エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ

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第三章

56:半獣王女と大賢者

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 突然のジエットの告白に、ドルエスト=ゴーン男爵は瞠目した。

「第七王女……だと?」

「その通りです」

「わかっているのか? 王族の名を騙った者は――」

「死刑でしょう? もちろんわかっています」

 死刑と理解した上で微塵も揺るがぬその態度に、ゴーン男爵は後ずさる。

「だ、だが第七王女殿下は数年前にお亡くなりになったと聞いたぞ!?」

「いいえ、私は生きていますよ。母であるオリエラ=リィン=ヴァールハイトの手で王宮から逃がされた後、人さらいの手に落ち今ここにいるのです」

 ゴーン男爵の記憶によれば、第七王女は白銀の毛並みを持つ半獣の少女だ。目の前の奴隷と特徴は合致している。

(まさか、本物なのか……!?)

 改めて考えると、状況はすべて彼女が本物である事を告げていた。

 表彰式のあの日、ハーヴィン王太子殿下はどういうわけか魔力なしである錬に対して親しみを感じさせる態度を取っていた。その錬はジエッタニア王女を名乗るこの半獣の娘と行動を共にしている。

 何より、昨日聞いたハーヴィン王太子殿下のつぶやきの中に、ジエッタニアの名が出てきていたのだ。

 それはつまり、ハーヴィン王太子殿下はこの娘がジエッタニア王女だと知っていたという事に他ならない。

「ゴーン男爵。ここは人の目も多いですし、あまり事を荒立てたくはありません。パムちゃんを離してください」

 騒然とする観衆を物ともせず、ジエットはあくまで王女として振る舞っている。

 彼女が本物だとすれば大事おおごとだ。

 布や糸のシェアをすべて奪われた今、勝つにはもはや錬とジエットを消すしかない。しかしその相手が王族であれば手出しする事ができないのだ。

 もしそんな事になればどうなるか?

 ハーヴィン王太子殿下に見限られるのは間違いない。それどころか他の貴族への見せしめとして始末される恐れさえある。

(いや……いや! まだそうと決まったわけではない!)

 ジエットなる半獣娘が王女である確証はまだない。口から出任せを言っているだけとして処理すれば、真実は誰にもわからなくなる。証拠がない今こそが、彼女の存在を揉み消す最後のチャンスなのだ。

 ゴーン男爵はおぞましく口元を歪めた。

「衛兵達よ、こやつも処刑せよ!」

「えっ……ですが、よろしいのですか?」

「あやつは亡き王女殿下の名を騙る不届き者だぞ……!? 王族の名を貶める輩の存在など許してはならん!」

「はっ!」

 衛兵達が剣を構え、ジエットへ向ける。

「おっと、そうはいかない」

「ぐあっ!?」

 突如として石つぶてが放たれ、ジエットに斬りかかろうとした衛兵が吹っ飛ばされた。

 錬が魔石銃を撃ったのだ。

「汚い手で王女様に触れるもんじゃないぞ」

 彼はそう言ってジエットを守るように立つ。

 衛兵隊を前にしてなお恐れを知らぬその姿は、さながら王女を守る騎士のようだ。

「こいつ……魔法を使ったぞ!?」

「魔力なしじゃなかったのか!?」

 狼狽する衛兵達。

「何をうろたえている! そやつは先のスタンピードで魔獣どもと戦ったガキだ! 魔法くらい使えて当然だろうが!」

「こ、この少年がっ!?」

「魔獣の群れから王都を守ったという……!?」

「まさか、噂になっている魔力なしの大賢者様では!?」

 そんな反応に、ゴーン男爵は青筋を浮かべて叫ぶ。

「何が大賢者だ! 王族騙りの娘を庇い立てするならそやつも同罪! 素っ首落として晒し者にしないか!」

「で、ですが……」

 衛兵達はすでに戦意を失っていた。錬を恐れているというよりは、むしろ物語の英雄でも見るような目である。

 王都を守った魔力なしの大賢者の噂はゴーン男爵の耳にも届いている。

 魔力なしでありながら深淵なる英知で魔法を使い、押し寄せる魔獣の群れから王都を救った英雄だそうだ。

(忌々しい……! かくなる上はこの私が――)

 ゴーン男爵が銀の杖を抜いた、その時。

「賢者様をいじめるなー!」

 小さな石が服に当たり、ゴーン男爵は眉をひそめた。

 服屋から出てきた幼い女の子が目を吊り上げている。店主が慌てて女の子を抱き締めた。

「や、やめなさい!」

「いいや! お嬢ちゃんよくやった!」

 叫んだのは通行人の男だ。

「お嬢ちゃんは悪くねぇ!」

「そうだそうだ!」

「衛兵どもはすっこんでろ!」

 彼らの顔には、ゴーン男爵も見覚えがあった。

 元紡糸ギルドや織布工ギルドの男達だ。

 この辺りは平民街で、彼らは皆地域に根ざした住民達である。

 織布工ギルドも然りだが、特に元紡糸ギルド員は貧民街に堕ちた仲間を救われた事で、錬とジエットに好意的なのは報告で聞いている。たまたま通りかかった先で騒動を目にし、奴らに荷担したのだろう。

「このっ……愚民どもがぁっ!!!!」

 ゴーン男爵は杖を群衆に向ける。

 だが――

「ぐぅっ!?」

 石つぶてがゴーン男爵を襲い、持っていた杖が弾き飛ばされた。

「大人げないぞ、ゴーン男爵」

 錬が魔石銃を向けている。

「き、きっさまァ……! 奴隷の分際でよくも貴族の私に魔法を……!」

「それを言うならあんたもだろ。貴族の分際で王女様に無礼な真似をしやがって」

 ゴーン男爵が地面に転がる杖に目を向けると、足元に魔石銃が乱射された。

「ヒィッ!?」

「大人しく降伏しろ。そうすれば命までは取らない」

「ぐ……ぬ……」

 ゴーン男爵は苦渋に満ちた顔で錬を睨む。

「フン……ここで降伏したところで、もう私には後がない。貴様らのせいで我が商会は……」

 ゴーン商会は大量の在庫を抱えたまま、商品を売る事もできずにいる。暴落した市場価格に追随すれば破産が待つのみだ。

 けれど錬は楽しげに笑ってみせる。

「金がないなら俺達が助けてやってもいい」

「何……?」

「あんたの奴隷を全員俺達に売ってくれ。そうすれば商品を投げ売りしても破産はしなくて済むかもしれないぞ?」

「ど、奴隷を……買い取るというのか?」

「そうだ。ちなみにあんたに拒否権はない。王女殿下の暗殺未遂で訴えられたくなかったらな」

 眉間に魔石銃を突き付けられ、ゴーン男爵はついに膝を屈したのだった。
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