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第13話 前世には悔いを遺しています
しおりを挟む目が覚めた時、私は王城の一室にいました。
室内にいたメイドと目が合うなり、彼女はパタパタと部屋を出て行って人を呼んでくれたようです。医師の診察を受けたり、お父様と少し話をしたりするうちに、私の意識もはっきりしてきました。
反王妃派の投げた石がこめかみに当たり、その衝撃や精神的なショックで倒れたのだろうとのことです。傷は出血の割に大きくなく、痕として残る心配もないとの見立てに安堵しました。
こんな綺麗なお顔にずっと残るような傷をつけてしまったら、「壁キス」ファンとしては死んでも死にきれませんからね!
あまり動かない方がいいだろうとのご配慮から、今夜は王城に泊めていただくことに。
ずっとオロオロしっぱなしだったお父様が屋敷へ戻られて、心痛に涙を浮かべた王妃様をなだめてやっとひとりになった頃、窓の外はすっかり暗くなっていました。
と言っても西のほうはまだ少し明るそうですけれど。
ベッドを抜け出して窓から空を眺めていると、ノックの音が。
近侍とメイドをひとりずつ連れて入っていらっしゃったのはアーサー様でした。ついて来たふたりは扉の側に控え、アーサー様が数歩進み出ます。
「目を覚ましたと聞いて」
「はい、おかげさまで傷も大したことはなく――」
「そういう問題じゃない!」
アーサー様の目元も口元も怒ったときのそれなのに、でも泣くのをこらえているような切実さを感じさせる表情と声。
私が何か言うよりも前に「ごめん」と呟いて、彼はソファーに無造作にかけてあったガウンを手におそばへいらっしゃいました。ふわりと肩に掛けられたガウンの重さが心地いい。
今の今まで気が付きませんでしたが、夜着に着替えさせてもらっていたみたい。下着で寝かされていなくてよかったです、はい。
「本当にもう大丈夫?」
「はい、痛みもほとんどないんですよ」
そう言いながら患部に触れてみると、大きなガーゼが貼り付けられていました。こんな状態で言っても信じてもらえないかしら?
アーサー様は私の手を優しくどけて、ガーゼの上から額に触れるかどうかのキスをしました。過度なスキンシップを注意しなきゃと思ったのに、高鳴った胸は「それくらいいいじゃない」と言っています。そう、これくらい、自分に許してあげても罰はないはずだわ。
「少し話できる?」
彼の問いに私が首肯すると、冷えるからとベッドへ戻されました。素直に従っておきます。
メイドが小走りで近づいて私の背にクッションを敷き詰めると、また扉のほうへと戻って行きました。さすが教育が行き届いてる……! う、うちのメイドだって凄いんですからねっ。
先ほどまで王妃様がメソメソしながら座っていた椅子にアーサー様が腰掛け、私の手を握りました。
「まずは、君が無事……無事ではないんだけど、とにかく命に別条がなくてよかった」
「はい。ありがとうございます」
「だけど、俺は言ったはずだよ。俺を守ろうと想像するのも、冗談で言うのもやめろと。……いや、想像じゃなくて実際にそうしたんだという屁理屈はいらないよ」
私が言いそうなことを先回りされた……。
「お言葉ですが、考えるより先に動いてしまったんですもの」
「でもね……」
そう言ったきり、アーサー様は口を閉ざしました。
アーサー様は数年前に兄のように慕う護衛騎士を亡くしています。原作で彼らがどれほどの仲であったかは書かれていませんでしたが、私は知っているのです。何か悩むことがあれば誰より先に相談する相手であったことを。当たり前のことながらどこに行くにも一緒で、互いを己の身の一部と感じるほどだったことを。
その護衛は、アーサー様を守って亡くなりました。護衛としては名誉ある死だったはずです。けれども、アーサー様にとっては半身を失うも同然で。あの日あの時あの場所に行かなければ良かったとか、彼を連れて行かなければ良かったとか、ずっと後悔していらっしゃるのです。
なぜ私がそんな大事なことを忘れていたのか、考えてみたのですけど。
「私、前世では教師でした。子どもたちは時に憎たらしいけど、でも大好きで、大切で」
「うん。今なら素直に信じられるよ」
「ある日、悪ガキと呼べる三人組がイタズラをして逃げたので、私は彼らを追いかけました」
「悪ガキ」
キャハハと笑うあの子たちの声は今でも思い出せます。よく困らせられたけれど、悪意から発するイタズラはほとんどなかったので、私はあの笑い声が大好きでした。
「その子たちはこちらの様子を窺いながら、捕まるかどうかのラインを保って逃げていました。私は学校の規則に従い、走ることはしなかった。それが歯がゆさを感じさせたのか、彼らは学校の敷地から出てしまったのです」
もう放課後でしたから、帰宅するならそれはそれで構わなかった。翌日にお説教をすればそれでいいんですから。でも、あれが私を煽りつける目的であったことは明白で。そんなときの子どもの視界はとても狭くなるものです。
そこでいったん言葉を切って、自動車について私なりの言葉でアーサー様へ説明しました。彼は私たちの世界のテクノロジーに驚きながらも、余計な言葉は挟まず続きを促します。
「間一髪でした。車道に飛び出した子どもの背に負うカバンを掴んで引き戻すことができた。でも代わりに、私の身体が車道へと転がり出てしまったのです」
「それが君の前世での最期だったと?」
「そこから記憶はありませんので、恐らく。私は、とんでもない負の遺産を彼らに遺してしまったんです。それが私の心残り」
私の手を握るアーサー様の手に力がこめられました。
「負の遺産? 君は尊い命を繋いだのに」
「でも彼らは生涯、自分たちの行いを悔いて生きてしまう。私はそんなの望んでないんです! 幸せに、笑って、私のことなんて忘れて、自分たちの人生だけをしっかり歩んでほしい!」
アーサー様の瞳がまん丸に見開かれました。
「せめて、あなたたちのせいではないって伝える時間があればと何度思ったか。私のことは忘れていいから、ただ自分らしく幸せに生きてほしいって」
私に護衛騎士の気持ちなどわかりません。代弁するつもりもありません。だからただ、私の思ったことをお伝えするだけです。
だけどきっと、護衛騎士も同じ気持ちだったんじゃないかしらという気持ちを込めて、私はアーサー様の手を強く握り返しました。
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