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第三章
60:ケラットラットの錠前
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「神杖の起動ができない?」
錬は困惑を抑えるように、努めて冷静に尋ねた。
ジエットは顔面蒼白のまま震える声で答える。
「アラマタールの杖は、杖の表面に手順通り指をなぞって起動するの。でもなぞる部分に触れられないよう、透明な結界が張られてて……」
「ほんとだ……! アタイの指が杖の表面に届かねー!?」
パムが信じられないものを見たように瞠目する。
「前に見た時はこんなのなかったのに……っ」
ジエットの表情はひどく曇っていた。
当然だ。今ここでアラマタールの杖を起動して見せなければ、王女である証明ができない。そうなればジエットは王族騙りの罪人として処刑されるのだ。
「ジエッタニア様。そろそろお願いしたく思うのですが、いかがでしょうかな?」
大司教の声を聞いて、パムがハッと我に返ったように顔を上げた。
「おい爺さん! この杖なんかおかしいぜ! 変な細工がされてる!」
「そんなはずはございません。アラマタールの杖は王家の宝物庫にて厳重に保管されていたもの。王族以外は立ち入る事さえできませぬ」
「じゃあ王家の誰かが入って細工したんじゃねーのか!?」
「王族を愚弄するとは何事ですか! 奴隷風情が身の程をわきまえよ……!」
大司教は怒り心頭とばかりに声を荒げる。
この反応を見る限り、事情を説明して納得してくれるような人格者ではなさそうだ。
「貸してみろ」
ジエットからアラマタールの杖を受け取り、観察する。
白銀の神杖はジエットの背丈ほどもあり、握る部分より少し上に何やら数十個もの物理スイッチのような装置が付いている。
その装置には、製作者の銘なのか装置の名なのか『ケラットラット』という文字が刻印されていた。
(これは後付けされたものか?)
装置はどういう原理か杖表面から髪の毛一本分ほど浮いた状態で固定されており、その下には本来の神杖が持つ紋様が窺える。パーツとして別物なのだ。
装置本体には物理スイッチが全部で三十個。右に倒した状態と、左に倒した状態を取る事ができる。
(……ダイヤルロック式の錠前、か?)
だとすれば、使われているのは右か左の二値――すなわち二進数で、スイッチが三十個あるため三十桁。おそらくその組み合わせのどれか一つが正しい数字という事になるのだろう。
「ジエット、試しに動かしてみたか?」
「やってみたよ。でも何回やってもうんともすんとも言わなくて……」
「ジエッタニア様、皆様お待ちでございます。そろそろ起動を――」
大司教が催促してくる。
だがジエットは答えない。答えられないのだ。必死の形相で神杖を見つめ、外し方を考えている。
「……起動できないのですかな?」
大司教の顔から笑みが消えた。
「もしも神杖が使えぬというのであれば、あなた様は偽物。王族騙りの罪人という事になりますが?」
ジエットの表情が絶望に染まった。
「私……は……」
ジエットの喉からかすれた声が漏れる。
このままでは間違いなく彼女は死ぬ。奴隷制度の廃止も叶わず、魔石鉱山の仲間達も救えないまま、王族の名を騙った愚かな罪人として日の目を見ぬまま裁かれる。
(そんな事には絶対させない!)
「俺に任せろ!」
錬の言葉で、ジエットが焦燥に沈む面を上げた。
「この結界を張っている魔法具を取り外せばいいんだな?」
「そう、だけど……どうするの?」
「解錠する」
ジエットがすでに何度もスイッチの操作を試した以上、試行回数に制限はないものと思っていいだろう。
ならば理論上は可能なはずだ。
総当たり攻撃が。
「全部の組み合わせを試すって事……? で、でも、スイッチは三十個もあるよ!?」
「二値を取れる物理スイッチが三十個なら、その組み合わせは二の三十乗。十億通り以上になるな」
「十億通り以上!?」
驚愕するジエット。
文明レベルの低いこの異世界において、十億という数字はめったに使わない巨大数、それこそ天文学的数字にも等しいのだろう。
(パソコンがあれば一瞬なんだけどな……。無いものねだりしてもしょうがない)
無いなら作る。それこそがエンジニアの本質なのだ。
錬はポーチとバッグの中身をすべてひっくり返し、材料を床に並べる。
持ってきたのは魔石、火炎石、核石、銅線、鉄釘。使える道具は魔石銃が三丁の他、小さいナイフとハンマーが一つずつ。そして小金貨や銀貨に銅貨、鉄貨などなど。
これらを使って解錠するのだ。
「パム、悪いが時間稼ぎしてくれ」
「時間稼ぎ?」
「これ、撃ってみたかったろ?」
錬が自身の魔石銃を一つ放ると、パムはニヤリと口元を歪めた。
「遠慮せずぶっ放せ!」
「任せろあんちゃん!」
そうして魔石銃を構え、パムは叫ぶ。
「つーわけだ。オマエらにはもうちょっと大人しくしててもらうぜ」
「何を――っ!?」
大司教が一歩踏み出した途端、パムが銃撃する。核石を繋いだ魔石銃が岩石のつぶてを放ち、床に無数の穴がうがたれた。
「下がれ、ジジイども! あんちゃんの邪魔はさせねーぞ!」
「お、おのれぇ奴隷風情が! お前達、宮廷魔法使いを呼べい!」
「はっ!」
騒然とする声を背に、錬はくずおれる半獣の少女へ向かって言う。
「ジエット、絶望するにはまだ早い。やれる事は全部やろう。諦めるのはそれからだ」
「レン……」
「俺が君を王女様にしてやる!」
錬は困惑を抑えるように、努めて冷静に尋ねた。
ジエットは顔面蒼白のまま震える声で答える。
「アラマタールの杖は、杖の表面に手順通り指をなぞって起動するの。でもなぞる部分に触れられないよう、透明な結界が張られてて……」
「ほんとだ……! アタイの指が杖の表面に届かねー!?」
パムが信じられないものを見たように瞠目する。
「前に見た時はこんなのなかったのに……っ」
ジエットの表情はひどく曇っていた。
当然だ。今ここでアラマタールの杖を起動して見せなければ、王女である証明ができない。そうなればジエットは王族騙りの罪人として処刑されるのだ。
「ジエッタニア様。そろそろお願いしたく思うのですが、いかがでしょうかな?」
大司教の声を聞いて、パムがハッと我に返ったように顔を上げた。
「おい爺さん! この杖なんかおかしいぜ! 変な細工がされてる!」
「そんなはずはございません。アラマタールの杖は王家の宝物庫にて厳重に保管されていたもの。王族以外は立ち入る事さえできませぬ」
「じゃあ王家の誰かが入って細工したんじゃねーのか!?」
「王族を愚弄するとは何事ですか! 奴隷風情が身の程をわきまえよ……!」
大司教は怒り心頭とばかりに声を荒げる。
この反応を見る限り、事情を説明して納得してくれるような人格者ではなさそうだ。
「貸してみろ」
ジエットからアラマタールの杖を受け取り、観察する。
白銀の神杖はジエットの背丈ほどもあり、握る部分より少し上に何やら数十個もの物理スイッチのような装置が付いている。
その装置には、製作者の銘なのか装置の名なのか『ケラットラット』という文字が刻印されていた。
(これは後付けされたものか?)
装置はどういう原理か杖表面から髪の毛一本分ほど浮いた状態で固定されており、その下には本来の神杖が持つ紋様が窺える。パーツとして別物なのだ。
装置本体には物理スイッチが全部で三十個。右に倒した状態と、左に倒した状態を取る事ができる。
(……ダイヤルロック式の錠前、か?)
だとすれば、使われているのは右か左の二値――すなわち二進数で、スイッチが三十個あるため三十桁。おそらくその組み合わせのどれか一つが正しい数字という事になるのだろう。
「ジエット、試しに動かしてみたか?」
「やってみたよ。でも何回やってもうんともすんとも言わなくて……」
「ジエッタニア様、皆様お待ちでございます。そろそろ起動を――」
大司教が催促してくる。
だがジエットは答えない。答えられないのだ。必死の形相で神杖を見つめ、外し方を考えている。
「……起動できないのですかな?」
大司教の顔から笑みが消えた。
「もしも神杖が使えぬというのであれば、あなた様は偽物。王族騙りの罪人という事になりますが?」
ジエットの表情が絶望に染まった。
「私……は……」
ジエットの喉からかすれた声が漏れる。
このままでは間違いなく彼女は死ぬ。奴隷制度の廃止も叶わず、魔石鉱山の仲間達も救えないまま、王族の名を騙った愚かな罪人として日の目を見ぬまま裁かれる。
(そんな事には絶対させない!)
「俺に任せろ!」
錬の言葉で、ジエットが焦燥に沈む面を上げた。
「この結界を張っている魔法具を取り外せばいいんだな?」
「そう、だけど……どうするの?」
「解錠する」
ジエットがすでに何度もスイッチの操作を試した以上、試行回数に制限はないものと思っていいだろう。
ならば理論上は可能なはずだ。
総当たり攻撃が。
「全部の組み合わせを試すって事……? で、でも、スイッチは三十個もあるよ!?」
「二値を取れる物理スイッチが三十個なら、その組み合わせは二の三十乗。十億通り以上になるな」
「十億通り以上!?」
驚愕するジエット。
文明レベルの低いこの異世界において、十億という数字はめったに使わない巨大数、それこそ天文学的数字にも等しいのだろう。
(パソコンがあれば一瞬なんだけどな……。無いものねだりしてもしょうがない)
無いなら作る。それこそがエンジニアの本質なのだ。
錬はポーチとバッグの中身をすべてひっくり返し、材料を床に並べる。
持ってきたのは魔石、火炎石、核石、銅線、鉄釘。使える道具は魔石銃が三丁の他、小さいナイフとハンマーが一つずつ。そして小金貨や銀貨に銅貨、鉄貨などなど。
これらを使って解錠するのだ。
「パム、悪いが時間稼ぎしてくれ」
「時間稼ぎ?」
「これ、撃ってみたかったろ?」
錬が自身の魔石銃を一つ放ると、パムはニヤリと口元を歪めた。
「遠慮せずぶっ放せ!」
「任せろあんちゃん!」
そうして魔石銃を構え、パムは叫ぶ。
「つーわけだ。オマエらにはもうちょっと大人しくしててもらうぜ」
「何を――っ!?」
大司教が一歩踏み出した途端、パムが銃撃する。核石を繋いだ魔石銃が岩石のつぶてを放ち、床に無数の穴がうがたれた。
「下がれ、ジジイども! あんちゃんの邪魔はさせねーぞ!」
「お、おのれぇ奴隷風情が! お前達、宮廷魔法使いを呼べい!」
「はっ!」
騒然とする声を背に、錬はくずおれる半獣の少女へ向かって言う。
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