エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ

文字の大きさ
36 / 105
第二章

36:殿《しんがり》

しおりを挟む
 魔獣の群れが起こす大地の鳴動に、皆の顔から血の気が引いていた。

「早く橋へ! 大多数の魔獣は川を越えられないはずです!」

 ノーラの指示で全員橋の半ばまで駆けてゆく。

 だが見える範囲とはいえ、徒歩では王都まで距離がある。乗り物がない以上、魔獣に追い付かれるのは必至。

「どうする? 隠れるか?」

「鼻の効く魔獣は非常に多いです。川の中だろうとすぐ見つかりますよ」

「なら、いっそ橋を壊したらどうだ?」

「歴史あるマーサ・ローダン橋を壊せと言うのか貴様……!」

 カインツに襟首をつかみかかられ、錬も負けじと食って掛かる。

「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」

「そんな事とはなんだ!? 我が祖への侮辱は許さんぞ!」

「ご先祖様を侮辱してるのはお前だろ! 橋かわいさに王都の人達を危険に晒すつもりか!?」

 それを見たノーラが慌てて間に入った。

「二人とも落ち着いてください! 言いたい事はわかりますが、どのみち壊そうとしている間に魔獣の群れに押し潰されますよ!」

 たしかに小鬼を爆殺した時にもビクともしなかった頑丈な石橋だ。カインツなら破壊できなくはないかもしれないが、それも魔力が万全の状態なればこそ。

 魔獣の足音は迫っている。このまま逃げてもいずれ追い付かれ、蹂躙されるだけだ。

「逃げ切れない、橋は壊せない、隠れても無駄。となると迎え撃つしかないか」

「正気か……? 行きに出くわした群れを見る限り、百や二百ではないのだぞ?」

「王都がいくら堅牢とは言っても平民街を囲う最外壁は崩される恐れがある。そうなれば大きな被害が出るだろう。だったらこちらに有利なこのマーサ・ローダン橋の上で食い止めた方がいい」

「むぅ……」

 錬の主張にカインツも渋々納得したようだ。

 過去の偉人達が造った橋を戦場にするのは忍びないが、人々を守るためならマーサとローダンもきっと許してくれるに違いない。

「だが橋で迎え撃ってもジリ貧になるだけだぞ。あの数を相手に防ぎきれるとはとても思えん」

「だったら二手に分かれるか? 橋で防衛している間に援軍を呼べば、何とかなるかもしれない」

「たしかにそれなら可能性はあるが……」

 カインツは口ごもる。周りの皆も不安そうに顔を見合わせている。

 二手に分かれるのがこの場における最善の手。それは誰もがわかっている。

 問題は、誰が残るかだ。

「……貴様が残れ」

 男子生徒の一人が言った。

 取り巻き三人の視線が錬の方へと向けられる。

「そ、そうだ! こういう時のための奴隷だろう!?」

「貴様が足止めをすれば皆が助かるのだ!」

 怯えたような引きつった顔で口々に言う。

 それを聞いたジエットは牙を剥いて怒りをあらわにした。

「レンはあなた達を助けに来たんだよ!?」

「ど、奴隷が貴族を助けるのは当然だろう!」

「そうだ! 王国法にも書いてある事だぞ!?」

「嫌なら貴様が残れ! 奴隷はあやつだけじゃないぞ!」

「そんな――」

「いいさ、俺が残るよ」

 割って入るように錬が答えると、ジエットの表情が強張った。

「よ、良くないよ! こんなのレンに死ねって言ってるようなものじゃない!」

「たしかに一人じゃ限界はあるな。ある程度時間稼ぎするから、できるだけ早く援軍を寄越してくれ」

「時間を稼ぐって、一体何をどうするの!?」

「橋に残って魔獣を迎え撃つ。俺の作った魔石銃は詠唱がいらないし、替えの魔石もいっぱいある」

 木箱を開けて小粒の魔石を一掴みして見せる。

「これだけあれば撃ち放題だ。おあつらえ向きに橋で狙いも付けやすい。魔獣なんか返り討ちにしてやるよ」

 強気の笑みを浮かべてみせる。

 実際はリロードの手間がある分、撃ち放題とまではいかないだろう。それでも彼女を安心させるにはこう言うべきだ。

 正直なところ、錬だってやりたくはない。今すぐ安全なところへ逃げ帰りたい気持ちでいっぱいだ。

 しかしもしここで拒否すれば、代わりにジエットが残される事になるかもしれない。

 奴隷制度の廃止という目標を掲げる上で、ジエットは最重要人物である。王女が立ち上がれば大義名分を得られるからだ。

 けれど奴隷が発起人となれば、それはただの反乱となる。支援者は全員テロリストだ。この違いはあまりにも大きい。何があろうと、今ここでジエットを死なせるわけにはいかない。

「レンが残るんだったら私も残る!」

「だめだ。ジエットが残ると負傷者が逃げられない。君以外に足を怪我した人間一人を担いで走れる者はいないんだから」

「で、でも……そんなのだめだよ……それならいっそ皆で残るとか」

「ここで全滅するつもりか? それこそ無駄死にだ。さぁ、行ってくれ」

「いや! 私も一緒に残る! レンを守るって約束したもん!」

 涙を流してすがりついてくる。このままでは埒が明かない。

「カインツ。ジエットを連れて行ってくれ」

「……なぜ僕に言う」

「お前ならやってくれそうだから」

「……」

 カインツは眉間にシワを寄せ、男子生徒達を横目で睨む。

 錬の物言いが気に食わなかったというよりも、むしろ取り巻き三人の言動に怒りを覚えている感じだ。

 しかし王国法にも書いているならば、彼らの主張自体はこの世界でごく一般的なものとなる。だから頭ごなしに否定する事もできない。そんな葛藤が渦巻いているように見える。

 ならばあと一押し、カインツが動かざるをえない状況を作ってやればいい。

「そういやお前には教えてなかったな。実はジエットはヴァールハイト王国の第七王女、ジエッタニア姫なんだ」

「はぁ……?」

 唐突な告白にカインツの目が点になった。

「レン!? それはまだ……!」

 非難するような目を向けるジエットを手で制し、錬は続ける。

「お前は大貴族だろ? 王家に対する忠誠心があるなら、頼む。ジエットを助けてやってくれ」

「……いきなり何を言い出すのだ。それは笑える類いの冗談ではないぞ?」

「冗談じゃない、真実だ。まだ公表してない情報だから内緒にしててくれよ?」

 笑って言う錬に、カインツは不愉快そうに顔を歪めた。

「後事を託したつもりか? くだらん」

 それから金の短杖を抜き放ち、橋の向こう側を鋭く睨む。

「貴様一人ではすぐに死んで、時間稼ぎにすらならないかもしれん。だから僕も残ってやろう」

「カインツ様!?」

 驚愕する取り巻きの男子生徒達。

 彼らを一瞥し、カインツは不敵に笑う。

「なぁに、貴族なら他に三人もいるではないか。臆病で愚かでどうしようもないボンクラどもだが、こやつらとて王家に忠誠を誓った身。王女殿下を見事王都へ逃がしてくれるだろうよ」

「そうしてくれると助かるね。あとは――」

「あたしも残ります!」

 錬の視線の意図に気付き、ノーラが声を張り上げた。

 それを聞いたカインツが目を細める。

「やめておけ。落ちこぼれの魔法なぞ役に立たん」

「あたしは……!」

 声を荒らげ、ノーラは怒ったようにカインツを見つめる。

「あたしは……たしかに弱いです。魔法も大したものは使えません。でも魔獣の習性と、その対処法を知っています! きっとお役に立ってみせます!」

 その潤んだ瞳には、さしものカインツも動揺したようだった。

「言い争ってる余裕はないぞ。どうする?」

「……好きにしろ」

 それから背を向け、ぼそりとつぶやく。

「ノーラ、貴様には言いたい事が山ほどある。帰ったら覚悟しておけ」

「……! はい!」

 舞い上がる土煙で水平線が隠され、振動が大きくなってきている。魔獣の姿も視認できる距離になり、錬は魔石銃を構えた。

「早く行け!」

「待って、あと一つだけ!」

 ジエットが持っていた魔石銃を手渡してくる。土と火の二属性魔法を組み込んだ改造品だ。

「いい? 必ず助けに戻るから! だからそれまで死んじゃだめだよ。約束して!」

「約束だ」

「絶対だよ!? 嘘ついたらレンの事、嫌いになるからっ!」

 そう言って涙と迷いを払うように首を振り、ジエットは負傷者を背負って走り出した。他の取り巻き二人もそれに続く。

 ノーラは石橋のマーサ像によじ登り、単眼鏡を覗く。どうやら観測支援を担当するようだ。

 錬が魔獣の群れを見ていると、隣でカインツがおもむろに口を開いた。

「貴様らは恋人同士なのか?」

「ぶっ」

 緊張感を吹き飛ばす発言に思わず噴き出す錬である。

「いきなり何を言い出すんだよ……」

「そういう風に見えただけだ」

 カインツは言うだけ言って、後はだんまりを決め込む。

 あくまでクールを装っているが、しかし短杖を握る手は震えていた。如何に勇猛果敢な言葉を並べようと、この状況に恐怖を感じているのかもしれない。

「なぁ、カインツ」

「なんだ」

「ビビってる?」

「……ふざけているのか貴様」

 押し殺した声で睨んでくるが、図星だったようで顔を赤くしていた。もはや照れ隠しにしか見えない。

「森狼が来ました!」

 ノーラの声で、いち早く橋に到達した魔獣の群れに魔石銃の狙いを定める。カインツも金の短杖を構えた。

「無駄口を叩く暇があったらこの場を生き延びる方法でも考えていろ!」

「へいへい。俺の足を引っ張るなよ?」

「貴様こそ、早々にくたばってくれるなよッ!」

 目を合わせる事なく、けれど錬達は互いに笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!

処理中です...