16 / 105
第二章
16:寮での一時
しおりを挟む
ノーラから勉強を教わった後、学生寮に戻るなり錬はさっそく工作に取りかかった。
折り目を付けて破いた木目紙に木炭鉛筆で文字を書いていく。
「レン、ごはんもらってきたよ」
ジエットが食事の乗ったお盆を持ってきた。
「おお、待ってました!」
学生食堂のメニューの一つだが、その味はなかなかのものだ。
ミルク粥は薄味だが温かく、副菜に豆や野菜がたっぷりのポタージュが添えられている。デザートの果物も少し酸っぱいが、リンゴとレモンを足したような味でみずみずしい。
ついでに木製ではあるがスプーンが付いている事で文明度が一気に上がった気がする。
「学食、めちゃくちゃうまいな!」
「おいしいねぇ」
「これと比べれば奴隷食は豚の餌だな!」
「そうだねぇ」
「伯爵の野郎、ノルマ百倍にするならこれくらいのものを出せよ……!」
「はやく皆にも食べさせてあげたいねぇ」
幸せそうにミルク粥とポタージュを堪能する錬とジエットである。
「食べたら洗濯するから、あとで服を渡してね」
「洗濯?」
「うん、水場を使っていいんだって。シャツが汚れてるから洗ってあげるよ」
「いいのか?」
「レンは毎日がんばってくれてるからね。私もお手伝いしなきゃ」
まるで新妻のようなまぶしい笑顔を向けられ、錬は思わずドキリとしてしまった。
「そ、そういう事ならお願いしようかな……」
「一生懸命きれいにするからね!」
ジエットが自慢げに胸を叩き、それから部屋の隅に目を向ける。置いてあるのは木目紙の切れ端だ。
「そういえば何を作ってたの?」
「単語帳だよ。作るって言ってたろ」
前世で使っていたものより若干大きく、トランプくらいある。いくら薄っぺらいとはいえ、しょせん木の板である。あまり小さくすると木目紙の強度が保たないのだ。
「これ何が書いてあるの?」
ジエットが作りかけの単語帳の裏面を見せてくる。
表はこの世界の文字だが、裏は日本語だ。わからないのも無理はない。
「俺の知ってる言葉だ。表と裏が対応してて、単語の意味を確認するのに使う」
「レンは読み書きできないんじゃ……?」
「いや、できるぞ。この国の言葉がわからないだけだな」
「ふぅん……?」
単語帳をぺらぺらとめくりながらジエットは首を捻る。
「レンって不思議だよね。誰でも知ってるような事は何も知らないのに、誰も知らない事は何でも知ってる気がする。一体何者なの?」
「ただの奴隷だよ」
「ただの奴隷が魔石エンジンや魔石銃なんて作れるとは思えないんだけど」
ジトッとした目を向けられ、錬は頭をポリポリ掻いた。
「う~ん……前世の事を思い出したって言ったら信じるか?」
「前世……? 生まれる前の事?」
「ああ。俺は前世じゃ別の世界でエンジニアだったんだ」
「エンジニアって何?」
「機械を設計したり作ったりする職業だよ。株式会社カノー電機っていう零細ブラック企業が職場でさ、安い給料で上司に叱られながら朝から晩まで働くんだ」
「鉱山奴隷とあんまり変わらないね」
「言うな……」
ぶすっとした顔で果実をかじる。
実際、奴隷と大差ない労働環境だったのでぐうの音も出ない。
『何でも可能、夢は叶う』
そんな社訓を毎朝十回お経のように唱えさせられ、無茶な納期を強いられていた。
ちなみに社長の苗字は加納である。ダジャレとしか思えない。
「そんな事より、やる事やったら勉強するぞ。やらなきゃいけない事は山ほどあるんだからな」
「うん!」
***
「魔法の実技試験……でございますか?」
夕暮れに染まる教員室で、ノルマンは呆けたように答えた。
言い出したのは侯爵家の跡継ぎであるカインツ=シャルドレイテである。
「そうだ。編入生が魔法学園で学ぶに相応しい者達かどうかを確認したい。頼めるか?」
あくまでお願いという体裁。しかし教師と生徒という立場はあれど、平民出身であるノルマンには貴族に逆らう事などできない。
「それは……も、もちろんでございますとも。しかし試験となると準備が必要ですので、今日明日というわけにはいきませんが……」
「その辺りの事は任せる。では頼んだぞ」
それだけ言ってカインツは教員室を後にした。
(魔法の試験……か)
錬とジエットは読み書きができず、魔力も持たない。試験などやらずとも結果は見えている。
だがそうとわかった上で試験をせよと言っているのだ。ならば単に試験をするだけではなく、彼の望む状況にせよという意味を含んでいるに違いない。
その意味するところを、ノルマンは考える。
カインツは魔力至上主義寄りの人間だ。昔、魔法の家庭教師をしていた彼の師匠がとある亜人のせいで死んでしまい、それを機に魔力至上主義に傾倒するようになったという話は有名である。
彼を始め、魔法を使えない亜人が魔法学園に在籍する事に異議を唱える者は非常に多い。
だが亜人を擁護する人権派もまた一定数存在する。その筆頭が魔力も権威もある学園長エスリ=ローズベルなものだから、数で押し通すわけにもいかない。
そのため、反対派は常に人権派の揚げ足を取ろうと躍起になっている。
亜人奴隷である二人が簡単な試験さえクリアできなければ、学園長ですら反対派の声に配慮しなければならなくなるだろう。
つまりは退学である。
(……うむ、何となく見えてきたな)
元々魔力なしが魔法学園に在籍する事が間違いなのだ。彼らの処遇について、すでに教師の間でも人権派と反対派で溝が深まっている。二人に恨みはないが、ここは早々に消えてもらった方がいい。
(亜人どもを落第させ、しかしワンドの生徒は全員合格。これでいこう)
試験の方針が決まり、ノルマンは仄暗い笑みを浮かべた。
折り目を付けて破いた木目紙に木炭鉛筆で文字を書いていく。
「レン、ごはんもらってきたよ」
ジエットが食事の乗ったお盆を持ってきた。
「おお、待ってました!」
学生食堂のメニューの一つだが、その味はなかなかのものだ。
ミルク粥は薄味だが温かく、副菜に豆や野菜がたっぷりのポタージュが添えられている。デザートの果物も少し酸っぱいが、リンゴとレモンを足したような味でみずみずしい。
ついでに木製ではあるがスプーンが付いている事で文明度が一気に上がった気がする。
「学食、めちゃくちゃうまいな!」
「おいしいねぇ」
「これと比べれば奴隷食は豚の餌だな!」
「そうだねぇ」
「伯爵の野郎、ノルマ百倍にするならこれくらいのものを出せよ……!」
「はやく皆にも食べさせてあげたいねぇ」
幸せそうにミルク粥とポタージュを堪能する錬とジエットである。
「食べたら洗濯するから、あとで服を渡してね」
「洗濯?」
「うん、水場を使っていいんだって。シャツが汚れてるから洗ってあげるよ」
「いいのか?」
「レンは毎日がんばってくれてるからね。私もお手伝いしなきゃ」
まるで新妻のようなまぶしい笑顔を向けられ、錬は思わずドキリとしてしまった。
「そ、そういう事ならお願いしようかな……」
「一生懸命きれいにするからね!」
ジエットが自慢げに胸を叩き、それから部屋の隅に目を向ける。置いてあるのは木目紙の切れ端だ。
「そういえば何を作ってたの?」
「単語帳だよ。作るって言ってたろ」
前世で使っていたものより若干大きく、トランプくらいある。いくら薄っぺらいとはいえ、しょせん木の板である。あまり小さくすると木目紙の強度が保たないのだ。
「これ何が書いてあるの?」
ジエットが作りかけの単語帳の裏面を見せてくる。
表はこの世界の文字だが、裏は日本語だ。わからないのも無理はない。
「俺の知ってる言葉だ。表と裏が対応してて、単語の意味を確認するのに使う」
「レンは読み書きできないんじゃ……?」
「いや、できるぞ。この国の言葉がわからないだけだな」
「ふぅん……?」
単語帳をぺらぺらとめくりながらジエットは首を捻る。
「レンって不思議だよね。誰でも知ってるような事は何も知らないのに、誰も知らない事は何でも知ってる気がする。一体何者なの?」
「ただの奴隷だよ」
「ただの奴隷が魔石エンジンや魔石銃なんて作れるとは思えないんだけど」
ジトッとした目を向けられ、錬は頭をポリポリ掻いた。
「う~ん……前世の事を思い出したって言ったら信じるか?」
「前世……? 生まれる前の事?」
「ああ。俺は前世じゃ別の世界でエンジニアだったんだ」
「エンジニアって何?」
「機械を設計したり作ったりする職業だよ。株式会社カノー電機っていう零細ブラック企業が職場でさ、安い給料で上司に叱られながら朝から晩まで働くんだ」
「鉱山奴隷とあんまり変わらないね」
「言うな……」
ぶすっとした顔で果実をかじる。
実際、奴隷と大差ない労働環境だったのでぐうの音も出ない。
『何でも可能、夢は叶う』
そんな社訓を毎朝十回お経のように唱えさせられ、無茶な納期を強いられていた。
ちなみに社長の苗字は加納である。ダジャレとしか思えない。
「そんな事より、やる事やったら勉強するぞ。やらなきゃいけない事は山ほどあるんだからな」
「うん!」
***
「魔法の実技試験……でございますか?」
夕暮れに染まる教員室で、ノルマンは呆けたように答えた。
言い出したのは侯爵家の跡継ぎであるカインツ=シャルドレイテである。
「そうだ。編入生が魔法学園で学ぶに相応しい者達かどうかを確認したい。頼めるか?」
あくまでお願いという体裁。しかし教師と生徒という立場はあれど、平民出身であるノルマンには貴族に逆らう事などできない。
「それは……も、もちろんでございますとも。しかし試験となると準備が必要ですので、今日明日というわけにはいきませんが……」
「その辺りの事は任せる。では頼んだぞ」
それだけ言ってカインツは教員室を後にした。
(魔法の試験……か)
錬とジエットは読み書きができず、魔力も持たない。試験などやらずとも結果は見えている。
だがそうとわかった上で試験をせよと言っているのだ。ならば単に試験をするだけではなく、彼の望む状況にせよという意味を含んでいるに違いない。
その意味するところを、ノルマンは考える。
カインツは魔力至上主義寄りの人間だ。昔、魔法の家庭教師をしていた彼の師匠がとある亜人のせいで死んでしまい、それを機に魔力至上主義に傾倒するようになったという話は有名である。
彼を始め、魔法を使えない亜人が魔法学園に在籍する事に異議を唱える者は非常に多い。
だが亜人を擁護する人権派もまた一定数存在する。その筆頭が魔力も権威もある学園長エスリ=ローズベルなものだから、数で押し通すわけにもいかない。
そのため、反対派は常に人権派の揚げ足を取ろうと躍起になっている。
亜人奴隷である二人が簡単な試験さえクリアできなければ、学園長ですら反対派の声に配慮しなければならなくなるだろう。
つまりは退学である。
(……うむ、何となく見えてきたな)
元々魔力なしが魔法学園に在籍する事が間違いなのだ。彼らの処遇について、すでに教師の間でも人権派と反対派で溝が深まっている。二人に恨みはないが、ここは早々に消えてもらった方がいい。
(亜人どもを落第させ、しかしワンドの生徒は全員合格。これでいこう)
試験の方針が決まり、ノルマンは仄暗い笑みを浮かべた。
11
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる