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第五章
92:出立準備
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作戦が決まり、錬はすぐさま行動に移した。
向かう先はバエナルド伯爵領。目的は人質となっている奴隷達の救出だ。
主要メンバーは錬、ジエット、パム、ノーラとカインツ、それから熊獣人のベルドである。
「オレモ、行クノカ……?」
不安げに耳を垂らす熊獣人。
善は急げと難民キャンプにいるベルドへ打診したのだが、いきなりの話で驚いたようだ。怖いのは顔だけで、中身はわりと小心者らしい。
「ベルドさんがいてくれた方がやりやすいんだ。どうしてもダメなら無理強いはしないけど」
「……イヤ、行コウ。オレモ、皆ヲ助ケタイ」
「ありがとう」
毛むくじゃらの手と握手をかわす。
「トコロデ、アレハ何ダ?」
ベルドの視線が向けられた先にあるのは木製の手作り自動車だ。
イラクサ収集のため錬とジエットが製作し、魔法学園脱出の際にも人や荷物の運搬に役立った逸品である。
「騎竜なしで走る竜車みたいなもんかな。魔石エンジンを搭載してあるんだ」
「魔石エンジンヲ……?」
ベルドは近付いて興味深そうに自動車を観察する。
「ナルホド、車輪ヲ回シテ走ルノカ……。コレニ乗ッテ行クノカ?」
「そうだ」
騎竜がたくさんいるのに、あえて自動車を使う理由はいくつかある。
まず、騎竜が消費する食糧と水がいらなくなる。動かすには魔石が必要になるが、夜になれば月の光と魔光石で走りながらでも補給できるため荷物を減らせるのだ。
また、自動車は疲れない。故障の心配はあるが、それは騎竜であっても同じ。むしろ現地で修理できる分、自動車の方が優秀とさえ言える。
話をしていると、ジエットが荷物を持ってきた。
「ごめん、ちょっと通してね」
「ジエッタニア様! それくらい我々がやりますのでどうかお休みください……!」
「いいのいいの。元気が有り余ってるから少しくらい運動させて」
ローズベル公爵軍の竜騎兵達の制止も振り切り、ジエットは鼻歌交じりに自動車へ荷物を積み込んでは残りを取りに戻る。
食糧や水の入った樽の他、魔石や魔光石に属性石、鉄釘、銅線といった材料の詰まった木箱や工具箱など、そこだけ重力がおかしいかのように大きな物資を片手で軽々と運んでいた。
「ジエットのやつ、ずいぶんとご機嫌だな。何かあったのか?」
「わかってて言ったんじゃないんですか?」
「何が?」
ノーラはジト目になりながら眼鏡のつるを持ち上げた。
「レンさんって鋭いのか鈍いのか時々わかりませんね……」
「魔法具の研究しか頭にないのだろう。ああいうのを朴念仁と呼ぶのだ。ノーラ、覚えておけ」
「ひどいなおい!?」
カインツとノーラは呆れた様子で頭を振っている。
それを見て、ベルドは何かを察したように優しげな顔で、肩をポンと叩いてきた。
「……ジエットハ、アア見エテ気ノ強イ女ダ。尻ニ敷カレナイヨウニナ」
「余計なお世話だよ、ちくしょう!」
そんなこんなで手早く準備を済ませ、半刻ほどで出発時間となった。
主要メンバーは自動車に乗り込み、使徒やローズベル公爵軍の竜騎兵も数名随伴のため騎竜にまたがっている。
「トランシーバーを複数組作っておいたので、作戦行動中は毎日定刻に連絡を取り合いましょう。それ以外で何か問題があったらすぐ教えてください」
「あなたに言われるまでもないわ」
ふんっとテラミスはそっぽを向いた。
不機嫌なのは気のせいではないだろう。
「ゼノン団長、何かあったんですか……?」
「それはもう。この作戦で大賢者殿が欲したのがジエッタニア様でしたゆえの――」
「うるさいわよゼノン!」
「うぉっほん! 少々口が滑ってしまいましたな。では皆様ご武運を。ジエッタニア様もどうかご無事で」
「うん。じゃあ行って来るね……じゃなかった。行ってまいりますわ、お姉様」
ジロリと睨まれ、慌ててジエットは口調を正す。
「あとで徹底的に教育してあげるから覚悟なさい、ジエッタニア」
「お、お手柔らかに~……」
半笑いでごまかすジエットである。
錬が運転席に乗り込みアクセルレバーを倒すと、ほどなく魔石エンジンが始動。陽が傾いた林道の中を自動車がゆく。
随伴の竜騎兵達も騎竜を走らせた。いよいよ出発だ。
その背後から、小さくか細い少女の声が錬の耳にかすかに届いた。
「……ちゃんと帰って来なさいよ。ジエッタニア、レン様」
向かう先はバエナルド伯爵領。目的は人質となっている奴隷達の救出だ。
主要メンバーは錬、ジエット、パム、ノーラとカインツ、それから熊獣人のベルドである。
「オレモ、行クノカ……?」
不安げに耳を垂らす熊獣人。
善は急げと難民キャンプにいるベルドへ打診したのだが、いきなりの話で驚いたようだ。怖いのは顔だけで、中身はわりと小心者らしい。
「ベルドさんがいてくれた方がやりやすいんだ。どうしてもダメなら無理強いはしないけど」
「……イヤ、行コウ。オレモ、皆ヲ助ケタイ」
「ありがとう」
毛むくじゃらの手と握手をかわす。
「トコロデ、アレハ何ダ?」
ベルドの視線が向けられた先にあるのは木製の手作り自動車だ。
イラクサ収集のため錬とジエットが製作し、魔法学園脱出の際にも人や荷物の運搬に役立った逸品である。
「騎竜なしで走る竜車みたいなもんかな。魔石エンジンを搭載してあるんだ」
「魔石エンジンヲ……?」
ベルドは近付いて興味深そうに自動車を観察する。
「ナルホド、車輪ヲ回シテ走ルノカ……。コレニ乗ッテ行クノカ?」
「そうだ」
騎竜がたくさんいるのに、あえて自動車を使う理由はいくつかある。
まず、騎竜が消費する食糧と水がいらなくなる。動かすには魔石が必要になるが、夜になれば月の光と魔光石で走りながらでも補給できるため荷物を減らせるのだ。
また、自動車は疲れない。故障の心配はあるが、それは騎竜であっても同じ。むしろ現地で修理できる分、自動車の方が優秀とさえ言える。
話をしていると、ジエットが荷物を持ってきた。
「ごめん、ちょっと通してね」
「ジエッタニア様! それくらい我々がやりますのでどうかお休みください……!」
「いいのいいの。元気が有り余ってるから少しくらい運動させて」
ローズベル公爵軍の竜騎兵達の制止も振り切り、ジエットは鼻歌交じりに自動車へ荷物を積み込んでは残りを取りに戻る。
食糧や水の入った樽の他、魔石や魔光石に属性石、鉄釘、銅線といった材料の詰まった木箱や工具箱など、そこだけ重力がおかしいかのように大きな物資を片手で軽々と運んでいた。
「ジエットのやつ、ずいぶんとご機嫌だな。何かあったのか?」
「わかってて言ったんじゃないんですか?」
「何が?」
ノーラはジト目になりながら眼鏡のつるを持ち上げた。
「レンさんって鋭いのか鈍いのか時々わかりませんね……」
「魔法具の研究しか頭にないのだろう。ああいうのを朴念仁と呼ぶのだ。ノーラ、覚えておけ」
「ひどいなおい!?」
カインツとノーラは呆れた様子で頭を振っている。
それを見て、ベルドは何かを察したように優しげな顔で、肩をポンと叩いてきた。
「……ジエットハ、アア見エテ気ノ強イ女ダ。尻ニ敷カレナイヨウニナ」
「余計なお世話だよ、ちくしょう!」
そんなこんなで手早く準備を済ませ、半刻ほどで出発時間となった。
主要メンバーは自動車に乗り込み、使徒やローズベル公爵軍の竜騎兵も数名随伴のため騎竜にまたがっている。
「トランシーバーを複数組作っておいたので、作戦行動中は毎日定刻に連絡を取り合いましょう。それ以外で何か問題があったらすぐ教えてください」
「あなたに言われるまでもないわ」
ふんっとテラミスはそっぽを向いた。
不機嫌なのは気のせいではないだろう。
「ゼノン団長、何かあったんですか……?」
「それはもう。この作戦で大賢者殿が欲したのがジエッタニア様でしたゆえの――」
「うるさいわよゼノン!」
「うぉっほん! 少々口が滑ってしまいましたな。では皆様ご武運を。ジエッタニア様もどうかご無事で」
「うん。じゃあ行って来るね……じゃなかった。行ってまいりますわ、お姉様」
ジロリと睨まれ、慌ててジエットは口調を正す。
「あとで徹底的に教育してあげるから覚悟なさい、ジエッタニア」
「お、お手柔らかに~……」
半笑いでごまかすジエットである。
錬が運転席に乗り込みアクセルレバーを倒すと、ほどなく魔石エンジンが始動。陽が傾いた林道の中を自動車がゆく。
随伴の竜騎兵達も騎竜を走らせた。いよいよ出発だ。
その背後から、小さくか細い少女の声が錬の耳にかすかに届いた。
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