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第二章
25:世紀の大発明『スイッチ』
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前世の世界において近代文明を底支えした基礎技術、それがスイッチである。
テレビ、電話、自動車、カメラなどなど数多の電子機器には、何千何万何億ものスイッチが入っていた。
電磁リレー、真空管、パラメトロン、トランジスタ――原理は変われど理屈は同じ。核石回路で鉄に魔力付与をすれば、これらと同じ事ができる。
ならば可能なはずだ。前世の技術の再現が。
「これは今後俺達が作り出す魔法具すべての根幹となる技術だ。ひとまずこれを付与魔法スイッチと呼ぶ事にしよう」
「指で押すスイッチとどう違うの?」
ジエットが銅線と木の板で作った簡易的な物理スイッチを指差した。当然出てくる疑問だろう。
「基本的には同じものだけど、いちいち指で押さなくて良くなる。君は一秒間にスイッチを一万回押せるか?」
「無理……」
「それが付与魔法スイッチなら可能になる」
ノーラは物理スイッチと付与魔法スイッチを見比べ、不思議そうに眉を寄せる。
「……よくわからないのですが、これを使うと具体的に何ができるんです?」
「色んなものを自動化できる、と言っても実感が湧かないか。試しに一つ簡単なものを作ってみよう」
錬は二つの付与魔法スイッチを作り、入力と出力をクロスさせた上で、空になったクズ魔石と木片をそれぞれ適切な場所に接続する。
「こんなもんかな」
「何ですかこれ?」
「まぁ見ててくれ」
今しがた作ったものへ、明るい魔石を繋ぐ。
「あれ、さっきと動作が違う……?」
眼前の現象に、ノーラは不思議そうに目を瞬かせた。
付与魔法スイッチの先にある火炎石回路が、断続的に火花を散らし始めたのだ。
「これは無安定マルチバイブレーターという回路だ。その名の通り安定状態がなく、発振し続ける。応用例としては――」
錬は木製窓を開け、繋いでいた火炎石回路を魔石銃に交換する。
「スイッチオン!」
「っ!?」
今度こそノーラは度肝を抜かれたのか絶句していた。
発振回路を動かした途端、トリガーを引く事なく小さな火球が窓の外へ連続射出され始めたからだ。
「――こんな風に、魔石銃をフルオートにできる! もはや魔石機関銃だな!」
「おぉーっ! よくわかんないけどすごい!」
ジエットが童心に還ったように目を輝かせる。理屈はともかく興味は持ってくれたようだ。
「……たしかにこれはすごいですね。量産すればお屋敷が建つかもしれません」
「作るには核石がたくさん必要だけどな。魔獣研究会にはあといくつある?」
「どうでしょう。そんなに数はいなかったと思うので、十数個あればいい方じゃないでしょうか」
「少ないな……。もっといっぱい欲しいところだ」
「火炎石じゃだめなの?」
ジエットが赤い金属鉱石をつまんで見せる。
「できるかもしれないけど、熱で部品が溶けたり燃えたり爆発したりするかもしれない」
「それはだめだね……」
「それに火炎石も手持ちはそんなに多くないからな」
手持ちの火炎石は鉱山から持ってきた一握り分だけだ。割って使う事もできるし、今は困っていないが、いずれはこれも補充しなければならないだろう。
「魔獣がいるという森へ行けたらいいんだが……」
「許可が下りないと思いますよ。スタンピードが起きたら危険ですし」
「そうか……。なら別の入手方法を考えないとな」
錬は腕を組んで考える。
こっそり森へ行く事も考えたが、魔獣がうようよしている場所に少人数で行くのは躊躇する。死んでは元も子もない。
「せっかく文字が読めるようになったんだ、図書館で調べてみよう。ジエットとノーラさんはどうする?」
「一緒に行くよ」
「すみません、あたしはそろそろ帰ります。今日はお母さんに買い物を頼まれているので……」
「買い物……!」
ジエットは目を輝かせながら丸い熊耳をピクピクさせている。前回の買い物がよほど楽しかったようだ。
「何買うの?」
「食材です。この時間には売れ残りが安く並ぶので、週に一度まとめ買いして、干したり燻製にしたりして保存食にするんです」
「おお、家庭的だな」
「ノーラちゃんって料理上手そうだもんね。今度保存食の作り方とか教えて欲しいなぁ」
「あ、あたしで良ければ……」
ノーラが照れたように言うと、ジエットは彼女の手を握り笑った。
「また遊びに来てね!」
「はい。ぜひ」
***
自由研究会を出た後、ノーラは東館の階段を下りたところで立ち止まった。
買い物メモを鞄から取り出し、夕陽に染まった紙面へ目を落とす。
「おい、ノーラ」
「!?」
背後から声をかけられたのはそんな時だった。
いつもカインツとつるんでいるワンドの生徒達三人組だ。
「なかなか報告に来ないから様子を見に来てやったぞ。ありがたく思え」
「あ……ありがとうございます……」
「では報告を聞かせてもらおう。亜人どもは何をやっていた?」
「魔法具の研究を……」
「そんな事はわかっている。具体的にどういう研究をしていたのか教えろ」
「それは、その……」
「はっきり言え。よく聞こえないだろう」
「……」
ノーラはうつむく。
やっている事は一割も理解できていないが、錬の研究のすごさは何となくわかる。彼は間違いなく歴史に名を残すほどの存在になるだろう。
でもここでそれを話せば、彼の研究が日の目を見る前に潰されるであろう事は容易に想像がつく。何かごまかす方法はないかと考えるも、焦りから上手い言い訳が思い付かない。
そんなノーラの様子を見て、ワンドの生徒達はつまらなさそうに舌打ちした。
「……言わないか。ならば面白い話を聞かせてやろう。貴様の家は屋台で生計を立てているそうじゃないか」
「そうですけど、それが何か……?」
「知らんのか? 平民街で屋台を出店するには露天商ギルドの許可がいるのだ。しかし貴様の屋台は許可を取っていないらしいぞ?」
「え……? でもうちの屋台は五年も前からやっているのですが……」
「貴様の父と知り合いだったという事で、どうやらギルド長が目こぼしをしていたようだ。許可を得ると毎月出店費の支払いが必要になるから、貧乏母娘には払えないだろうとも言っていたな。しかし規則は規則。きちんと守らねばならないとは思わないか? もちろん五年分の未納金も精算してな」
「……!?」
ノーラの顔が真っ青になる。
そんな話、今まで聞いた事もなかった。だがもし事実なら、貴族の一声でそれは直ちに是正されるに違いない。
屋台ができなくなれば、たちまち日々の生活が成り立たなくなる。明日食べる物も買えなくなり、魔法学園にも通うどころではなくなるだろう。未納金など逆さに振っても払えるわけがない。
そうなると行き着く先は、母の身売りだ。自分が奴隷となってでも、母は娘のために金を工面する。以前父が死んでその話が出た時は必死に止めたが、おそらく次はない。
ワンドの彼らはノーラの葛藤を見透かすように笑った。
「さぁ、どうする? どんな研究をしていたのか教える気になったか?」
「ど……んな……と、言われても……あたしには理解できない事ばかりで……」
絞り出すような声で答える。
嘘ではない。錬のやっている事は難しすぎて、ノーラにはさっぱりわからないのだ。
「ふむ……たしかに貴様のような落ちこぼれには荷が重いか。しかしそれでは屋台の件を報告するしかなくなってしまうなぁ?」
「そんな……どうかお許しを……」
ワンド達は怯えるノーラを見てニヤニヤと笑う。
「まぁ我々も鬼ではない。貴様の家に金がない事は知っている。だから別の提案をしてやろうじゃないか」
「提案……とは?」
「奴らの研究を頓挫させる方法を見つけてくれば、屋台の件は黙っておいてやろう」
ノーラは胸を押さえた。動悸が激しくなり、喉がカラカラに乾く。
(ど、どうしよう……)
錬やジエットを裏切れば、もはや二人の元には戻れなくなるだろう。しかしやらなければ母が奴隷になってしまう。
どちらも嫌だ。しかし選ばなければならない。
(何とか……何とかしなきゃ……)
震える唇と噛み締め、頭をフル回転させる。
その時、ふとノーラは閃いた。
時間稼ぎとしてはこの上ない最低の案。けれど誰も損しない妙手でもある気がした。
「……魔樹の森へ誘い込んでは……どうでしょう?」
「魔樹の森だと?」
「薬草学で魔樹の森へ行く授業があったはずです。ここ数年はスタンピードが起きるせいで中止になってましたけど……ワンドの権限を使えば、もしかしたら許可が下りるんじゃないでしょうか……?」
「仮に許可が出たとして、それでどうする?」
睨みを利かされ、ノーラは一瞬怯む。
「か、彼らは今、廃会の危機にあります……。一ヶ月以内に何らかの成果を出さなければ、問答無用で勉強会は解散させられるんです。だったら、魔樹の森で怪我をさせて、一ヶ月間何もできなくしてしまえばいいんじゃないかと……」
「なるほど。我々が直接手を下せばその責を問われる。ならば魔獣に襲われた事にすればいいというわけか」
ワンドの男子生徒が思案を巡らせるように腕を組む。
「だが、魔獣がそう都合よく動いてくれるとは思えんぞ?」
「方法はあります……。魔獣には、土魔法を感知して襲いかかる習性を持つ種もいるので、それを利用すれば――」
――襲わせる事ができる。
そこまで言おうとして、ノーラは口をつぐむ。
本当は襲わせたいわけじゃない。こう言えばその場をしのぎつつ、レン達も核石を得る機会が得られるかもと思っただけだ。
(レンさんやジエットさんも、魔樹の森に行きたがってた。だからこれは裏切りじゃない……)
表面上だけうまく取り繕うのはこれまで何度もやってきた事。今すぐ答えを出す必要はない。そんな言い訳じみた思考が頭を巡り、握り込んだガウンの胸元に深いシワを作る。
「……ふん、まぁいい。その話に乗ってやろう」
「おい本気か? さすがに魔樹の森は許可が下りないと思うが……」
「そこを何とかするんじゃない。いつもいつもカインツ様に頼ってばかりというわけにもいかないわ」
三人そろってうなずき合う。
「それではノーラ、情報は引き続きこちらへ流すのだぞ?」
「……はい」
ワンドの生徒達はそれきり興味をなくしたように背を向ける。
一人残され、ノーラは悔しさににじむ涙を拭った。
***
数日後。
錬が教室で教科書の写本を読んでいると、ジエットが慌てた様子で駆け込んできた。
「レン! 森へ行けそうだよ!」
「本当か!?」
「うん! 次の薬草学の授業で、魔樹の森へ薬草採取の実習が再開されるって掲示板に貼られてた!」
「それは朗報だな! でもなんで急に再開されたんだろう?」
まるであつらえたようなタイミングに、逆に胡散臭さが漂う。
(俺達のやろうとしている事がバレている? でも妨害というよりは助けになっているし……)
錬が思考を巡らせていると、ジエットは微笑んだ。
「難しい事を考えていてもしょうがないよ。それより今できる事をやろう!」
「……そうだな。魔樹の森に行けるなら、核石を入手するまたとないチャンスか」
他に良い手は見つかっていない。ならばせっかく得たこの機会、大いに利用するまでだ。
テレビ、電話、自動車、カメラなどなど数多の電子機器には、何千何万何億ものスイッチが入っていた。
電磁リレー、真空管、パラメトロン、トランジスタ――原理は変われど理屈は同じ。核石回路で鉄に魔力付与をすれば、これらと同じ事ができる。
ならば可能なはずだ。前世の技術の再現が。
「これは今後俺達が作り出す魔法具すべての根幹となる技術だ。ひとまずこれを付与魔法スイッチと呼ぶ事にしよう」
「指で押すスイッチとどう違うの?」
ジエットが銅線と木の板で作った簡易的な物理スイッチを指差した。当然出てくる疑問だろう。
「基本的には同じものだけど、いちいち指で押さなくて良くなる。君は一秒間にスイッチを一万回押せるか?」
「無理……」
「それが付与魔法スイッチなら可能になる」
ノーラは物理スイッチと付与魔法スイッチを見比べ、不思議そうに眉を寄せる。
「……よくわからないのですが、これを使うと具体的に何ができるんです?」
「色んなものを自動化できる、と言っても実感が湧かないか。試しに一つ簡単なものを作ってみよう」
錬は二つの付与魔法スイッチを作り、入力と出力をクロスさせた上で、空になったクズ魔石と木片をそれぞれ適切な場所に接続する。
「こんなもんかな」
「何ですかこれ?」
「まぁ見ててくれ」
今しがた作ったものへ、明るい魔石を繋ぐ。
「あれ、さっきと動作が違う……?」
眼前の現象に、ノーラは不思議そうに目を瞬かせた。
付与魔法スイッチの先にある火炎石回路が、断続的に火花を散らし始めたのだ。
「これは無安定マルチバイブレーターという回路だ。その名の通り安定状態がなく、発振し続ける。応用例としては――」
錬は木製窓を開け、繋いでいた火炎石回路を魔石銃に交換する。
「スイッチオン!」
「っ!?」
今度こそノーラは度肝を抜かれたのか絶句していた。
発振回路を動かした途端、トリガーを引く事なく小さな火球が窓の外へ連続射出され始めたからだ。
「――こんな風に、魔石銃をフルオートにできる! もはや魔石機関銃だな!」
「おぉーっ! よくわかんないけどすごい!」
ジエットが童心に還ったように目を輝かせる。理屈はともかく興味は持ってくれたようだ。
「……たしかにこれはすごいですね。量産すればお屋敷が建つかもしれません」
「作るには核石がたくさん必要だけどな。魔獣研究会にはあといくつある?」
「どうでしょう。そんなに数はいなかったと思うので、十数個あればいい方じゃないでしょうか」
「少ないな……。もっといっぱい欲しいところだ」
「火炎石じゃだめなの?」
ジエットが赤い金属鉱石をつまんで見せる。
「できるかもしれないけど、熱で部品が溶けたり燃えたり爆発したりするかもしれない」
「それはだめだね……」
「それに火炎石も手持ちはそんなに多くないからな」
手持ちの火炎石は鉱山から持ってきた一握り分だけだ。割って使う事もできるし、今は困っていないが、いずれはこれも補充しなければならないだろう。
「魔獣がいるという森へ行けたらいいんだが……」
「許可が下りないと思いますよ。スタンピードが起きたら危険ですし」
「そうか……。なら別の入手方法を考えないとな」
錬は腕を組んで考える。
こっそり森へ行く事も考えたが、魔獣がうようよしている場所に少人数で行くのは躊躇する。死んでは元も子もない。
「せっかく文字が読めるようになったんだ、図書館で調べてみよう。ジエットとノーラさんはどうする?」
「一緒に行くよ」
「すみません、あたしはそろそろ帰ります。今日はお母さんに買い物を頼まれているので……」
「買い物……!」
ジエットは目を輝かせながら丸い熊耳をピクピクさせている。前回の買い物がよほど楽しかったようだ。
「何買うの?」
「食材です。この時間には売れ残りが安く並ぶので、週に一度まとめ買いして、干したり燻製にしたりして保存食にするんです」
「おお、家庭的だな」
「ノーラちゃんって料理上手そうだもんね。今度保存食の作り方とか教えて欲しいなぁ」
「あ、あたしで良ければ……」
ノーラが照れたように言うと、ジエットは彼女の手を握り笑った。
「また遊びに来てね!」
「はい。ぜひ」
***
自由研究会を出た後、ノーラは東館の階段を下りたところで立ち止まった。
買い物メモを鞄から取り出し、夕陽に染まった紙面へ目を落とす。
「おい、ノーラ」
「!?」
背後から声をかけられたのはそんな時だった。
いつもカインツとつるんでいるワンドの生徒達三人組だ。
「なかなか報告に来ないから様子を見に来てやったぞ。ありがたく思え」
「あ……ありがとうございます……」
「では報告を聞かせてもらおう。亜人どもは何をやっていた?」
「魔法具の研究を……」
「そんな事はわかっている。具体的にどういう研究をしていたのか教えろ」
「それは、その……」
「はっきり言え。よく聞こえないだろう」
「……」
ノーラはうつむく。
やっている事は一割も理解できていないが、錬の研究のすごさは何となくわかる。彼は間違いなく歴史に名を残すほどの存在になるだろう。
でもここでそれを話せば、彼の研究が日の目を見る前に潰されるであろう事は容易に想像がつく。何かごまかす方法はないかと考えるも、焦りから上手い言い訳が思い付かない。
そんなノーラの様子を見て、ワンドの生徒達はつまらなさそうに舌打ちした。
「……言わないか。ならば面白い話を聞かせてやろう。貴様の家は屋台で生計を立てているそうじゃないか」
「そうですけど、それが何か……?」
「知らんのか? 平民街で屋台を出店するには露天商ギルドの許可がいるのだ。しかし貴様の屋台は許可を取っていないらしいぞ?」
「え……? でもうちの屋台は五年も前からやっているのですが……」
「貴様の父と知り合いだったという事で、どうやらギルド長が目こぼしをしていたようだ。許可を得ると毎月出店費の支払いが必要になるから、貧乏母娘には払えないだろうとも言っていたな。しかし規則は規則。きちんと守らねばならないとは思わないか? もちろん五年分の未納金も精算してな」
「……!?」
ノーラの顔が真っ青になる。
そんな話、今まで聞いた事もなかった。だがもし事実なら、貴族の一声でそれは直ちに是正されるに違いない。
屋台ができなくなれば、たちまち日々の生活が成り立たなくなる。明日食べる物も買えなくなり、魔法学園にも通うどころではなくなるだろう。未納金など逆さに振っても払えるわけがない。
そうなると行き着く先は、母の身売りだ。自分が奴隷となってでも、母は娘のために金を工面する。以前父が死んでその話が出た時は必死に止めたが、おそらく次はない。
ワンドの彼らはノーラの葛藤を見透かすように笑った。
「さぁ、どうする? どんな研究をしていたのか教える気になったか?」
「ど……んな……と、言われても……あたしには理解できない事ばかりで……」
絞り出すような声で答える。
嘘ではない。錬のやっている事は難しすぎて、ノーラにはさっぱりわからないのだ。
「ふむ……たしかに貴様のような落ちこぼれには荷が重いか。しかしそれでは屋台の件を報告するしかなくなってしまうなぁ?」
「そんな……どうかお許しを……」
ワンド達は怯えるノーラを見てニヤニヤと笑う。
「まぁ我々も鬼ではない。貴様の家に金がない事は知っている。だから別の提案をしてやろうじゃないか」
「提案……とは?」
「奴らの研究を頓挫させる方法を見つけてくれば、屋台の件は黙っておいてやろう」
ノーラは胸を押さえた。動悸が激しくなり、喉がカラカラに乾く。
(ど、どうしよう……)
錬やジエットを裏切れば、もはや二人の元には戻れなくなるだろう。しかしやらなければ母が奴隷になってしまう。
どちらも嫌だ。しかし選ばなければならない。
(何とか……何とかしなきゃ……)
震える唇と噛み締め、頭をフル回転させる。
その時、ふとノーラは閃いた。
時間稼ぎとしてはこの上ない最低の案。けれど誰も損しない妙手でもある気がした。
「……魔樹の森へ誘い込んでは……どうでしょう?」
「魔樹の森だと?」
「薬草学で魔樹の森へ行く授業があったはずです。ここ数年はスタンピードが起きるせいで中止になってましたけど……ワンドの権限を使えば、もしかしたら許可が下りるんじゃないでしょうか……?」
「仮に許可が出たとして、それでどうする?」
睨みを利かされ、ノーラは一瞬怯む。
「か、彼らは今、廃会の危機にあります……。一ヶ月以内に何らかの成果を出さなければ、問答無用で勉強会は解散させられるんです。だったら、魔樹の森で怪我をさせて、一ヶ月間何もできなくしてしまえばいいんじゃないかと……」
「なるほど。我々が直接手を下せばその責を問われる。ならば魔獣に襲われた事にすればいいというわけか」
ワンドの男子生徒が思案を巡らせるように腕を組む。
「だが、魔獣がそう都合よく動いてくれるとは思えんぞ?」
「方法はあります……。魔獣には、土魔法を感知して襲いかかる習性を持つ種もいるので、それを利用すれば――」
――襲わせる事ができる。
そこまで言おうとして、ノーラは口をつぐむ。
本当は襲わせたいわけじゃない。こう言えばその場をしのぎつつ、レン達も核石を得る機会が得られるかもと思っただけだ。
(レンさんやジエットさんも、魔樹の森に行きたがってた。だからこれは裏切りじゃない……)
表面上だけうまく取り繕うのはこれまで何度もやってきた事。今すぐ答えを出す必要はない。そんな言い訳じみた思考が頭を巡り、握り込んだガウンの胸元に深いシワを作る。
「……ふん、まぁいい。その話に乗ってやろう」
「おい本気か? さすがに魔樹の森は許可が下りないと思うが……」
「そこを何とかするんじゃない。いつもいつもカインツ様に頼ってばかりというわけにもいかないわ」
三人そろってうなずき合う。
「それではノーラ、情報は引き続きこちらへ流すのだぞ?」
「……はい」
ワンドの生徒達はそれきり興味をなくしたように背を向ける。
一人残され、ノーラは悔しさににじむ涙を拭った。
***
数日後。
錬が教室で教科書の写本を読んでいると、ジエットが慌てた様子で駆け込んできた。
「レン! 森へ行けそうだよ!」
「本当か!?」
「うん! 次の薬草学の授業で、魔樹の森へ薬草採取の実習が再開されるって掲示板に貼られてた!」
「それは朗報だな! でもなんで急に再開されたんだろう?」
まるであつらえたようなタイミングに、逆に胡散臭さが漂う。
(俺達のやろうとしている事がバレている? でも妨害というよりは助けになっているし……)
錬が思考を巡らせていると、ジエットは微笑んだ。
「難しい事を考えていてもしょうがないよ。それより今できる事をやろう!」
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