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第五章
104:戦いの爪痕
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ハーヴィンが倒れてからおよそ半年。
テラミス=ディーネ=ヴァールハイトは玉座の間で、王国の再建のため大臣らの意見を聞いていた。
「――という状況でして、王都周辺の治安回復、および貧困層への支援が急務となっております。何とぞご一考を」
「では人員と予算を手配しましょう。あとで報告書を提出するように」
「かしこまりました」
「次」
「はっ。このたび魔樹の森にてスタンピードの兆候がなくなった事を受けて、王国を挙げて調査すべきではないかと愚考致します」
「あそこは資源の宝庫だものね。いいでしょう。あなたが責任者として進めなさい」
「お任せくださいませ」
そうして最後の一人が下がったのを見て、テラミスは大きくため息をついた。
「はぁぁ~……疲れた。王様というのも面倒くさいものね」
「その面倒をこなしてこそ民の幸福を守れるのです。テラミス様」
しれっとした顔で言ったのは侍女のメリナである。
「それはそうだけれど、忙しすぎじゃないかしら?」
「王太子殿下が遺した爪痕は大きいですから。それよりちゃんとお座りくださいませ。そのようなだらしないお姿を見せては王家の威信にも影響致します」
「わ、わかってるわよ……」
テラミスは姿勢を正し、髪を払う。
以前のメリナは何をやるにも肯定ばかりだったが、最近は諫めるような事も平気で言うようになった。その事がテラミスには少し嬉しく思える。
それもこれもすべて大賢者レンとジエッタニアのおかげだった。
一時は敵対し、煮え湯を呑まされたが、それを覆して余りあるほどの莫大な恩恵を彼らはヴァールハイト王国にもたらした。
王都の通りでは竜車に混じって自動車が走り、人や物を運搬する要となっている。布の大量生産を可能にした紡績機と自動織機は庶民にファッションの流行をもたらした。
もはや魔石エンジンのない生活など考えられないほどに、それらは人々の生活に浸透しているのだ。
大賢者レンとジエッタニア王女の物語は、いまや劇場の演目にもなり、吟遊詩人達により外国にまでその名が届くほどの語り草になっているらしい。
そんな二人が、王宮にいない。その事がテラミスは少し寂しかった。
「……ねぇ、メリナ」
「いかが致しました?」
「色々と悩んでいたのだけれど、やはり王国を挙げてレンとジエッタニアの功績を讃える必要があるのではないかしら。そこで考えたのだけれど、あの二人の石像を建造するのはどう?」
王国の発展に貢献した偉人を讃えるために石像を作るのはままある事だ。とりわけ有名なのはマーサ・ローダン橋の像だろう。
メリナはわずかばかり黙考し、そっと目を伏せた。
「非常に良い案かと」
「本当? おべっかを使ってはいない?」
「使っておりません」
「そう? じゃあ早速大臣達に提案を――」
話している時、来客の報せが届いた。王立魔法学園の学園長エスリ=ローズベルが到着したようだ。
「すぐ通しなさい」
「は」
そうしてしばらく待っていると、エスリがやってきた。
「ご無沙汰しておりますわ、テラミス王女殿下――いえ、女王陛下代理とお呼びした方がよかったでしょうか?」
「どちらでも結構よ。それよりも……」
テラミスが視線を向けると、そこには待ちに待っていた二人の顔ぶれがあった。
錬とジエットだ。
「お久しぶりです、お姉様」
「ただいま戻りました」
はにかむジエットと、ぎこちなくひざまずく錬。彼らの無事な姿を見て、テラミスは安堵の息をついた。
ハーヴィンとの戦いの後、ジエットは胸に重傷を負った。
魔法具『ケラットラットの鍵』は四属性魔法を放ったが、錬の魔光石シールドはそれを見事防ぎ切った。
だが打ち消された魔法の魔力は衝撃波をもたらし、ジエットの胸を強く打ったのだ。幸運にも死にはしなかったが、一時は死の淵をさまよったらしい。
どうにか一命を取り留めたものの、当時の王都は混乱の真っ只中。そこでローズベル公爵領にてジエットは体を休める事にした。
そんな彼らの療養期間、王が不在では困るとして急遽テラミスが女王代理となったのである。
「もう体は大丈夫なの? ジエッタニア」
「何とか。もう胸の痛みもあまりなくなりました」
「ジエットは熊獣人の血が半分流れているせいか、体は頑丈みたいですよ。回復力だけなら大砂蟲にも勝てるかも」
「もう、レンったら!」
ぷくっと頬を膨らませるジエットに、錬はなだめすかすようにして謝る。
玉座の間にいるというのに緊張感がまるでない。
「まったく、あなた達がいない間苦労しましたのよ?」
「ご心配をおかけしました」
「ごめんね、お姉様」
不器用に答える二人に、テラミスは思わず笑みがこぼれる。いつもなら厳しく躾けるところだが、今日この非公式の場でくらいは構わないだろう。
テラミスは二人のそばに歩み寄り、ジエットを抱き締めた。
「無事でよかったわ。お帰りなさい、二人とも」
テラミス=ディーネ=ヴァールハイトは玉座の間で、王国の再建のため大臣らの意見を聞いていた。
「――という状況でして、王都周辺の治安回復、および貧困層への支援が急務となっております。何とぞご一考を」
「では人員と予算を手配しましょう。あとで報告書を提出するように」
「かしこまりました」
「次」
「はっ。このたび魔樹の森にてスタンピードの兆候がなくなった事を受けて、王国を挙げて調査すべきではないかと愚考致します」
「あそこは資源の宝庫だものね。いいでしょう。あなたが責任者として進めなさい」
「お任せくださいませ」
そうして最後の一人が下がったのを見て、テラミスは大きくため息をついた。
「はぁぁ~……疲れた。王様というのも面倒くさいものね」
「その面倒をこなしてこそ民の幸福を守れるのです。テラミス様」
しれっとした顔で言ったのは侍女のメリナである。
「それはそうだけれど、忙しすぎじゃないかしら?」
「王太子殿下が遺した爪痕は大きいですから。それよりちゃんとお座りくださいませ。そのようなだらしないお姿を見せては王家の威信にも影響致します」
「わ、わかってるわよ……」
テラミスは姿勢を正し、髪を払う。
以前のメリナは何をやるにも肯定ばかりだったが、最近は諫めるような事も平気で言うようになった。その事がテラミスには少し嬉しく思える。
それもこれもすべて大賢者レンとジエッタニアのおかげだった。
一時は敵対し、煮え湯を呑まされたが、それを覆して余りあるほどの莫大な恩恵を彼らはヴァールハイト王国にもたらした。
王都の通りでは竜車に混じって自動車が走り、人や物を運搬する要となっている。布の大量生産を可能にした紡績機と自動織機は庶民にファッションの流行をもたらした。
もはや魔石エンジンのない生活など考えられないほどに、それらは人々の生活に浸透しているのだ。
大賢者レンとジエッタニア王女の物語は、いまや劇場の演目にもなり、吟遊詩人達により外国にまでその名が届くほどの語り草になっているらしい。
そんな二人が、王宮にいない。その事がテラミスは少し寂しかった。
「……ねぇ、メリナ」
「いかが致しました?」
「色々と悩んでいたのだけれど、やはり王国を挙げてレンとジエッタニアの功績を讃える必要があるのではないかしら。そこで考えたのだけれど、あの二人の石像を建造するのはどう?」
王国の発展に貢献した偉人を讃えるために石像を作るのはままある事だ。とりわけ有名なのはマーサ・ローダン橋の像だろう。
メリナはわずかばかり黙考し、そっと目を伏せた。
「非常に良い案かと」
「本当? おべっかを使ってはいない?」
「使っておりません」
「そう? じゃあ早速大臣達に提案を――」
話している時、来客の報せが届いた。王立魔法学園の学園長エスリ=ローズベルが到着したようだ。
「すぐ通しなさい」
「は」
そうしてしばらく待っていると、エスリがやってきた。
「ご無沙汰しておりますわ、テラミス王女殿下――いえ、女王陛下代理とお呼びした方がよかったでしょうか?」
「どちらでも結構よ。それよりも……」
テラミスが視線を向けると、そこには待ちに待っていた二人の顔ぶれがあった。
錬とジエットだ。
「お久しぶりです、お姉様」
「ただいま戻りました」
はにかむジエットと、ぎこちなくひざまずく錬。彼らの無事な姿を見て、テラミスは安堵の息をついた。
ハーヴィンとの戦いの後、ジエットは胸に重傷を負った。
魔法具『ケラットラットの鍵』は四属性魔法を放ったが、錬の魔光石シールドはそれを見事防ぎ切った。
だが打ち消された魔法の魔力は衝撃波をもたらし、ジエットの胸を強く打ったのだ。幸運にも死にはしなかったが、一時は死の淵をさまよったらしい。
どうにか一命を取り留めたものの、当時の王都は混乱の真っ只中。そこでローズベル公爵領にてジエットは体を休める事にした。
そんな彼らの療養期間、王が不在では困るとして急遽テラミスが女王代理となったのである。
「もう体は大丈夫なの? ジエッタニア」
「何とか。もう胸の痛みもあまりなくなりました」
「ジエットは熊獣人の血が半分流れているせいか、体は頑丈みたいですよ。回復力だけなら大砂蟲にも勝てるかも」
「もう、レンったら!」
ぷくっと頬を膨らませるジエットに、錬はなだめすかすようにして謝る。
玉座の間にいるというのに緊張感がまるでない。
「まったく、あなた達がいない間苦労しましたのよ?」
「ご心配をおかけしました」
「ごめんね、お姉様」
不器用に答える二人に、テラミスは思わず笑みがこぼれる。いつもなら厳しく躾けるところだが、今日この非公式の場でくらいは構わないだろう。
テラミスは二人のそばに歩み寄り、ジエットを抱き締めた。
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