エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ

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第四章

73:激突

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 曇天の朝。
 白地に深紅の染料で装飾されたサーコートを革鎧の上に着込んだ聖堂騎士団が、王立魔法学園を取り囲む。

 その様子をテラミスは竜車の中から眺めていた。

「遅いわね……」

 王立魔法学園に到着してすぐジエッタニアに使者を送ったのだが、なかなか帰って来ない。

 本音を言えば問答無用で魔法を撃ち込みたかったが、さすがに貴族の子息も通うこの王立魔法学園に対してそんな暴挙に出るわけにはいかない。逃げ遅れた者がいれば支持者を失う恐れもあるからだ。

 そんな焦れた空気の中、侍女のメリナにより竜車の扉が小さく叩かれた。

「テラミス様、使者が戻って参りました」

「通しなさい」

「はい」

 扉が開かれると、かしずく聖堂騎士団の男が目に入る。

「それでジエッタニアは何と?」

「はっ……。その、何というか、非常に申し上げにくいお言葉でしたが、そのままお伝え致しましょうか?」

「そのままでいいわ」

「では失礼して――レンは私の婚約者なの。横恋慕なんてはしたない事してないで、その辺のお貴族様とくっついたらいいじゃない。良い人がいないなら紹介してあげてもいいよ?――以上です」

「あの愚妹……どこまでもわたくしを小馬鹿に……っ!」

 青筋を浮かべて口元をひくつかせるテラミス。

 込み上げる怒りを必死に押さえ込んでいると、使者が不安げに顔を上げた。

「テラミス様? 大丈夫でございますか……?」

「も、問題ないわ。それより最終勧告を突っぱねたわけね? ならさっさと攻撃するわよ!」

「お待ちくださいテラミス様。王立魔法学園には現在、生徒がかなりの人数いる模様です」

「避難勧告はしたはずでしょう?」

「そうなのですが、百人以上の生徒達が残っているようです。中にはテラミス様の派閥に属しているはずの貴族のご子息もおられました。どうされますか?」

「彼らはなんと?」

「避難はしない。我らの居場所はジエッタニア様のいるこの場所である、と……」

「わたくしの派閥を抜けて愚妹に付いたというの……?」

 不愉快さを隠しもせず、テラミスは魔法学園の建物を睨み付ける。

「……いいでしょう。だったら構わず撃ちなさい!」

「かしこまりました」

「決して市街地へ被害が及ばないよう騎士達に厳命なさい。命のやり取りは戦う意志がある者のみよ。いいわね?」

「承知しております」

「ならいくわよ!」

 テラミスは竜車を降り、黄金の短杖を抜き放つ。

 それを見たメリナが心配そうに尋ねてきた。

「テラミス様も参戦されるのですか?」

「ハーヴィンお兄様が到着するまでにレンを奪う必要があるの。魔法の使い手は一人でも多い方がいいわ」

「それはそうですが、危険では……?」

「今更ね。危険じゃない場所なんてこの国にはもうないのよ。魔法が使えない者は下がってなさい!」

「……っ」

 メリナの表情が悔しげに歪む。

 言い過ぎだとは思わない。実際、侍女のメリナは魔法が使えないのだから。

 それに王国魔法騎士団が到着してしまえば乱戦になる恐れがある。いずれこの国を治める者として、王都の民に被害を与えるのは本望ではない。

「聖堂騎士達よ、構え!」

「構えーッ!」

 テラミスの声を騎士団長が復唱し、聖堂騎士達が杖剣を魔法学園へ向ける。

 そして白い手を一振りすると、騎士団長が声を張り上げた。

「放てーッ!」

「エルト・ラ・バルセタ・オーラ・ウィンダーレ!」

 その瞬間、王立魔法学園がまばゆく輝いた。

 風の衝撃波が一斉に放たれ、敷地に入る手前の障壁とぶつかり光の粒子となって消えてゆく。

「どうやら障壁魔法が展開されているようですな」

 そう言ってきたのは、大柄の体躯に深紅の金属鎧と白いマントを着た青年、ゼノン=ゾルダートだ。髪はすべて剃られており、頭皮が太陽光を反射して光っている。

 ゾルダート伯爵の弟であり、聖堂騎士団の団長を務める精鋭中の精鋭たる魔法使いである。

「それくらい想定済みよ。後は持久戦ね。裏切り者達の魔力と、レンの魔石が枯渇するまで撃ち続けなさい。王国魔法騎士団が到着するまでが勝負よ」

「かしこまりましたっ!」

 胸に手を当てて一礼し、ゼノンは戦列に加わる。

 テラミスも杖を構え、詠唱文を唱えた。





 攻撃を開始して三十分ほどが経った。

 魔法学園を覆う障壁は多重に張り巡らされており、聖堂騎士達の魔法攻撃を弾いている。

 テラミスは一旦攻撃の手を止め、メリナに飲み物を持って来るよう命じて椅子に腰掛けた。

「ずいぶんとがんばるわね」

「敵も命懸けという事でしょうな。しかし如何に大魔力を持つ者でも、さすがにもう限界のはず。すでに魔石の備蓄へ手を出し、消耗している頃合いでしょう」

「ならこのまま畳みかけなさい。障壁を突破したらすぐにレンを捕まえるのよ」

「御意!」





 そうして攻撃を続け、また三十分が過ぎた。

 聖堂騎士達には疲れの色が見え、魔石の魔力だけで魔法を撃っているような状態になっている。

 こちらの魔石残量はまだまだ余裕があるが、かなりの消費量だ。なのにいくら魔法を放っても一向に障壁がなくなる気配がない。

「……ぜんぜん崩せないわね。一体どれだけ耐えるのよ?」

「さすがは大賢者と名乗るだけはありますな。しかし魔石の備蓄もそろそろ枯渇する頃合いのはず。じきに突破できるでしょう」

「だったら早くしなさい。ハーヴィンお兄様が来る前に何としてでも障壁を崩すのよ!」

「ははぁっ!」





 それから更に三十分が経過した。

 魔法学園を覆う障壁は今なお健在で、聖堂騎士達の魔法をただの一発すら通していない。

「一体どうなっているのっ!?」

 テラミスの怒声にメリナが肩をビクつかせた。

「こちらの魔石残量はもう半分なのよ!? なのにまだ突破できていないのはどうして!?」

「よほど大量に魔石を備蓄していたのでしょうな……。しかし敵もさすがにもう限界のはず。そろそろ障壁を打ち砕ける頃合いでしょう」

「あなたさっきからそればっかりじゃないの!」

「テラミス様、どうか落ち着き召されよ……」

「落ち着いてられる状況じゃないから言っているのよっ!」

 ゼノンに怒鳴り散らし、テラミスはさっきまで自身が座っていた椅子を蹴り飛ばす。

 魔石を使って障壁魔法を張り直しているにしても、この備蓄量は異常としか言いようがない。あらかじめ戦争の準備でもしていないとこれほど耐える事など不可能だろう。

(いえ……そうね。相手はかの大賢者レンなのだから、王位継承争いを予測していたとしてもおかしくはないわ。こうなる事も見越して魔石を大量に隠し持っていたのね……!)

 憎々しい思いで魔法学園を睨み付ける。

 そんな中、聖堂騎士の一人が駆け寄ってきた。

「テラミス様、大変です!」

「今度は何!?」

「王国魔法騎士団が進軍していると斥候から情報が入りました! まもなく王立魔法学園の南側へ到着する見込みとの事でございます!」

「こんな時に……っ」

 拳を握り締め、歯噛みするテラミス。

「南側の兵を下がらせなさい! 民への被害を抑えるため、王国魔法騎士団への攻撃は必要最低限にするように!」

「はっ!」

 聖堂騎士は即座に走り、兵達へ伝えに向かう。

 その様子を尻目に、テラミスは頭を抱えていた。

「もう時間がない……。ここを崩せなければ撤退するしかないわ。一体どうすれば――」

「ならば我輩にお任せあれ!」

 前に歩み出たのは聖堂騎士団長ゼノンである。

 聖堂騎士の持つ杖剣ではなく金の短杖に持ち替え、大粒の魔石を手に魔法学園を鋭く睨む。

「かの名高い大賢者殿との戦いのため力を温存しておりましたが、ここに至ってはもはや出し惜しみなど愚策の極み! 全力をもってこの障壁に挑みましょうぞ!」

 ゼノンは壮絶な笑みを浮かべて口ずさむ!

「我が必殺の大魔法の前に砕け散るがよい! エルト・ラ・スロヴ・ランザ・フロギス・ソリドア――ッ!!」

 視界が一瞬光に染まった。

 金の杖先に白く輝く灼熱の戦槍が出現し、猛然と放たれる。あたかもそれは火竜の息吹のごとき力強さでかすめた木々を炭化させ、貫いてゆく。

 だが――

「なぁっ……!?」

 流星のように燃え盛る戦槍が、障壁にぶつかって消滅したのだ。

「だ、団長の二属性魔法を防いだだとっ!?」

「相手にも二属性魔法を使える者がいるのか!?」

 聖堂騎士団に動揺が走る。だがゼノンはそれ以上に驚いているようだった。

 なぜなら消滅したのはゼノンの魔法だけで、障壁魔法は消えなかったからである。

「シャルドレイテ侯爵家の嫡男が二属性魔法を使えたはずだけれど……これはもはやそういう次元ではないわね」

 通常、魔法同士がぶつかると相殺される。だが単属性魔法と二属性魔法がぶつかると、二属性魔法は威力を多少減じるだけで単属性魔法のみが消える。

 ならば二属性魔法のみが消された現実を、どう捉えるべきなのか?

「まさか……三属性魔法の使い手がいるという事なの……?」

「三属性魔法の使い手など聞いた事がありませぬぞ!? それこそおとぎ話の英雄くらいではないですか!」

「実際に防がれているじゃないの! 目の前の現実を受け止めなさい、騎士団長!」

「うぐぅぅぅッ――何たる失態! 何たるザマ! 不甲斐ない我輩をどうかお許しくだされ……!!」

 苦渋に表情を歪め、ゼノンは悔しげに膝を屈する。

 テラミスは焦燥に包まれながら、王国魔法騎士団の足音をただ耳にしていた。



 ***



「何とかなったな」

 学園舎二階の教室で、錬は窓を覗き込んでいた。

 部屋にはジエットはもちろん、エスリやノーラ、そしてカインツ達などなどジエッタニア派の面々がそろっている。

 いつでも撤退できるよう、皆が協力して材料や道具をバッグや木箱に詰め込んでいるのだ。

「二属性魔法が撃ち込まれた時は驚いたが、三属性魔法の障壁を用意しておいて正解だったな」

「でもまだ安心はできないよ。反対側に王国魔法騎士団が来てるし」

「そうだな。魔光石の有用性を連中に知られるわけにはいかない。充填済みの魔石はまだたくさんあるから、今のうちに防御を追加して退路を――」

 話していた時、周囲に置いてある魔光石回路が一斉に光った。

「何、これ……?」

 ジエットが驚いた様子で輝く魔光石回路の一つを覗き込む。

 だがこの反応は以前も見た事がある。魔光石回路が魔法のセンサーになると判明した時の現象とまったく同じ。

 それはつまり――

「まずい! 全員伏せろッ!」

「ひゃっ!?」

 錬がジエットに覆い被さった直後、窓の外が閃光に包まれた。

 激しく大地が鳴動し、強烈な風圧で伏せ損ねた数名の仲間が壁に叩き付けられる。燃え盛る飛沫が周辺の家屋を焦がし、まだら模様を焼き付ける。

 しばらくして落ち着いた頃、錬は外の景色を見て絶句した。

 美しい中庭のど真ん中に、火山の火口のような溶岩溜まりができていたのだ。

「三属性の障壁が一撃で……!?」

 平民街への被害など意にも介さぬ攻撃に、皆が恐れおののく。

 方角からして、撃ったのは王国魔法騎士団側だろう。

 錬が廊下の窓から確認すると、その中には角笛のような三角錐の杖を構えるハーヴィンらしき姿があった。

「……ジエット、王家の秘宝の三つ目はなんだった?」

「えっと……終焉を告げる『ファラガの笛』だね」

 終焉を告げるとは物騒な物言いだと、以前聞いた時に錬は思っていたが、今ようやくその意味がわかった気がした。

「おそらくそれは、四属性を組み込んだ魔法具だ」
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