勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ

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第二章

5-9 戦いはいつも予期せぬ形で始まる

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 この部屋と周囲は、ベーヴェの手のものが配置されており、シルド将軍に気付かれることはない。
 しかし、ただ部屋に潜んでいても仕方がない。どうにかして、彼を前線へ連れて行かなければならなかった。

「ヘクトル様の動きは?」
「……どうやら、他の王族は動いているが、ヘクトルは表立って動いていないようだ。後方にドンと構えているらしい」
「うーん、ヘクトル様を前線に誘き出す方法も考えないといけないわね」

 扉の横に見張りとして立ちながら、二人と協力者の相談を聞く。
 俺はこういった話し合いにはあまり役に立たないので、大人しく聞いているのが一番だと分かっていた。
 だから有事に備え、扉の近くに立っているわけだが……エルがこちらへ目を向け、続いて勇者様も見た。
 笑顔で少し頭を下げる。

「まぁ、そろそろ動きがあるだろう。なんせ吾らにはラックスがついているからな」
「えぇそうね。ラックスさんがいるのに、なにも起きないなんてありえないわ」
「自分を疫病神みたいに言っていません?」

 そういう風に見られていたのか、と落ち込んでいたのだが、二人は笑みを浮かべていた。
 不思議に思っていると、エルが言う。

「逆だ逆。なにかしら大変なことが起きた後、良いほうに転ぶ。お前はそういうやつだよ」
「そんなことはないと思うが……。とりあえず大変なことが起きずに、良いほうに転んでほしいなぁ」
「無理よ」
「無理だ」

 二人は即時に首を横へ振る。俺への誤解がひどい気がした。


 だがそんな話をした夜――事態は急速に進展した。

「全軍に命令が出た、だと?」
「ハッ! 膠着状態にあった前線に動きあり! 戦線が徐々に押されているため、全員すぐに動けるよう待機せよ、とのことです!」

 俺たちは準備を整え、部屋を出る。ここへ侵入するときから使っている、軽い全身鎧を二人は着ており、一見すると誰かは分からない。バイザーを上げても、中には魔族の顔が設置されているため、決して気付かれない仕組みだった。
 俺も自前の鎧に、バイザーを上げるとヴァンパイアの顔。勇者様はオーガの顔。……ちなみにエルは小柄なため、ゴブリンの顔が出てくる。本人はすごく嫌そうにしていた。

「……それで、俺たちはどうする?」
「とりあえず、第五遊撃隊を名乗るように言われている。ある程度は自由に動けるらしい」
「なら、離れた場所から前線を伺いつつ、シルド将軍の動きも見ておきたいわね。もしかしたら、なにか前線へ出す方法が思いつくかもしれないわ」

 勇者様の案へ、俺たちは頷く。まだ動ける状態ではなく、見に徹する必要があった。
 黒い橋の上にはいくつもの壁が存在する。それは人間側も同じで、ここではそう戦う以外に方法が少なかった。

「奇襲ができぬのは、万が一にも魔族が勝利せぬように考えられているのだろう」
「……どういうことだ?」
「簡単な話だ。魔族には空を飛べる者が多くいる。だが、他の種族には少ない。橋という限定的な状況にしなければ、魔族は自由に奇襲ができる、ということだ」
「なるほど」

 もしそうであれば、とうに魔族が支配する世界になっていたかもしれない。良いことなのか悪いことなのか。今の俺には判別がつかない。昔ならば、魔族を滅ぼせないとは! と悔やんでいただろう。
 エルたちがその気にならなくてよかった。彼女たちは、あくまで敵を有翼人だと決めてくれていたからこそ、我々は今でも存続しているのだ。
 不思議な気持ちになっていると、エルが楽し気に言う。

「しかし、それが功を奏している」
「ん? なぜだ?」

 俺の問いに、エルが悪い笑みを浮かべる。……兜で顔は見えていないため、そんな空気を感じ取っただけだが、恐らく間違ってはいないだろう。
 彼女は、とても嬉しそうに言った。

「今、吾らだけが奇襲をしかけることができる。この世界で、吾らだけに許された特権だ」
「挟撃されることを、誰も考えていないものね」
「うむ」

 火を起こすも良し。後ろから襲い掛かるも良し。
 俺たちは、逃走経路さえ確保できれば、とても優位な立ち位置にあった。

 ……しかし、なにかが腑に落ちない。それを考えながらいくつかの壁を通り抜け、前線に近い壁の上に立ち、まだ少し先の前線へ目を向けた。
 チカチカと何度も輝いているのは、魔法の光だろう。規模は広く、被害は大きいように思えた。

「さすがに見えないわね」
「はい」

 勇者様と二人、遠い前線へ目を向ける。もう一つ前の壁では近すぎるため、ここしかなかったとはいえ……。
 後ろには複数の関門がある。いくら人間側が優勢だとはいえ、全て抜かれることはない。……いや、この壁まで辿り着くかすら怪しいだろう。
 魔族というものを、魔族の中から見ていることで、彼らがただ力に任せているだけの者たちではなく、鍛えられし兵士だと理解した。手ごわく、侮れる相手ではない。

「……まさか。いや、そういうことなのか?」
「エル?」

 壁から乗り出し、前を見ていたエルは、珍しく動揺しているように思えた。
 彼女は一つ舌打ちした後、俺たちに言った。

「下がるぞ! とりあえず一つ後ろの壁までだ!」
「え? どうして? なにがあったの?」
「分かった、言う通りにしよう! エルの言うことに間違いはない!」

 何度も救われてきた俺だから分かる。エルは今、とてつもなく焦っていた。
 急ぎ壁から降りようとしたところで、激が飛ぶ。

「壁の上にいるものはそのまま攻撃! 壁の前にいるものは、壁の中へ下がり、門を押さえろ!

 ……いいか? 私がこの場で止める。信じられず、逃げだす者は殺せ!」
 壁は左右に長い。遠い位置とはいえ、そこには監視対象であるシルドがいた。
 そして、このような命令が出た以上、俺たちに下がることは許されない。もしそんな行動を迂闊にもとれば、俺たちの命は無い。

「まずい……。ラックス、ミサキ、可能な限りの防御を整えろ。攻撃は考えないでいい。生き延びることを考えるのだ!」
「だから、一体なにが」
「来るぞ!」
「扉を閉めろ!」

 エルの声と、シルド将軍の声が重なる。そしてほぼ同時に扉は閉じられ、少し遅れて炎と氷、風と土。いくつもの魔法が波のように押し寄せ、壁の中へ入れなかったものが飲み込まれていった。
 そして、壁をも飲み込もうとした瞬間、

「――《パーガトリー》」

 シルド将軍の声が響いた。
 壁の前に現れたのは、蒼い炎の壁。それは押し寄せる全ての魔法を防ぎ、泰然と聳えていた。

「あれは……吾の右腕か。まさか、あれほどの魔法を防ぐとは」

 エルは歯ぎしりをしながら、真っ直ぐに宙へ伸ばされたシルド将軍の腕を睨みつける。そしてそのまま、言葉を続けた。

「しかも、相手は十三の剣サーティーン・ソードだ。全員揃っていないとはいえ、十二人出張ってくるとは……」
十三の剣サーティーン・ソード!?」
「知ってるのかラックス!」
「もちろんです! ミューステルム王国の最高戦力である、国王を除いた十三人の王族。それが十三の剣サーティーン・ソードです! ……今、呼び捨てにしました?」
「ノリで言っただけよ!」

 呼び捨てにしてもらうほうが仕えている感じでいいなぁと思ったのに、そうはいかないらしい。ちょっと切ない。

 だが、まぁそんなことは後だ。
 ブツブツと呟きながら、必死に対策を考えているエルを落ち着かせるために近づく。
俺は震えを隠しながら彼女の兜へ手を乗せ、平然と、当たり前のように告げた。

「今回は右腕を取り戻せそうだな」
「そのような状況では……。いや、そうだな。困難に打ち勝ってこそ意味がある、か」

 ほんの少しだけ、エルの頬が緩む。
 前にはミューステルム王国のほぼ・・最大戦力。こちらには、その攻撃を容易く防いだ最悪の魔貴族シルド=パーガトリー。
 ……考えれば考えるほど、吐き気を催す状況だった。
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