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第二章
19:勉強の成果
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「俺が二位で、ジエットは七位か」
休み時間、教室の壁に張り出された紙を前に錬は苦笑していた。
大陸語は七十二点だったが、算術は百点で、魔法実技に至っては詠唱なしの評価が百二十五点となり、合計二百九十七点になってしまったのである。ダメ元で言ってはみたが、まさか本当に加点されるとは思わなかった。
ちなみに一位はカインツで、三百点満点だそうだ。
「私も詠唱なしで的に当てたのに……」
不満げに口を尖らせるのはジエットである。
彼女は大陸語九十点、算術四十七点、魔法実技百二十五点で、合計二百六十二点らしい。算術が大きく足を引っ張ったようだ。
「それでも七位はすごいぞ。俺もジエットがいなかったら大陸語はもっと点数が低かっただろうし、助かったよ」
「そ、そう? えへへ……」
ジエットは満更でもなさそうにはにかむ。
「でもクズ魔石を全部使い切っちゃったんだよね。錬はどう?」
「俺のも残り少ない。何とかしないとな……」
入学して以来、露払いに実験にとクズ魔石を使ってきたが、さすがに残量が厳しい。ここらで補充しなければならないだろう。
「ならそろそろ必要なものを買いに行く?」
「そうだな。一度は街に出ておいた方がいいと思ってところだ」
「だったらノーラちゃんにお願いしたらどうかな?」
「なるほど、信頼できるガイドがいれば安心だな。頼んでみるか」
善は急げと錬はノーラの姿を探す。すると彼女は独り席でふさぎ込んでいた。
「暗い顔してどうしたんだ?」
「試験が最下位だったので……」
言われて錬は思い出した。今回の魔法の試験において、唯一ノーラだけが〇点だったのだ。
「……錬さんは二位だそうですね。ジエットさんも七位ですごいです。おめでとうございます」
「あ、あぁ……」
ノーラは卑屈な笑みを浮かべた。
「あはは……教え子に一週間で追い抜かれちゃいました。これじゃ家庭教師失格ですよね……」
「それは違う。君が教えてくれたからこそ俺達は試験を乗り切れたんだ」
「そうだよノーラちゃん。良い点を採れたのはあなたのおかげなんだから」
「そう……ですね……」
相変わらずノーラは沈み込んでいる。頭では前向きになろうとしていても、心が付いて行かないのだろう。
錬は頭を掻きながらどう励まそうかと悩んでいたが、結局最初の案を持ち出す事にした。
「なぁ、ノーラさん。今日の放課後だけど、気晴らしもかねて買い物に行かないか?」
「買い物……ですか?」
「あぁ。ちょっと欲しい物があるんだ。君さえ良ければ街中を案内してもらえないかな?」
「それは構いませんけど……勉強はいいんですか?」
「街の事を知るのも勉強のうちだ」
「そうそう、これは社会勉強だよ。街にはおいしいものがい~っぱいあるんだよねぇ」
ジエットが目を輝かせて陶酔する。
「買わないぞ?」
「あ~……」
わざとらしく肩を落とすジエットに、ノーラはクスッと笑った。
少しは気分が上向いたようで、錬もホッとする。
「買いたい物はなんですか?」
「とりあえず魔石だな。それから材料やら工具やら。あと着替えの服とか生活用品なんかもいいのがあれば欲しい」
「わかりました。じゃあこれから案内しますね」
***
その頃、カインツ=シャルドレイテは奴隷達を遠目に眺めていた。
「たしかに魔法を使っていたな……」
ぼそりとつぶやくと、取り巻きのワンド達が十人十色の反応を見せる。
「あの魔法は何なのです? いやそもそも魔法と言ってよいものでしょうか……?」
「詠唱なしで魔法を使えるはずがない。彼らは我々の知らない特異な能力を持っているのか?」
「奴らだけが特異な存在なのであれば、問題視するほどでもないのでは?」
「それは早計よ。もしあれが誰にでも可能なのだとしたら危険だわ」
「同感ですね。彼らが使った魔法はあまりにも異質、非常に危険な存在だと考えます」
そんな彼らのやりとりで、ふとカインツは小耳に挟んだ話を思い出した。数日前、父であるシャルドレイテ侯爵が王宮からの来客をもてなしていた時に聞いたものだ。
「……そういえば奴ら、表向きは学園長の所有だが実際にはバエナルド伯爵の奴隷だそうだ」
「そうなのですか?」
「そうらしい。在学期間中の三年間は学園長が預かり、魔法具の研究をさせる契約らしい。亜人にそんなもの作れるわけがないと父上も笑っていたのだが……」
「という事は、奴らは魔法具を所持していたと?」
「いや待て。研究というからには作り出す事もできるのではないか!?」
「それは由々しき事態ですね……。学園から資金提供を受けて更なる魔法具を生み出すやもしれません」
話を聞きながら、カインツは眉間にシワを寄せる。
炎の輪を撃ち出す程度、魔法学園できちんと学んだ魔法使いならたやすい。ジエットの魔法はかなりの威力ではあったが、カインツの魔力をもってすればそれ以上の大火力を生み出す事さえ可能だ。
しかし魔力がなくとも使用でき、詠唱を必要としない。この二点だけでも危険性は大きすぎる。魔力を持たない者が、熟達した魔法使いをも凌駕する速度で魔法を撃ち出せるのだから。
考えている間も、ワンドの生徒達は深刻な顔で議論している。
「魔力がなくとも魔法が使えるとなれば、亜人どもの反乱を招く恐れがあります」
「もしそうなれば我ら貴族の地位も危ぶまれるな。今の内に潰しておいた方がよいのでは?」
「どうやって? 今の飼い主は学園長なのよ?」
「カインツ様、どうされますか?」
「なにとぞ対策を、カインツ様!」
皆がカインツへすがるような目を向ける。
彼らも貴族の嫡男や令嬢だが、子爵や男爵の家の者ばかり。生まれ持つ魔力も権力もカインツに遠く及ばないため、なおのこと保身を考えるのだろう。そして大貴族であるカインツには、同じ派閥の者として彼らを守る義務がある。
「……これは調査が必要だな」
「調査ですか? ならば私めが適任者をご用意致しましょう」
「いや、適任者ならすでにいる」
奴隷達と会話している丸眼鏡の少女を睨み付け、カインツは不敵に笑った。
「奴らの家庭教師をやっているあの女。ノーラにやらせよう」
休み時間、教室の壁に張り出された紙を前に錬は苦笑していた。
大陸語は七十二点だったが、算術は百点で、魔法実技に至っては詠唱なしの評価が百二十五点となり、合計二百九十七点になってしまったのである。ダメ元で言ってはみたが、まさか本当に加点されるとは思わなかった。
ちなみに一位はカインツで、三百点満点だそうだ。
「私も詠唱なしで的に当てたのに……」
不満げに口を尖らせるのはジエットである。
彼女は大陸語九十点、算術四十七点、魔法実技百二十五点で、合計二百六十二点らしい。算術が大きく足を引っ張ったようだ。
「それでも七位はすごいぞ。俺もジエットがいなかったら大陸語はもっと点数が低かっただろうし、助かったよ」
「そ、そう? えへへ……」
ジエットは満更でもなさそうにはにかむ。
「でもクズ魔石を全部使い切っちゃったんだよね。錬はどう?」
「俺のも残り少ない。何とかしないとな……」
入学して以来、露払いに実験にとクズ魔石を使ってきたが、さすがに残量が厳しい。ここらで補充しなければならないだろう。
「ならそろそろ必要なものを買いに行く?」
「そうだな。一度は街に出ておいた方がいいと思ってところだ」
「だったらノーラちゃんにお願いしたらどうかな?」
「なるほど、信頼できるガイドがいれば安心だな。頼んでみるか」
善は急げと錬はノーラの姿を探す。すると彼女は独り席でふさぎ込んでいた。
「暗い顔してどうしたんだ?」
「試験が最下位だったので……」
言われて錬は思い出した。今回の魔法の試験において、唯一ノーラだけが〇点だったのだ。
「……錬さんは二位だそうですね。ジエットさんも七位ですごいです。おめでとうございます」
「あ、あぁ……」
ノーラは卑屈な笑みを浮かべた。
「あはは……教え子に一週間で追い抜かれちゃいました。これじゃ家庭教師失格ですよね……」
「それは違う。君が教えてくれたからこそ俺達は試験を乗り切れたんだ」
「そうだよノーラちゃん。良い点を採れたのはあなたのおかげなんだから」
「そう……ですね……」
相変わらずノーラは沈み込んでいる。頭では前向きになろうとしていても、心が付いて行かないのだろう。
錬は頭を掻きながらどう励まそうかと悩んでいたが、結局最初の案を持ち出す事にした。
「なぁ、ノーラさん。今日の放課後だけど、気晴らしもかねて買い物に行かないか?」
「買い物……ですか?」
「あぁ。ちょっと欲しい物があるんだ。君さえ良ければ街中を案内してもらえないかな?」
「それは構いませんけど……勉強はいいんですか?」
「街の事を知るのも勉強のうちだ」
「そうそう、これは社会勉強だよ。街にはおいしいものがい~っぱいあるんだよねぇ」
ジエットが目を輝かせて陶酔する。
「買わないぞ?」
「あ~……」
わざとらしく肩を落とすジエットに、ノーラはクスッと笑った。
少しは気分が上向いたようで、錬もホッとする。
「買いたい物はなんですか?」
「とりあえず魔石だな。それから材料やら工具やら。あと着替えの服とか生活用品なんかもいいのがあれば欲しい」
「わかりました。じゃあこれから案内しますね」
***
その頃、カインツ=シャルドレイテは奴隷達を遠目に眺めていた。
「たしかに魔法を使っていたな……」
ぼそりとつぶやくと、取り巻きのワンド達が十人十色の反応を見せる。
「あの魔法は何なのです? いやそもそも魔法と言ってよいものでしょうか……?」
「詠唱なしで魔法を使えるはずがない。彼らは我々の知らない特異な能力を持っているのか?」
「奴らだけが特異な存在なのであれば、問題視するほどでもないのでは?」
「それは早計よ。もしあれが誰にでも可能なのだとしたら危険だわ」
「同感ですね。彼らが使った魔法はあまりにも異質、非常に危険な存在だと考えます」
そんな彼らのやりとりで、ふとカインツは小耳に挟んだ話を思い出した。数日前、父であるシャルドレイテ侯爵が王宮からの来客をもてなしていた時に聞いたものだ。
「……そういえば奴ら、表向きは学園長の所有だが実際にはバエナルド伯爵の奴隷だそうだ」
「そうなのですか?」
「そうらしい。在学期間中の三年間は学園長が預かり、魔法具の研究をさせる契約らしい。亜人にそんなもの作れるわけがないと父上も笑っていたのだが……」
「という事は、奴らは魔法具を所持していたと?」
「いや待て。研究というからには作り出す事もできるのではないか!?」
「それは由々しき事態ですね……。学園から資金提供を受けて更なる魔法具を生み出すやもしれません」
話を聞きながら、カインツは眉間にシワを寄せる。
炎の輪を撃ち出す程度、魔法学園できちんと学んだ魔法使いならたやすい。ジエットの魔法はかなりの威力ではあったが、カインツの魔力をもってすればそれ以上の大火力を生み出す事さえ可能だ。
しかし魔力がなくとも使用でき、詠唱を必要としない。この二点だけでも危険性は大きすぎる。魔力を持たない者が、熟達した魔法使いをも凌駕する速度で魔法を撃ち出せるのだから。
考えている間も、ワンドの生徒達は深刻な顔で議論している。
「魔力がなくとも魔法が使えるとなれば、亜人どもの反乱を招く恐れがあります」
「もしそうなれば我ら貴族の地位も危ぶまれるな。今の内に潰しておいた方がよいのでは?」
「どうやって? 今の飼い主は学園長なのよ?」
「カインツ様、どうされますか?」
「なにとぞ対策を、カインツ様!」
皆がカインツへすがるような目を向ける。
彼らも貴族の嫡男や令嬢だが、子爵や男爵の家の者ばかり。生まれ持つ魔力も権力もカインツに遠く及ばないため、なおのこと保身を考えるのだろう。そして大貴族であるカインツには、同じ派閥の者として彼らを守る義務がある。
「……これは調査が必要だな」
「調査ですか? ならば私めが適任者をご用意致しましょう」
「いや、適任者ならすでにいる」
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