73 / 105
第四章
73:激突
しおりを挟む
曇天の朝。
白地に深紅の染料で装飾されたサーコートを革鎧の上に着込んだ聖堂騎士団が、王立魔法学園を取り囲む。
その様子をテラミスは竜車の中から眺めていた。
「遅いわね……」
王立魔法学園に到着してすぐジエッタニアに使者を送ったのだが、なかなか帰って来ない。
本音を言えば問答無用で魔法を撃ち込みたかったが、さすがに貴族の子息も通うこの王立魔法学園に対してそんな暴挙に出るわけにはいかない。逃げ遅れた者がいれば支持者を失う恐れもあるからだ。
そんな焦れた空気の中、侍女のメリナにより竜車の扉が小さく叩かれた。
「テラミス様、使者が戻って参りました」
「通しなさい」
「はい」
扉が開かれると、かしずく聖堂騎士団の男が目に入る。
「それでジエッタニアは何と?」
「はっ……。その、何というか、非常に申し上げにくいお言葉でしたが、そのままお伝え致しましょうか?」
「そのままでいいわ」
「では失礼して――レンは私の婚約者なの。横恋慕なんてはしたない事してないで、その辺のお貴族様とくっついたらいいじゃない。良い人がいないなら紹介してあげてもいいよ?――以上です」
「あの愚妹……どこまでもわたくしを小馬鹿に……っ!」
青筋を浮かべて口元をひくつかせるテラミス。
込み上げる怒りを必死に押さえ込んでいると、使者が不安げに顔を上げた。
「テラミス様? 大丈夫でございますか……?」
「も、問題ないわ。それより最終勧告を突っぱねたわけね? ならさっさと攻撃するわよ!」
「お待ちくださいテラミス様。王立魔法学園には現在、生徒がかなりの人数いる模様です」
「避難勧告はしたはずでしょう?」
「そうなのですが、百人以上の生徒達が残っているようです。中にはテラミス様の派閥に属しているはずの貴族のご子息もおられました。どうされますか?」
「彼らはなんと?」
「避難はしない。我らの居場所はジエッタニア様のいるこの場所である、と……」
「わたくしの派閥を抜けて愚妹に付いたというの……?」
不愉快さを隠しもせず、テラミスは魔法学園の建物を睨み付ける。
「……いいでしょう。だったら構わず撃ちなさい!」
「かしこまりました」
「決して市街地へ被害が及ばないよう騎士達に厳命なさい。命のやり取りは戦う意志がある者のみよ。いいわね?」
「承知しております」
「ならいくわよ!」
テラミスは竜車を降り、黄金の短杖を抜き放つ。
それを見たメリナが心配そうに尋ねてきた。
「テラミス様も参戦されるのですか?」
「ハーヴィンお兄様が到着するまでにレンを奪う必要があるの。魔法の使い手は一人でも多い方がいいわ」
「それはそうですが、危険では……?」
「今更ね。危険じゃない場所なんてこの国にはもうないのよ。魔法が使えない者は下がってなさい!」
「……っ」
メリナの表情が悔しげに歪む。
言い過ぎだとは思わない。実際、侍女のメリナは魔法が使えないのだから。
それに王国魔法騎士団が到着してしまえば乱戦になる恐れがある。いずれこの国を治める者として、王都の民に被害を与えるのは本望ではない。
「聖堂騎士達よ、構え!」
「構えーッ!」
テラミスの声を騎士団長が復唱し、聖堂騎士達が杖剣を魔法学園へ向ける。
そして白い手を一振りすると、騎士団長が声を張り上げた。
「放てーッ!」
「エルト・ラ・バルセタ・オーラ・ウィンダーレ!」
その瞬間、王立魔法学園がまばゆく輝いた。
風の衝撃波が一斉に放たれ、敷地に入る手前の障壁とぶつかり光の粒子となって消えてゆく。
「どうやら障壁魔法が展開されているようですな」
そう言ってきたのは、大柄の体躯に深紅の金属鎧と白いマントを着た青年、ゼノン=ゾルダートだ。髪はすべて剃られており、頭皮が太陽光を反射して光っている。
ゾルダート伯爵の弟であり、聖堂騎士団の団長を務める精鋭中の精鋭たる魔法使いである。
「それくらい想定済みよ。後は持久戦ね。裏切り者達の魔力と、レンの魔石が枯渇するまで撃ち続けなさい。王国魔法騎士団が到着するまでが勝負よ」
「かしこまりましたっ!」
胸に手を当てて一礼し、ゼノンは戦列に加わる。
テラミスも杖を構え、詠唱文を唱えた。
攻撃を開始して三十分ほどが経った。
魔法学園を覆う障壁は多重に張り巡らされており、聖堂騎士達の魔法攻撃を弾いている。
テラミスは一旦攻撃の手を止め、メリナに飲み物を持って来るよう命じて椅子に腰掛けた。
「ずいぶんとがんばるわね」
「敵も命懸けという事でしょうな。しかし如何に大魔力を持つ者でも、さすがにもう限界のはず。すでに魔石の備蓄へ手を出し、消耗している頃合いでしょう」
「ならこのまま畳みかけなさい。障壁を突破したらすぐにレンを捕まえるのよ」
「御意!」
そうして攻撃を続け、また三十分が過ぎた。
聖堂騎士達には疲れの色が見え、魔石の魔力だけで魔法を撃っているような状態になっている。
こちらの魔石残量はまだまだ余裕があるが、かなりの消費量だ。なのにいくら魔法を放っても一向に障壁がなくなる気配がない。
「……ぜんぜん崩せないわね。一体どれだけ耐えるのよ?」
「さすがは大賢者と名乗るだけはありますな。しかし魔石の備蓄もそろそろ枯渇する頃合いのはず。じきに突破できるでしょう」
「だったら早くしなさい。ハーヴィンお兄様が来る前に何としてでも障壁を崩すのよ!」
「ははぁっ!」
それから更に三十分が経過した。
魔法学園を覆う障壁は今なお健在で、聖堂騎士達の魔法をただの一発すら通していない。
「一体どうなっているのっ!?」
テラミスの怒声にメリナが肩をビクつかせた。
「こちらの魔石残量はもう半分なのよ!? なのにまだ突破できていないのはどうして!?」
「よほど大量に魔石を備蓄していたのでしょうな……。しかし敵もさすがにもう限界のはず。そろそろ障壁を打ち砕ける頃合いでしょう」
「あなたさっきからそればっかりじゃないの!」
「テラミス様、どうか落ち着き召されよ……」
「落ち着いてられる状況じゃないから言っているのよっ!」
ゼノンに怒鳴り散らし、テラミスはさっきまで自身が座っていた椅子を蹴り飛ばす。
魔石を使って障壁魔法を張り直しているにしても、この備蓄量は異常としか言いようがない。あらかじめ戦争の準備でもしていないとこれほど耐える事など不可能だろう。
(いえ……そうね。相手はかの大賢者レンなのだから、王位継承争いを予測していたとしてもおかしくはないわ。こうなる事も見越して魔石を大量に隠し持っていたのね……!)
憎々しい思いで魔法学園を睨み付ける。
そんな中、聖堂騎士の一人が駆け寄ってきた。
「テラミス様、大変です!」
「今度は何!?」
「王国魔法騎士団が進軍していると斥候から情報が入りました! まもなく王立魔法学園の南側へ到着する見込みとの事でございます!」
「こんな時に……っ」
拳を握り締め、歯噛みするテラミス。
「南側の兵を下がらせなさい! 民への被害を抑えるため、王国魔法騎士団への攻撃は必要最低限にするように!」
「はっ!」
聖堂騎士は即座に走り、兵達へ伝えに向かう。
その様子を尻目に、テラミスは頭を抱えていた。
「もう時間がない……。ここを崩せなければ撤退するしかないわ。一体どうすれば――」
「ならば我輩にお任せあれ!」
前に歩み出たのは聖堂騎士団長ゼノンである。
聖堂騎士の持つ杖剣ではなく金の短杖に持ち替え、大粒の魔石を手に魔法学園を鋭く睨む。
「かの名高い大賢者殿との戦いのため力を温存しておりましたが、ここに至ってはもはや出し惜しみなど愚策の極み! 全力をもってこの障壁に挑みましょうぞ!」
ゼノンは壮絶な笑みを浮かべて口ずさむ!
「我が必殺の大魔法の前に砕け散るがよい! エルト・ラ・スロヴ・ランザ・フロギス・ソリドア――ッ!!」
視界が一瞬光に染まった。
金の杖先に白く輝く灼熱の戦槍が出現し、猛然と放たれる。あたかもそれは火竜の息吹のごとき力強さでかすめた木々を炭化させ、貫いてゆく。
だが――
「なぁっ……!?」
流星のように燃え盛る戦槍が、障壁にぶつかって消滅したのだ。
「だ、団長の二属性魔法を防いだだとっ!?」
「相手にも二属性魔法を使える者がいるのか!?」
聖堂騎士団に動揺が走る。だがゼノンはそれ以上に驚いているようだった。
なぜなら消滅したのはゼノンの魔法だけで、障壁魔法は消えなかったからである。
「シャルドレイテ侯爵家の嫡男が二属性魔法を使えたはずだけれど……これはもはやそういう次元ではないわね」
通常、魔法同士がぶつかると相殺される。だが単属性魔法と二属性魔法がぶつかると、二属性魔法は威力を多少減じるだけで単属性魔法のみが消える。
ならば二属性魔法のみが消された現実を、どう捉えるべきなのか?
「まさか……三属性魔法の使い手がいるという事なの……?」
「三属性魔法の使い手など聞いた事がありませぬぞ!? それこそおとぎ話の英雄くらいではないですか!」
「実際に防がれているじゃないの! 目の前の現実を受け止めなさい、騎士団長!」
「うぐぅぅぅッ――何たる失態! 何たるザマ! 不甲斐ない我輩をどうかお許しくだされ……!!」
苦渋に表情を歪め、ゼノンは悔しげに膝を屈する。
テラミスは焦燥に包まれながら、王国魔法騎士団の足音をただ耳にしていた。
***
「何とかなったな」
学園舎二階の教室で、錬は窓を覗き込んでいた。
部屋にはジエットはもちろん、エスリやノーラ、そしてカインツ達などなどジエッタニア派の面々がそろっている。
いつでも撤退できるよう、皆が協力して材料や道具をバッグや木箱に詰め込んでいるのだ。
「二属性魔法が撃ち込まれた時は驚いたが、三属性魔法の障壁を用意しておいて正解だったな」
「でもまだ安心はできないよ。反対側に王国魔法騎士団が来てるし」
「そうだな。魔光石の有用性を連中に知られるわけにはいかない。充填済みの魔石はまだたくさんあるから、今のうちに防御を追加して退路を――」
話していた時、周囲に置いてある魔光石回路が一斉に光った。
「何、これ……?」
ジエットが驚いた様子で輝く魔光石回路の一つを覗き込む。
だがこの反応は以前も見た事がある。魔光石回路が魔法のセンサーになると判明した時の現象とまったく同じ。
それはつまり――
「まずい! 全員伏せろッ!」
「ひゃっ!?」
錬がジエットに覆い被さった直後、窓の外が閃光に包まれた。
激しく大地が鳴動し、強烈な風圧で伏せ損ねた数名の仲間が壁に叩き付けられる。燃え盛る飛沫が周辺の家屋を焦がし、まだら模様を焼き付ける。
しばらくして落ち着いた頃、錬は外の景色を見て絶句した。
美しい中庭のど真ん中に、火山の火口のような溶岩溜まりができていたのだ。
「三属性の障壁が一撃で……!?」
平民街への被害など意にも介さぬ攻撃に、皆が恐れおののく。
方角からして、撃ったのは王国魔法騎士団側だろう。
錬が廊下の窓から確認すると、その中には角笛のような三角錐の杖を構えるハーヴィンらしき姿があった。
「……ジエット、王家の秘宝の三つ目はなんだった?」
「えっと……終焉を告げる『ファラガの笛』だね」
終焉を告げるとは物騒な物言いだと、以前聞いた時に錬は思っていたが、今ようやくその意味がわかった気がした。
「おそらくそれは、四属性を組み込んだ魔法具だ」
白地に深紅の染料で装飾されたサーコートを革鎧の上に着込んだ聖堂騎士団が、王立魔法学園を取り囲む。
その様子をテラミスは竜車の中から眺めていた。
「遅いわね……」
王立魔法学園に到着してすぐジエッタニアに使者を送ったのだが、なかなか帰って来ない。
本音を言えば問答無用で魔法を撃ち込みたかったが、さすがに貴族の子息も通うこの王立魔法学園に対してそんな暴挙に出るわけにはいかない。逃げ遅れた者がいれば支持者を失う恐れもあるからだ。
そんな焦れた空気の中、侍女のメリナにより竜車の扉が小さく叩かれた。
「テラミス様、使者が戻って参りました」
「通しなさい」
「はい」
扉が開かれると、かしずく聖堂騎士団の男が目に入る。
「それでジエッタニアは何と?」
「はっ……。その、何というか、非常に申し上げにくいお言葉でしたが、そのままお伝え致しましょうか?」
「そのままでいいわ」
「では失礼して――レンは私の婚約者なの。横恋慕なんてはしたない事してないで、その辺のお貴族様とくっついたらいいじゃない。良い人がいないなら紹介してあげてもいいよ?――以上です」
「あの愚妹……どこまでもわたくしを小馬鹿に……っ!」
青筋を浮かべて口元をひくつかせるテラミス。
込み上げる怒りを必死に押さえ込んでいると、使者が不安げに顔を上げた。
「テラミス様? 大丈夫でございますか……?」
「も、問題ないわ。それより最終勧告を突っぱねたわけね? ならさっさと攻撃するわよ!」
「お待ちくださいテラミス様。王立魔法学園には現在、生徒がかなりの人数いる模様です」
「避難勧告はしたはずでしょう?」
「そうなのですが、百人以上の生徒達が残っているようです。中にはテラミス様の派閥に属しているはずの貴族のご子息もおられました。どうされますか?」
「彼らはなんと?」
「避難はしない。我らの居場所はジエッタニア様のいるこの場所である、と……」
「わたくしの派閥を抜けて愚妹に付いたというの……?」
不愉快さを隠しもせず、テラミスは魔法学園の建物を睨み付ける。
「……いいでしょう。だったら構わず撃ちなさい!」
「かしこまりました」
「決して市街地へ被害が及ばないよう騎士達に厳命なさい。命のやり取りは戦う意志がある者のみよ。いいわね?」
「承知しております」
「ならいくわよ!」
テラミスは竜車を降り、黄金の短杖を抜き放つ。
それを見たメリナが心配そうに尋ねてきた。
「テラミス様も参戦されるのですか?」
「ハーヴィンお兄様が到着するまでにレンを奪う必要があるの。魔法の使い手は一人でも多い方がいいわ」
「それはそうですが、危険では……?」
「今更ね。危険じゃない場所なんてこの国にはもうないのよ。魔法が使えない者は下がってなさい!」
「……っ」
メリナの表情が悔しげに歪む。
言い過ぎだとは思わない。実際、侍女のメリナは魔法が使えないのだから。
それに王国魔法騎士団が到着してしまえば乱戦になる恐れがある。いずれこの国を治める者として、王都の民に被害を与えるのは本望ではない。
「聖堂騎士達よ、構え!」
「構えーッ!」
テラミスの声を騎士団長が復唱し、聖堂騎士達が杖剣を魔法学園へ向ける。
そして白い手を一振りすると、騎士団長が声を張り上げた。
「放てーッ!」
「エルト・ラ・バルセタ・オーラ・ウィンダーレ!」
その瞬間、王立魔法学園がまばゆく輝いた。
風の衝撃波が一斉に放たれ、敷地に入る手前の障壁とぶつかり光の粒子となって消えてゆく。
「どうやら障壁魔法が展開されているようですな」
そう言ってきたのは、大柄の体躯に深紅の金属鎧と白いマントを着た青年、ゼノン=ゾルダートだ。髪はすべて剃られており、頭皮が太陽光を反射して光っている。
ゾルダート伯爵の弟であり、聖堂騎士団の団長を務める精鋭中の精鋭たる魔法使いである。
「それくらい想定済みよ。後は持久戦ね。裏切り者達の魔力と、レンの魔石が枯渇するまで撃ち続けなさい。王国魔法騎士団が到着するまでが勝負よ」
「かしこまりましたっ!」
胸に手を当てて一礼し、ゼノンは戦列に加わる。
テラミスも杖を構え、詠唱文を唱えた。
攻撃を開始して三十分ほどが経った。
魔法学園を覆う障壁は多重に張り巡らされており、聖堂騎士達の魔法攻撃を弾いている。
テラミスは一旦攻撃の手を止め、メリナに飲み物を持って来るよう命じて椅子に腰掛けた。
「ずいぶんとがんばるわね」
「敵も命懸けという事でしょうな。しかし如何に大魔力を持つ者でも、さすがにもう限界のはず。すでに魔石の備蓄へ手を出し、消耗している頃合いでしょう」
「ならこのまま畳みかけなさい。障壁を突破したらすぐにレンを捕まえるのよ」
「御意!」
そうして攻撃を続け、また三十分が過ぎた。
聖堂騎士達には疲れの色が見え、魔石の魔力だけで魔法を撃っているような状態になっている。
こちらの魔石残量はまだまだ余裕があるが、かなりの消費量だ。なのにいくら魔法を放っても一向に障壁がなくなる気配がない。
「……ぜんぜん崩せないわね。一体どれだけ耐えるのよ?」
「さすがは大賢者と名乗るだけはありますな。しかし魔石の備蓄もそろそろ枯渇する頃合いのはず。じきに突破できるでしょう」
「だったら早くしなさい。ハーヴィンお兄様が来る前に何としてでも障壁を崩すのよ!」
「ははぁっ!」
それから更に三十分が経過した。
魔法学園を覆う障壁は今なお健在で、聖堂騎士達の魔法をただの一発すら通していない。
「一体どうなっているのっ!?」
テラミスの怒声にメリナが肩をビクつかせた。
「こちらの魔石残量はもう半分なのよ!? なのにまだ突破できていないのはどうして!?」
「よほど大量に魔石を備蓄していたのでしょうな……。しかし敵もさすがにもう限界のはず。そろそろ障壁を打ち砕ける頃合いでしょう」
「あなたさっきからそればっかりじゃないの!」
「テラミス様、どうか落ち着き召されよ……」
「落ち着いてられる状況じゃないから言っているのよっ!」
ゼノンに怒鳴り散らし、テラミスはさっきまで自身が座っていた椅子を蹴り飛ばす。
魔石を使って障壁魔法を張り直しているにしても、この備蓄量は異常としか言いようがない。あらかじめ戦争の準備でもしていないとこれほど耐える事など不可能だろう。
(いえ……そうね。相手はかの大賢者レンなのだから、王位継承争いを予測していたとしてもおかしくはないわ。こうなる事も見越して魔石を大量に隠し持っていたのね……!)
憎々しい思いで魔法学園を睨み付ける。
そんな中、聖堂騎士の一人が駆け寄ってきた。
「テラミス様、大変です!」
「今度は何!?」
「王国魔法騎士団が進軍していると斥候から情報が入りました! まもなく王立魔法学園の南側へ到着する見込みとの事でございます!」
「こんな時に……っ」
拳を握り締め、歯噛みするテラミス。
「南側の兵を下がらせなさい! 民への被害を抑えるため、王国魔法騎士団への攻撃は必要最低限にするように!」
「はっ!」
聖堂騎士は即座に走り、兵達へ伝えに向かう。
その様子を尻目に、テラミスは頭を抱えていた。
「もう時間がない……。ここを崩せなければ撤退するしかないわ。一体どうすれば――」
「ならば我輩にお任せあれ!」
前に歩み出たのは聖堂騎士団長ゼノンである。
聖堂騎士の持つ杖剣ではなく金の短杖に持ち替え、大粒の魔石を手に魔法学園を鋭く睨む。
「かの名高い大賢者殿との戦いのため力を温存しておりましたが、ここに至ってはもはや出し惜しみなど愚策の極み! 全力をもってこの障壁に挑みましょうぞ!」
ゼノンは壮絶な笑みを浮かべて口ずさむ!
「我が必殺の大魔法の前に砕け散るがよい! エルト・ラ・スロヴ・ランザ・フロギス・ソリドア――ッ!!」
視界が一瞬光に染まった。
金の杖先に白く輝く灼熱の戦槍が出現し、猛然と放たれる。あたかもそれは火竜の息吹のごとき力強さでかすめた木々を炭化させ、貫いてゆく。
だが――
「なぁっ……!?」
流星のように燃え盛る戦槍が、障壁にぶつかって消滅したのだ。
「だ、団長の二属性魔法を防いだだとっ!?」
「相手にも二属性魔法を使える者がいるのか!?」
聖堂騎士団に動揺が走る。だがゼノンはそれ以上に驚いているようだった。
なぜなら消滅したのはゼノンの魔法だけで、障壁魔法は消えなかったからである。
「シャルドレイテ侯爵家の嫡男が二属性魔法を使えたはずだけれど……これはもはやそういう次元ではないわね」
通常、魔法同士がぶつかると相殺される。だが単属性魔法と二属性魔法がぶつかると、二属性魔法は威力を多少減じるだけで単属性魔法のみが消える。
ならば二属性魔法のみが消された現実を、どう捉えるべきなのか?
「まさか……三属性魔法の使い手がいるという事なの……?」
「三属性魔法の使い手など聞いた事がありませぬぞ!? それこそおとぎ話の英雄くらいではないですか!」
「実際に防がれているじゃないの! 目の前の現実を受け止めなさい、騎士団長!」
「うぐぅぅぅッ――何たる失態! 何たるザマ! 不甲斐ない我輩をどうかお許しくだされ……!!」
苦渋に表情を歪め、ゼノンは悔しげに膝を屈する。
テラミスは焦燥に包まれながら、王国魔法騎士団の足音をただ耳にしていた。
***
「何とかなったな」
学園舎二階の教室で、錬は窓を覗き込んでいた。
部屋にはジエットはもちろん、エスリやノーラ、そしてカインツ達などなどジエッタニア派の面々がそろっている。
いつでも撤退できるよう、皆が協力して材料や道具をバッグや木箱に詰め込んでいるのだ。
「二属性魔法が撃ち込まれた時は驚いたが、三属性魔法の障壁を用意しておいて正解だったな」
「でもまだ安心はできないよ。反対側に王国魔法騎士団が来てるし」
「そうだな。魔光石の有用性を連中に知られるわけにはいかない。充填済みの魔石はまだたくさんあるから、今のうちに防御を追加して退路を――」
話していた時、周囲に置いてある魔光石回路が一斉に光った。
「何、これ……?」
ジエットが驚いた様子で輝く魔光石回路の一つを覗き込む。
だがこの反応は以前も見た事がある。魔光石回路が魔法のセンサーになると判明した時の現象とまったく同じ。
それはつまり――
「まずい! 全員伏せろッ!」
「ひゃっ!?」
錬がジエットに覆い被さった直後、窓の外が閃光に包まれた。
激しく大地が鳴動し、強烈な風圧で伏せ損ねた数名の仲間が壁に叩き付けられる。燃え盛る飛沫が周辺の家屋を焦がし、まだら模様を焼き付ける。
しばらくして落ち着いた頃、錬は外の景色を見て絶句した。
美しい中庭のど真ん中に、火山の火口のような溶岩溜まりができていたのだ。
「三属性の障壁が一撃で……!?」
平民街への被害など意にも介さぬ攻撃に、皆が恐れおののく。
方角からして、撃ったのは王国魔法騎士団側だろう。
錬が廊下の窓から確認すると、その中には角笛のような三角錐の杖を構えるハーヴィンらしき姿があった。
「……ジエット、王家の秘宝の三つ目はなんだった?」
「えっと……終焉を告げる『ファラガの笛』だね」
終焉を告げるとは物騒な物言いだと、以前聞いた時に錬は思っていたが、今ようやくその意味がわかった気がした。
「おそらくそれは、四属性を組み込んだ魔法具だ」
0
あなたにおすすめの小説
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる