エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ

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第二章

21:ノーラ

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「ここです」

 連れて行かれた場所は木造家屋で、その前に木で組まれた簡素な屋台があった。

 炭火の上には三匹の小魚が刺さった串が数本置かれ、食指をそそる香りを漂わせている。その場でさばいているらしく、生きた小魚がバケツの中で何匹も泳いでいた。一匹一匹は小さいが、新鮮な上に脂がのっていてとてもおいしそうだ。

「あら、おかえりなさい。早かったわね」

 店主の女性はノーラの姿を見るなり、串を回す手を止めた。

「た、ただいま……」

「この子達は? ノーラのお友達?」

「それは……その……」

 恥ずかしそうに目をそらすノーラ。そんな彼女と店主を見比べ、錬は尋ねる。

「家族の人?」

「はい……お母さんです」

「そうなんだ。あ、塩焼き串が欲しいんですけど」

「はいよ、一本小銅貨一枚だよ。ノーラのお友達ならオマケでもう一本付けてあげようかねぇ」

「もう、お母さん! いつもそんなだから儲からないんじゃない」

「だってノーラがお友達を連れて来るのなんて初めてだからねぇ。もしかして家庭教師を頼まれたってのはその子らかい?」

「そ、そうだけど……」

 ノーラの母は錬とジエットの顔を交互に見つめ、首輪とジエットの熊耳に目を留めると嬉しそうに笑った。

「せっかく来たんだ。うちでお茶でも飲んでいきな」

「いえそんな、悪いですよ」

「子どもが遠慮なんかするもんじゃないよ。ほら、入った入った」

 半ば押し込められるようにして、錬達はノーラの家へお邪魔する事となった。





 家の中は質素な内装だった。

 部屋は一つしかなく、あるのは少ない食器が置かれた棚と服掛けのみ。窓も煮炊きするためのかまどもない。

 錬とジエットが床に座っていると、ノーラが湯気の立つポットを手に戻ってきた。

「狭くてすみません……」

「そんな事ないよ。奴隷小屋よりずっときれいで素敵なお部屋だよ」

「奴隷小屋と比べたら何だって素敵な部屋になるんじゃないか……?」

 怒ってないかとノーラを見るが、しかし目が合っても微笑むだけで何とも思っていないようだ。

「二人とも苦労していたみたいですね」

「まぁな。鉱山じゃ散々な目にあったよ」

「それ、伯爵様も同じ事思ってるんじゃないかなぁ? レンってばおかしな魔法具をいっぱい作って毎日びっくりさせてたし」

「毎日ノルマを上げまくってきたあいつが悪い」

「ふふっ」

 ノーラは小さく笑いながら木のコップに茶を注ぎ、錬とジエットの前に置いてくれる。その笑顔にまったく嫌味を感じないのは、彼女が錬達に偏見を持っていないからなのだろう。

「そういえば気になってたんだが、奴隷以外で俺達に偏見を持たないのは、俺の知る限り学園長と君と、君のお母さんだけだ。何か理由でもあるのか?」

「……あたしのお母さん、元奴隷なんです」

 意外な答えに、錬とジエットは顔を見合わせた。

「お母さんは魔力がないんですけど、昔色々あって魔力持ちのお父さんと結婚して、それであたしが生まれたそうです。魔力なしへの偏見がないのはたぶん、育った環境が大きいでしょう」

「お父さんは今仕事中?」

 錬の問いかけで、ノーラの表情に陰が差した。

「お父さんはもういません。あたしが七歳の頃に亡くなりました」

「それは……ごめん……」

 頭を下げる錬に、しかしノーラは首を振って応える。

「いえ、いいんです。五年も前の事なので」

「そうか……。でもなるほど。苦学生だとは思っていたけど、それが理由か」

「はい。この五年間、お母さんは女手一つで育ててくれたんですけど、魔力なしの元奴隷を雇ってくれるところなんてないので苦労してました。お父さんが遺してくれたこの家がなかったら野垂れ死んでいたかもしれません。今はお店で売れないような小さい川魚を安く仕入れて屋台で売って、何とか食いつないでいる状況です」

 錬は今食べている川魚の塩焼き串を見る。

 小振りではあるが、一匹一匹ていねいにワタが処理されていた。値段を考えると薄利多売だろうが、数を売るとなると大変だろう。

「でも、幸いあたしには魔力があります」

 ノーラはガウンの裾を握り締める。

「魔力持ちと魔力なしの間の子のせいか、あたしの生まれ持った魔力量は微々たるものでした……。それでも、あるとないとでは雲泥の差です。だからこの貧困生活を抜け出すために、お金を稼いでたくさん勉強して、王立魔法学園に入学したんです。将来王宮仕えになって、お母さんに楽をさせたいから」

「なるほど。それは何としてでもがんばらないといけないな」

「そうだね……。絶対にやり遂げなくちゃ」

 ジエットはまるで自分事のように言う。彼女も己の使命を思い返し、込み上げるものがあったのだろう。

「そういえば二人はお金を持っているみたいですけど、働いているんですか?」

「いや、これは学園長がくれたお金だ。まだ銀貨七枚くらい残ってるけど、今後の事を考えると無駄遣いはできない。どこか働ける場所があればいいんだけど」

「でも魔力なしの働き口はそうそうないんじゃない? すぐ見つかるならノーラちゃんのお母さんも困らなかっただろうし」

「そうなんだよなぁ……。どうすっかな」

 腕を組んで考え込むも、世間の常識すら知らない中で名案が浮かぶわけもなし。

 だがノーラには心当たりがあったようだ。

「それなら勉強会を結成してはどうでしょう?」

「勉強会?」

「勉強会というのは、学園から毎月活動資金をもらって魔法の研究をする集まりです」

「そういやノルマン先生もそんな事言ってたな。たしか勉強会の顧問で忙しいとか何とか」

 ノーラはうなずいた。

「勉強会は新しい魔法を編み出したり、斬新な使い方を研究したりなど、相応のテーマがないといけません。でもレンさんなら変わった事をしているみたいなので、案外すんなり通るかもしれませんよ」

「なるほど、それはいいな。というよりそれしかないんじゃないか?」

「そうだね。私達にはピッタリかも」

 ジエットもうんうんとうなずいてくれる。

「だったらノーラちゃんも一緒にやらない?」

「……勉強会ですか?」

「うん! 三人でやればきっとすごいものが作れるよ!」

 ノーラはうつむいた。何かを迷うように指をいじっている。

「だめかな?」

「興味はあるんですけど、その……勉強会にはすでに入っているので……」

「あ~……そっか。それはしょうがないね」

「せっかく誘ってくれたのにすみません……」

 申し訳なさそうに頭を下げられ、ジエットは一人あわあわしている。

 錬は苦笑し、彼女に助け舟を出した。

「俺達にはノーラさんが必要だからな。ジエットも頼りにしてるんだ」

「あたしが必要……ですか?」

「そうだ。入会は無理でも、時々でいいから遊びに来てもらえると嬉しい。どうかな?」

「そ、それくらいでしたらぜひ」

 恥ずかしそうに頬を染めてにっこりと微笑むその表情に、思わず錬の胸が高鳴る。

 その反応をすかさず察知し、ジエットが腕に抱き付いてきた。

「……あげないよ?」

「えっ?」

「む~……」

 餌を守る子犬のようにジト目で口を尖らせるジエットである。

「ええっと……まぁともかく、いい話を聞かせてくれてありがとう。魚の串焼きも一本オマケしてもらったし、このお礼はいずれ必ず」

「い、いえ……ちゃんと報酬を受け取っていますから」

 ノーラはふっと目を逸らす。

 その顔に一瞬、陰が差したように錬には思えた。
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