勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ

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第二章

5-8 勇者が召還された理由とは?

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 暗黒大陸と繋がる橋は、全て広大で漆黒に染まっている。他の大陸間を繋ぐ橋は赤い。
 これはエルに教えてもらったことだが、黒い橋は敵へ通じていると、分かりやすくするためらしい。……つまり、有翼人の差し金だ。そもそも我々では、こんな橋を作ることはできない。
 海を渡ればいい、空を飛べばいい、と考えたものもいたらしいが、それが叶ったことはない。海は荒れて渦を巻き、空は強風で鳥も飛ばない。
 よって、魔族との戦いは黒い橋の上で行われ、正面衝突以外はなく、奇策などの類は基本的にはあり得なかった。

 今、俺たちは黒い橋の手前まで辿り着いている。目の前には巨大な要塞。橋を抜けられぬため、要塞で塞ぐのはどこでも同じなようだ。
 そして、要塞の向こう。黒い橋の上にはいくつかの関門、壁が聳え立っている。魔族側も人間側も、そういう風に防備を整えていた。
 要塞の城門で馬車を止めれば、すぐに兵士へ声を掛けられた。

「荷はなんだ?」
「アグラ様からの差し入れです」

 御者は平然と答えたが、兵の顔は硬い。

「改めさせてもらうぞ」

 当然の流れだが、思わず唾を飲み込む。それでも息を潜ませていると、言い争う声が聞こえてきた。
「アグラ様からの差し入れですよ? 書状だってあります。別に確認する必要はないでしょう」
「ダメだ。全ての荷を確認するよう、シルド将軍に厳命されている」

 ……シルド将軍とは、この前線を任されている魔貴族の一人であり、エルの体を喰らい、さらに強くなった魔族だ。
 強さだけで言えば、魔族で十本の指に入るとのこと。二つ名は『煉獄』。この場所に魔貴族が一人だけなのも、シルド将軍がいるからこそだろう。
 できるだけ直接対峙することを避け、前線へと誘き出し、ヘクトル様と戦わせる。そして戦い始めたら、後ろから挟撃する、というのが俺たちの狙いだ。
 敵将を打ち取ってもらうこともでき、誘き出した手柄で協力も申し出られる。一石二鳥ね、と勇者様が言っていた。

 しかし、それも全てここを抜けて要塞内に入らねば始まらない。緊張をはらみつつも耐えていると、男の声が聞こえた。

「――何事だ」
「シルド将軍!」

 まさか、噂のご本人が登場するとは予想外だった。少しだけでも見られないかと思ったが、エルに止められる。目を向けただけでバレる、ということだろう。
 だが話し方から察するに、理性的なタイプだと思われる。今もなぜ揉めているのかをしっかりと聞き――。

「御者を引きずりおろせ」
「ハッ!」
「……ふんっ」

 良くない流れ、想定外に荒い性格。乾いた唇を舐めると、パチパチと音が聞こえてき始める。……これは、火の音だ。

「い、一体なにを!」
「アグラなどの荷を引き入れるつもりはない。また将軍位へ返り咲こうと、なにか企んでいるかもしれんからな」
「っ!? これはアグラ様へ報告させていただきますよ!」
「……次は自分で来い、相手になってやる、と伝えておけ」

 燃えているであろう馬車を見るのであれば、振り向くことになる。俺たちは疑われぬよう、一切振り向かずに要塞への侵入を果たした。


 要塞内にもベーヴェやアグラの伝手はある。一室へ入り、フードを外した。

「……ふぅ。一時はどうなるかと思いましたが、無事入り込むことができましたね」
「み、みず、を」
「はい、勇者様。水です」

 受け取った勇者様は水をゴクゴクと飲み、ぷはーっと息を吐いた。

「そりゃね? 馬車に乗っていたら危ない可能性も考慮して、それを囮にして侵入するのはいいわよ。でもね? いきなり馬車が燃やされたのよ!? もし乗っていたら、わたしたちは死んでいたじゃない!」
「だから、そうならぬよう、早めに馬車を降りたのだろう」
「うぅぅ、間一髪だったのによく平気ね……」
「体をバラバラにされたことに比べれば、どうということはない」
「目を抉り出されたときに比べれば、大したことではないかと」
「二人に同意を求めたわたしが間違っていたわ」

 あっさりと諦めた勇者様は、深く溜息を吐いている。どうにもいまだ、この世界の普通には慣れてもらえていないようだ。
 しかし、シルド将軍か……。正直に言えば、良い印象のほうが強かった。
 怪しげな荷は入れない。荒々しさはあれど堅実な判断。荷馬車へ火を点けたことへ、退いたものもいるだろう。だが、それも必要なことであり、パフォーマンスとしても悪くなかったと思う。
 なにかあれば殺されるかもしれない。そう思わせることが、この要塞をより強固なものにしているのだと、俺は考える。

「……仲間に引き入れられないか?」

 ふとした思いつきのように、エルへ聞く。
 彼女は、俺の問いを鼻で笑った。

「あれを殺さなかったのは、吾が生きていたときにした失敗の一つだ」
「どういうことだ?」
「……各国から暗黒大陸へ侵入して、我が居城へと辿り着いたとき。城を守っていた将軍は誰だと思う?」
「シルド将軍、ね」
「ご名答だ」

 どうやらシルド将軍は、多数の勇者が攻め込んできたときに、すでに退避を完了させていたらしい。残る僅かな戦力と、ベーヴェやアグラの活躍があったからこそ、自分だけの被害で済ますことができた、とエルは悔しそうに言った。

「待って? そもそも勇者たちは、なぜあなたを殺した時点で立ち去ったの? そのまま魔族を滅ぼすこともできたんじゃないの?」
「まぁよくそんな聞きづらいことをスパッと聞くものだ」
「ご、ごめんなさい。確かにそうよね。今のはデリカシーが足りなかったわ」

 勇者様がシュンとする中、エルは一度肩を竦め、話し始めた。

「消えたのだ」
「え?」
「恐らく、多数の勇者を召還した弊害だろう。魔力が足りなかったのか、世界が異物を排出したのか。吾を殺すという目的を達した後、勇者たちは一日ほどで姿を消した」
「……勇者は目的を達したら消える、ということ? なら、わたしは……あれ?」
 落ち込んだように見えた勇者様が眉根を寄せだす。首まで傾げ、なにかが分からず困っている様子だった。
「どうした、ミサキ」
「そうか、エルなら知っているかもしれないわね。……わたしは、魔王を殺すために召還されたの?」
「……む?」
「勇者は目的を達したら消えるんでしょ? なら、その目的は召還の際に決められているはずよね。わたしは、どういった目的の元に呼び出されたのかしら」
「……むぅ」

 エルの様子を見るに、彼女も勇者様が呼び出された目的が分からないようだ。
 確かに、俺も詳しくは知らない。魔王を殺すために呼び出したんじゃないだろうか……?

「まず、魔王を殺すために、という可能性は無いな」

 いきなり俺の考えは否定された。

「そうね。だって、魔王は死んでいたのだもの。前提条件が成り立たないわ」

 魔王は死んでいたから、魔王を殺すという目的では召還ができない。なら、どういった理由で召還したのか?
 三人で悩んでいると、エルが首を横に振りつつ言った。

「ヘクトルに聞くことが増えたようだな」
「そうね。ヘクトル様なら、王族だから知っているはず、よね?」
「たぶんな」

 勇者様が召還された目的。
 それは俺みたいなやつには想像もつかず、ただボンヤリと天井を眺める。
 ……もし目的が達成されたら、勇者様は元の世界に帰るのだろうか。

 だとしたら、俺はそれまで彼女を守り通さねばならない。そして、勇者様が帰ったらエルを守り抜こう。
 勇者様が、俺を旅のお供に選んでくれたことに報いるために。
 エルが、俺をずっと守り抜いていてくれた恩を返すために。
 静かに、自分の中だけで、そのことを誓い直した。
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