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第二章
18:魔力なしの魔法使い
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実技試験は修練所で行う事となった。
一面砂地の広場で、生徒の人数分だけ木のカカシが等間隔に突き立てられている。周囲には安全のため魔法の障壁が展開されており、ほんのり景色が光っていた。
「これより魔法の実技試験を行なう」
ノルマンは突き立てられたカカシへ手を向ける。
「最後の試験は攻撃魔法だ。使用する魔法は問わないが、詠唱回数は四回までとする。一回で的に当たれば百点、二回なら七十五点、三回で五十点、四回で二十五点。それでも当てられなければ〇点となる。出席番号を呼ばれた者は白線の位置にて詠唱する事。これはいずれ諸君らが己が身と国家安寧を守るために必要となる力だ。なので実戦を意識して受けるように」
ノルマンはクリップボードと木炭鉛筆を持ち、皆の顔を一望する。
「出席番号二十七番、前へ!」
「はぇっ!?」
すっとんきょうな声を上げたのはノーラである。まさかいきなり呼ばれるとは思いもしなかったようだ。
「何をしている。早くせんか」
「は、はい!」
彼女は挙動不審なまでに視線を泳がせていたが、しばらくすると観念した様子で木の短杖を抜いた。そして緊張の面持ちで呼吸を整え、カカシに向けて叫ぶ。
「エ……エルト・ラ・スロヴ・ボーラ・フロギス!」
詠唱を終えた途端、杖の先端に炎が集まり、球を成して放たれた。だがカカシに当たる直前、熱した鉄を水に突っ込んだような音を立てて火球は消失する。
「あっ……障壁魔法がかかってる!?」
「当然だろう。我が国に仇なす敵が、君の魔法を受けるため無防備を晒してくれるわけがない」
厳しい口調で告げると、ノーラは目に見えて動揺し始めた。
魔法の威力は精神状態に大きく影響される。彼女の焦りにつられたか、残りの三回も障壁を突破するほどの威力が出ずにカカシは無傷のままで終わった。
「では次! 出席番号一番、前へ!」
呼ばれて歩み出たのはワンドの男子生徒だ。彼は白く輝く銀の短杖を構え、魔法の詠唱を開始する。
「エルト・ラ・シュタル・ダーテス・ソリドア!」
無数の石の矢を嵐のように撃ち出し、障壁魔法で阻まれつつも二の矢三の矢が道をこじ開ける。
だがこれだけでは決定打にならず、彼は再度詠唱する。
「エルト・ラ・スロヴ・ランザ・ソリドア!」
新たな魔法で生み出された太い石槍は薄くなった障壁を貫き、ついにカカシの胸へ刺さった。
「一番、よし!」
ノルマンはメモ用紙に『二回』と書き込む。
ノーラの失敗で障壁魔法の存在を知ったワンドの彼は、単発の炎より数と質量で攻めた方が優位と判断したのだろう。
その目論みが成功して彼は得意げに笑うが、最初に呼ばれたノーラは悔しげに表情を歪めていた。呼ばれる順番次第で結果が違っていたかもしれない事に強い不満を抱いているようだ。
(君に恨みはないが、これは必要な措置なのだ。許せよ)
言い訳するようにノルマンは鼻を鳴らす。
カインツはノーラを目の敵にしていた。詳しい事は知らないが、何でも彼の師匠を死なせた亜人をノーラは庇い立てしたのだという。平民が貴族に逆らった結果なのだから、彼女の自業自得である。
それに先の筆記試験では奴隷達の失点を得る事ができなかったのだ。ここらでご機嫌取りの一つもしておかねば、ノルマン自身の立場が危うくなりかねない。
(まぁ、杞憂だろうがな……。どうせ奴らに魔法は使えんのだ)
ちらりと奴隷達へ目を向ける。
錬はノルマンに冷ややかな視線を向け、ジエットは落ち込むノーラの背中を撫でていた。
「大丈夫、今回はだめでも次があるよ! 失敗をバネにしてこそ人は飛び上がれるんだから!」
全力でのエールが功を奏したのかはわからないが、ノーラは先ほどまでお通夜みたいだった顔をわずかに綻ばせる。
(やれやれ。他人の心配などしている場合ではなかろうに)
そんな事をしている間にも、生徒達は危なげなく試験をこなしてゆく。一回の詠唱で的を破壊できた者はまだいないが、障壁があるとわかっていれば対処は難しくない。
やがてカインツ=シャルドレイテの番となった。
「次!」
「さて、僕の番だな」
彼の手には、神殿の柱のように美しい文様が刻まれた金色の短杖が握り締められている。学園の生徒達が木製や銅製、銀製の短杖ばかりの中、一人だけ異彩を放っていた。
「カインツ様の番だわ、一体どんな魔法を見せてくださるのかしら」
「聞いた話だけれど、侯爵閣下に勝るとも劣らぬ魔力を持っているらしいわよ」
「カインツ様、おがんばりになって~!」
主にワンドの女生徒達の黄色い声援を浴びながら、カインツは短杖を構えた。そしてどういうつもりかノーラを一瞥し、にやりと笑う。
「エルト・ラ・スロヴ・ボーラ・フロギス!」
短杖が閃光を発した。
強烈な光線が炎の軌跡を残し、障壁魔法を物ともせずカカシに赤熱する穴をうがつ。
それを見た観衆が驚きの声を上げた。
「おい、今の見たか!?」
「一発で障壁魔法を貫いたな……」
「火球の魔法であんな威力を出せるのか!?」
観衆は驚嘆の言葉をもってカインツを褒め称える。だが無数の称賛を受けてもなおカインツは涼しい表情を崩さない。
一方、ノーラはひどく暗い顔をしていた。
失敗したのは初見殺しのせいという逃げ道を塞がれたのだ。それも力量を比較しやすいよう、あえてノーラと同じ魔法を使って。
「さすがですな、カインツ様」
ノルマンが小声で言うと、カインツはそっと目を伏せた。
「様はよせ。今は生徒と教師だ」
「は、失礼しました」
「奴らの魔法、楽しみにしている」
「お任せください」
胸に手を当てて一礼し、ノルマンは最後の見せ場を告知する。
「次! 三十一番、前へ」
その声で衆目が錬に集まった。
「いやはや。魔力を持たぬ亜人に魔法を使えとは、ノルマン先生もお人が悪い」
「しかし彼らも栄えある王立魔法学園の学び舎へ来られた栄達だからねぇ」
「なるほど。それはさぞかし愉快な芸をお見せいただける事であろう」
そんな皮肉交じりの声がワンドの面々から漏れ聞こえてくる。
声援を送っているのはジエットだけだ。周囲の視線など微塵も介さず、諸手を振りながら清々しい笑顔を見せている。
けれどそんな彼女に錬はうなずくだけで、白線の前で変わった形の短杖をいじっていた。魔法を詠唱するそぶりもない。
(当然だ。奴に魔法は使えないのだからな)
とはいえあまり時間稼ぎをされても興ざめだ。ノルマンは咳払いして言う。
「どうした、辞退するかね?」
「いえ、やります。たしかどんな魔法を使ってもいいんでしたよね?」
「構わんよ。使えるのであればな」
「ならこれで」
錬は小袋から銀貨を一枚取り出した。
(……まさか賄賂を贈ってやり過ごすつもりか?)
なるほど面白い事を考えるものだと、ノルマンは感心した。
魔力がないなら、財力で解決すればいい。それを魔法になぞらえたというわけだ。
しかしながら詰めが甘い。たかだか銀貨一枚もらったところで貴族に逆らえるわけがないのだ。それどころか教師を買収しようとした証拠として彼らを退学に追い込むネタに使える。これは相手の大きな失点と言えよう。
「愚かな奴隷だ。私が賄賂など受け取るわけがないだろう」
「賄賂? いえいえ、銀貨はこう使うんですよ」
錬は何のつもりか銀貨を杖の先端に取り付け、にっこり笑う。
「じゃ、いきます」
次の瞬間――腹に響く爆裂音と共に燃え盛る円輪が放たれた。
太陽が落ちたかのようなその熱量すべてが円輪の縁に集約され、障壁魔法もろともカカシを斜めに斬り飛ばす。
「バ……カな……」
ノルマンの喉からかすれた声が漏れる。誰も彼もが信じがたい光景におののいていた。
「なんだ今の!? 詠唱が聞こえなかったぞ!?」
「高速詠唱か? いやしかし……」
「待て、そもそもなぜ亜人が魔法を使えるんだ? おかしいだろう!?」
「誰かが代わりに魔法を撃った……とか……?」
「どうやって? 魔法はあいつの杖から出てたぞ!?」
「知らないわよ!!」
疑問と憶測と怒声が飛び交い、場が騒然とする。もはや皆、錬を笑いものにしようなどという考えは空の彼方まで吹っ飛んでしまったようだった。
しばらくしてノルマンは我に返り、カインツの方へ目を向ける。彼は眉間にシワを寄せ、不愉快そうに腕を組んでいた。
(ま、まずい……! このままでは奴隷どもが試験に合格してしまう!)
ノルマンは何の後ろ盾もないただの平民だ。ひとたび貴族の不興を買えば、学園で働く事はおろか王都に住むのも難しくなる。せっかく手に入れた王立魔法学園の教師という立場を手放すわけにはいかない。
「インチキだ!」
唾を飛ばして叫ぶと、生徒全員が振り向いた。彼らの面前で錬を指差し、ノルマンは糾弾する。
「こいつは魔力がないと偽ってこの学園へ入学したに違いない!」
「いや、でも自己紹介の時に先生は俺達の魔力を測定しましたよね?」
「あ、あれも何か仕掛けを施していたのだろう!?」
「仮にそうだとして、俺が魔法を使ったのは事実のはず。どこがインチキなんです?」
「ぐっ……そ、それは……」
言いよどむノルマンに、錬は面倒くさそうにため息をついた。
「そこまで言うなら証拠を見せますよ。ジエット、頼む」
「は~い、任せて!」
ジエットは楽しげに笑いながら白線へ立った。魔力がないのにうろたえるどころか、むしろフンスと鼻を鳴らしてやる気に満ち溢れている。
「彼女は獣人の血を引いているので、魔力がない事は誰の目にも明らかですよね?」
「う……む……」
獣人の血が濃いと、例外なく魔力を持たずに生まれてくる。それは誰もが知る世界の法則だ。これを偽る事は何人たりともできはしない。
だというのに、なぜかノルマンの胸に不安が込み上げてくる。
(……できないはずだ。そうでなくてはおかしいのだ。どうせハッタリに違いない……!!)
「じゃ、いくよ~!」
ジエットが杖を構えた直後、視界が白く染まった。至近での爆音と衝撃波でノルマンの頬がぶるぶる震え、髪が撫で上げられる。
「ぬおわぁっ!?」
あまりの風圧にノルマンは耐えきれず、後ろへすっ転んでしまった。最前列にいた生徒達も数人が尻餅をつく。
やがて光が収まった頃、ジエットは急にうろたえ始めた。
「あ~っ! 一度に全部使っちゃった……」
「何っ!? 残り少ないんだから節約してくれって言ったろ……」
「だってぇ……」
「まぁ派手にぶっ放してくれて逆に良かったかもしれないけどな」
(な、何の話をしている……? いや、それより的は!?)
慌てて目を向けるも、ジエットのカカシは見当たらない。もはやそれは跡形もなく蒸発し、跡には溶けてガラス化した窪地を残すのみだった。
「ん……な……」
言葉を失って呆然としていると、不意に肩を叩かれた。
恐る恐る振り向くと、錬の笑顔が視界いっぱいに飛び込んでくる。
「そういえば先生。試験は詠唱回数が少ないほど高得点らしいですが、ゼロだと何点になるんです?」
言われてノルマンの顔から血の気が引き、ついにはその場で卒倒してしまったのだった。
一面砂地の広場で、生徒の人数分だけ木のカカシが等間隔に突き立てられている。周囲には安全のため魔法の障壁が展開されており、ほんのり景色が光っていた。
「これより魔法の実技試験を行なう」
ノルマンは突き立てられたカカシへ手を向ける。
「最後の試験は攻撃魔法だ。使用する魔法は問わないが、詠唱回数は四回までとする。一回で的に当たれば百点、二回なら七十五点、三回で五十点、四回で二十五点。それでも当てられなければ〇点となる。出席番号を呼ばれた者は白線の位置にて詠唱する事。これはいずれ諸君らが己が身と国家安寧を守るために必要となる力だ。なので実戦を意識して受けるように」
ノルマンはクリップボードと木炭鉛筆を持ち、皆の顔を一望する。
「出席番号二十七番、前へ!」
「はぇっ!?」
すっとんきょうな声を上げたのはノーラである。まさかいきなり呼ばれるとは思いもしなかったようだ。
「何をしている。早くせんか」
「は、はい!」
彼女は挙動不審なまでに視線を泳がせていたが、しばらくすると観念した様子で木の短杖を抜いた。そして緊張の面持ちで呼吸を整え、カカシに向けて叫ぶ。
「エ……エルト・ラ・スロヴ・ボーラ・フロギス!」
詠唱を終えた途端、杖の先端に炎が集まり、球を成して放たれた。だがカカシに当たる直前、熱した鉄を水に突っ込んだような音を立てて火球は消失する。
「あっ……障壁魔法がかかってる!?」
「当然だろう。我が国に仇なす敵が、君の魔法を受けるため無防備を晒してくれるわけがない」
厳しい口調で告げると、ノーラは目に見えて動揺し始めた。
魔法の威力は精神状態に大きく影響される。彼女の焦りにつられたか、残りの三回も障壁を突破するほどの威力が出ずにカカシは無傷のままで終わった。
「では次! 出席番号一番、前へ!」
呼ばれて歩み出たのはワンドの男子生徒だ。彼は白く輝く銀の短杖を構え、魔法の詠唱を開始する。
「エルト・ラ・シュタル・ダーテス・ソリドア!」
無数の石の矢を嵐のように撃ち出し、障壁魔法で阻まれつつも二の矢三の矢が道をこじ開ける。
だがこれだけでは決定打にならず、彼は再度詠唱する。
「エルト・ラ・スロヴ・ランザ・ソリドア!」
新たな魔法で生み出された太い石槍は薄くなった障壁を貫き、ついにカカシの胸へ刺さった。
「一番、よし!」
ノルマンはメモ用紙に『二回』と書き込む。
ノーラの失敗で障壁魔法の存在を知ったワンドの彼は、単発の炎より数と質量で攻めた方が優位と判断したのだろう。
その目論みが成功して彼は得意げに笑うが、最初に呼ばれたノーラは悔しげに表情を歪めていた。呼ばれる順番次第で結果が違っていたかもしれない事に強い不満を抱いているようだ。
(君に恨みはないが、これは必要な措置なのだ。許せよ)
言い訳するようにノルマンは鼻を鳴らす。
カインツはノーラを目の敵にしていた。詳しい事は知らないが、何でも彼の師匠を死なせた亜人をノーラは庇い立てしたのだという。平民が貴族に逆らった結果なのだから、彼女の自業自得である。
それに先の筆記試験では奴隷達の失点を得る事ができなかったのだ。ここらでご機嫌取りの一つもしておかねば、ノルマン自身の立場が危うくなりかねない。
(まぁ、杞憂だろうがな……。どうせ奴らに魔法は使えんのだ)
ちらりと奴隷達へ目を向ける。
錬はノルマンに冷ややかな視線を向け、ジエットは落ち込むノーラの背中を撫でていた。
「大丈夫、今回はだめでも次があるよ! 失敗をバネにしてこそ人は飛び上がれるんだから!」
全力でのエールが功を奏したのかはわからないが、ノーラは先ほどまでお通夜みたいだった顔をわずかに綻ばせる。
(やれやれ。他人の心配などしている場合ではなかろうに)
そんな事をしている間にも、生徒達は危なげなく試験をこなしてゆく。一回の詠唱で的を破壊できた者はまだいないが、障壁があるとわかっていれば対処は難しくない。
やがてカインツ=シャルドレイテの番となった。
「次!」
「さて、僕の番だな」
彼の手には、神殿の柱のように美しい文様が刻まれた金色の短杖が握り締められている。学園の生徒達が木製や銅製、銀製の短杖ばかりの中、一人だけ異彩を放っていた。
「カインツ様の番だわ、一体どんな魔法を見せてくださるのかしら」
「聞いた話だけれど、侯爵閣下に勝るとも劣らぬ魔力を持っているらしいわよ」
「カインツ様、おがんばりになって~!」
主にワンドの女生徒達の黄色い声援を浴びながら、カインツは短杖を構えた。そしてどういうつもりかノーラを一瞥し、にやりと笑う。
「エルト・ラ・スロヴ・ボーラ・フロギス!」
短杖が閃光を発した。
強烈な光線が炎の軌跡を残し、障壁魔法を物ともせずカカシに赤熱する穴をうがつ。
それを見た観衆が驚きの声を上げた。
「おい、今の見たか!?」
「一発で障壁魔法を貫いたな……」
「火球の魔法であんな威力を出せるのか!?」
観衆は驚嘆の言葉をもってカインツを褒め称える。だが無数の称賛を受けてもなおカインツは涼しい表情を崩さない。
一方、ノーラはひどく暗い顔をしていた。
失敗したのは初見殺しのせいという逃げ道を塞がれたのだ。それも力量を比較しやすいよう、あえてノーラと同じ魔法を使って。
「さすがですな、カインツ様」
ノルマンが小声で言うと、カインツはそっと目を伏せた。
「様はよせ。今は生徒と教師だ」
「は、失礼しました」
「奴らの魔法、楽しみにしている」
「お任せください」
胸に手を当てて一礼し、ノルマンは最後の見せ場を告知する。
「次! 三十一番、前へ」
その声で衆目が錬に集まった。
「いやはや。魔力を持たぬ亜人に魔法を使えとは、ノルマン先生もお人が悪い」
「しかし彼らも栄えある王立魔法学園の学び舎へ来られた栄達だからねぇ」
「なるほど。それはさぞかし愉快な芸をお見せいただける事であろう」
そんな皮肉交じりの声がワンドの面々から漏れ聞こえてくる。
声援を送っているのはジエットだけだ。周囲の視線など微塵も介さず、諸手を振りながら清々しい笑顔を見せている。
けれどそんな彼女に錬はうなずくだけで、白線の前で変わった形の短杖をいじっていた。魔法を詠唱するそぶりもない。
(当然だ。奴に魔法は使えないのだからな)
とはいえあまり時間稼ぎをされても興ざめだ。ノルマンは咳払いして言う。
「どうした、辞退するかね?」
「いえ、やります。たしかどんな魔法を使ってもいいんでしたよね?」
「構わんよ。使えるのであればな」
「ならこれで」
錬は小袋から銀貨を一枚取り出した。
(……まさか賄賂を贈ってやり過ごすつもりか?)
なるほど面白い事を考えるものだと、ノルマンは感心した。
魔力がないなら、財力で解決すればいい。それを魔法になぞらえたというわけだ。
しかしながら詰めが甘い。たかだか銀貨一枚もらったところで貴族に逆らえるわけがないのだ。それどころか教師を買収しようとした証拠として彼らを退学に追い込むネタに使える。これは相手の大きな失点と言えよう。
「愚かな奴隷だ。私が賄賂など受け取るわけがないだろう」
「賄賂? いえいえ、銀貨はこう使うんですよ」
錬は何のつもりか銀貨を杖の先端に取り付け、にっこり笑う。
「じゃ、いきます」
次の瞬間――腹に響く爆裂音と共に燃え盛る円輪が放たれた。
太陽が落ちたかのようなその熱量すべてが円輪の縁に集約され、障壁魔法もろともカカシを斜めに斬り飛ばす。
「バ……カな……」
ノルマンの喉からかすれた声が漏れる。誰も彼もが信じがたい光景におののいていた。
「なんだ今の!? 詠唱が聞こえなかったぞ!?」
「高速詠唱か? いやしかし……」
「待て、そもそもなぜ亜人が魔法を使えるんだ? おかしいだろう!?」
「誰かが代わりに魔法を撃った……とか……?」
「どうやって? 魔法はあいつの杖から出てたぞ!?」
「知らないわよ!!」
疑問と憶測と怒声が飛び交い、場が騒然とする。もはや皆、錬を笑いものにしようなどという考えは空の彼方まで吹っ飛んでしまったようだった。
しばらくしてノルマンは我に返り、カインツの方へ目を向ける。彼は眉間にシワを寄せ、不愉快そうに腕を組んでいた。
(ま、まずい……! このままでは奴隷どもが試験に合格してしまう!)
ノルマンは何の後ろ盾もないただの平民だ。ひとたび貴族の不興を買えば、学園で働く事はおろか王都に住むのも難しくなる。せっかく手に入れた王立魔法学園の教師という立場を手放すわけにはいかない。
「インチキだ!」
唾を飛ばして叫ぶと、生徒全員が振り向いた。彼らの面前で錬を指差し、ノルマンは糾弾する。
「こいつは魔力がないと偽ってこの学園へ入学したに違いない!」
「いや、でも自己紹介の時に先生は俺達の魔力を測定しましたよね?」
「あ、あれも何か仕掛けを施していたのだろう!?」
「仮にそうだとして、俺が魔法を使ったのは事実のはず。どこがインチキなんです?」
「ぐっ……そ、それは……」
言いよどむノルマンに、錬は面倒くさそうにため息をついた。
「そこまで言うなら証拠を見せますよ。ジエット、頼む」
「は~い、任せて!」
ジエットは楽しげに笑いながら白線へ立った。魔力がないのにうろたえるどころか、むしろフンスと鼻を鳴らしてやる気に満ち溢れている。
「彼女は獣人の血を引いているので、魔力がない事は誰の目にも明らかですよね?」
「う……む……」
獣人の血が濃いと、例外なく魔力を持たずに生まれてくる。それは誰もが知る世界の法則だ。これを偽る事は何人たりともできはしない。
だというのに、なぜかノルマンの胸に不安が込み上げてくる。
(……できないはずだ。そうでなくてはおかしいのだ。どうせハッタリに違いない……!!)
「じゃ、いくよ~!」
ジエットが杖を構えた直後、視界が白く染まった。至近での爆音と衝撃波でノルマンの頬がぶるぶる震え、髪が撫で上げられる。
「ぬおわぁっ!?」
あまりの風圧にノルマンは耐えきれず、後ろへすっ転んでしまった。最前列にいた生徒達も数人が尻餅をつく。
やがて光が収まった頃、ジエットは急にうろたえ始めた。
「あ~っ! 一度に全部使っちゃった……」
「何っ!? 残り少ないんだから節約してくれって言ったろ……」
「だってぇ……」
「まぁ派手にぶっ放してくれて逆に良かったかもしれないけどな」
(な、何の話をしている……? いや、それより的は!?)
慌てて目を向けるも、ジエットのカカシは見当たらない。もはやそれは跡形もなく蒸発し、跡には溶けてガラス化した窪地を残すのみだった。
「ん……な……」
言葉を失って呆然としていると、不意に肩を叩かれた。
恐る恐る振り向くと、錬の笑顔が視界いっぱいに飛び込んでくる。
「そういえば先生。試験は詠唱回数が少ないほど高得点らしいですが、ゼロだと何点になるんです?」
言われてノルマンの顔から血の気が引き、ついにはその場で卒倒してしまったのだった。
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