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図書亮が一同の前で二階堂家からの退出を申し出たのは、十三塚の法要が終わってしばらくしてからのことだった。
取木村を返上して須賀川を去ると述べると、案の定、真っ先に安房守が目を怒らせて図書亮を詰った。
「御屋形様や一族からの恩を忘れたか」
安房守が怒るのも、無理はなかった。一応図書亮は箭部一族の一員でもあり、安房守には随分と目を掛けてもらった恩義があった。だが、図書亮が命を賭したにも関わらず、三千代姫の兄を見逃したという一事を以て、図書亮は冷遇されたではないか。内心ごちながら、図書亮は黙って安房守の罵倒に耐え続けた。
罵倒が一通り収まるのを待ってそろそろと顔を為氏の方へ向けると、為氏は落ち着いた様子である。十三塚の法要以来、怨霊はぱたりと姿を見せることがなくなり、為氏もようやく健康を取り戻していた。その側で控えている美濃守も、図書亮の言葉に慌てる様子は見られない。普段からあまり表情を変えない美濃守であるが、何か為氏と通じ合うものがあるらしく、二人の視線が素早く絡み合った。
「安房守。少し落ち着け」
安房守を嗜める為氏の声は、至極穏やかだ。
「ちと、遠乗りに出かける。美濃守、図書亮。付き合え」
わざわざ名指しするところを見ると、為氏は三人だけで話したいようである。渋い顔をして見せる安房守に対し、宥め役に回ったのは、意外にも美濃守だった。
「儂がお供する。ご心配召されるな」
美濃守の言葉に、安房守が渋々といった体で頷いた。美濃守が一緒であれば、特に反対する理由も見つからないのだろう。
他の家来たちも不安そうに見守る中で、三人は外に出て、馬小屋から馬を引き出して跨った。
「御屋形。どちらへ向かわれます?」
美濃守が問いかける。
「姫宮神社が相応しかろう」
為氏が答えた行き先を聞くと、図書亮は締め付けられるような心地がした。建立されたばかりの宮は、三千代姫の御霊を祀る場所でもあった。
馬であれば、四半刻もかからずに須賀川から和田へ辿り着ける。須賀川に引っ越して以来、図書亮も和田を訪れる機会はめっきり減っていた。
三人は馬を参道入口の杉の大木にそれぞれつなぐと、急な石段を登り、まずは宮に参拝した。それから、美濃守は近くを通りかかった農民を呼び止め、裏手にある和田館に人をやり、神社に水と軽食を運んでくるように指示を与えた。現在、この宮を管理しているのは美濃守である。宮の鍵も持ってきており、扉を開けると為氏と図書亮を招き入れた。しばらくすると、安藤左馬助がやってきて、言いつけられた物を三人の前に置いた。和田に住んでいた頃は馴染みだった左馬助だが、何事か察したのか、黙って去っていった。
しばし、左馬助が運んできてくれた膳をつつき、遠乗りで乾いた喉を潤す。
「さて」
食事が一段落して最初に話を切り出したのは、為氏だった。
「図書亮。二階堂の者らに遠慮することはない。鎌倉へ戻るが良い」
図書亮は、目を見張った。図書亮から申し出たこととはいえ、あっさりと為氏が図書亮の退去を認めるとは、思ってもみなかったのだ。これはこれで、少し寂しい気もする。
「そのような顔をするな。儂等とて、鬼ではない」
苦笑しているのは、美濃守である。もっとも、この宿老は知謀の人だ。何か思惑があり、図書亮の退去を認めるのだろう。
「私を鎌倉に戻したい理由は?」
水の入った椀を置くと、思い切って、図書亮は美濃守に尋ねた。須賀川との決戦前後から、図書亮の身辺をうろついていた胡乱の者、明沢。その雇い主は、何か目的があって明沢を図書亮に近付けたに違いなかった。須賀川との戦の恩賞が少なかったのは腹立たしいが、それも、図書亮を鎌倉に戻したい美濃守の計略の内だったのではないか。図書亮は近頃そう思い始めていた。
美濃守が、為氏と顔を見合わせる。為氏が軽く頷くと、遂に、美濃守が真の理由を口にした。
「一色家の伝手を頼り、都の畠山殿や将軍家、鎌倉府に働きかけ、岩瀬の地における二階堂一族の支配を、盤石なものとしたい」
その言葉を聞いた途端、全てが腑に落ちた。一色家は、四職にも任じられる足利の支流である。鎌倉府や幕府に対して強いつながりを持つ一族だ。図書亮自身の身分はまだ安定しないものの、これから先鎌倉において鎌倉府のために働きつつ、二階堂一族のための外交役も務めてほしいということだろう。都にいる畠山持国に宮内一色家の再興を働きかけたのも、美濃守に違いない。
「今、須賀川の家中でこの役目を全うできるのは、お主しかおらぬ。筋目が良く、胆力もまずまずある。それなりに世知に通じている者でなければ、都や鎌倉の有象無象と渡り合うのは無理だ」
美濃守の説明は、やや皮肉の色を帯びていた。だが、確かに美濃守の言う通りだろう。都や鎌倉の者たちは筋目にうるさいくせに、同族でも腹の底が読み切れない。つまらぬ噂に左右されて大局を見極められない者では、二階堂家の存続を危うくする。後者はともかく、都や鎌倉の高官と渡り合える資格を持つのは、二階堂家において、為氏以外では図書亮くらいのものだった。
さらに、美濃守は言葉を続けた。
認めるのは癪に触るが、治部大輔はそのような政治的な感覚に長けていた。鎌倉を中心とした縁を保つだけで精一杯だった和田衆に対し、治部大輔は西方の二階堂一族にも伝手を持ち、籠城戦では遠く九州から馳せ参じた者もいた。それが、人数では和田衆に劣るにも関わらず、見事な戦いぶりを見せた要因である。政治的な手腕は、治部大輔の方が一枚上手だった。
治部大輔は、管領職を担う細川家に途方もない金品を贈ろうとした。そのための金品を担わされ、都人の饗応のために須賀川の民に重い税を掛けた。二階堂家は古い家柄とはいえ、足利幕府への縁はやや薄い。治部大輔なりに、二階堂一族と足利一族の繋がりを保とうとした面もあったのだろう。
だが、一色家と縁が保てるのならば話は変わってくる。一色本家は多くの国の守護を任されており、足利宗家との縁も深い。幕府や鎌倉府との繋がりで言えば、二階堂家よりも格上の家柄とも言える。一色氏の縁者を頼めば、治部のように金品に頼らなくても、足利一族と紐帯を保てる。その方が、遥かに岩瀬の民のためになるだろう。
「お主を外に出すことは迷ったがな。行若殿を逃したお主の感覚を、信じてみようと思う」
美濃守の言葉に、思わずひやりとした。やはり、美濃守は図書亮の過失に気づいていた。だが、怒っている様子はない。
「ついでに伝えておこう。行若殿は高野山に入られ、今後は学問僧として二階堂一族の菩提を弔いながら、生きられるとのことだ」
図書亮はそっと息を吐き出した。恐らくこれも、明沢の持ってきた情報に違いない。あの時、図書亮が治部大輔の首を持った行若を愛宕山の美濃守に突き出せば、間違いなく第一の武功として評価されただろう。だが、三千代姫の死を目撃したことが、それを躊躇わせた。もし行若を愛宕山に送っていれば、十中八九行若の首は刎ねられていたに違いない。実際に、あの場で牛頭こと明沢には詰られた。
図書亮としては、父の菩提を弔いたいだけの行若を、三千代姫と同じ様に黄泉路に旅立たせるのは忍びなかったのだ。
「きっと私でも、図書亮と同じ判断をしていたと思う。だが、家臣らの眼の前でそれが出来たかは……」
為氏が首を振った。確かに為氏の立場では、行若の命を救うのは難しかったかもしれない。
「行若殿は、義理の兄上。それを殺したとなれば私の評判も落ちただろうし、そうなればまた新たな恨みを買ったかもしれぬ」
結果的に、図書亮の判断は為氏の立場をも救ったことになる。それを思うと、物事の因果は一事だけでは判断できないと、図書亮は感じた。
「須賀川城の攻略の際に、私に忍びの者と行動を共にさせたのも、美濃守様の計略で?」
ふとあの激闘を思い出して、図書亮の口調は非難の色を帯びた。あれで命を落としていたら、どうしてくれていたのか。実際、梶原景光にはしつこく追い回された。無事だったからいいようなものの、なぜあの一団に加えられたのかは未だに腑に落ちなかった。
図書亮の質問に対して、美濃守は苦笑を浮かべて説明を重ねた。
「宮内一色家を再興させるためには、相応の名分が必要だった。あのときは、戦況が膠着していたからな。どのような形であれ、それを破る必要があった。明沢が側についておれば、そなたが命を落とすことはあるまいと踏んでいたこともある」
その言葉からは、美濃守の明沢への信頼の深さが伺えた。確かに明沢は胡乱の者であるが、美濃守やその主である為氏への忠義は本物なのだろう。
それにしても、美濃守というのも不思議な人物である。これだけの知謀を巡らせられるのならば、須賀川のような鄙の地に置いておくのは、勿体ない気もした。
「美濃守様は、己が岩瀬の太守になろうとお考えになったことは、なかったのですか?」
図書亮は、それが不思議だった。知謀の深さで言えば、図書亮が出会った中で一番抜きん出ているのが、この美濃守である。月窓のような名僧とも縁を持ち、伝手の広さは伺い知れない。恐らく、鎌倉や都に出ても、多くの武人や貴族と渡り合っていけるだけの胆力や縁を持っているのではないか。
だが、美濃守は首を横に振った。
「須田家は、あくまで二階堂家の家僕。たとえ須賀川の三分の一の領土を任せられていたとしても、我が主は二階堂家。己がのし上がったり、他の主に仕えようと思ったことはない」
その言葉に、図書亮は感嘆した。このような家臣だからこそ、為氏は美濃守を全面的に信頼しているのだろう。たとえ、自分の妻を死に追いやった主格だったとしても。
また、美濃守は一見謹厳に見えるが、案外情の深いところがある。そこが、やはり知謀に長けていながらも、遂にはその身を滅ぼした治部との違いだった。
為氏も、横から説明を添えてくれた。
「私がこの地に下向してきたときに、治部との和解を持ってきたのは、そなただけだったろう」
言われてみれば、その通りである。もっとも、たまたま伊藤左近が持ってきた話を持ち込んだだけだが。
「その時から、美濃守はお主を見込んでいたらしい。あの時の我らに、治部と最後まで戦う力はなかった。あの時の話を蒸し返す者もいるようだが、あれが愚策だったとは、私は思えぬ。三千代姫を娶り、三年の猶予が与えられたからこそ、我らも結束を固め、余力を蓄えられた」
為氏の話からすると、どうやら美濃守は、図書亮の政治的な嗅覚を見込んで鎌倉に赴かせたいようだった。図書亮の行動は、不思議と後から良い結果をもたらすことが多いのだと、美濃守も言い添えた。
だがそれでも、主を不幸にしたのだという罪悪感は、澱のように残っていた。さらに、為氏が言葉を続ける。
「三千代と過ごした日々は、私にとってもかけがえのないものだった。決して不幸だったわけではないぞ」
そう言うと、為氏はちらりと美濃守を見た。
「美濃守。ここには我等三人しかおらぬ。せめて図書亮には、本当のことを話したらどうだ?」
主の言葉に、美濃守は気まずそうに視線を逸らせた。好機であるとばかりに、図書亮は美濃守に問いかけた。
「美濃守様は、三千代姫様をどのように思われていたのです?」
すると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「……儂も、あの姫が嫌いではなかった」
美濃守の思いがけない言葉だった。彼女を追い詰め、和田から追い出す音頭を取っていたのは、他ならぬ美濃守自身ではないか。思わず、図書亮は美濃守を睨みそうになるが、御前である。辛うじてその衝動をこらえた。
ぼそぼそと、美濃守が言葉を続けた。
三千代姫を一個人として見れば、確かに教養にあふれる姫君であり、機知にも富んでいた。家来から傅かれるのみの為氏にとっては、同じ目線で物事を語り本音で話し合える、かけがえのない伴侶だっただろう。それは、美濃守も重々承知していた。
だが、須賀川の治部大輔の娘という立場を考慮すれば、三千代姫は為氏の子を生むことに専念するだけで十分だった。和田の民を思う心がけは殊勝だが、それは男が担うべき役割であり、為氏の北の方が表立って口にすることではない。それが和田衆・須賀川衆双方の神経を逆撫でていた。須賀川衆の不満を抑えることも出来ず、和田の者に対しても馴染みきれなかった。皮肉にも、素晴らしい姫君だったからこそ、自分で自分の首を締めていることに気づかなかった……。
「御屋形が一介の武人であれば、内助の功、妻の鑑として素直に皆から讃えられたであろうがな……。御屋形個人のお幸せと二階堂一族の幸福とを、儂は天秤に掛けた」
美濃守の言葉に、束の間、沈黙が流れる。結局美濃守は後者を取り、あの惨劇へつながった。
「それは、私も同じこと。姫を須賀川に戻す命を下したのは、私だ。私が姫を死に追いやったのは間違いない」
苦しげに、だがきっぱりと、為氏も言い切った。
「それで、和田にこの宮を?」
図書亮の言葉に、美濃守が頷いた。
「この地は、御屋形と三千代姫様がかけがえのない時を過ごされた場所だ。我が手で姫を死に追いやったからには、須田の長として、せめてこれくらいのことはして進ぜよう」
美濃守がこの地に姫宮神社を建立させたのは、そのような思いがあったのか。
たとえ二階堂一族が須賀川に移り住んだとしても、美濃守の一族は、己が主の手を汚したことの責任を取り、主一族に代わって三千代姫の御霊を慰め続ける。その悠久の流れに、思いを馳せずにはいられなかった。
思ひきや問わば岩間の泪橋ながさら暇くれやさわとは
姫の御霊が残していった辞世の歌には、「岩間」という言葉が詠み込まれていた。姫が自害した場所の名でもあるが、三千代姫と為氏が結婚生活を送った、岩間館の名前でもある。死を目の前にして、為氏と過ごしたその日々を、姫は愛おしんだのだろうか。
「お主と御屋形は、よく似ておられる」
口元に微かに笑みを浮かべながら、美濃守が言葉を続けた。
「妻を大切にするところも、情に脆いところも。その一方で、武勇を惜しむことがない。時として、情の脆さが己の首を締めることもあるかもしれぬ。だが、それもまた、政の世界では吉と出ることもあろう。少なくとも、治部大輔のように己が目的を達するためのみに、人を動かそうとする過ちは侵さなくて済む。亡き三千代姫も、それをご存知だったに違いない」
そうかもしれない。四天王らに養育されて随分と強かさを身に着けたが、主の為氏の根本は優しい人間だ。三千代姫はそのような夫を愛し、夫の為に殉じたのだろう。そして図書亮の妻であるりくも、同じような強さを持っている。
二階堂家の女達は、見事としか言いようがない。
しばし沈黙が続いた後、為氏がためらいながら図書亮に尋ねた。
「図書亮。三千代が子を身籠っていたという話だが……。お主は信じるか?」
家臣たちから怪談として一笑に付されながらも、ずっと、為氏の心の中で引っかかっていたのだろう。図書亮は、即座に頷いた。
「妻が、姫の口から直接伺ったそうです。我が子と、我々の子が乳兄弟になれたらどれほど良かったか、と」
その言葉に、為氏が一筋の涙を流した。主がどうしても知りたかった答えは、りくを通じて図書亮が知っていた。見ると、美濃守の目の縁にもうっすらと水っぽいものが溜まっている。
「御屋形に申し上げるべきでした。私も、金徳寺の尼らから『あの頃姫は、どうもご懐妊されていたようだ』と聞いたことを」
金徳寺の尼と聞いて、図書亮はぴんと来た。怨霊騒動の折に、真っ先にあの手の話を否定しそうな美濃守は、為氏の話を聞くだけに留めていた。金徳寺の尼僧たちは、三千代姫のかつての上臈たちである。彼女らは須賀川城に戻って姫の遺品を届けた後に、そのまま髪を下ろして三千代姫や乳母の由比、岩桐らの菩提を弔う道を選んでいたのだった。姫の遺言に忠実だったために、須賀川と和田の決戦の戦火も逃れ、生き延びられたとも言える。
仮に三千代姫が妊娠を打ち明けていなかったとしても、彼女らは薄々姫の懐妊に気づいていたのかもしれない。為氏の言葉を聞いた美濃守は、主の為に、独自にその可能性を探っていたのだろう。
「誠に、三千代姫は見事な姫君でした」
万感の思いを込めて図書亮がそう述べると、残る二人も頷いた。
***
結局、図書亮の二階堂家退去については、為氏と美濃守が他の者たちを説得してくれた。表向きは「怨霊にまつわる噂の責任を取る」という理由によるものだが、それで噂話をする者たちの溜飲が下がるのならば、易いものだった。
既に鎌倉には新しい屋敷が用意されつつあり、その内装の打ち合わせのために、佐野を始めとする鎌倉からの使者も頻繁に図書亮の家に訪れていた。見慣れぬ者らが出入りしているのだから、これはこれで人々の口の端に上ったようだが、図書亮の心は鎌倉へ飛んでいた。
――鎌倉への出立は、吉日を選んで行われた。須賀川での家財道具は売り払われ、鎌倉までの旅費の足しにした。
「まったく、何のためにりくをそなたに嫁がせたと思っている」
安房守の小言は相変わらずだったが、それでも、美濃守からは内々に事情を打ち明けられたと見える。以前よりも、言葉に含まれる棘は少なかった。
そのりくは、鎌倉に移るからというので、真新しい藤色の晴着を身に着けていた。娘のさとと揃いの仕立てであり、背の衣紋には、一色家の家紋である五ツ木瓜一引紋が染め抜かれている。図書亮が命じて仕立てさせたものだが、その衣紋は、りくが箭部家の娘ではなく、一色家の北の方としての身分であることを意味した。
「伯父上。図書亮さまは、足利宗家にも系譜を連ねる御方。その物言いは、無礼でありましょう」
安房守が、目を見開いた。
りくの言い方は、既に貴人のそれである。以前は伯父であり四天王の一人である安房守に、上からの物言いをするなど考えられなかった。りく自身も、これから貴人の妻としての振る舞いを身に着けていくに違いない。
「生意気を言いおって」
愚痴混じりにそう述べる安房守を、傍らで舅の下野守が苦笑しながら見守っていた。
「一色殿。当地にこのような言葉があるのをご存知でしたか?」
首を傾げる図書亮に、下野守が説明してくれた。須賀川には「嫁は木尻から、婿は横座から貰え」という伝承があるのだそうだ。木尻は炉端の末席であり、横座は主人の席のことである。要は嫁は自分の家より家柄が低い家から貰い、婿は逆に家柄が上の家から貰えという意味である。
「兄者は一色殿を箭部の婿として迎えたかったようですが、結局諺通りになりましたな」
下野守の言葉に、図書亮は黙って頭を下げた。確かにこの舅の言う通りかもしれない。だが、六年近くの夫婦生活の中で、既にりくを地方豪族の娘とは思っていなかった。実は頭の回転の早い女人であるし、それなりに教養も備わっている。元々社交的な性格だから、鎌倉に赴いて多くの知識や教養を身に着ければ、上流階級の婦人としてやっていけるだろう。
「りくを娶せて下さったことにつきましては、心より感謝しております」
図書亮は、素直に礼を述べた。近くで孫娘の成長を見られないのは、下野守にとって心残りかもしれない。だが、下野守は笑ってみせただけだった。
「さとが嫁に行くときには、たとえ鎌倉でも寿ぎに参りましょう」
さとはまだ幼児だというのに、気の早い話である。だが、図書亮もこの六年で大きく身の振り方が変わった。きっと、さとを嫁に出す日もあっという間にやってくるに違いない。
そして、そっぽを向いている兄を見て、下野守が図書亮に囁いた。
「あれでも、兄者はご自身とは真逆のお主の気性を、大層気に入っておった。りくやさとを大切にしているところもな」
どうも下野守の言葉からすると、安房守はりくやさとを連れて鎌倉に行ってしまう図書亮に対して、拗ねているようだ。弟の下野守が言うのならば、間違いがないだろう。常に笑顔を浮かべながらも得体が掴めなかった一族の長に対して、久しぶりに親愛の情が湧いた。
そこへやって来たのは、為氏と美濃守だった。わざわざ図書亮を見送るために、城下に出てきたらしい。
「御屋形。また城を抜け出してこられたのですか」
安房守の咎めもどこ吹く風とばかりに、為氏は笑ってみせた。
「美濃守がついておるのだ。お忍びではないぞ」
確かに美濃守が側についていれば、為氏に怖いものはないだろう。為氏はどの家臣とも上手くやっているが、とりわけ美濃守とは、人には見えない絆で結ばれている。美濃守は為氏が幼少の頃より養育し、その熱意故に、主を傷つけることもあった。だが、それでもその痛みを乗り越えて、岩瀬二階堂家の主と宿老として手を携えて須賀川を支配していくのだろう。
そして己も、この二人や二階堂家の人々を、外から支えていこうと思う。二人を始めとして、二階堂家の中で学んだものは、これから先、図書亮が新しい鎌倉府の面々と渡り合っていく上で、大いに役立つに違いない。
「宇津峰の山も、これで見納めだな」
図書亮の言葉に、りくが頷いた。ようやく萌黄色に染まり始めた宇津峰山に対し、前方には、峰の頂きが雪に覆われた那須の山々がある。
「鎌倉で落ち着いたら、たまには海の物でも御屋形に送ってくれ」
美濃守が、脇から言い添えた。須賀川に下向してきたために、滅多に海の物を口にすることがなくなった為氏のために、少しでも鎌倉の物を味わってほしいという彼なりの配慮だろう。
「うちの家人に、最上の物を見繕わせます」
図書亮も、笑顔で美濃守に応じた。
「図書亮。今後も、妻や子を大切にせよ」
為氏の言葉に、深々と頭を下げる。新しい妻を迎えても、やはり為氏の言葉は、亡き三千代姫と通じるものがあった。
「鎌倉に着きましたら、御屋形の御子のために、魚と共に定家正筆の伊勢物語や古今集を送りましょう」
為氏がふっと微笑んだ。どうやら、為氏には意図が伝わったらしい。三千代姫が生きていたら、そして二人の子が生きていたのならば、きっと三千代姫は我が子の為に、鎌倉に旅立つ図書亮に対してそれらをねだっただろう。図書亮は、三千代姫が愛して止まなかった伊勢物語や古今集を、姫の墓前に供えてもらうつもりだった。
「一色殿。そろそろ参ろうではないか」
先導役を務めるのは、明沢である。どのように手配したものか、りくやさとには輿が用意されていた。その傍らを守るように、図書亮も馬に跨った。
「皆様。どうか、お達者で――」
さとを抱いたりくが、伯父や父に向かって一礼した。その眦には、涙が浮かんでいる。だが、表情は晴々としていた。
明沢が輿の引き戸を開け、二人を乗せた。引戸が閉められ、駕籠かきが「ようい」と声を掛けて立ち上がる。
図書亮も、馬の腹を軽く蹴った。背後で、慣れ親しんだ須賀川の人々が、手を振っている。上半身を捻り、図書亮は大きく手を振って彼らの見送りに応えた。
――文安七年、春のことだった。
【完】
取木村を返上して須賀川を去ると述べると、案の定、真っ先に安房守が目を怒らせて図書亮を詰った。
「御屋形様や一族からの恩を忘れたか」
安房守が怒るのも、無理はなかった。一応図書亮は箭部一族の一員でもあり、安房守には随分と目を掛けてもらった恩義があった。だが、図書亮が命を賭したにも関わらず、三千代姫の兄を見逃したという一事を以て、図書亮は冷遇されたではないか。内心ごちながら、図書亮は黙って安房守の罵倒に耐え続けた。
罵倒が一通り収まるのを待ってそろそろと顔を為氏の方へ向けると、為氏は落ち着いた様子である。十三塚の法要以来、怨霊はぱたりと姿を見せることがなくなり、為氏もようやく健康を取り戻していた。その側で控えている美濃守も、図書亮の言葉に慌てる様子は見られない。普段からあまり表情を変えない美濃守であるが、何か為氏と通じ合うものがあるらしく、二人の視線が素早く絡み合った。
「安房守。少し落ち着け」
安房守を嗜める為氏の声は、至極穏やかだ。
「ちと、遠乗りに出かける。美濃守、図書亮。付き合え」
わざわざ名指しするところを見ると、為氏は三人だけで話したいようである。渋い顔をして見せる安房守に対し、宥め役に回ったのは、意外にも美濃守だった。
「儂がお供する。ご心配召されるな」
美濃守の言葉に、安房守が渋々といった体で頷いた。美濃守が一緒であれば、特に反対する理由も見つからないのだろう。
他の家来たちも不安そうに見守る中で、三人は外に出て、馬小屋から馬を引き出して跨った。
「御屋形。どちらへ向かわれます?」
美濃守が問いかける。
「姫宮神社が相応しかろう」
為氏が答えた行き先を聞くと、図書亮は締め付けられるような心地がした。建立されたばかりの宮は、三千代姫の御霊を祀る場所でもあった。
馬であれば、四半刻もかからずに須賀川から和田へ辿り着ける。須賀川に引っ越して以来、図書亮も和田を訪れる機会はめっきり減っていた。
三人は馬を参道入口の杉の大木にそれぞれつなぐと、急な石段を登り、まずは宮に参拝した。それから、美濃守は近くを通りかかった農民を呼び止め、裏手にある和田館に人をやり、神社に水と軽食を運んでくるように指示を与えた。現在、この宮を管理しているのは美濃守である。宮の鍵も持ってきており、扉を開けると為氏と図書亮を招き入れた。しばらくすると、安藤左馬助がやってきて、言いつけられた物を三人の前に置いた。和田に住んでいた頃は馴染みだった左馬助だが、何事か察したのか、黙って去っていった。
しばし、左馬助が運んできてくれた膳をつつき、遠乗りで乾いた喉を潤す。
「さて」
食事が一段落して最初に話を切り出したのは、為氏だった。
「図書亮。二階堂の者らに遠慮することはない。鎌倉へ戻るが良い」
図書亮は、目を見張った。図書亮から申し出たこととはいえ、あっさりと為氏が図書亮の退去を認めるとは、思ってもみなかったのだ。これはこれで、少し寂しい気もする。
「そのような顔をするな。儂等とて、鬼ではない」
苦笑しているのは、美濃守である。もっとも、この宿老は知謀の人だ。何か思惑があり、図書亮の退去を認めるのだろう。
「私を鎌倉に戻したい理由は?」
水の入った椀を置くと、思い切って、図書亮は美濃守に尋ねた。須賀川との決戦前後から、図書亮の身辺をうろついていた胡乱の者、明沢。その雇い主は、何か目的があって明沢を図書亮に近付けたに違いなかった。須賀川との戦の恩賞が少なかったのは腹立たしいが、それも、図書亮を鎌倉に戻したい美濃守の計略の内だったのではないか。図書亮は近頃そう思い始めていた。
美濃守が、為氏と顔を見合わせる。為氏が軽く頷くと、遂に、美濃守が真の理由を口にした。
「一色家の伝手を頼り、都の畠山殿や将軍家、鎌倉府に働きかけ、岩瀬の地における二階堂一族の支配を、盤石なものとしたい」
その言葉を聞いた途端、全てが腑に落ちた。一色家は、四職にも任じられる足利の支流である。鎌倉府や幕府に対して強いつながりを持つ一族だ。図書亮自身の身分はまだ安定しないものの、これから先鎌倉において鎌倉府のために働きつつ、二階堂一族のための外交役も務めてほしいということだろう。都にいる畠山持国に宮内一色家の再興を働きかけたのも、美濃守に違いない。
「今、須賀川の家中でこの役目を全うできるのは、お主しかおらぬ。筋目が良く、胆力もまずまずある。それなりに世知に通じている者でなければ、都や鎌倉の有象無象と渡り合うのは無理だ」
美濃守の説明は、やや皮肉の色を帯びていた。だが、確かに美濃守の言う通りだろう。都や鎌倉の者たちは筋目にうるさいくせに、同族でも腹の底が読み切れない。つまらぬ噂に左右されて大局を見極められない者では、二階堂家の存続を危うくする。後者はともかく、都や鎌倉の高官と渡り合える資格を持つのは、二階堂家において、為氏以外では図書亮くらいのものだった。
さらに、美濃守は言葉を続けた。
認めるのは癪に触るが、治部大輔はそのような政治的な感覚に長けていた。鎌倉を中心とした縁を保つだけで精一杯だった和田衆に対し、治部大輔は西方の二階堂一族にも伝手を持ち、籠城戦では遠く九州から馳せ参じた者もいた。それが、人数では和田衆に劣るにも関わらず、見事な戦いぶりを見せた要因である。政治的な手腕は、治部大輔の方が一枚上手だった。
治部大輔は、管領職を担う細川家に途方もない金品を贈ろうとした。そのための金品を担わされ、都人の饗応のために須賀川の民に重い税を掛けた。二階堂家は古い家柄とはいえ、足利幕府への縁はやや薄い。治部大輔なりに、二階堂一族と足利一族の繋がりを保とうとした面もあったのだろう。
だが、一色家と縁が保てるのならば話は変わってくる。一色本家は多くの国の守護を任されており、足利宗家との縁も深い。幕府や鎌倉府との繋がりで言えば、二階堂家よりも格上の家柄とも言える。一色氏の縁者を頼めば、治部のように金品に頼らなくても、足利一族と紐帯を保てる。その方が、遥かに岩瀬の民のためになるだろう。
「お主を外に出すことは迷ったがな。行若殿を逃したお主の感覚を、信じてみようと思う」
美濃守の言葉に、思わずひやりとした。やはり、美濃守は図書亮の過失に気づいていた。だが、怒っている様子はない。
「ついでに伝えておこう。行若殿は高野山に入られ、今後は学問僧として二階堂一族の菩提を弔いながら、生きられるとのことだ」
図書亮はそっと息を吐き出した。恐らくこれも、明沢の持ってきた情報に違いない。あの時、図書亮が治部大輔の首を持った行若を愛宕山の美濃守に突き出せば、間違いなく第一の武功として評価されただろう。だが、三千代姫の死を目撃したことが、それを躊躇わせた。もし行若を愛宕山に送っていれば、十中八九行若の首は刎ねられていたに違いない。実際に、あの場で牛頭こと明沢には詰られた。
図書亮としては、父の菩提を弔いたいだけの行若を、三千代姫と同じ様に黄泉路に旅立たせるのは忍びなかったのだ。
「きっと私でも、図書亮と同じ判断をしていたと思う。だが、家臣らの眼の前でそれが出来たかは……」
為氏が首を振った。確かに為氏の立場では、行若の命を救うのは難しかったかもしれない。
「行若殿は、義理の兄上。それを殺したとなれば私の評判も落ちただろうし、そうなればまた新たな恨みを買ったかもしれぬ」
結果的に、図書亮の判断は為氏の立場をも救ったことになる。それを思うと、物事の因果は一事だけでは判断できないと、図書亮は感じた。
「須賀川城の攻略の際に、私に忍びの者と行動を共にさせたのも、美濃守様の計略で?」
ふとあの激闘を思い出して、図書亮の口調は非難の色を帯びた。あれで命を落としていたら、どうしてくれていたのか。実際、梶原景光にはしつこく追い回された。無事だったからいいようなものの、なぜあの一団に加えられたのかは未だに腑に落ちなかった。
図書亮の質問に対して、美濃守は苦笑を浮かべて説明を重ねた。
「宮内一色家を再興させるためには、相応の名分が必要だった。あのときは、戦況が膠着していたからな。どのような形であれ、それを破る必要があった。明沢が側についておれば、そなたが命を落とすことはあるまいと踏んでいたこともある」
その言葉からは、美濃守の明沢への信頼の深さが伺えた。確かに明沢は胡乱の者であるが、美濃守やその主である為氏への忠義は本物なのだろう。
それにしても、美濃守というのも不思議な人物である。これだけの知謀を巡らせられるのならば、須賀川のような鄙の地に置いておくのは、勿体ない気もした。
「美濃守様は、己が岩瀬の太守になろうとお考えになったことは、なかったのですか?」
図書亮は、それが不思議だった。知謀の深さで言えば、図書亮が出会った中で一番抜きん出ているのが、この美濃守である。月窓のような名僧とも縁を持ち、伝手の広さは伺い知れない。恐らく、鎌倉や都に出ても、多くの武人や貴族と渡り合っていけるだけの胆力や縁を持っているのではないか。
だが、美濃守は首を横に振った。
「須田家は、あくまで二階堂家の家僕。たとえ須賀川の三分の一の領土を任せられていたとしても、我が主は二階堂家。己がのし上がったり、他の主に仕えようと思ったことはない」
その言葉に、図書亮は感嘆した。このような家臣だからこそ、為氏は美濃守を全面的に信頼しているのだろう。たとえ、自分の妻を死に追いやった主格だったとしても。
また、美濃守は一見謹厳に見えるが、案外情の深いところがある。そこが、やはり知謀に長けていながらも、遂にはその身を滅ぼした治部との違いだった。
為氏も、横から説明を添えてくれた。
「私がこの地に下向してきたときに、治部との和解を持ってきたのは、そなただけだったろう」
言われてみれば、その通りである。もっとも、たまたま伊藤左近が持ってきた話を持ち込んだだけだが。
「その時から、美濃守はお主を見込んでいたらしい。あの時の我らに、治部と最後まで戦う力はなかった。あの時の話を蒸し返す者もいるようだが、あれが愚策だったとは、私は思えぬ。三千代姫を娶り、三年の猶予が与えられたからこそ、我らも結束を固め、余力を蓄えられた」
為氏の話からすると、どうやら美濃守は、図書亮の政治的な嗅覚を見込んで鎌倉に赴かせたいようだった。図書亮の行動は、不思議と後から良い結果をもたらすことが多いのだと、美濃守も言い添えた。
だがそれでも、主を不幸にしたのだという罪悪感は、澱のように残っていた。さらに、為氏が言葉を続ける。
「三千代と過ごした日々は、私にとってもかけがえのないものだった。決して不幸だったわけではないぞ」
そう言うと、為氏はちらりと美濃守を見た。
「美濃守。ここには我等三人しかおらぬ。せめて図書亮には、本当のことを話したらどうだ?」
主の言葉に、美濃守は気まずそうに視線を逸らせた。好機であるとばかりに、図書亮は美濃守に問いかけた。
「美濃守様は、三千代姫様をどのように思われていたのです?」
すると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「……儂も、あの姫が嫌いではなかった」
美濃守の思いがけない言葉だった。彼女を追い詰め、和田から追い出す音頭を取っていたのは、他ならぬ美濃守自身ではないか。思わず、図書亮は美濃守を睨みそうになるが、御前である。辛うじてその衝動をこらえた。
ぼそぼそと、美濃守が言葉を続けた。
三千代姫を一個人として見れば、確かに教養にあふれる姫君であり、機知にも富んでいた。家来から傅かれるのみの為氏にとっては、同じ目線で物事を語り本音で話し合える、かけがえのない伴侶だっただろう。それは、美濃守も重々承知していた。
だが、須賀川の治部大輔の娘という立場を考慮すれば、三千代姫は為氏の子を生むことに専念するだけで十分だった。和田の民を思う心がけは殊勝だが、それは男が担うべき役割であり、為氏の北の方が表立って口にすることではない。それが和田衆・須賀川衆双方の神経を逆撫でていた。須賀川衆の不満を抑えることも出来ず、和田の者に対しても馴染みきれなかった。皮肉にも、素晴らしい姫君だったからこそ、自分で自分の首を締めていることに気づかなかった……。
「御屋形が一介の武人であれば、内助の功、妻の鑑として素直に皆から讃えられたであろうがな……。御屋形個人のお幸せと二階堂一族の幸福とを、儂は天秤に掛けた」
美濃守の言葉に、束の間、沈黙が流れる。結局美濃守は後者を取り、あの惨劇へつながった。
「それは、私も同じこと。姫を須賀川に戻す命を下したのは、私だ。私が姫を死に追いやったのは間違いない」
苦しげに、だがきっぱりと、為氏も言い切った。
「それで、和田にこの宮を?」
図書亮の言葉に、美濃守が頷いた。
「この地は、御屋形と三千代姫様がかけがえのない時を過ごされた場所だ。我が手で姫を死に追いやったからには、須田の長として、せめてこれくらいのことはして進ぜよう」
美濃守がこの地に姫宮神社を建立させたのは、そのような思いがあったのか。
たとえ二階堂一族が須賀川に移り住んだとしても、美濃守の一族は、己が主の手を汚したことの責任を取り、主一族に代わって三千代姫の御霊を慰め続ける。その悠久の流れに、思いを馳せずにはいられなかった。
思ひきや問わば岩間の泪橋ながさら暇くれやさわとは
姫の御霊が残していった辞世の歌には、「岩間」という言葉が詠み込まれていた。姫が自害した場所の名でもあるが、三千代姫と為氏が結婚生活を送った、岩間館の名前でもある。死を目の前にして、為氏と過ごしたその日々を、姫は愛おしんだのだろうか。
「お主と御屋形は、よく似ておられる」
口元に微かに笑みを浮かべながら、美濃守が言葉を続けた。
「妻を大切にするところも、情に脆いところも。その一方で、武勇を惜しむことがない。時として、情の脆さが己の首を締めることもあるかもしれぬ。だが、それもまた、政の世界では吉と出ることもあろう。少なくとも、治部大輔のように己が目的を達するためのみに、人を動かそうとする過ちは侵さなくて済む。亡き三千代姫も、それをご存知だったに違いない」
そうかもしれない。四天王らに養育されて随分と強かさを身に着けたが、主の為氏の根本は優しい人間だ。三千代姫はそのような夫を愛し、夫の為に殉じたのだろう。そして図書亮の妻であるりくも、同じような強さを持っている。
二階堂家の女達は、見事としか言いようがない。
しばし沈黙が続いた後、為氏がためらいながら図書亮に尋ねた。
「図書亮。三千代が子を身籠っていたという話だが……。お主は信じるか?」
家臣たちから怪談として一笑に付されながらも、ずっと、為氏の心の中で引っかかっていたのだろう。図書亮は、即座に頷いた。
「妻が、姫の口から直接伺ったそうです。我が子と、我々の子が乳兄弟になれたらどれほど良かったか、と」
その言葉に、為氏が一筋の涙を流した。主がどうしても知りたかった答えは、りくを通じて図書亮が知っていた。見ると、美濃守の目の縁にもうっすらと水っぽいものが溜まっている。
「御屋形に申し上げるべきでした。私も、金徳寺の尼らから『あの頃姫は、どうもご懐妊されていたようだ』と聞いたことを」
金徳寺の尼と聞いて、図書亮はぴんと来た。怨霊騒動の折に、真っ先にあの手の話を否定しそうな美濃守は、為氏の話を聞くだけに留めていた。金徳寺の尼僧たちは、三千代姫のかつての上臈たちである。彼女らは須賀川城に戻って姫の遺品を届けた後に、そのまま髪を下ろして三千代姫や乳母の由比、岩桐らの菩提を弔う道を選んでいたのだった。姫の遺言に忠実だったために、須賀川と和田の決戦の戦火も逃れ、生き延びられたとも言える。
仮に三千代姫が妊娠を打ち明けていなかったとしても、彼女らは薄々姫の懐妊に気づいていたのかもしれない。為氏の言葉を聞いた美濃守は、主の為に、独自にその可能性を探っていたのだろう。
「誠に、三千代姫は見事な姫君でした」
万感の思いを込めて図書亮がそう述べると、残る二人も頷いた。
***
結局、図書亮の二階堂家退去については、為氏と美濃守が他の者たちを説得してくれた。表向きは「怨霊にまつわる噂の責任を取る」という理由によるものだが、それで噂話をする者たちの溜飲が下がるのならば、易いものだった。
既に鎌倉には新しい屋敷が用意されつつあり、その内装の打ち合わせのために、佐野を始めとする鎌倉からの使者も頻繁に図書亮の家に訪れていた。見慣れぬ者らが出入りしているのだから、これはこれで人々の口の端に上ったようだが、図書亮の心は鎌倉へ飛んでいた。
――鎌倉への出立は、吉日を選んで行われた。須賀川での家財道具は売り払われ、鎌倉までの旅費の足しにした。
「まったく、何のためにりくをそなたに嫁がせたと思っている」
安房守の小言は相変わらずだったが、それでも、美濃守からは内々に事情を打ち明けられたと見える。以前よりも、言葉に含まれる棘は少なかった。
そのりくは、鎌倉に移るからというので、真新しい藤色の晴着を身に着けていた。娘のさとと揃いの仕立てであり、背の衣紋には、一色家の家紋である五ツ木瓜一引紋が染め抜かれている。図書亮が命じて仕立てさせたものだが、その衣紋は、りくが箭部家の娘ではなく、一色家の北の方としての身分であることを意味した。
「伯父上。図書亮さまは、足利宗家にも系譜を連ねる御方。その物言いは、無礼でありましょう」
安房守が、目を見開いた。
りくの言い方は、既に貴人のそれである。以前は伯父であり四天王の一人である安房守に、上からの物言いをするなど考えられなかった。りく自身も、これから貴人の妻としての振る舞いを身に着けていくに違いない。
「生意気を言いおって」
愚痴混じりにそう述べる安房守を、傍らで舅の下野守が苦笑しながら見守っていた。
「一色殿。当地にこのような言葉があるのをご存知でしたか?」
首を傾げる図書亮に、下野守が説明してくれた。須賀川には「嫁は木尻から、婿は横座から貰え」という伝承があるのだそうだ。木尻は炉端の末席であり、横座は主人の席のことである。要は嫁は自分の家より家柄が低い家から貰い、婿は逆に家柄が上の家から貰えという意味である。
「兄者は一色殿を箭部の婿として迎えたかったようですが、結局諺通りになりましたな」
下野守の言葉に、図書亮は黙って頭を下げた。確かにこの舅の言う通りかもしれない。だが、六年近くの夫婦生活の中で、既にりくを地方豪族の娘とは思っていなかった。実は頭の回転の早い女人であるし、それなりに教養も備わっている。元々社交的な性格だから、鎌倉に赴いて多くの知識や教養を身に着ければ、上流階級の婦人としてやっていけるだろう。
「りくを娶せて下さったことにつきましては、心より感謝しております」
図書亮は、素直に礼を述べた。近くで孫娘の成長を見られないのは、下野守にとって心残りかもしれない。だが、下野守は笑ってみせただけだった。
「さとが嫁に行くときには、たとえ鎌倉でも寿ぎに参りましょう」
さとはまだ幼児だというのに、気の早い話である。だが、図書亮もこの六年で大きく身の振り方が変わった。きっと、さとを嫁に出す日もあっという間にやってくるに違いない。
そして、そっぽを向いている兄を見て、下野守が図書亮に囁いた。
「あれでも、兄者はご自身とは真逆のお主の気性を、大層気に入っておった。りくやさとを大切にしているところもな」
どうも下野守の言葉からすると、安房守はりくやさとを連れて鎌倉に行ってしまう図書亮に対して、拗ねているようだ。弟の下野守が言うのならば、間違いがないだろう。常に笑顔を浮かべながらも得体が掴めなかった一族の長に対して、久しぶりに親愛の情が湧いた。
そこへやって来たのは、為氏と美濃守だった。わざわざ図書亮を見送るために、城下に出てきたらしい。
「御屋形。また城を抜け出してこられたのですか」
安房守の咎めもどこ吹く風とばかりに、為氏は笑ってみせた。
「美濃守がついておるのだ。お忍びではないぞ」
確かに美濃守が側についていれば、為氏に怖いものはないだろう。為氏はどの家臣とも上手くやっているが、とりわけ美濃守とは、人には見えない絆で結ばれている。美濃守は為氏が幼少の頃より養育し、その熱意故に、主を傷つけることもあった。だが、それでもその痛みを乗り越えて、岩瀬二階堂家の主と宿老として手を携えて須賀川を支配していくのだろう。
そして己も、この二人や二階堂家の人々を、外から支えていこうと思う。二人を始めとして、二階堂家の中で学んだものは、これから先、図書亮が新しい鎌倉府の面々と渡り合っていく上で、大いに役立つに違いない。
「宇津峰の山も、これで見納めだな」
図書亮の言葉に、りくが頷いた。ようやく萌黄色に染まり始めた宇津峰山に対し、前方には、峰の頂きが雪に覆われた那須の山々がある。
「鎌倉で落ち着いたら、たまには海の物でも御屋形に送ってくれ」
美濃守が、脇から言い添えた。須賀川に下向してきたために、滅多に海の物を口にすることがなくなった為氏のために、少しでも鎌倉の物を味わってほしいという彼なりの配慮だろう。
「うちの家人に、最上の物を見繕わせます」
図書亮も、笑顔で美濃守に応じた。
「図書亮。今後も、妻や子を大切にせよ」
為氏の言葉に、深々と頭を下げる。新しい妻を迎えても、やはり為氏の言葉は、亡き三千代姫と通じるものがあった。
「鎌倉に着きましたら、御屋形の御子のために、魚と共に定家正筆の伊勢物語や古今集を送りましょう」
為氏がふっと微笑んだ。どうやら、為氏には意図が伝わったらしい。三千代姫が生きていたら、そして二人の子が生きていたのならば、きっと三千代姫は我が子の為に、鎌倉に旅立つ図書亮に対してそれらをねだっただろう。図書亮は、三千代姫が愛して止まなかった伊勢物語や古今集を、姫の墓前に供えてもらうつもりだった。
「一色殿。そろそろ参ろうではないか」
先導役を務めるのは、明沢である。どのように手配したものか、りくやさとには輿が用意されていた。その傍らを守るように、図書亮も馬に跨った。
「皆様。どうか、お達者で――」
さとを抱いたりくが、伯父や父に向かって一礼した。その眦には、涙が浮かんでいる。だが、表情は晴々としていた。
明沢が輿の引き戸を開け、二人を乗せた。引戸が閉められ、駕籠かきが「ようい」と声を掛けて立ち上がる。
図書亮も、馬の腹を軽く蹴った。背後で、慣れ親しんだ須賀川の人々が、手を振っている。上半身を捻り、図書亮は大きく手を振って彼らの見送りに応えた。
――文安七年、春のことだった。
【完】
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— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
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お気に入りしました〜。
同じ歴史・時代小説大賞参加ですね!
コンテスト序盤ですが、お互い頑張りましょう(^∇^)
>裏耕記さま
こちらこそ、カクヨムではお世話になっております(*^^*)
歴史・時代小説大賞をきっかけに、もっと歴史物を好きになってくれる方が増えると良いですね!
お互いに、健闘できるように祈っております❤
ふれふれ!
時代小説の読者も増えるといいね🎵
ありがとうございます(*^^*)
応募総数を見ると、「カクヨム武蔵野文学賞」のときと同じくらいですね。
歴史って難しいイメージがありますが、結構人間臭さも垣間見えて、面白いですよ!