勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ

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第二章

5-5 甘い心

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 静止した世界の中、最初に口を開いたのはエルだった。

「……ダ、ダメに決まっているだろう! それは吾のものだ!」

 俺の魂にはエルの魂が混じり合っている。彼女のものと言われても否定はできないだろう。
 続いて、勇者様が口を開いた。

「ラ、ラックスさんはわたしの仲間よ!? あなたに譲ったりする気はないわ! というか、一番大事なのは本人の意思よ! ラックスさんはどう思っているの!?」
「自分は勇者様の仲間であり、エルのものです。よって、アグラの元へ留まるつもりはありません」

 特に悩む必要もなく、逡巡せずに答える。

「そ、そう。ふふふ」
「よく分かっているではないか。くっくっくっ」

 二人は嬉しかったらしく、にへらと笑っている。
 しかし、当たり前だがアグラは渋い顔をしていた。

「ならば、全てが終わった後でもいい。もう一度交渉させてくれ」
「どうしてラックスに興味を持った? まずはそこから教えろ」

 アグラは大きな胸を張り、腰に両手をつけ、堂々と言い放った。

「こやつの目利きがあれば、我がコレクションはさらに充実する! 長く望んでいた、伴侶に相応しき相手だ!」
「伴」
「侶」

 首をぐるりと動かし、目を見開いた状態で、二人は俺を見ていた。正直、かなり怖い。

「ラックスさん。なんとなく分かるけれど分からないので、どういうことか教えてもらえる?」
「そうだな。吾らが風呂へ行っている一時間に満たぬ時間で、一体なにがあったのかを教えてもらおうか」
「……武器をくれるというから、見に行っただけですよ? なぁ、そうだろう、アグラ」
「我が心をニンゲンが射止めるとはな! 長く生きてみるものだ!」

 その目はさらに見開かれ、瞬き一つせずに俺を見ている。

「ご、誤解です。本当に言った以上のことはありません。武器の話をしただけです!」
「……えぇ、そうでしょうね。ラックスさんは嘘を言う人じゃないわ」
「分かっていただけたようで――」
「しかし、アグラを虜にするなにかがあったのは間違いない。……どれ、ここはハッキリと返事をしてやれ。それが優しさというものだ」
「わ、分かった」

 ようやく二人の表情は和らいだが、アグラは自信満々に立っている。絶対に断られない、と確信を持っているようでもあった。

「アグラ」
「全面的な援助を約束しよう。私の持つ全てを使用して援助する。そうなれば、旅は盤石のものとなるであろう」
「……だ、だが初対面の相手といきなり結婚の約束をするようなことは」
「返事は後でいい。保留しておけ。いくらでも待ってやる。もちろん、その間も援助はしてやろう。お前は、相手の気持ちを利用するような男ではない。それくらいは短い付き合いでも分かる」

 一度目を閉じ、少しだけ考える。この条件は考えうる最高のもので、何一つ損はない。彼女の性格から考えるに、最終的に断ったとしても根に持ったりはしないだろう。
 勇者様の身の安全を、エルの体を取り戻すことを考えれば、どうするのが最善であるのか。
 それを全て考えた上で、俺は目を開いた。

「腹を決めたようだな。では、今後の話を――」
「すまない。俺は、アグラの提案を受け入れることができない」
「……なぜだ? お前たちにデメリットは無いはずだが?」

 驚いた表情のアグラに、何度も頷いている二人。人の色恋沙汰を見ているのは趣味が悪いと思うので、二人には部屋を出てもらいたい。……いや、勝手に始めたこっちが悪いのか。

「部屋を出よう。別の場所で話がしたい」
「分かった」

 アグラと二人、別の部屋へ移動する。だが室内には四人いた。

「……勇者様とエルは外してくれませんか?」
「今後の話をする以上、わたしにも聞く権利があるわ。後、顛末が気になる」
「友人の色恋沙汰とは胸がときめくものだな……」

 俺は二人の背を押し、強引に部屋から出した。興味本位で話を聞かれてたまるものか。
 ようやく二人になれたところで、俺は改めてアグラへ言った。

「気持ちは嬉しい。だが、無理だ。本当にすまない」
「それは分かった。理由を教えろ」
「……アグラの気持ちを利用したくない。それは、ゲスのすることだ」

 本心だったのだが、アグラは俺の言葉を鼻で笑った。
 彼女は俺の首元を掴み、鼻がぶつかるほどに顔を近づける。後ずさる俺に、アグラは言った。

「――甘い!」
「……自覚はしている」
「していない! お前たちがやろうとしていることは、そんな考えでやり遂げられるものなのか?」
「己を曲げずとも、やり遂げてみせる。その覚悟はして――」
「いいや、覚悟などできていない。覚悟したつもりになっているだけだ!」

 下がり続けたせいで、壁へ背を押し付けられる。逃げ場を失った状態で、さらにアグラは怒鳴り散らした。

「利用できるものは利用しろ! 使えるものは全て使え! 打てる手を全て打っても、なお不測の事態は起きる。お前たちのやろうとしていることは、いくら備えても足りないことだと知れ!」

 彼女は将軍だった、と話を聞いている。俺よりも遥かに長い時間を生き、戦闘だけでなく様々な経験を積んでいるからこそ、この甘さを見逃せなかったのだろう。
 しかし、だ。俺は下唇を噛み、拳を握った状態で、彼女の額に自分の額をぶつけた。

「それでも、その気持ちを利用することはできない!」

 アグラは深々と溜息を吐いた。

「……なんて甘い男だ。いや、それでこそ私の惚れた男、とも言えるか」

 アグラは諦めたように手を放し、俺を開放した。
 ……だが、彼女の言っていることは正しい。
 勇者様の望みを叶えるためには、有翼人と話し合いの場を作らねばならない。そして話し合いとは、力が拮抗しているからこそ成り立つものだ。
 エルの復讐を果たすためには、不死を殺すという矛盾を乗り越えねばならない。この世の法則を捻じ曲げるような、そんな理不尽な力が求められている。

 甘すぎるな。考えれば考えるほど、アグラの言う通りだと頭を抱えてしまう。
 なにもかもが足りない。あの二人の味方でありたいと願いながら、俺には全てが足りていなかった。

「まぁいい、武器はくれてやる。援助もできる限りはしてやる。だが、それ以上を求めるのならば覚悟を示せ」
「覚悟を……」
「例えば、私と結婚をして三日くらい徹夜で目利きをする覚悟だな!」
「ごめんなさい。友達からお願いします」
「友達からか。ふむ? まぁいいだろう。返事は保留にしておく。いいな? 保留にしておけ」
「……すまん」

 結局、俺はアグラの優しさに甘えることになった。ハッキリ断るつもりだったのに、曖昧な答えを出している。どうしようもないほどに情けない、なんの価値もない男だ。
 彼女と友達となり、少しずつ進展していくのはいいだろう。しかし、その優しさにつけ入っているのは明らかで、ズーンと頭は重かった。

 トボトボ部屋に戻ると、勇者様とエルがバッとこちらを見る。期待と不安が入り混じったような目をしていた。俺は少し困ったが、正直に答えることにした。

「アグラとは、友達から始めることにしました」
「えっ、友達になったの?」
「ほう、それは意外だったな……」
「言いたいことは分かる。どう見ても断る空気を出していたのに、友達として戻ってくるなんて、情けないにもほどが――」
「いや、そうではない。もしかして気付いておらんのか?」
「……?」

 二人の言っていることの意味が分からずにいると、勇者様がクスクスと笑いながら言った。

「ラックスさん、自分で言っていたじゃない。エル以外の魔族と仲良くなんてなれない! って」
「あ……」
「だが、アグラと友達になったのだろう? それは、吾としては喜ばしいことだ」

 流されて妥協しただけではあるが、確かにその通りだ。俺は、アグラと友達になることを受け入れた。特に疑問を感じることもなく、だ。
 ……なにか妙な感じがする。人はそんな簡単に変わらない。なのになぜ俺は、アグラを友人として受け入れられたのだろうか?
 眉根を寄せていると、両肩をポンッと叩かれた。

「食事に行きましょう」
「風呂の後は飯だ」
「……えぇ、お供します!」

 きっと大したことではないのだろう。俺はその違和感を忘れることにして、二人と食事へ向かうのだった。
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