エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ

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第五章

103:単純なる答え

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 夜明けの光が射す森の入り口で、錬はジエットの前にひざまずいた。

 時限爆弾というからには、爆発するまでに猶予があるはずだ。ならその間に外してしまえばいい。

「見せてみろ」

「う、うん……」

 ジエットの胸元に付けられた魔法具を錬は観察する。

 半球状の中央に大粒の魔石がはめ込まれ、その周りをほのかに光る小粒の魔光石が花びらのように取り囲んでいる。

 魔光石は三十個あり、そのうち一個が暗い。どうやら十秒ほど経つごとに光が一つずつ消えていくようだ。

「十秒くらいで光が一つ消えるって事は、三百秒……約五分だな。それがタイムリミットか」

 これまで納期の短い案件ばかり山ほど持ってきてはデスマーチを繰り返していたが、まさか締め切りが五分とは過去最短記録を更新だ。

(くそっ、社長め……最後の最後にとんでもない置き土産をしやがって……!)

 苦虫を噛む思いで調べていると、ジエットが表情を曇らせた。

「これ……本当に爆発するのかな?」

「……わからん。でも構造を見る限りでは充分ありえる」

 ハーヴィンの話が事実かはわからない。もしかしたら盛大なハッタリで、死ぬ間際に嫌がらせをしただけかもしれない。

 だがそれでも実際に爆発してジエットが死ぬ可能性がある以上、絶対に放置するわけにはいかない。

「とにかくこいつを外そう。服にくっついてるなら脱げば取れないか?」

「ん……」

 ジエットが上着を脱ごうと引っ張る。しかしまるで接着剤を付けたかのように微動だにしない。

「無理みたい。見えない何かで固定されてる」

「見えない何か……って事は最低でも風属性が使われてるな」

 魔光石の光は一つ、また一つと消えていく。

『ケラットラットの鍵』なる魔法具の構造は、おそらく錬の作ったタイマー式魔石銃と似たようなものだろう。

 発振器とカウンタ回路のような動作をする仕掛けがあれば、時間差で魔法を発動させる事は可能である。

(問題は、仕掛けがわかっても外し方がわからない事だな……)

 何しろ外装に継ぎ目がなく、つるりとしている。魔石を外せないかとも思ったが、これも見えない障壁のせいで触る事ができないのだ。

(外せないなら破壊するしかないか……)

 ジエットに当たらないよう、錬は魔法具の表層をかすめる角度で三属性魔石銃を撃ってみる。

 トリガーをゆっくり引くとまばゆく輝く魔力の塊が射出され――けれど障壁とぶつかって消滅した。

 錬の放った三属性魔法だけが消滅したのだ。

「おい嘘だろ!? まさかこいつも四属性の魔法具って事なのか……!?」

 恐るべき事実に戦慄する。

 ここに来て水の属性石を内包する新たな魔法具が見つかるとはさすがに予想できなかった。ハーヴィンも恐らくこの事には気付いていなかっただろう。

 しかしここにはファラガの笛がある。四属性同士ならば打ち消し合うが、魔石を消耗させられる。それならば機能停止に追い込む事もできるかもしれない。

 ハーヴィンの亡骸を探り、ファラガの笛を拾う。だが一見してそれとわかるようなスイッチやレバーの類いはどこにもなかった。滑らかな曲線を描く三角錐の棒で、どうやって動かすのか見当も付かない。

「ジエット、ファラガの笛の使い方は知らないのか?」

「わからないよ」

「本当に? 忘れてるとかじゃなく?」

「本当に知らないの。ランドールお兄様から教わったのは、アラマタールの杖の使い方だけだよ」

「……ならテラミス王女だ。同じ王族なら知ってるかもしれない」

 急いでトランシーバーを取り出すが、けれど聞こえてくるのはホワイトノイズだけだった。さすがに魔樹の森は遠すぎて通信圏外のようだ。

(どうする……!?)

 焦燥に包まれながらも錬は思考を巡らせる。

 ジエットは顔面蒼白になりながら、声を震わせた。

「な、何とかなりそう……?」

「……」

 もはや返事をする余裕もない。こめかみを伝う汗も拭わず、錬はひたすら外す方法を探す。

 時間は刻一刻と過ぎ、光る魔光石は半分になった。それでも解決策が見えてこない。

 そんな黙り込む錬を目にし、ジエットはうつむいた。

「もう……いいよ。レンは離れて」

「何言ってんだ。まだ外せてないんだぞ?」

「だって、このままじゃレンまで巻き込まれちゃうよ……!」

「今逃げたとして、それでどうする? 君がいなくちゃ始まらないんだ」

「奴隷制度の廃止の事なら、テラミスお姉様がいれば大丈夫だよ。私がいなくたって……私一人いなくたって、何とかなるよ!」

「ジエット……」

「本当はね、わかってた。私なんかより、お姉様の方がレンに相応しいって……。王族の気品も、教養も、人脈も、政治力も、何もかも私には足りてない。私は王の器じゃない! レンはお姉様と一緒にいるべきなの! だからお願い、早く逃げてよ……っ!」

 息も絶え絶えになりながらぽろぽろと涙を流し、ジエットは必死に言葉を紡ぐ。まるで押し潰されそうな心を奮い立たせるように。

 たしかにジエットの言う通り、今のテラミスなら奴隷制度の廃止に協力してくれるだろう。

 テラミスが味方にいて、ハーヴィンという最大の障害がなくなった今、ジエットの存在は必ずしもなくてはならないものではなくなっている。

(なら……俺はどうして逃げないんだ?)

 錬は自問自答する。

(ジエットに対する恩義のせいか? 共に戦うと誓ったからか? それとも死を前にした彼女への同情心か?)

 どれも合っていそうで、しかしどれも違う気がする。

 結局のところ、答えは単純なのだ。

(俺はたぶん……ジエットの事が好きなんだろうな)

 表彰式でハーヴィンに勧誘された時も、地下牢でメリナに手を差し伸べられた時も、錬の心は動かなかった。決して悪い条件ではなかったが、ジエットの笑顔を曇らせたくなかったのだ。

 ならば今まさに曇っている彼女の表情を晴らせてやらねばならない。

(……ないなら作れ! わからないならわかるものに変えろ! 俺はエンジニアだろッ!)

 錬はファラガの笛を振り被り、手近な岩に叩き付けた。

 頑丈な作りのようで、一度や二度では壊れない。ならばと魔石銃で外装を無理矢理破壊し、内部構造をあらわにする。

 その中から、青くきらめく透き通った石をつまみ上げた。

 幾度も探しては徒労を重ね、ついぞ見つからなかった最後の一つ――水の属性石だ。

「どうして……どうして逃げてくれないの……?」

 涙ながらに懇願するジエットへ、錬は優しく諭すように言った。

「俺は以前誓ったはずだ。君の死に場所を戦場にはしないと。全力で支える約束だってある。俺を嘘吐き野郎にしてくれるな」

「だ、だって……時間がもう、ないのに……」

 光る魔光石は残り五つになっている。どうやら一分を切ってしまったようだ。もはや魔石の魔力切れを狙う時間もない。

「……だったらこうだ」

 錬は停止させていた三属性魔光石シールドに、水の属性石を組み込んだ。ハーヴィンが持っていた大粒の魔石も拝借し、シールドのものと交換する。

 そして三属性魔石銃を撃ってみると、魔弾が放たれる事なく銃口で弾けて粒子を散らした。

「これで四属性魔光石シールドになった。今君を守ってるのは世界最強の盾だぞ?」

 ニッと笑いかけ、錬はジエットをそっと抱き寄せた。

 白銀の髪が頬をくすぐり、細身の体が彼女の温もりを伝えてくる。こぼれた涙が袖を濡らし、そこだけが少し冷たかった。

「君を置いて逃げる必要はない。なんたって俺は、この世の深淵を見通すらしい大賢者様なんだからな」

 次の瞬間、胸元の魔法具が最後の光を失い――
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