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第二章
5-3 毒は一気飲みに限る
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とりあえず、ここはどこだろうか?
周囲を見回す限り、かなり広い場所だが、室内ではない。下は土なので外だろう。
上と横には石造りの屋根や壁があり、風雨は前からしか入ってこない。一見すると、浅い洞窟のようだった。
「外に出ましょうか」
ベーヴェに言われ、俺たちは頷く。ここまで来て、いきなり殺されるようなことはないだろう。歓待を受ける、とまでは思っていないが……。
「首だ!」
エルの声に、首が落ちているのかと不思議に思う。だが体は勝手に動いており、右腕で首を守っていた。
あぁ、そうか。今の言い方は、妖精さんが危機を伝えてくれるときと同じだったから、体が反応したのか。
しかし、一体なにが? 守っていた右手で自分の首へ触れてみたが、特に異変はない。カチンと、なにかに手甲が当たった。
「……その声、エルか?」
「ふん、久しぶ――」
「うおおおおおおおおお!? こ、これ剣じゃないか! やっぱり裏切ったなベーヴェ!」
「やっぱりってなんですか!?」
一歩下がり、剣を抜く。いつの間にか現れた女は、黒髪ポニテ、褐色の肌、長い耳をした魔族だった。
手には、長い刀を持っている。それで俺の首を切り落とそうとしていたようだ。
ベーヴェからやるべきか? それとも女から? ……いや、ここは勇者様とエルの安全が第一だ!
「勇者様! エルと逃げてください! ここは俺に任せて先に――」
「ラックスさん、お座り」
「ハッ!」
俺は言われた通り、片膝を突いて座った。
だが、すぐに我に返った。
「それどころではありません!」
「わたしが思うにだけれど、この人はエルの知人か友人よ。もちろんベーヴェのことも知っているはずだし、協力者の一人じゃないかしら」
「し、しかし、俺の首を切り落とそうとしました!」
「それはたぶん、侵入者だと思ったのだろう。すまなかったな、ラックス」
「エルがニンゲンに詫びを……!?」
褐色の魔族は驚愕している。エルは魔王だったわけで、詫びをいれるというのは相当なことなのだろう。
……まぁ、勘違いであったのならば仕方ない。笑みを浮かべ、彼女の肩へ手を乗せる。すぐに叩き落された。
「触るなニンゲン」
ちょっと仲良くなるのは難しそうだった。
「やめぬか、アグラ。彼は我が友であり、家族のようなものだ」
「待て。友でも聞き逃せないが、家族だと?」
「まぁ、吾にも色々あったのだ」
「……チッ、仕方ない。話を聞いてやろう。お前が帰って来たこと自体は歓迎している」
「うむ、話せば分かってくれるはずだ」
エルは優しい目でそんなことを言っていたが、俺は分かり合えないんじゃいかなぁ、と思っていた。
どうも転移点があったのは、この女魔族の屋敷の一端らしい。そのことからも、かなりの信用をおいていたことが分かる。
屋敷の中、煌びやかな客間……ではなく、壁に武器ばかりが掛けられている客間へ通され、ソファに座った。なにこれ武器庫? すごく怖い。
「……ねぇ、ラックスさん」
「……はい、勇者様」
小声で聞かれ、小声で答える。
「この世界では、客間には武器を飾るものなの?」
「傭兵しかいない世界があったとしても、壁が見えないほどに武器を飾ったりはしないと思います」
「そうよねぇ。魔貴族だとは思うんだけど……」
一体、彼女は何者なのか? ヒソヒソ話していると、アグラが鼻を鳴らした。
「聞こえているぞ、ニンゲンたち。本人を前にして裏口を叩くとは。品性を疑うな」
「貴様! 俺はともかく勇者様を――」
「あ、確かにその通りね。ごめんなさい、アグラさん。わたしはミサキ。彼はラックスさんよ」
机を叩き立ち上がった俺は、すごすごと引き下がった。腰を下ろし、お茶を一口飲む。……さすがは勇者様だ。器が広い。
仕方ない、ここは勇者様に免じて勘弁してやろう、と思っていたのだが、アグラは眉根を寄せていた。
「勇者、だと?」
「……誰がそんなことを!」
全員が一斉に俺を見る。
「「「「……」」」」
最早ごまかしようもなく、勇者様に頭を下げた。
「口が滑りました! 申し訳ありません! どうか、この首でお許しを!」
「首とかもらっても困るからね!? ……それに、バレても問題ないわよ。そうでしょ、エル?」
そういえば、妙に落ち着き払っていたなと、今更エルの態度に気付く。
彼女は人の肩の上で足を組み、偉そうにふんぞり返っていた。
「まぁ、その通りだ。どうせアグラには話すつもりでいたからな」
エルはこれまでのことを、アグラへ静かに語り始めた。
――小一時間が過ぎ、話が終わる。
だがアグラ=アーマリーは、眉間に皺を寄せ、険しい表情のままだった。
「勇者を仲間にすることへ不満でもあるのか?」
「……信用できるのか、という不安はある。だが、それは殺せばいいだけの話だ。まだ完全に覚醒もしていない勇者一人ならば、どうとでも対処ができる」
「なら、なにが気に入らん」
「そいつだ」
アグラは躊躇わず、俺を指差した。
「分かります」
すぐにベーヴェが同意した。この野郎……!
「しかし、彼は味方です。大した力はありませんが、強いニンゲンであることも保証します」
「ベーヴェが俺を擁護した!?」
「ラックスさん、口から本音が出ているわ」
「おっと」
「……やっぱり気に入りませんねぇ!」
ベーヴェは苛立たし気に自分の腕を指で叩いていたが、俺は少しだけ感心していた。
まだどこか信用できないと思っていたが、彼は本気でエルのために動こうとしている。だからこそ、俺を味方だと断言したのだと、それが分かったからだった。
その説得が効いたからか。アグラは剣呑な空気を少しだけ和らげたように感じる。
彼女は俺を見定めるように見た後、一笑に付した。
「ふっ、良いことを思いついた」
「アグラ? 一体なにを――」
「エル、お前は黙っていろ。これはこのニンゲンたちに対するテストだ」
彼女は棚からなにかの瓶を二本取り出し、一本を机の上に置き、もう一本を手元で遊ばせた。
透明な瓶の中には青色の液体と、赤色の液体。あまりおいしそうではなかった。
「勇者、先ほどから見ていたが、お前はこの男を信頼しており、大切に思っているようだな」
「えぇ、ラックスさんは大切な仲間よ。絶対にわたしを裏切ったりもしない、と信じてもいるわ」
「よろしい、ならばこうしよう。……この青い液体の中身は毒だ。しかし、すぐに効能を発揮するようなものではない。数ヶ月後に効果が出るものであり、それまでにこちらの赤い液体を飲めば中和される」
「――まさか」
勇者様は目を見開き、下唇を噛んだ。
「そう、そのまさかだ。ラックス、と言ったか。そいつにこの毒を飲ませる。裏切れば解毒剤は渡さない。これがお前たちニンゲンと手を組む条件だ!」
俺は青い液体の入った瓶を手に取り、蓋を開ける。……意外なことに無臭だ。ツンとした臭いがす
るかと思っていた。
「そんなこと絶対にしないわ! エル! まさか、あなたまで、アグラさんの言う通りにすべきだとは言わないわよね!?」
「もちろん認められん。ニンゲンを信用できないのは分かるが、命を握って脅すようなやり方は間違っている。……アグラよ、話し合いを続けようではないか。吾らは必ず分かり合える」
クイッと飲んでみたのだが、水とは違い、僅かに弾力がある液体だった。多少飲みにくくはあったが、まぁ飲めないほどではない。
そのまま全部飲み干し、口元を拭ってから空の瓶を机に戻した。
「……エル、お前はいつからそんなに甘くなった。ニンゲンは敵ではない。できる限り戦うべきではない。真の敵は、その先にある。口癖のように言っていたそれについて、別に否定する気はない」
「ならば」
「しかし、手を組むとなれば話は別だ。備えをしておくに越したことはない」
「備えに命を賭けろと言うの!?」
「裏切らなければ死ぬことはない。それとも、裏切るつもりだから反発をするのかな、勇者よ」
「まず互いを信頼することが必要だ! 頼む、分かってくれ!」
話し合いを続ける三人をよそに、俺は自分の腹を撫でてみた。……うん、特にどこか悪いところがあるようには思えない。すぐに効果を発揮しない、というのは本当だったのだろう。
「……いやいや、あなた、なにしてるんですか!?」
「ん?」
大口を開いて固まっていたベーヴェが、こちらへ話しかけてきた。
それに気付き、三人も目を向けてくる。
「あああああああああああああああああああ! 瓶が空になってる!?」
「……まさかラックス、お前が飲んだわけではないな?」
俺はポンッと腹を叩いた。
「あまりおいしくなかった」
「そりゃ毒だからね!?」
「お主、そこまでバカだったのか!?」
言われたい放題である。
話を早く進めるために、信用を得るために、良かれと思ってやったつもりだったのだが、俺は二人に怒られていた。
「いや、だがアグラの協力が必要なんだろう? なら飲むしかないだろ」
「アグラが謀っていたらどうするつもりだったんです?」
「エルの信頼しているやつが、エルが仲間だと言っている俺を謀ったりするわけないだろ」
なにを言っているんだ? と呆れていたのだが、なんとも言えない顔を返された。
「そうね、そうだったわ。ラックスさんってそういうところあるわよね……」
「こやつは本当になぜこうも、頭が良いが悪いのだ……」
「ク、クククッ。どうです、面白いでしょう、アグラ。このニンゲンは、こういうニンゲンなんですよ」
こういう、ってどういうニンゲンだ? もう少し具体的に言ってくれと伝えようとしたが、それより先に高笑いが響いた。
「ハッハッハッハッハッハッハッ! なんだ、このニンゲンは? バカか? バカなのか? バカだな、狂っているな、間違いない! ハッハッハッ、いいだろう、気に入った。よし、信用してやろう。こいつもくれてやる」
腹を抱えて笑っているアグラは、俺に赤い液体の入った瓶を放り投げる。うまいこと受け取った俺は、首を傾げた。
「え? これを飲んだら意味がないだろ?」
「お前の覚悟はもう見た。そして、疑う必要はないと判断した。そういうことだ」
「……よく分からんが、そういうことか」
蓋を開け、中身を煽る。特に具合が悪かったわけでもないため、先ほどまでとなにも変わらない。
アグラは笑いすぎで涙を流していたらしく、目元を拭いながら言った。
「ここ数百年で一番笑った。さて、それではエルに体の一部を返すとしよう」
「あるのか? ここに!」
「もちろんだとも。これ以上ないほどに安全な場所へ封印してある」
頷いたアグラは、自分の胸へと手を差し込んだ。
「……うわぁ」
勇者様が少し青い顔になり、小さく声を上げた。
そして、アグラの体から、エルの体の一部が引きずり出される。
プリンとした二つに割れているそれを見て、俺は兜のバイザーを下ろし、壁へ目を向ける。ベーヴェも両手で目を覆い、同じく壁を見た。
「お、おま、おまおま、おままままままままま」
「まぁ、魔王とはいえ女だ。下半身を好き勝手にされるのは、同じ女としても忍びないのでな。将軍の地位などを捨てることにはなったが、確保しておいてやった。感謝しろよ? 変態に弄ばれずに済んだのだからな」
「……せめて、先になにか言ってから出しても良いだろう!?」
「なにを恥ずかしがっている。解体されたときに、多数の魔族に見られていたのだぞ? 一人二人増えたところで、さして変わらんだろう」
「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ! ありがとう、アグラ! くたばれ!」
……エルも大変だなぁと、壁の武器を見ながら思うのだった。
周囲を見回す限り、かなり広い場所だが、室内ではない。下は土なので外だろう。
上と横には石造りの屋根や壁があり、風雨は前からしか入ってこない。一見すると、浅い洞窟のようだった。
「外に出ましょうか」
ベーヴェに言われ、俺たちは頷く。ここまで来て、いきなり殺されるようなことはないだろう。歓待を受ける、とまでは思っていないが……。
「首だ!」
エルの声に、首が落ちているのかと不思議に思う。だが体は勝手に動いており、右腕で首を守っていた。
あぁ、そうか。今の言い方は、妖精さんが危機を伝えてくれるときと同じだったから、体が反応したのか。
しかし、一体なにが? 守っていた右手で自分の首へ触れてみたが、特に異変はない。カチンと、なにかに手甲が当たった。
「……その声、エルか?」
「ふん、久しぶ――」
「うおおおおおおおおお!? こ、これ剣じゃないか! やっぱり裏切ったなベーヴェ!」
「やっぱりってなんですか!?」
一歩下がり、剣を抜く。いつの間にか現れた女は、黒髪ポニテ、褐色の肌、長い耳をした魔族だった。
手には、長い刀を持っている。それで俺の首を切り落とそうとしていたようだ。
ベーヴェからやるべきか? それとも女から? ……いや、ここは勇者様とエルの安全が第一だ!
「勇者様! エルと逃げてください! ここは俺に任せて先に――」
「ラックスさん、お座り」
「ハッ!」
俺は言われた通り、片膝を突いて座った。
だが、すぐに我に返った。
「それどころではありません!」
「わたしが思うにだけれど、この人はエルの知人か友人よ。もちろんベーヴェのことも知っているはずだし、協力者の一人じゃないかしら」
「し、しかし、俺の首を切り落とそうとしました!」
「それはたぶん、侵入者だと思ったのだろう。すまなかったな、ラックス」
「エルがニンゲンに詫びを……!?」
褐色の魔族は驚愕している。エルは魔王だったわけで、詫びをいれるというのは相当なことなのだろう。
……まぁ、勘違いであったのならば仕方ない。笑みを浮かべ、彼女の肩へ手を乗せる。すぐに叩き落された。
「触るなニンゲン」
ちょっと仲良くなるのは難しそうだった。
「やめぬか、アグラ。彼は我が友であり、家族のようなものだ」
「待て。友でも聞き逃せないが、家族だと?」
「まぁ、吾にも色々あったのだ」
「……チッ、仕方ない。話を聞いてやろう。お前が帰って来たこと自体は歓迎している」
「うむ、話せば分かってくれるはずだ」
エルは優しい目でそんなことを言っていたが、俺は分かり合えないんじゃいかなぁ、と思っていた。
どうも転移点があったのは、この女魔族の屋敷の一端らしい。そのことからも、かなりの信用をおいていたことが分かる。
屋敷の中、煌びやかな客間……ではなく、壁に武器ばかりが掛けられている客間へ通され、ソファに座った。なにこれ武器庫? すごく怖い。
「……ねぇ、ラックスさん」
「……はい、勇者様」
小声で聞かれ、小声で答える。
「この世界では、客間には武器を飾るものなの?」
「傭兵しかいない世界があったとしても、壁が見えないほどに武器を飾ったりはしないと思います」
「そうよねぇ。魔貴族だとは思うんだけど……」
一体、彼女は何者なのか? ヒソヒソ話していると、アグラが鼻を鳴らした。
「聞こえているぞ、ニンゲンたち。本人を前にして裏口を叩くとは。品性を疑うな」
「貴様! 俺はともかく勇者様を――」
「あ、確かにその通りね。ごめんなさい、アグラさん。わたしはミサキ。彼はラックスさんよ」
机を叩き立ち上がった俺は、すごすごと引き下がった。腰を下ろし、お茶を一口飲む。……さすがは勇者様だ。器が広い。
仕方ない、ここは勇者様に免じて勘弁してやろう、と思っていたのだが、アグラは眉根を寄せていた。
「勇者、だと?」
「……誰がそんなことを!」
全員が一斉に俺を見る。
「「「「……」」」」
最早ごまかしようもなく、勇者様に頭を下げた。
「口が滑りました! 申し訳ありません! どうか、この首でお許しを!」
「首とかもらっても困るからね!? ……それに、バレても問題ないわよ。そうでしょ、エル?」
そういえば、妙に落ち着き払っていたなと、今更エルの態度に気付く。
彼女は人の肩の上で足を組み、偉そうにふんぞり返っていた。
「まぁ、その通りだ。どうせアグラには話すつもりでいたからな」
エルはこれまでのことを、アグラへ静かに語り始めた。
――小一時間が過ぎ、話が終わる。
だがアグラ=アーマリーは、眉間に皺を寄せ、険しい表情のままだった。
「勇者を仲間にすることへ不満でもあるのか?」
「……信用できるのか、という不安はある。だが、それは殺せばいいだけの話だ。まだ完全に覚醒もしていない勇者一人ならば、どうとでも対処ができる」
「なら、なにが気に入らん」
「そいつだ」
アグラは躊躇わず、俺を指差した。
「分かります」
すぐにベーヴェが同意した。この野郎……!
「しかし、彼は味方です。大した力はありませんが、強いニンゲンであることも保証します」
「ベーヴェが俺を擁護した!?」
「ラックスさん、口から本音が出ているわ」
「おっと」
「……やっぱり気に入りませんねぇ!」
ベーヴェは苛立たし気に自分の腕を指で叩いていたが、俺は少しだけ感心していた。
まだどこか信用できないと思っていたが、彼は本気でエルのために動こうとしている。だからこそ、俺を味方だと断言したのだと、それが分かったからだった。
その説得が効いたからか。アグラは剣呑な空気を少しだけ和らげたように感じる。
彼女は俺を見定めるように見た後、一笑に付した。
「ふっ、良いことを思いついた」
「アグラ? 一体なにを――」
「エル、お前は黙っていろ。これはこのニンゲンたちに対するテストだ」
彼女は棚からなにかの瓶を二本取り出し、一本を机の上に置き、もう一本を手元で遊ばせた。
透明な瓶の中には青色の液体と、赤色の液体。あまりおいしそうではなかった。
「勇者、先ほどから見ていたが、お前はこの男を信頼しており、大切に思っているようだな」
「えぇ、ラックスさんは大切な仲間よ。絶対にわたしを裏切ったりもしない、と信じてもいるわ」
「よろしい、ならばこうしよう。……この青い液体の中身は毒だ。しかし、すぐに効能を発揮するようなものではない。数ヶ月後に効果が出るものであり、それまでにこちらの赤い液体を飲めば中和される」
「――まさか」
勇者様は目を見開き、下唇を噛んだ。
「そう、そのまさかだ。ラックス、と言ったか。そいつにこの毒を飲ませる。裏切れば解毒剤は渡さない。これがお前たちニンゲンと手を組む条件だ!」
俺は青い液体の入った瓶を手に取り、蓋を開ける。……意外なことに無臭だ。ツンとした臭いがす
るかと思っていた。
「そんなこと絶対にしないわ! エル! まさか、あなたまで、アグラさんの言う通りにすべきだとは言わないわよね!?」
「もちろん認められん。ニンゲンを信用できないのは分かるが、命を握って脅すようなやり方は間違っている。……アグラよ、話し合いを続けようではないか。吾らは必ず分かり合える」
クイッと飲んでみたのだが、水とは違い、僅かに弾力がある液体だった。多少飲みにくくはあったが、まぁ飲めないほどではない。
そのまま全部飲み干し、口元を拭ってから空の瓶を机に戻した。
「……エル、お前はいつからそんなに甘くなった。ニンゲンは敵ではない。できる限り戦うべきではない。真の敵は、その先にある。口癖のように言っていたそれについて、別に否定する気はない」
「ならば」
「しかし、手を組むとなれば話は別だ。備えをしておくに越したことはない」
「備えに命を賭けろと言うの!?」
「裏切らなければ死ぬことはない。それとも、裏切るつもりだから反発をするのかな、勇者よ」
「まず互いを信頼することが必要だ! 頼む、分かってくれ!」
話し合いを続ける三人をよそに、俺は自分の腹を撫でてみた。……うん、特にどこか悪いところがあるようには思えない。すぐに効果を発揮しない、というのは本当だったのだろう。
「……いやいや、あなた、なにしてるんですか!?」
「ん?」
大口を開いて固まっていたベーヴェが、こちらへ話しかけてきた。
それに気付き、三人も目を向けてくる。
「あああああああああああああああああああ! 瓶が空になってる!?」
「……まさかラックス、お前が飲んだわけではないな?」
俺はポンッと腹を叩いた。
「あまりおいしくなかった」
「そりゃ毒だからね!?」
「お主、そこまでバカだったのか!?」
言われたい放題である。
話を早く進めるために、信用を得るために、良かれと思ってやったつもりだったのだが、俺は二人に怒られていた。
「いや、だがアグラの協力が必要なんだろう? なら飲むしかないだろ」
「アグラが謀っていたらどうするつもりだったんです?」
「エルの信頼しているやつが、エルが仲間だと言っている俺を謀ったりするわけないだろ」
なにを言っているんだ? と呆れていたのだが、なんとも言えない顔を返された。
「そうね、そうだったわ。ラックスさんってそういうところあるわよね……」
「こやつは本当になぜこうも、頭が良いが悪いのだ……」
「ク、クククッ。どうです、面白いでしょう、アグラ。このニンゲンは、こういうニンゲンなんですよ」
こういう、ってどういうニンゲンだ? もう少し具体的に言ってくれと伝えようとしたが、それより先に高笑いが響いた。
「ハッハッハッハッハッハッハッ! なんだ、このニンゲンは? バカか? バカなのか? バカだな、狂っているな、間違いない! ハッハッハッ、いいだろう、気に入った。よし、信用してやろう。こいつもくれてやる」
腹を抱えて笑っているアグラは、俺に赤い液体の入った瓶を放り投げる。うまいこと受け取った俺は、首を傾げた。
「え? これを飲んだら意味がないだろ?」
「お前の覚悟はもう見た。そして、疑う必要はないと判断した。そういうことだ」
「……よく分からんが、そういうことか」
蓋を開け、中身を煽る。特に具合が悪かったわけでもないため、先ほどまでとなにも変わらない。
アグラは笑いすぎで涙を流していたらしく、目元を拭いながら言った。
「ここ数百年で一番笑った。さて、それではエルに体の一部を返すとしよう」
「あるのか? ここに!」
「もちろんだとも。これ以上ないほどに安全な場所へ封印してある」
頷いたアグラは、自分の胸へと手を差し込んだ。
「……うわぁ」
勇者様が少し青い顔になり、小さく声を上げた。
そして、アグラの体から、エルの体の一部が引きずり出される。
プリンとした二つに割れているそれを見て、俺は兜のバイザーを下ろし、壁へ目を向ける。ベーヴェも両手で目を覆い、同じく壁を見た。
「お、おま、おまおま、おままままままままま」
「まぁ、魔王とはいえ女だ。下半身を好き勝手にされるのは、同じ女としても忍びないのでな。将軍の地位などを捨てることにはなったが、確保しておいてやった。感謝しろよ? 変態に弄ばれずに済んだのだからな」
「……せめて、先になにか言ってから出しても良いだろう!?」
「なにを恥ずかしがっている。解体されたときに、多数の魔族に見られていたのだぞ? 一人二人増えたところで、さして変わらんだろう」
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