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第28話 壁の花に魔法のキスを
しおりを挟むそれから半月近く、私は勉強熱心な学生かのように図書館へ通っていました。
お父様も王城に詰めて対応に追われているようですが、ご多忙のせいかそれとも私の気持ちを慮ってか、こちらにはあまり連絡をくださいません。私はただ、アーサー様がご無事かどうかを知りたいだけなのに!
でも司書の先生はいつだって暖簾に腕押し、糠に釘です。例えば昨日なんて……。
「それで、状況は?」
「それでも何も、お伝えできることはありません」
表情ひとつ変えずこの調子。
私は腕を組み、フンスと鼻息荒く詰め寄りました。
「情報を取りに行くのもあなたの仕事ではなくて?」
「貴女様をお守りするのが主から命じられた私の仕事です」
「彼の状況を知れなかったら死んじゃうわ」
「それを聞いたらさぞ大喜びするでしょうね」
と、こんな感じなのです。まったく埒が明かないとはこのこと。
気が付けば、何も情報を得られないまま聖トムスンデーとなってしまいました。
今日は朝から公爵家の侍女たちが集い、頭の先からつま先まで好きにいじり倒しています。そんなに綺麗にしてくれなくても、見て欲しい人はいないのだから問題ないのにね。
ドレスの着付けが始まって窓の外を見れば、オレンジを纏い始めた空に少し欠けた月が薄ぼんやりと浮かんでいました。あんなに存在感のない月では、さすがのアーサー様も君を思い出したと言ってはくれないでしょう。
言ってくれなくてもいいから、思い出してくれなくていいから、あの月を彼も見上げていてくれたら。
「今夜のパーティーはエスコートしてくださるって言ったのよ」
誰に言うでもなく呟いた言葉に、侍女たちがため息をつきます。
鏡に映った灰赤色のドレスがなんだかくすんで見えました。胸を飾るアメシストも輝きが感じられません。
空に浮かぶ月のようにぼんやりしているうちに、パーティーの支度が整ってしまいました。
行きたくないと駄々をこねたのですけど、公爵家の娘としてそれは許されないそうで、部屋から追い出されてしまいました。侍女強い……。
私がホールへ到着したときには、ほとんどの生徒たちが入場を終えた後でした。実際の社交の練習を兼ねていますので、入場も本人の身分に応じて順番が変わります。最高学年で、かつ公爵令嬢である私は最後。
一組ずつ呼ばれては会場の中へ吸い込まれていきますが、みんなパートナーと仲睦まじい様子で大変よろしいかと思います、はい。
どうしてもパートナーが見つからなかった場合には、父兄や教師を頼ってもいいことになっているのですが、私は誰にも声をかけませんでした。私をエスコートできるのはアーサー様ただおひとりですので。
入場を済ませ、学院長とのご挨拶を終えると、私はすぐにも壁際へと向かいます。
ひとりで参加するのを嘲笑するような声はありませんでした。でも、みんな憐れむんですもの。気を遣わせてしまうよりは、それぞれに楽しくこの時間を過ごしてほしいですからね。目立たない場所で友人たちを見守ることにしたのです。
あ、ほらマリナレッタさんが伯爵令息と楽しそうにお喋りして……え、あれはレッフリードのほうでしょうか? じゃあカッザルはどこに……。
会場の隅っこから首を伸ばしたり背伸びをしたりしながらカッザルさんを探します。双子の見分けがつかないだけで、顔は覚えてますからね。んーどこかしら!
とキョロキョロしていたら、近くから名前を呼ばれたような気がしました。
「エメ、エメリナ様!」
ちらりと視線を投げれば、そこにいたのは見知らぬ男子生徒です。しかも複数名。パートナーはどうしたのかしら?
扇を広げ、口元を隠しました。喋ってあげるつもりはありませんので、カッザルさん探しに戻ります。
チラっと見ただけですけれど、衣裳の素材やデザインから言って子爵以下のお家のご令息でしょう。お顔に見覚えがないので恐らく同学年でもないと思います、恐らくですけど。
私に話しかける勇気は認めますけど……許可もしていないのに名前で呼ぶとか、そもそも身分差をわきまえないとか、学院で何を学んでいるのかしら。これは教師の怠慢だわ!
無視を決め込んでいるのに、若者はめげません。その執念、もっと別の方面に向けたほうがよろしいかと思うのですけど。
「俺たち、エメリナ様のファンで!」
出た! 噂に聞くエメリナファンクラブってやつですね。私の知らないところで勝手に盛り上がってくれる分には構わないのですが、こうして数の優位をもって囲い込むとか……囲い……わぁ、本当に囲まれてる。
後ろに壁、それ以外の全方向を男子生徒が囲んでいます。やば、怖。
手が震え、唇が乾きます。キッと睨み付けて彼らの無礼を糾弾しようとしたその時。
「俺のエメリナを怖がらせるとは許しがたいね」
心地いい声がして、男子生徒がひとり放り投げられました。
会場から悲鳴が上がります。
「心細い思いをさせてしまったね」
そう言って手を差し伸べてくれたのは、灰赤色の髪が煌めく王太子殿下でした。
教師たちが慌てて駆け寄って、私を囲っていた男子生徒たちをどこかへ連れて行くのが見えました。
「アーサー……様」
彼の手に私の手をのせると、力強く握ってくれました。震えが止まります。だけど、涙が溢れて止まらないかも。
「遅い、です」
「ごめん」
「エスコートしてくれるお約束だったのに」
「ごめん」
「私、ダンスがしたいです」
「うん?」
「もうひとりじゃ踊れないから。アーサー様がいてくれないと」
アーサー様は頷いて私の手を引き、耳元に顔を寄せます。
「予言書と違って君が壁の花になってたね」
「あ……」
そういえば、と答えようとした私の唇に、アーサー様のそれが重なりました。
不安とか寂しさとか、そういうのが全部溶けて、ただ愛しさばかりがこみ上げてきます。
これが、壁の花にくれる魔法のキスだったんですね。
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