悪さ。それを覆すことができる仲間は、この場においてローランだけである。
 ローランは偽の聖剣を抜いて水球を崩そうとしたが、それも敵わない。精神状況の悪さが、ローランの魔法を著しく弱らせているように思えた。

 酸素を求め、マーシーが水球の中で暴れる。
 苦しそうな2人を見て、ローランは懇願した。

「やめてくれ、頼む。頼むから」
「そいつは兄上の仲間ですよね? 2人とも見目麗しい顔をしていますが、具合の方も良かったんですか?」
「具合? 何の話をしているんだ。いいから、これを解いてくれ。頼む」
「私にも試させてくださいよ。あぁ、それともそっちの元聖女が本命ですか? 兄上も好き物ですね」

 意味を理解し、ローランは激昂した。

!」

 実弟であろうともこれ以上の狼藉は許せない。ローランは剣を手に、ルウへ向け駆け出した。

 ――しかし、何の策も弄さずに勝てる相手であるはずもない。

 気づけばローランは空を見ていた。
 水の蛇に押さえつけられ、地面に縫い付けられているだけでなく、魔族に顔を踏みつけられていた。

「おいおい、本当にこんな弱いやつでいいのか? エリオットはもう少し手ごたえがあったぜ? なんせ、オレ様と相打ったんだからな」
「弱いからいいんじゃないか、エンギーユ。強いと面倒だろ?」
「そりゃそうか」

 頭の横へ2本のねじれた角。黒い体には光沢とヌメりがある。
 上位の魔族であり、最初にエリオットと戦った魔族エンギーユは、腹を抱えて楽しそうに笑っていた。
 気絶すると同時に解放された2人へ、ルウが近づく。

「じゃあ、少し味見をさせてもらおうかな」
「待て待て。誰かがこっちに来るぜ」
「え? クソッ、もう少しだったのに。……でもまぁ、兄上のそんな顔が見られただけでも良しとしておくか」

 残念そうにしていたルウは、すぐに歪な笑みをローランへ向ける。

「次はしっかり頼みますよ。別に次期勇者以外は、殺してしまってもいいんですからね」

 エンギーユがゲラゲラと笑う。

「心配すんな。そっちの2匹はともかく、本当にてめぇは殺さねぇよ。エリオットを殺した後が必要だからな」

 楽しそうに笑いながら、ルウとエンギーユは姿を消す。


 異変を感じ、引き返して来た部隊に助けられながら、3人は野営地へと戻る。
 天幕の中、いまだ目を覚まさない2人を、ローランはただ見つめていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

処理中です...