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第11話 記憶違いがありました
しおりを挟むデモ行進から一夜が明け、私はお出かけの準備をしています。
昨日、私たちは大人しく彼らが過ぎ去るのを待ちましたが、別の場所で治安維持隊による取り締まりが入ったようです。思ったよりは被害も大きくなかったと聞いています。
コルセットを絞めながら、侍女たちが不満そうな声をあげました。
「やっぱり、殿下とご一緒に訪問なさるのは賛成できませんわ」
「また昨日のような危ない目に遭うかもしれませんし、あたしも行かないでほしいですぅ」
「ぐえー」
締めすぎなんですけど締めすぎだって伝えることができない!
むせたところで少し緩めてもらえました。
呼吸を整える間も、侍女たちのお喋りは続きます。
「大体、婚約したからと言って一緒に行かずともいいと思うのですぅ」
「そうですわ。元々は別々に活動されていたのですから!」
ペチコートを被って整え、シャツを着て袖のボタンを留めてもらいます。
「でも孤児院への寄付も訪問も、そもそも私が殿下の真似をして始めた支援事業だし……」
確か成人する少し前に、アーサー様の気を引きたいと考えたエメリナが彼の真似をしたのだと、原作のどこかに書いてありました。何度も読み返しましたからね、エメリナだって嫉妬深いところを除けば可愛いところがあるのだと知っていますよ。
私がそう言うと、侍女たちの手がぱたりと止まりました。
「何をおっしゃいますかぁ。孤児院への支援はお嬢様が先でございますよぅ」
「え」
「そうですわ。わたくしは今でもありありと思い出せます。親のない子どもたちにも学びの機会をと、大人びた表情でおっしゃっていたのを!」
一瞬、目の前が真っ白になりました。
あら? そう言えばそうだった気がします。原作ではなく、自身の、エメリナの過去を振り返れば確かに……。
控えていたメイドがおずおずと声をあげました。
「あの。スカラリーメイドの中に、お嬢様が孤児院から連れていらした者がおります。その者に出会って、お嬢様は孤児院への支援に踏み切られたと記憶しております」
「そう……そうだったわね」
このタウンハウスには、少し長い見習い期間を経てメイドとして働く元孤児が複数名います。彼女たちはエメリナが、というか私が連れて来たのは間違いありません。たまたま目にした孤児院の酷い有り様に心を痛め、どうにかしたいと思って。侍女たちの言うように、アーサー様が孤児院支援に乗り出したのはそのあとのことです。
前世を思い出したのが最近というだけで、魂は周防エミリである……ということかもしれませんね。
あら? それでは、ずっと前からもう原作と違う部分があったということ?
とは言ってもその程度は誤差というか、何か影響を及ぼすとは思いませんけど。
グレーと赤とバーガンディーの三色からなるチェックのドレスを着て、準備が完了です。
「なんにせよ、今のタイミングで殿下の公務への同行をお断りしたら、世論に大きな影響を与えてしまうわ。大丈夫、騒いでるのはごく一部の人だけなんだから」
先触れはもうとうに来ていますし、アーサー様ももうすぐいらっしゃるはず。
鏡で最後のチェックをします。うん、エメリナは本当に綺麗。
頷いて、部屋を出ようとしたときです。侍女たちがまたお喋りを始めました。
「でも殿下がいらっしゃるとあのカッコイイ騎士様にお会いできますからぁ」
「そうですわね! あの方のお姿を拝見できると思うと」
私も思わずクスクスと笑ってしまいました。彼女たちの言う騎士とは、アーサー様の護衛のおひとりです。人を寄せ付けない雰囲気が孤高だとか気高いだとかで、女性の憧れの的なんだとか。
「初めてお会いしたときはみんな『冷たい』って怒ってたじゃない」
「お嬢様はわかっておられませんわ! その冷たいところがイイって、わたくしたちは気づいたのですもの」
「前任の方が柔和だったので余計に冷たく感じてしまったのですぅ。でもほんとは優しい方ですものぉ。……たぶん」
呼吸を忘れてしまうほどの衝撃とともに、一瞬だけ足が止まりました。
そうです、アーサー様は前任の護衛騎士を亡くしたのがトラウマになっていたはず。以来、護衛を含む多くの人間と深い関わりを持たなくなったのだと、原作で心情を吐露していました。だから後任には必要最低限のことしか言葉にしない人物が傍に置かれるようになったとか。
その頑なな心をマリナレッタさんが溶かしてしまうのですよねぇ。さすがヒロイン……慈愛の心……!
あーん、やっぱりこの世界に生まれてから十数年。原作の細かいところをかなり忘れてますね! 愛読書だったのに忘れちゃうなんて! 悔しい、んもう!
自分こそが「壁キス」第一人者だというオタクじみた思い込みが覆されて、誰に馬鹿にされるわけでもないのに内心で恥ずかしさと悔しさに悶えます。これ以上は大事なことを忘れたりしないんだから、と意気込みを新たに屋敷の階段に差し掛かったところで、再び足が止まりました。
階下のエントランスに立つのはアーサー様です。制服でも庶民の服でもない彼とお会いするのは久しぶりで、なんというか……キラキラのエフェクトが舞っているみたいです。
「ああ、綺麗だね、エメリナ」
「ありがとうございます。殿下も初夏らしい素敵な装いですわ」
私の高鳴る心臓とは裏腹に、口はさらっと言葉を並べました。初夏らしいもなにも、キラキラ眩しくて衣裳の細部までちゃんと見ているわけじゃないのに。これが公爵令嬢として努力を続けた成果です。凄い。
ゆっくりと階段を降りると、アーサー様が手を差し出しました。
「では、行こうか」
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