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第五章
102:恩讐の人
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大砂蟲が姿を現してから、一瞬の間があった。
万一にも狙われないよう錬は静かに魔光石シールドを停止させ、ジエットもまたアラマタールの杖を地面に置いて口を閉ざしていた。
そうなれば必然、獲物は決まる。
今まさに魔弾を放つ寸前のファラガの笛、そして岩人形を操るエムトハの魔術師に反応したのだろう。グバッと四つに割れた口を開いてハーヴィンに襲い掛かる。
「く、くそぉ……!!」
もはや考える時間はなかったようだ。
ハーヴィンはファラガの笛を大砂蟲へ向け、魔弾を放つ。
それは地獄の業火のごとく敵を焼き尽くし、貫き、空を焦がす。焼かれるそばから肉が再生するが、再生速度を上回る熱量に苦悶し巨体が揺れる。
さしもの大砂蟲とて四属性魔法の直撃には耐えられなかったのだろう。肉の一片すら残さず蒸発し、スタンピードの主はこの世から消滅した。
「はぁっ……はぁっ……!」
肩で息をするハーヴィン。
すべてが収まった後、錬は魔石銃を構えた。
「俺達の勝ちです、社長。大人しく投降してください」
ハーヴィンは大砂蟲が出てきた地面の穴を虚ろに眺め、ぽつりとつぶやく。
「……先ほど君は、私の事が嫌いではないと言ったな。前世の自分を死なせた張本人と知ってなおそう言えるのかね?」
「はい」
「それは結構。だが……私は君が嫌いだ」
ハーヴィンは力なくうなだれた。
「君だけじゃない。人間が嫌いなのだ。君が死んだ事で、私は世間から痛烈に批判された。家には毎日イタズラ電話がかけられ、ポストにはゴミが詰め込まれる。玄関のドアには落書きや張り紙が当たり前。そうして追い詰められ、最後には自害するに至った……。前世の私はそうして死んだのだ」
「そうだったんですか……」
「たしかに私は、社員らを悪辣な環境で働かせた。それでも誓って言うが、君を死なせるつもりなどなかったのだ。しかし世間の馬鹿どもは私を殺人鬼呼ばわりし、ゴミクズのようにネットで叩いた。司法によって裁かれた私を、更にどん底にまで突き落としたのは民衆だ。奴らにどれほどの価値がある!? 否、人間に価値などない! 皆等しくゴミクズなのだ!」
「!?」
ハーヴィンが胸元から何かを取り出した。
魔石銃だ。
杖にあたるパーツがない事から、おそらく初期型なのだろう。
魔光石シールドを停止させた今の錬なら致命傷は免れないが、こちらの魔石銃は三属性だ。反撃すれば負ける事はありえない。
それなのにわずかな一瞬、錬はトリガーを引く指に迷いが生じた。
ハーヴィンに前世の社長の笑顔を重ね、躊躇したのだ。
「死ねぇッ!!!!」
初期型魔石銃が光り、指向性爆発を生じさせる。
「がぁっ……!?」
右腕が宙を舞い、血飛沫を上げて落ちる。
錬のものではない。吹き飛ばされたのはハーヴィンの右腕だった。
爆炎が届く寸前にジエットが魔石銃を撃ったのだ。
「だめだよ……」
ジエットはかすれる声で言った。
「レンにとってハーヴィンお兄様が恩人なら、殺しちゃいけない。だからそれは私の役目だよ」
「ジエット……」
悲しげに目を細め、ジエットは魔石銃を持つ手を下ろす。そして大の字に横たわるハーヴィンを見つめた。
「ふ……ふはは……! そうか、トドメはジエッタニアが刺すか。それもいいだろう……」
「ハーヴィンお兄様、一つ聞かせて」
「……なんだ」
「どうしてお父様を殺したの?」
「ああ、その事か……」
ハーヴィンはつまらなさそうに眉を寄せた。
「ジエッタニアを次代の王に指名しようとしていたからだ」
「私を……?」
意外な答えにジエットは瞠目する。錬も内心の驚きを隠せなかった。
「王とてすべてを独断で決める事はできない。周りの者達の意向も聞かねば誰も付いて来ないからな。とりわけ私が魔力至上主義を広めた事で、父上はそれを無視できなくなった。あの男はそんながんじがらめの中で、私ではなくあえてジエッタニアに王位を継がせようとしたのだ」
「そんな……どうして……?」
「魔力を持たない半獣として生まれ、奴隷を経験し、大賢者を味方にした王女だからだ。ジエッタニアならばヴァールハイト王国をより良い国に変えてくれる……そう告げて、王太子である私への王位継承を拒絶した。だから、暗殺した……」
ごぼ、と血を吐き、ハーヴィンはうめく。
「……私はもうすぐ死ぬ。わがままを言うようで悪いが、私の死を看取ってはくれないか。最期くらいは血を分けた妹であるお前に頼みたい」
ジエットは涙を滲ませ、うなずいた。ハーヴィンに歩み寄り、膝をつく。
その一瞬――ハーヴィンの左手が動いた。
ジエットの胸元に魔法具を押し付け、突き飛ばす。
「えっ? なに、これ……?」
薄らと光を帯びた半球状の魔法具がジエットの胸元に貼り付けられている。
「は……はは……! これでお前も道連れだ! 最後の最後で甘さを見せるからそうなる……!」
「なんだ? 社長、これはなんの魔法具だ!?」
「これか? たしか……ケラットラットの鍵とかいう名だったかな? まぁ、時限爆弾のようなものだ」
「時限……爆弾!?」
錬の顔から血の気が引いた。
ジエットもしきりに困惑している。
「これを売った隣国の貴族によれば、どんなに堅牢な錠前でも破壊してしまえば開けられるため、製作者により鍵と名付けられたそうだ。いささか乱暴だが、一理あるとは思わないか?」
「社長、あんたって人は……ッ」
「恨むか? それでいい……。私が前世でさまよった地獄を、君もぜひ体験したま……え……!」
ハーヴィンは楽しげに笑い、そしてそれきり動かなくなった。
万一にも狙われないよう錬は静かに魔光石シールドを停止させ、ジエットもまたアラマタールの杖を地面に置いて口を閉ざしていた。
そうなれば必然、獲物は決まる。
今まさに魔弾を放つ寸前のファラガの笛、そして岩人形を操るエムトハの魔術師に反応したのだろう。グバッと四つに割れた口を開いてハーヴィンに襲い掛かる。
「く、くそぉ……!!」
もはや考える時間はなかったようだ。
ハーヴィンはファラガの笛を大砂蟲へ向け、魔弾を放つ。
それは地獄の業火のごとく敵を焼き尽くし、貫き、空を焦がす。焼かれるそばから肉が再生するが、再生速度を上回る熱量に苦悶し巨体が揺れる。
さしもの大砂蟲とて四属性魔法の直撃には耐えられなかったのだろう。肉の一片すら残さず蒸発し、スタンピードの主はこの世から消滅した。
「はぁっ……はぁっ……!」
肩で息をするハーヴィン。
すべてが収まった後、錬は魔石銃を構えた。
「俺達の勝ちです、社長。大人しく投降してください」
ハーヴィンは大砂蟲が出てきた地面の穴を虚ろに眺め、ぽつりとつぶやく。
「……先ほど君は、私の事が嫌いではないと言ったな。前世の自分を死なせた張本人と知ってなおそう言えるのかね?」
「はい」
「それは結構。だが……私は君が嫌いだ」
ハーヴィンは力なくうなだれた。
「君だけじゃない。人間が嫌いなのだ。君が死んだ事で、私は世間から痛烈に批判された。家には毎日イタズラ電話がかけられ、ポストにはゴミが詰め込まれる。玄関のドアには落書きや張り紙が当たり前。そうして追い詰められ、最後には自害するに至った……。前世の私はそうして死んだのだ」
「そうだったんですか……」
「たしかに私は、社員らを悪辣な環境で働かせた。それでも誓って言うが、君を死なせるつもりなどなかったのだ。しかし世間の馬鹿どもは私を殺人鬼呼ばわりし、ゴミクズのようにネットで叩いた。司法によって裁かれた私を、更にどん底にまで突き落としたのは民衆だ。奴らにどれほどの価値がある!? 否、人間に価値などない! 皆等しくゴミクズなのだ!」
「!?」
ハーヴィンが胸元から何かを取り出した。
魔石銃だ。
杖にあたるパーツがない事から、おそらく初期型なのだろう。
魔光石シールドを停止させた今の錬なら致命傷は免れないが、こちらの魔石銃は三属性だ。反撃すれば負ける事はありえない。
それなのにわずかな一瞬、錬はトリガーを引く指に迷いが生じた。
ハーヴィンに前世の社長の笑顔を重ね、躊躇したのだ。
「死ねぇッ!!!!」
初期型魔石銃が光り、指向性爆発を生じさせる。
「がぁっ……!?」
右腕が宙を舞い、血飛沫を上げて落ちる。
錬のものではない。吹き飛ばされたのはハーヴィンの右腕だった。
爆炎が届く寸前にジエットが魔石銃を撃ったのだ。
「だめだよ……」
ジエットはかすれる声で言った。
「レンにとってハーヴィンお兄様が恩人なら、殺しちゃいけない。だからそれは私の役目だよ」
「ジエット……」
悲しげに目を細め、ジエットは魔石銃を持つ手を下ろす。そして大の字に横たわるハーヴィンを見つめた。
「ふ……ふはは……! そうか、トドメはジエッタニアが刺すか。それもいいだろう……」
「ハーヴィンお兄様、一つ聞かせて」
「……なんだ」
「どうしてお父様を殺したの?」
「ああ、その事か……」
ハーヴィンはつまらなさそうに眉を寄せた。
「ジエッタニアを次代の王に指名しようとしていたからだ」
「私を……?」
意外な答えにジエットは瞠目する。錬も内心の驚きを隠せなかった。
「王とてすべてを独断で決める事はできない。周りの者達の意向も聞かねば誰も付いて来ないからな。とりわけ私が魔力至上主義を広めた事で、父上はそれを無視できなくなった。あの男はそんながんじがらめの中で、私ではなくあえてジエッタニアに王位を継がせようとしたのだ」
「そんな……どうして……?」
「魔力を持たない半獣として生まれ、奴隷を経験し、大賢者を味方にした王女だからだ。ジエッタニアならばヴァールハイト王国をより良い国に変えてくれる……そう告げて、王太子である私への王位継承を拒絶した。だから、暗殺した……」
ごぼ、と血を吐き、ハーヴィンはうめく。
「……私はもうすぐ死ぬ。わがままを言うようで悪いが、私の死を看取ってはくれないか。最期くらいは血を分けた妹であるお前に頼みたい」
ジエットは涙を滲ませ、うなずいた。ハーヴィンに歩み寄り、膝をつく。
その一瞬――ハーヴィンの左手が動いた。
ジエットの胸元に魔法具を押し付け、突き飛ばす。
「えっ? なに、これ……?」
薄らと光を帯びた半球状の魔法具がジエットの胸元に貼り付けられている。
「は……はは……! これでお前も道連れだ! 最後の最後で甘さを見せるからそうなる……!」
「なんだ? 社長、これはなんの魔法具だ!?」
「これか? たしか……ケラットラットの鍵とかいう名だったかな? まぁ、時限爆弾のようなものだ」
「時限……爆弾!?」
錬の顔から血の気が引いた。
ジエットもしきりに困惑している。
「これを売った隣国の貴族によれば、どんなに堅牢な錠前でも破壊してしまえば開けられるため、製作者により鍵と名付けられたそうだ。いささか乱暴だが、一理あるとは思わないか?」
「社長、あんたって人は……ッ」
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